90 燃える3回戦が迫る
一試合に完全燃焼する、熱き高校球児の心が滾る
「そんな訳で、あたしの本格的な復帰は4回戦から。次の3回戦は、代打かリリーフからの途中参戦という感じの予定になります」
「「「おおお――――」」」
週の半ばにまで練習スケジュールが進行した時点で、正式に山崎の復帰予定が決定したようだった。おそらくは明日あたり、記者へも取材回答するだろう。その前に、部員への発表である。
復帰後の山崎の練習の様子からして、何も問題はなかろう、とは皆も思っていただろうが……こうして改めて口に出してもらうと安心感が違う。
もちろん現状の戦力でも相応にやれる自信がついてきている弘高野球部員だが、危機的な状況が発生した場合の引き出しは、ほぼ無い。経験も人的資源としても不足、中途半端だからだ。やはり山崎というジョーカーの有無は、勝負をする人間の立場としては余裕が違うぜ。『いざとなったら最終兵器を出せばいいんやで』という感じで、強力な用心棒を抱えて強引な商売をするような、時代劇に出てくる悪徳商人的な余裕を覚えるのだ。
――どうにも俺は、山崎の邪悪な思考に少しだけ精神汚染されている気がする。自戒しないといけない。
「ふふふ。我らに死角なし」「バックに先生がいるのは良いですなー」
「ひひひひ」「いひひ」「いいとこ見せて褒めてもらいます。うふふ」
なにやら1年生の方から邪悪な笑い声が聞こえた気がした。少し気をつけておこう。
「もちろん野球はチームスポーツです!!個々の能力が無くては勝負になりませんが、ごく一部の強力な選手だけで勝てるわけではありません。フォア・ザ・チーム!!勝利に貢献できるよう、各自の仕事をちゃんとできるように練習してね!!」
「「「「はいっ!!!!」」」」
上下関係的にはあまり問題が無いのだろうが、1年生はすでに山崎の完全支配下にある気がするな。まあ弘高野球部的にも問題は無いのだが。部室内では副部長の方が部長みたいな感じになっているのは、やはり弘高野球部クオリティというものだろうか。
山崎 桜と、ゆかいな仲間たち。……もともとそんな感じだった。何も問題はないか。
※※※※※※※※※※※※
「さて、次の対戦相手は……どこだっけ?聞いたことのない学校、という事くらいしか覚えがないんだけど……今井センパーイ。どこでしたっけー?」
これからの試合スケジュール管理に慣れさせようとしているのか、山崎のてきとうな言葉が今井マネにかけられて、今井センパイが手帳をめくる。
「えーと。次の3回戦の対戦相手は、『宗源山高校』……ね。県内では珍しい……いちおう、仏教系の学校、かな??その辺はよく分からないけど……野球部としては、あんまり強くはないみたいな。県内の高校野球選手で注目されるような選手も居ないみたいだし、まあ、特にマークもされてない、みたいな」
ふーむ。確かに有力高校として名前が挙がった事がないような学校だ。まったく覚えがない。とはいえ、高校野球では無名の学校が突然躍進する事もある。情報が無いというだけでは脅威の程はよく分からん。油断はするべきではないな。俺達のような例もある事だし。
「宗源山高校か……一休さん、知ってる?」
「宗源山高校、といえば……創立者が禅宗の系列の方だったと思います。ですが、新興系列でもないですし、仏道の専門課程があるにはあるものの、必修ではなかったはずです」
「あら、思ったよりも詳しそうね」
「進学の選択肢としては存在しましたので、少しだけ調べました。……普通に仏教系大学への進学が有利という事もあって、近隣の県外から仏教関係者の入学者も少数ながらあるはずですが……大多数は一般生徒ですね。私の実家は特に強くは勧められはしませんでしたので、学校調査の時点で希望から外しましたが。偏差値は中の下くらいだったかと」
一休さんこと安藤から普通に答えが返って来た。やはり餅は餅屋、というか。坊主の業界では名前が知られているようだ。
「ふーん。まあ、問題になるのは野球部の強さだしね。話題に上がるような事もないなら、ごく普通の野球部って事かな。まだ3回戦だし」
確かにそうだ。6回勝ち抜けば甲子園、とはいっても。3回戦程度では、抽選のクジ次第では県内の中堅どころか、それ以下の実力のチームが上がってきても全然不思議じゃないし、拍子抜けするくらい弱いチームが勝ち上がって来てもおかしくはない。
「それじゃ……宗源山高校に勝利した場合、4回戦で戦う可能性がある学校は?」
山崎の言葉に、今井センパイは、少しだけノートに視線を巡らせた後、こう言った。
「……順当にいけば、『飯坂工業高校』に、なると思います」
「なるほど。そりゃ確かに順当ね」
確かに。実力者という意味では、何の不思議もない。
ただ、例年……去年までならばベスト4以上が当然、と言われていた有力校と、県内の優勝候補と目されている当校が、ベスト8でぶつかる、という事になるわけだ。
加えて飯坂工高とは、年末から春まで、1年生がいなくて部員不足の折に合同練習という名目で、結構お世話になっている。飯坂工高の島本監督を含めて、レギュラー部員とも友達付き合いレベルで話せる程度には仲良くなっている。1年生が入ってからは飯坂工高との練習も無くなってしまっているが、やはりお友達感覚があるのは間違いない。少し気楽な反面、ちょっぴり感慨深いものもある。
「そりゃまた結構。お世話になった盟友と勝負するためにも、来たる3回戦は何の問題もなく勝ち抜かなきゃね」
「資料映像は、いつもみたいに届いてるんだけど」
今井センパイの言う『いつもの』は、ボランティアで情報収集を行ってくれている、『弘前高校情報収集部隊』の有志の方だな。何もしなくても勝手に情報を集めて専用サイトに上げてくれる人達のやつだ。関係者および、市販されているファングッズを購入して弘高野球部ファンクラブ会員登録をしている人間ならば自由に見られるようになっている。
「宗源山高校か。ちょっと見ておきましょうか。監督?」
「そうだな。まだ見ていない部員もいるだろうからな。頼む」
「ちょっと待って下さいねー」
今井マネがタブレットを操作して、動画の再生を確認すると画面をこちらに向け、ホワイトボードに立てかけた。皆で見やすいように立ち位置を変える。
※※※※※※
流れる動画を、皆で鑑賞する。ときおり、ワーワーという歓声が上がりながら、ごく普通に試合が進む。
こう言っては何だが、特別に目立つところはない。もちろん2回戦を突破した、というだけはあり、相応に技術はあるし、そこそこ打撃を含めたパワーもありそうだ。
しかしスター選手と言えそうな選手も居ないみたいだし、『普通』以上の関心を持つ事はできなかった。
※※※※※※※
「普通ね」
「投手も普通だと思う」「打線も普通だと思う」
「強いて言えば、全員がかなり短めの坊主頭だった事が印象に残った」
「その辺、わりとしっかりしている感があった気がする」
小学生(低学年)みたいな感想しか言えない俺達だった。
「……実は、そこら辺が、進学の選択肢から即座に外れた点でして」
安藤こと一休さんが、ぽそりと言う。
「どういう事なの、一休さん」
「校則と生活指導が、かなりしっかりしているのです。仏教系の私立、という事もあるせいか。生活指導に関しては厳格なようで。その基本方針は創立以来、ずっと変わる事はなく……結果、入学希望をする生徒の方向性にも影響を与え……現在の宗源山高校ですが、『実質的に男子校』のようでして。いちおう建前上は共学のはずなのですが」
「「「えっっっ」」」
思わず、異口同音に驚きの声を上げる俺達。
「飯坂工高と同じって事?!」
「女子が1人もいない、という事であれば。画面には映ってませんでしたが、おそらく応援席にも女子は1人もいないはずです」
「「「飯坂工高よりひどいじゃん!!」」」
あそこの野球部、数少ない女子の応援を引っ張ってくるだけのコネはあったし。
「荒野の国って事、かしらね」
「オアシスの無い砂漠のようなものでしょう」
ひどい事を言う奴らだ。そしてやはり一休は生臭坊主だと思う。
タブレットの画面では、ちょうど試合が終了した場面が流れていた。三遊間を抜けようとする高速ゴロをそつなく処理する、キレイなプレー。勝利が決まり、笑顔で喜び合う宗源山ナインの姿が映っていた……が、今の俺達は少しだけ寂しい気分でその様子を眺めていた。なぜだろう。
「まあ、ともかく」
山崎が口を開く。
「いまどき希少価値が出つつある、マジメなイガグリ軍団みたいだし、こちらもマジメに試合しましょっか。次もがんばるぞー」
「「「おお――」」」
山崎の適当感が溢れる言葉に、適当に声を上げる俺達だった。
次の試合に向けて士気が上がるどころか、むしろ下がったような気がする。なぜだ。
ともかく俺達は、週末の試合に向けて、練習を頑張るぞと。そう思うのだった。
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ところは変わり、宗源山高校、野球部部室。
「――いよいよ、『あの』弘前高校との試合が近づいてきた」
顧問教師も監督も居ない、部員だけのミーティングが行われている。
「監督は『同じ高校生だから勝機はある』と、繰り返し仰っているが、我々はそうは思っていない。次が我々の、この夏最後の試合だろう」
主将の言葉に、重くうなずく部員達。
「――そして、夢に見るほどに待ち望んだ、『弘前高校』との試合だ。開会式で山崎 桜が救急搬送された時はどうなる事かと思ったが、次の試合には間に合う。公式のコメントがあったようだ」
「「「おおおお――」」」
安堵と喜びの声が、部室を満たす。
「もっとも、1イニング目から出てくるとは限らない。仮にも病み上がりだからな。だが、山崎 桜の性格上、そして試合勘を取り戻すという意味を含めても、少しでも試合内容がもつれれば早期の投入は間違いないだろう。最初から飛ばすぞ」
「「「おおっす!!!!」」」
気合の入った声が返ってくる。
「確認!!資料係!!」
「バックネット裏、手配完了しています!!」
「内野席、手配完了しています!!」
「外野席、手配完了しています!!」
「ベンチ内、手配完了しています!!」
よろしい、とうなずく主将。
「確認!!内野連携!!」
「牽制カバー入ります!!ランナー確認よし!!」
「ピックオフは3回目!!段取り確認よし!!」
「走路確認、必ずします!!安全確認よし!!」
うむ、とうなずく主将。
「確認!!外野カバー!!」
「牽制カバー入ります!!全力ダッシュで視線は外しません!!」
「基本は前進守備!!守備ラインの穴は作りません!!」
「声出し確認よし!!最速で返球します!!」
よし、とうなずく主将。
「いいか!!機会は可能な限り平等に、そして情報共有は密に!!我々の夢をものにするぞ!!最高の試合を、最高の瞬間を我らに!!いいかぁっ!!」
「「「おおおお――――っ!!!!」」」
熱く滾る熱気と気合の声が、宗源山高校野球部の部室を揺らす。
夏の全国高校野球大会、県予選の3回戦に、一試合完全燃焼しようとする高校生の姿が、そこにあった。
熱い夏の戦い、弘前高校野球部の3回戦が、いよいよ近づいてきていた。
3回戦に向けて、互いに熱き心を燃え上がらせるのであった――
白球にかける、清き青春のキラメキ。
どこからどう見ても、そんな感じに仕上がったかと思います。異論は認めます。
それはそうと、ちょっと時間が空きましたが更新です。なんかGW中の暇つぶしブースト効果で、ちょっぴりスコアが伸びて喜んでました。ヒューマンドラマのランキングにスポーツものがけっこう入ってたのは、なんかベテランさんが転載投稿??した野球モノの広告効果じゃないのかなー、とか思います。恩恵にあずかり、ありがたい事です。妹の方の相互広告効果も少しはあったのかな?
毎度の誤字報告機能の活用、ありがたい事です。できるだけ面倒をかけないようにしますので、またどこか見つけたらよろしくお願いいたします。次回更新は今回よりは速くしようかと思っております。ゆるくお付き合いくださいませ。




