91 この瞬間の情熱を
雰囲気でお読みください。また、今日明日で連投する予定です。最新話にご注意ください。
弘前高校野球部が、全国区の野球部としてデビューして2年目の、夏の全国高校野球選手権大会、県予選の3回戦を戦う日がやってきた。
今日の3回戦を勝てば県予選ベスト8に、そして明日の4回戦を勝ち抜けば県予選ベスト4に進出できる。そして再抽選だ。本日の県営球場で予定されている試合、その第1試合が俺達の試合である。天気は快晴、つまり試合開始時刻に変更は無い。余裕を持って県営球場の駐車場に到着する。
本日の対戦相手は、私立・宗源山高校。山崎いわく『いまどき希少性の高くなってきた、マジメなイガグリ軍団』という評価を受けているチームだ。
「実質的に男子校、という点を気にしなければ、わりといい学校なんでしょうけどね」
試合関係者用の通用口へと歩きながら、山崎が容赦の無い軽口を叩く。
「実績の無い野球部の五分刈り坊主など、よほど容姿にすぐれていなければ、学外に需要など見出されないと思います。まさに灰色の学生生活の坊主軍団」
「「「一休ぅぅぅ」」」
山崎に続いて安藤の発した言葉に、思わず非難の気持ちがこもった声を上げてしまう俺達。男子なら男子高校生の気持ちを汲んで、言葉を選んだらどうなのだ。顔立ちの整ったスキンヘッドが言うと、真っ向からディスっているようにも聞こえるし。
――と。いつものように緊張感の無い会話をしていると。前方にユニフォームを着た集団が見えてきた。ユニフォームの胸には、『宗源山』という文字が読めた。どうやら軽口はここまでのようだ。
相手も俺達に気づいた。俺達が何者かを理解しての事か、一人、こちらへと近づいてくる。
「おはようございます」
「「「おはようございます」」」
ちゃんと帽子を取って挨拶されたので、こちらも同様に挨拶を返す。やはり見事な短髪坊主頭だった。五分刈りかな。もっと短いのかな。
「宗源山高校、野球部主将の、瀬戸 康太 です。今日はよろしくお願いします」
「「「おねがいします」」」
「主将の、松野 康介 です。こちらこそ、よろしく」
松野キャプテンと瀬戸さんが握手。生活指導がしっかりしている、という話だったが、挨拶も丁寧で、しっかりとしているな。
「……ところで、山崎 桜 さん。今日は試合に出る、と聞いていますが」
「はい。もちろん出場しますよ」
山崎、すかさず余所行きの笑顔と声で返事。相手に合わせているな。
「それは良かった。部員も喜びます」
「あら、あたし人気ですか??」
ニコニコ笑顔をサービスする山崎。
「それはもう。県下最強の投手にして、KYコンビとして有名な、弘高最強打者の一翼。全国区で有名な選手な事はもちろんですが、ウチの県では、ご当地アイドルみたいなもんですからね。例のポスター、持ってる奴は多いですよ」
瀬戸さんが笑顔のままに、山崎を見る。
「ウチの部員は皆、あなたを意識していましてね。野球選手の能力としてもそうですが、あの甲子園の舞台で、物怖じせずに大暴れして見せた、あの姿に。あこがれですよ」
「それはどうも」
「……そんな訳で、試合は楽しみにしていたんです。……ですので、簡単には終わらない、と思っていただきたい。ウチは実力的には負けているでしょう。ですが、試合は終わるまでは分かりませんからね。せいぜい油断しない事です」
「これはこれは、ご丁寧に」
瀬戸さんは最後まで笑顔のまま、『では』と言いつつ軽く会釈をして去って行った。
「……うーん。なかなかに好感度の高い、宣戦布告ね」
「ナメてかかると、逆に食っちゃうぞ。てな感じかな」
正直なところ、事前情報的には負ける気がしない。だが、タダでやられるつもりもない、と言うからには。かなり気合が入っていると思える。
「ま、気を抜かずに。ちゃんとプレイしましょうか。練習は、試合のつもりで緊張感を持って。試合では練習のつもりで、実力を十全に発揮できるように。よく言われる事よ。あたし達は、あたし達らしく。いつものように、楽しく全力で試合を楽しみましょう!!」
「「「はいっ!!!!」」」
相変わらずの、監督とかキャプテンのポジションを奪っていくスタイルの山崎だった。つまり、いつもの通りである。
いつものようにやれば、いつもと同じ結果がついてくるはずだ。油断をするつもりは無いが、宗源山高校には山崎みたいな秘密兵器も無いはずだし、フェアプレーに関する点では信頼もできる学校だと思える。正々堂々、失礼の無いように試合を行おう。
宗源山高校。聞いていた通り、生活態度がしっかりしている学校のようだった。
※※※※※※※※※※※※
「――どうだった」「どうだったんだ、主将」「迫力のほどは」
「……本物は、やはり違うな。言葉では語れない。整列の時に自分で確認するんだ」
おおおお、と。
宗源山ナインの間に、感嘆の声が波となって伝わる。
「宣戦布告のようなものも、しておいた。あとは予定通りにいくぞ」
「「「おうっ!!!!」」」
気合の声が部員から返ってくる。
「監督。今日は我が儘を聞いていただき、ありがとうございます」
瀬戸主将が、帽子を取って頭を下げると、続いて部員もそれに倣った。
「……まあ、仕方がない。正直、KYコンビを擁する弘前高校と、平塚監督の采配に勝てるイメージが、まるで沸かないところだったしな……今日は、お前たちの好きにすればいい。どんな作戦をやりたいのかは知らんが、何か、やりたい事があるんだろう?悔いの無いようにやれ。俺が許可する。お前たちの夏だ」
「ありがとうございます!!」
「「「ありがとうございます!!!!」」」
頭を上げると、ギュッと気合いを入れるように、帽子を深く被り直す部員の面々。
「よぉーし!!待ちに待った今日の試合!!全力を出し尽くすぞ!!」
「「「おおおおぉ――――っ!!!!」」」
宗源山高校野球部の、一試合完全燃焼の気合いの声が県立グラウンドの空気を振るわせた。熱い、熱い3回戦が。もうすぐ始まる。
※※※※※※※※※※※※
『――礼!!』
『『『お願いしま――――す!!!!』』』
主審の声に、両校の選手が礼を交わす。
ジャンケンに勝ち、松野キャプテンは後攻を選択。
前田を先発に、宗源山高校の攻撃から始まった。
山崎の位置には、小器用な安藤を入れてみる配置からスタート。来年以降を見越した実戦訓練も兼ねている配置だ。
……もちろん、山崎と同等の働きができる訳も無く。三遊間を抜かれる打球、エラーも発生した。打撃に関しては問題なく、内野の頭を越しての安打を記録。得点に貢献した。そして打者2巡して迎えた3回裏、安藤と山崎が交代する。
『19番に代わって、6番、山崎』
弘前高校の3塁ベンチ上に陣取る応援団から歓声が上がる。
『――きたぁあああ!!』
ほぼ同時に、1塁ベンチの宗源山高校部員からも歓声が上がったみたいだった。
『いよっしゃ――!!』『よぉし来たぁ――!!』
守備についている、宗源山ナインからも声が上がっていた。
嫌がるような空気でもなく、緊張する重苦しい空気でもなく。
歓喜の声と、歓迎する空気がそこにあった。今までの対戦相手には無かった空気。
その意味を。彼等がこの試合にかけた思いを、俺達はようやく知った。
山崎 桜 。我らが地元の、スター選手との真剣勝負。それが彼等の目的。
宗源山野球部員の面々は、高校球児として、アイツと勝負するために、今日という日を待ち望んでいたのだという事を。
――そして思う。やはり女子選手と男子選手が同時に居た場合、やっぱり女子の方が人気的に強いんじゃないかと。だって俺が打席に入った時、ここまで歓迎ムードじゃなかったもん。普通だったよ、普通。普通にライバル心を前面に出した雰囲気だったもんな。やっぱり美少女アイドル強い。そういう事なのかしらん。
――そして、3回裏の攻撃が終わり。
山崎が3塁走者として残塁し、ベンチへと戻ってきた時、山崎は全身泥だらけになっていた。
「人気のほどが凄い。ちょっと宗源山ナメてた」
「アイドルの宿命かな」
山崎の背中の泥を、はたいて落としつつ。俺はさっきのプレーを思い出してみる。スター山崎、ファンに囲まれて大人気、という光景を。
※※※※※※※※※※※※
――3回裏の第1打者の安藤と、山崎が交代した。
そして山崎は、あっという間に敬遠されて、1塁ランナーになった。
これは正直、不思議な気もした。と、同時に不思議でもないような気もする。
山崎が出場するのを歓迎ムードの空気で迎えた宗源山高校にしては、打席で勝負しないのは不思議な気がする。かといって宗源山高校の投手では、山崎にまともに投げれば本塁打待ったなし。かなりの確率で打球はスタンドへと運ばれる。そう考えれば、敬遠策に出るのは不思議でも無い。
だが違和感が残る。
今までの彼等のプレー、気合いの乗りよう、先ほどの歓迎ムードからすれば、山崎と勝負する事こそが、筋が通っているような気がする。仮に彼等が山崎のファンだったとしても、山崎の打球を見たいと思うのではないか。その場合も、やはり普通に勝負するのではないか。
では、なぜ山崎を敬遠したのか。そこにどんな意味があるのか。
――そんな事を考えつつ、1塁ランナーの山崎を見ている。と、ピッチャーが牽制球を1塁に投げた。比較的ゆっくりとした、刺すつもりのない、見え見えの牽制。まさに言葉通りの『牽制』球だった。山崎はヘッドスライディングする事もなく1塁に戻り、ベースカバーに入っている1塁手が捕球すると、山崎の体にグラブを軽くタッチ。お決まりの動作だ。
「うーむ。よく分からん」
「てっきり、勝負するかと思ったんだが」「喜んでたもんな」
ベンチの皆も、俺と同じ感想のようだった。
山崎がリードを取って、1塁から少し離れる。
――と、山崎のリードに付いて行くように、1塁手がファーストから離れていく。ランナー1塁なのに、守備重視という事だろうか。山崎は俊足の上に、投手の気配を読む。2盗を警戒するだけムダ、という事かもしれない。
1塁手の様子を視界に収めつつ、山崎がまた少しリードを進める。1塁手が、また少し進む。山崎、また少し進む。1塁手がまた少し進む。山崎、また少し進む。
――と、その瞬間、ピッチャーが誰もいないファーストの方向へと向き直る。そしてその投球軸線上には――
「山崎!!後ろ!!」
「ライトが前に出てるぞ!!」
山崎、瞬間的に判断し、まだ距離の近い1塁へと戻る。送球と、それをキャッチしようとして近づいてきた右翼手の隙間を縫うようにして、例の変則ヘッドスライディングで1塁へと滑り込む。牽制球を捕った右翼手が、追いすがるようにして山崎の下半身へと、飛びつくようにして腕を振るうが――
『セーフ!!』
間一髪、というべきギリギリのタイミングで、山崎の帰塁は成功した。
変則的なピックオフプレー。これが……宗源山の作戦、という事か!!
「……おいおい……前進守備の少年野球じゃあるまいし。なんだあのライト」
「さっきの牽制球のカバーの後、戻って無かったのか?!」
「ランナーを刺殺(牽制球でのアウト)するための連係か……」
「そういや、内野守備がやけに上手く感じたな。想像以上というか」
今のプレーを見た3塁ベンチの弘高部員から、口々に感想が飛び出す。
宗源山高校の、意表をつく高度な牽制の連携。
おそらくはキャッチャーが判断してサインを出していたのだろうが、流れるような見事な動きだった。というか、単純にさっきの牽制投球、今までの回で最速の動きだった。どうやら今までは演技、という事だったらしい。それは、つまり……
「山崎を刺殺する事が目的、か……」
宗源山ナインの考えを予想し、それを口に出す俺。
もちろん物理的な刺殺ではなく、牽制球でのアウトの意である。なにか言葉面が危ないが、野球には時々、伝統的にそういう言い回しの言葉があるのだ。
「確かに、山崎との打席勝負よりは、上手くいきそうではあるな……」
「それだけじゃありませんよ、キャプテン」
「……どういう事なんだ、北島」
「山崎を塁間アウトにするのは、一種の『トロフィー』を得る事になるんです。現在の山崎は、県下どころか全国区での、妙なタイトルホルダー持ちなんです。打率10割、出塁率10割、盗塁成功率10割、そして……塁間アウト回数、無し」
「なにそれ」
「タッチアウトも、フォースアウトも無いんですよ。……もしも山崎を、牽制球で刺殺する事ができれば……『あの山崎の自由な進塁を止めた』という、一種の箔付けができます。たとえ試合の結果がどういう結果になろうとも、ランナーとしての山崎には勝つ。もしかすれば、そういう事なのかも知れません」
「大人気だな、山崎」
「もちろん、ウチの最高俊足、判断能力も最高である山崎が、けっこう厳しそうですから……他の部員が盗塁するのは難しいでしょうね。リードが小さくなれば、走塁先でアウトにされる事も多くなるかも」
「そういえば、前の回で刺されてたな……。宗源山の得意技なのかな」
しょうじき、宗源山ナメてた。ごめん。
みたいな少しあたまの悪い感想を。口には出さないけれど、ベンチの弘高部員は皆、抱いていたと思う。こりゃ、下手なとこへ飛ばすとダブられる事は必至だし、下手なリードは刺殺案件だぞー、と。すでにプレッシャーをかけられている感じだった。もしかすると宗源山の刺殺フォーメーションは、この一芸だけを取り上げてみれば、全国でも上位の名人芸に入るのかも知れない。
能力の高い内野手と司令塔としての捕手であれば、こういう芸当ができるチームも、もちろん全国にはいくつも存在するだろう。だが、ノーマークの県内高校でそれができるチームがいるとは、まったく想像してなかった。というか、そういう情報も上がってなかったし。まさかと思うが、今までの2回戦までは封印していたのだろうか。ウチと、山崎と戦う、その時まで。
――そして、山崎は2塁への盗塁を成功させるも、今度は三遊間での牽制連携の洗礼を浴び、3塁に進塁したらしたで、今度は3塁で、投手・捕手・3塁手・遊撃手・左翼手からなる包囲連携によって何度もヘッドスライディングをする事になっていた。
結局、ホームベースを踏む事なく残塁してベンチへと戻ってくる間、この3回裏の攻撃で散々ギリギリのヘッドスライディングを何度も行った結果、山崎は内野の黒土で泥だらけになっていた、という事なのだ。
ちなみに。山崎が塁に出ているという事もあり。そして俺は全然ターゲットになっていないという事なのか、俺は故意四球で1塁へ歩かされた上で、ほぼガン無視された。扱いの温度差に凄まじい格差を感じる。
「あんた白いわねぇ」
「宗源山人気が無いもので」
俺のユニフォーム汚れは、内野守備での少々の汚れのみ。山崎とはえらい違いだった。
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宗源山高校、1塁側ベンチ。
「――ああ!!惜しかったなあ、さっきの!!」
「だんだんキレは良くなってきたぜ!!いけるいける!!」
「立ち位置変えろよ!!ワンパターンになるなよ!!」
「山崎も付き合ってくれてるしな!!退屈にはさせんぜ!!」
「で、山崎はどうだった?」「笑ってた。少し苦笑いで??」「ははは」
「でも、だんだん山崎の動きも良くなってきた気がする」「だよな」
少しだけ悔しそうに、だが、それよりも嬉しそうに。自分達の磨き上げた技術を全力で披露してきた部員達を見ている宗源山高校の監督は、驚きと感動を持って目を見開いていた。
(――こいつら。部員だけの研究と、個別練習で、ここまでの技術を身に着けてみせたのか……いったい、いつから……それも、まるで弘前高校の山崎と対戦する、その時を想定して練習していたかのように。もしや、去年の秋から?!……残念ながら、ウチの総合的な実力は、弘前高校に今少し及ばない。私は『もうできる事は無い』とさえ思っていた。普通に全力でプレイする事だけが、悔いを残さない、たった一つの方法だと思っていた。だが、こいつらはどうだ!!ただ一点でも、全国区のスター選手相手に、勝利する事を目指している!!確かに野球は、得点を取り合い、守り合う競技だ。得点が下回れば、試合としては、負けは負け。しかし――だからといって、すべての力で、技術で、負けるとは限らないのだ。たとえ部分的にでもあっても、勝利して達成感を得る事はできる――。ああ、これが、これこそが、教え子に教えられる、という事か。『生徒のやる気を削がず、見守る事も教育なのです。我らにできる事は、その手伝いなのです』……平塚監督。あなたの言う事はまさに、真実だった――!!)
現状、得点では弘前高校にリードされている。だが、決して落ち込んだ空気ではない。むしろ、山崎 桜が出場してから。宗源山野球部の士気は最高に高まっている。
目標とする相手、日頃の技術を発揮するためのライバルが居てこその、全力の野球。宗源山高校野球部の全ては、今、この日の試合で。炎となって燃え上がっている。
試合に勝利できずとも、決して悔いは残さない。笑顔で言葉を交わし、士気を高め合う宗源山野球部は、この今日という試合を、本当の意味で楽しんでいる。監督はそう、実感していた。
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【 スコアボード 】5回裏、弘前高校の攻撃継続中
宗源 0 1 0 0 1 | 2
弘前 3 3 0 2 2 |10
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宗源山高校の得点力は低い。弘前高校は勝利しつつある。だが、試合前の予想に反して、弘前高校の完全な圧勝、とはいかなかった。特に、5回裏の弘前高校の攻撃によって、それは明らかとなる。
宗源山高校の得点、2点に対し、弘前高校の得点、10点。内野守備が意外に硬いとはいえ、外野まで飛ばせば得点は可能であり、弘前高校の持ち味である、大味ではあるが『打撃で勝つ』というチーム特色と、宗源山高校ピッチャーの投手力、その力がぶつかり合った結果だった。そして、ワンアウト、ランナー1、2塁。2塁には山崎。
打席には3番打者の西神先輩。一打サヨナラコールドゲームのチャンスだった。そして、外角低めへのボールを、速い打球で1塁線へとはじき返す。
『うあああ!!』
そんな叫び声とともに、宗源山のライトがワンバウンドした打球に飛びつき、止めた。そして絶妙な位置もあってか、1塁と2塁への高速処理でゲッツー。得点差8点で、宗源山は5回裏を凌ぐ。山崎は3塁まで進んで残塁。
『よおおおし!!』『よくやった坂口!!』
『まだだ!!まだ続けるぞ!!』『まだ終わらせねえええ』
『続ける限りは、まだ次のチャンスがあるっ!!』
ファインプレーのライトを褒めたたえ、気勢を上げる宗源山ナイン。
全力の守備。大量点差をつけられつつも、試合を投げ出さない宗源山高校野球部の姿勢に、場内の観客からは大きな拍手が飛んだ。これこそが高校野球だ、これこそが球児の姿だと、見ている者の心を打ったのだ。
「――まさに、執念、だな」
「まだ、山崎との勝負にも勝ってないしなぁ……」
「勝負を続けるために、全力であがく。さすがだ」
その姿は、対戦相手の俺達、弘前高校ナインにも誇らしさを抱かせた。
俺達の対戦する相手は、尊敬できる対戦相手なのだと。これで投手力がもう少しあったのなら、打撃力がもう少しあれば。さらに良い勝負になったのだろうし、山崎とも正面対決ができたのかも知れない。だが、自分達にできる事を突き詰めた結果が、あの忍術じみた連携プレーを生んだのだ。考え、努力し、研鑽を積むこと。それは必ず何らかの実を結ぶ。宗源山高校野球部とは、そういうチームなのだろう。
その後も、宗源山高校の執念は、形を成す。
必死の守備、攻撃により、7回の裏の得点差を6点差にまで縮めたのだ。7回コールドの危機をも凌いだ宗源山高校。
しかし、ついにその命運が尽きる時が来た。
投手の制球力が衰え、8回裏の攻撃で大量失点を俺達に奪われ、そして。
「よくやった。宗源山高校。引導を渡すのは、このあたしの仕事ね」
塁間を散々走り、おびただしい回数のヘッドスライディングをこなし、全身泥だらけになった山崎が、9回表のマウンドに立つ。
「これが、あたしの球よ!!見るがいい!!」
ワインドアップポジションから、大きく腕を振りかぶり、胸を反らせてから流れる動作での全力投球。病み上がりから初のマウンド、最終回の投球は。すべて、フルパワーの高速ジャイロ。すべてがど真ん中へと叩き込まれる球だった。
……なお、この回に限り、俺がキャッチャーマスクを被っている。理由は『全開でブッ飛ばすから』というものだった。キャプテンからも無言で『絶対に代われ』という視線を飛ばされたし。なお、本当に全力全開だった。泥だらけにされたお返し、ストレス発散と言わんばかりの投球だったと思う。
大きく振りかぶる山崎に、宗源山高校ベンチから『『『おおおおおおお』』』と、大きな歓声とも取れるような声が上がったが……やはり、山崎をリスペクトしているのだろう。
選球しようとするだけ無駄だと、1球でも当てろ、少しでもがんばれ!!と。宗源山ベンチからは、声も枯れんばかりに声援が打者に飛ぶが、力及ばず。三者三振で終わり、試合は弘前高校の勝利で終わった。
試合終了後、観客から、部員から、報道記者からも、大きな拍手が飛んだ。その多くは、力及ばずながらも最後まで全力を、自分達にできる方法で最後まであがき続けた、宗源山高校野球部へと向けられたものだっただろう。
――――尊敬すべき相手を下し、弘前高校野球部、4回戦進出である。
さらば、誇るべき友よ。また、いつか試合で。
まあ、技術的には『あるよ』と言われる技術ですが、『とても完成度が高かった』『今まで使うところと当たってなかった』という感じで、雰囲気で読んでいただけると幸いです。
毎度の誤字報告機能の活用、まことにありがとうございます。2話ぶん仕上がって、その1つ目をここに投稿するのですが、基本的には翌日(0時予約の予定)投稿するものと、前後編みたいな構成です。長くなったので分割しなきゃならんなー、と思っていたら、思ったより文字数が多かったです。
次の話は、『宗源山高校ナインの気持ち』みたいな感じです。今回の話もそうですが、実質的には彼等が主役の話かもしれません。この物語は、ときどき高校生の群像劇みたいな感じに脱線する事があります。ゆるーくお付き合いください。




