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93 通じ合う心

心通じ合う盟友の戦いが始まろうとしている――

 前日の3回戦を勝ち抜き、ベスト8へと進出したチームが、いよいよ準決勝進出を賭けて戦う4回戦。その運命の試合へと向かおうとする飯坂工業高校の野球部員は、移動を終えた貸し切りバスの車内で、監督の訓示を受けようとしていた。


「よく眠れたか、お前ら」

 島本監督の言葉に、はい、と大きく返事が返ってくる。


「昨日も言ったが、対戦相手に弘前高校が出てくるのは予想通り、ごく自然な流れだ。だから俺は、お前たちに、精神論的なものを語る事にする」


 いまや県下最強の一角を成す強豪校、弘前高校との試合。その試合を前にして監督が語ろうとする言葉を聞き漏らすまいと耳を澄ませる部員達。全員を軽く見渡してから、島本監督は口を開いた。


「――お前たちは、最高に運が悪い!!なぜなら、平塚監督とKYコンビに率いられた、弘前高校野球部という、全国屈指の強豪高校が、県内に存在するからだ!!甲子園出場を目指す高校球児としては、これに勝る不運は無いというほどにだ!!」


 張り詰めた空気の中、島本監督は続ける。


「――そして最高の試合を求める高校球児としては、お前たちは最高に運がいい!!なぜなら、去年の夏の甲子園の決勝にまで勝ち進み、深紅の大優勝旗に王手をかけた、弘前高校野球部という全国屈指の強豪校と戦う機会を得たからだ!!しかも去年の年末から春先まで、合同練習やら交流試合やらで、ほとんど友達付き合いなレベルで交流をしてきた!!こんな野球部、全国どこを探しても存在しない!!お前達は、実に得難い経験をしてきた!!」


 少し間をおいて、島本監督は続ける。


「去年の夏、俺は弘前高校が、深紅の大優勝旗を持ち帰って来るものだと思って、決勝戦を見ていた。――だが、結果は準優勝だ。試合とは、完全に思い通りにはならないものだ。あの怖いもの知らずの、無敵と思われた弘高ですら、だ。……試合とは、最後まであがけば、どう転ぶかは分からないものだ。……今年の弘前高校は、去年よりも強いかも知れない。総合的な打撃力、エースピッチャーの能力に至っては、完全に向こうが上だ。だが、だからといって、必ず弘前が勝つと決まったわけじゃない。まずは、それを心にとどめておけ。いいな、お前ら」

「「「はいっ!!!!!」」」


 監督の強い意志のこもった目に、気合いの乗った声で返す部員達。


「……ま、今も言ったとおり。試合は終わってみなきゃ分からん。もちろん、我々が負ける事も充分に有り得る。試合を行うからには、勝利を目指す事は『大前提』だ。だがな、だからこそ、決して、『悔い』を残すようなプレーはするな。……これは、負ける事を前提にして言うんじゃないぞ。悔いを残さぬよう、全力を尽くしてプレーするからこそ、奇跡だとか、格上相手の勝利だとかいう結果が、目を見開くような現実が後からついてくるんだ。失敗した時の『もしも』なんぞ恐れるな!!迷って腕を振るな、走るな!!前のめりに倒れて力尽きろ!!弘前高校に勝ちさえすれば、後は明星だろうが何だろうが、他の有象無象と大して変わらん!!この一戦こそが事実上の決勝戦だ!!弘前高校に勝てば甲子園での優勝すら夢じゃないんだ!!分かったか!!」

「「「「はいっ!!!!」」」」


 島本監督の魂のこもった言葉と部員達の気合いの声がバスを揺らす。そして――飯坂工業高校野球部は、今年最高の気合いの乗りでバスを降り、関係者通路へと向かって歩いて行った。この一戦にすべてを賭ける。持てる力を出し尽くす。その決意を全身で表現するかのような、そんな歩みで。


 飯坂工業高校野球部は、今日この日。心気最高の状態で試合に臨もうとしていた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 グラウンド練習前の手続きを済ませ、練習準備をする両校の生徒達。ベンチで気勢を上げ、時折りこちらへと視線を向けてくる弘前高校ナインを眺めた後、島本監督は後ろを振り向いた。


「山根。分かっているな。山崎と北島には、球速ではなく、完璧なコントロールが肝心だ。連中の打席では、集中力を切らすなよ。小柴も、山根の状態には気を配れよ」

「「はいっ!!」」

 元気よく、気合いの乗った返事が返ってくる。精神状態も落ち着いているようだと、満足げにうなずく監督。

 弘前高校ナインに視線を戻しつつ。飯坂工業高校、野球部監督の島本 和也は思う。


 ――弘前高校と実際に対戦した事の無いチームであれば……よほどメンタルが強靭な監督、選手でもなければ。必要以上に身構えたり、恐れたり、あるいは侮ったりする事もあるだろう。だが、我々は弘前高校との交流試合、合同練習を通して、弘前のレギュラーメンバーがどんな実力を持ち、弘高野球部がどんな気風であるのかを、よく理解している。ある意味で友達付き合いをしてきた経験の賜物だ。――平塚監督から、何度となく聞いた言葉がある。


『試合を本当に楽しめる者こそが、本当に強くなれる者だ』


 と、いった意味合いの言葉を。試合を楽しめる者は強い、と時折り聞きはするが、それを実践できる者は少ない。それが可能となるのは、不断の努力をもって得た実力によって、己に絶対の自信を持つ者か、あるいは野球におけるすべての事象に対し、ポジティブな捉え方をできる野球バカのどちらかだろう。

 弘前高校野球部は強い。KYコンビはもちろん、その他の部員一人一人が強い。何が強いかといって、その精神力が強いのだ。試合の重圧に怯え、すくみ、体を縮こまらせるような者がいない。平塚監督の薫陶によって、野球というスポーツの信念、理念、真理に迫った者達。それが弘前高校野球部なのだ。


 だからこそ。我々は他の高校とは違う、という自負がある。弘前高校野球部と、平塚監督との交流、合同練習を行ってきた我々は、もはや平塚監督門派の一員と言っても過言ではない、とでもいうような自負が。『野球を楽しめる事』それこそが真の強さを発揮する事ができる真理なのだと、肌で理解した人間なのだという自負が。

 ――悔いは残さない。全力で競い、迷いを捨てて突っ走る。そこに野球の真実がある。弘前高校ナインの心を最も良く知るのは、我々なのだ。彼等にとって最高の強敵たらんとする想いが、その自負が、今日の我々を突き動かす。


「――ウチは余所の学校とは、一味違うぞ。さあ、手に汗握る、楽しい試合をしようか」


 島本監督は、そう言いながら。弘前高校ナインを、平塚監督を見た。

 その顔に。不敵とも言える、笑顔を浮かべて。


 ――――この一戦にすべてを賭けると覚悟を決めた飯坂工業高校と、それを迎え撃つ立場の弘前高校。運命の4回戦が、もうじき始まろうとしていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「――今日の飯坂工高は、一味……違うわね」

「ああ、気合いの乗りが違う。理由は……言わずもがな、だな」

 俺は山崎とともに、飯坂工高の1塁側を見る。


 最高の気合いが入った飯坂ナイン。監督にも、部員にも、追い詰められた者のような、張り詰めた雰囲気は無い。むしろ時おり笑顔を見せているくらいだ。それは、対戦相手が俺達、弘前高校――何度となく交流を行ってきた、ある意味で友達感覚のチームだから、という事だけではないだろう。

 何度となく交流を行い、飯坂工高と付き合ってきた俺達だからこそ分かる思い。連中の心の内は、俺達がいちばんよく分かる。友達付き合いと言ってもいいほどの交流をしてきた俺達だからこそ、そして同じ男子高校球児だからこそ理解できる、彼等の胸の内の想いを。


 ――いま、1塁側の内野スタンド、応援団の隣に近い観客席には、【 女子高生と思わしき、うら若き女子だけで構成された集団 】が、試合が始まるのを今か今かと待ち構えている――――

 飯坂工業高校ナインの気力の源、闘志の源泉は、間違いなくあの女子観客に違いない。間違いないと確信できる。俺達には分かるのだ。


「……どういう事なんだ、あれ」「女子がおるぞ」

「ざっと見て……30人くらいはいるか……??あっ、もっと来た!!」

「バカな……飯坂工業高校は、ほぼ男子校といっていい女子比率のはず……」

「全校の女子を集めても10人ちょっとのはずだぞ?!」


 飯坂工高の実情を知っているウチの部員、特に去年の試合を経験している上級生組に動揺が走っていた。1年生の大半は『すごいなー。女子ばっかりだ』程度の小学生じみた感想を持っているだけのようだったが。


「どうやら、『あのウワサ』は、本当だったらしいな……」

 ここに至って俺は確信のようなものを得て、思わず言葉を漏らした。


「「知っているのか北島!!」」「「飯坂工高に何が?!」」

 上級生組の仲間から飛んでくる質問に、俺は一呼吸おいてから答える。あの、衝撃的な情報……飯坂工業高校の行方に関わる情報を。


「……『飯坂工業高校』ですが、近々、『なくなる』そうです」

「「ええっ?!」」「「なんでえ?!」」

 当然ながら、驚きの声が上がった。これについては1年生も同様だ。


「近年の少子化の影響、そして……実業高校、それも県内で、工業系に進む学生が少なくなった、という事が原因だ……と。聞いていますが……その関係で近隣に存在する、学生が減少してきた別の一般高校と、統合されるそうで。その統合される高校が、『女子高』らしいんですよね」

「「「なんだと!!!!」」」「「ええええ」」


 単純に『女子高』というワードに反応しただけのような一部の部員の反応をよそに、俺は言葉を続けた。


「統合後は、普通科・工業科各種が存在する学校になるみたいですが……名前は……まだ決まってなかったんじゃなかったかな。『統合学園(仮)』みたいな感じだと。統廃合の時期は未定、みたいに聞いてたんですけどね。どうもその時期が、早まったようなウワサがあって。もしかしたら、来年にも統合されるんでしょうかね??」

「つまり、あの女子集団は……」「統合先の女子高女子、というわけか」


 クソっ妬ましい、とか言ったのは1年の中島だろうか。共学に在籍しておいて、その物言いはどうなんだよお前、と思ってしまう。自分に彼女もファンも居ないのは自己責任、日頃の行いと実力の結果だ。誰のせいにもできない。

 ――なにやらブーメランのような刃が俺の心に刺さったような気もしたが、とにかく弘前高校は共学なのだ。……もちろん飯坂工業高校も共学だが、男女比率が5対5に近い弘前高校と、男女比率が、ほぼ10対0コンマいくつ、みたいな飯坂工業とは比較にすらならない。むしろ弘前高校で彼女が欲しい欲しいと言いながらも努力も重ねず成果を出せないのは完全に自己責任というものだ。

 ――少し心が痛いので、中島に対する考察は止めよう。今は飯坂工高の考察が最優先だ。


「つまり、今年の飯坂工高は、『バックに大量の女子の声援がついている』パーフェクトな状態という事ね。『真・飯坂工高野球部DX』とでも言うべきかしら」


 山崎の取ってつけたような仮称は酷いが、去年のように対戦相手の応援席から飛んでくる黄色い声援で心折られるような飯坂工業高校ではない、という事は間違いないだろう。今度は弱気な心に気合いを注入してくれる、万の援軍にも匹敵する女子学生応援部隊がバックについているのだ。常に気力全開な、おそるべき狂戦士を相手にするものと思った方がいいのかも知れない。友達感覚でプレーしていれば、あっという間に勢いを持っていかれかねん。こちらこそ心を折られないように気合いを入れるべきだ。


「とにかく想定以上に侮れない相手だ、という事か」「気合いを入れねば」

「飯坂工業ファイナルモード、みたいなやつか」「強そうだな」


 主に去年の記憶がある上級生組から、気を引き締める声が聞こえた。女子の応援は男子に大きな力を与える。それは自分達もよく知っている。去年は俺達が女子の黄色い声援パワーによってパワーアップし、飯坂工高には精神攻撃を加えた。しかし今年はもう、その手は効かない。飯坂工業の真の力が発揮される時が来た、という事だろう。


「飯坂工高も、いよいよ共学化かあ。今年の3年生達は、さぞや後輩を羨ましく思っている事でしょうねえ」

「今も共学だよ。あと、それ言っちゃダメなやつ」

 女子比率が低いだけだから。学年に5人くらいだったと思うけど。


「ま、相手にとって不足なし。というところね。さぁ、こちらもいっちょう、気合いを入れ直しますか。――勝利を我らが手に!!ついでに名誉を、栄光を!!気合い入れて、今日も楽しくいきましょーか!!」

「「「おお――――!!!!」」」


 必死さには欠ける山崎の声に、ほどほどに気合いの入った声を上げる俺達。たぶん気合いだけでは負けてるような気がするんだが、そこら辺はうまくやり繰りしていこう。そんな感じで、いつものように試合へと臨む俺達だった。


 いつものように、笑顔で楽しく。それがいつもの、勝利への第一歩なのだから。気力に満ちて実力以上の力を発揮しかねない強敵・飯坂工業に対するためには、少なくとも普段通りの実力を発揮しなくてはならない。この試合、勢いにだけは呑まれてはならないと、そう肝に命じる。



※※※※※※※※※※※※


「あのー」

 清水が小声で、小さく手を挙げつつ、平塚監督に近寄っていた。


「北島先輩の予想が正しければ、『飯坂工業』の名を冠した夏の大会は、これが最後という事ですよね??……普通に、気合いが入っている、みたいなのは……ほら、卒業していったOB達への想いとか、歴史的な思い入れとか、そういうので」

「……それに関しては、試合の後にでも、島本監督に聞こう。いずれにせよ、我々のやる事に変わりはないよ」

 はあ。確かにそうですよね、と。軽く頭を下げて自分の道具を確認に戻る清水だった。


 互いに心を通じ合った盟友達の試合の時は、刻一刻と近づいていた。



 コンテストイベントをちゃんと注視するのは今期(去年下期)からが初めてなので、ネット小説大賞のシステムがよく分かりません。メディアミックス賞がいちばん最後で、最終選考を突破した作品の賞振り分けと同時発表というのはどういう流れなのか??

 メディアミックス賞は『2次選考突破作品で、かつ最終選考に選ばれなかった作品から選びます』と書いてあるのですが、これどういう事なんでしょうか??メディアミックス賞は『書籍化しない』という事なので後回しなの??あと、奨励作品もメディアミックス賞の一部なのですか……??


 とりあえず。


 当作品、【 2次選考は突破している 】けれど『最終選考では落ちた』という事で……メディアミックス賞の選考対象作品扱いなので、まだタグは外しちゃダメなんでしょうね。

 奨励作品は、お小遣い2万円。『一太郎2020の購入代金の足しにしろ』みたいな意味かも知れませんが。メディアミックス賞はゲーム化(検討)とかアニメ化(検討)とか書いてあるけれど、ゲームはたぶんソシャゲ(話題性の意味ではどうなんだろ……)アニメはWeb配信アニメという事になるのではないかと推察。いちばんアレなのは選ぶと言っておいて、該当作品なし!!……となる事なんでしょうが、どうなるんでしょうか。


予想:12ハロンがソシャゲになる(自分が馬になって、調教師の指示を無視して勝手に自分を鍛えてレースに勝つゲーム)


 という感じはどうでしょうか。正直、他にソシャゲにしてパンチのある作品は……ミステリ系なら脱出ゲームとかで売りやすそうかなぁ。当作品は………………マンガ脚本の賞とかに引っかかっていれば別だとは思うが……メディアミックスは……ないな……。アニメにすればベタな設定で(一見して多い)いけそうな気もするけど。


 まあ、もうしばらくは宣伝を少しは見込める??という事にしておきます。新規巡回読者さま、もしもいらしたらブクマ等をよろしく。暇つぶしにはなりますよ!!

 そして毎度毎度の誤字報告機能の活用、まことにありがとうございます。曲がりなりにも2次選考突破まで行けたのも、ユーザースタッフの皆様と応援してくださる定期巡回読者さまのおかげです。更新ペースは不安定ですが(今回は『順序とか』『あと一言とか』が気になって遅れました)ゆるい感じでお付き合いくださいませ。今後ともよろしく。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 出だしの島本監督カッコいいっす。島本和彦みたいでw 夏の甲子園、やらないのは悲しいですよね。個人的には無観客でも、と思うのですが。高校野球関係者曰く、コロナ感染はもちろん怖いが、何より練習…
[一言] 冒頭はあっ今回は前話、前試合とは違う真面目なノリだなと思ったのに、途中で気のせいだと気づいてしまった。 全く俺は馬鹿だなー。この作品でふざけない方向に行く訳ないじゃないか…。
[一言] ……なんか敵であるはずの山崎に黄色い声援が集まって、心を折られる工業高校さんの未来が……w
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