マリー・ウィスティリアと妖精の花(上)
- マリー・ウィスティリアと妖精の花 -
『マリー・ウィスティリアと妖精の花』
〇登場人物
●マリー・ウィスティリア(17)
魔法大学で「大魔導師」の学位を取ることが夢の高校生。
●ジョージ・ガーデニア(17)
マリーの幼馴染み。
●ジュリア・コルチカム(27)
指定違法魔術である死霊術を操る怪しげな女性。
●イライジャ・ヴェラトルム(29)
元騎士団員の吸血鬼。
夜の森。
2人寄り添うジュリアとイライジャ。
イライジャ「星が綺麗だ」
ジュリア「ええ。でも星空でない空も、綺麗なのよ。とっても。……もう、忘れてしまった?」
イライジャ「月と星が輝く空の下を歩ければ十分だよ。今からでも遅くない。君は──、」
ジュリア「そんなこと言わないで。私は後悔なんてしてないわ。あなたは、私が必ず……!」
イライジャ「ジュリア……」
そっとジュリアを抱き締めるイライジャ。
肩を震わせてジュリアがすすり泣く。
ジュリア「イライジャ。私、悔しいわ。自分の力不足が。それに、あなたを簡単に見捨てたあいつらを許せない! あれだけあなたを頼り切っていたのに、いざとなったら──、」
イライジャ「ジュリア」
ジュリア「っ」
イライジャ「もう、彼らのことは忘れよう。元のままではいられないんだよ。それに君は力不足なんかじゃない。あの花を、妖精の花を見つけてくれたじゃないか」
ジュリア「でもこのままじゃ使えないわ」
イライジャ「それは……そうだけど」
ジュリア「安心して。私が必ず花を咲かせてみせる。そしてその後は……!」
イライジャ「…………」
強く拳を握りしめ、歯ぎしりするジュリア。
タイトルコール。
マリー(N)「マリー・ウィスティリアと妖精の花」
学校。チャイムが鳴る。
鉄扉を開けて屋上へ出るジョージ。
寝転がっているマリー。
マリー「サボりは良くないよ、ジョージ」
ジョージ「お前もだろ、マリー」
マリー「そうだね」
ジョージ「なんで魔法実技だけピンポイントでサボる?」
マリー「気分が乗らなくて」
ジョージ「嘘つけ。『この魔法社会で魔法も使えないヤツはクズ以下』ってのはお前の言葉だろ」
マリー「先月の魔法実技で魔力回路開くのミスって暴発しかけたでしょ。あれが怖い」
ジョージ「普段から古代上級魔法勝手に習得しまくってバカスカ魔法暴発させてるくせにか?」
マリー「私は授業出なくても魔法使えるから」
ジョージ「ふざけんな明らか不自然だろ。魔法大学行って大魔導師の学位取るとか言ってるヤツが、どうして魔法実技サボれるんだ」
マリー「……それ、もういい」
ジョージ「シェリーも心配して俺に相談してきたぞ。『お姉ちゃんが最近おかしい』って。妹だろ、心配させんな」
マリー「…………」
ジョージ「……マリー」
マリー「うるさい」
屋上を去るマリー。
鉄扉が勢い良く閉まる。
ジョージ「何だってんだ、くそ」
街の喧噪。車の走行音やクラクション、横断歩道の音響信号など。
道を歩くマリー。コツコツと硬い足音。
マリー(M)「ネットの記事は眉唾ばかり。基礎元素魔法も使えなさそうなヤツが書いた頭の悪そうな文章が並んでるだけ。だったら図書館の方が……でも一般の棚じゃダメだよね。それなら……!」
図書館のドアを開けるマリー。
奥へと進み、立ち止まる。
マリー「……禁書庫」
マリー(M)「禁書庫に保管してある書物の中には危険な魔本も多い。閲覧許可なんて一般人は取ることができない。どうにかして忍び込まないといけないけどセキュリティが……」
熱源探知システム管理クリスタルの駆動音。
マリー(M)「敷設式魔導熱源探知システムに、監視カメラ。そして扉は当然施錠されている。正直、私個人の能力で全部突破できるとは思う。光属性の魔法で可視光を屈折させれば透明人間になれるから、鍵の入手とカメラはクリア。熱源探知も風属性と火属性の魔法を応用すれば、室温と同じ温度の空気の層を作れる。私の体温を隠すことができるから、これで全部のセキュリティを無効化したことになる。そう、私ならできる」
ふん、と鼻を鳴らすマリー。
マリー「……魔法が使えればの話だけど」
溜息を吐くマリー。
マリー「一応他の場所も調べて……待って」
クリスタルに近寄るマリー。
マリー「……? システム管理クリスタルが濡れてる? 液体なんて使われてないはずなのに」
短い間。
マリー「もしかして」
扉に駆け寄り、ドアノブを捻るマリー。
マリー「……扉の鍵、開いてる」
周囲を見回すマリー。扉を開け中に入る。
マリー「やっぱり、システムが正常に動いてない。カメラにも細工がされてるはず」
マリー(M)「鍵が開いてて、セキュリティシステムもオフライン。私以外に先客がいるってことだよね。注意しなきゃ。でも、それよりも……」
息を呑むマリー。
マリー「蔵書量、思ってたよりすごい……!」
間。
時計の秒針の音。
本のページをゆっくりとめくるマリー。
マリー「ん……妖精の花? 人の願いに反応して奇跡を起こす。……蕾のままだとだめなんだ。咲いてればどんな願いでも叶っちゃうの? これがあれば……」
ジュリア「可愛いネックレスね」
マリー「ひっ!?」
ジュリア「しーっ。不法侵入がバレちゃうわ」
マリー(M)「いつの間にこんなそばに? この人が先客……!」
ジュリア「そう警戒しないで。私はジュリア。見ての通りの不法侵入者よ。あなたは?」
マリー「あ……え、えと……」
ジュリア「制服……ヴィリロス学園のものね? 魔法の超名門校じゃない」
マリー「あ、はい……。ヴィリロスの2年生です」
ジュリア「その可愛いネックレス、誰かにもらったの?」
マリー「これは……その、彼氏に……」
ジュリア「ふぅん? 彼氏いるんだ? あ、この本。妖精の花について調べてたの?」
マリー「あの、」
ジュリア「これ凄いのよ。本物の妖精が宿っているの」
マリー「ジュリアさん、」
ジュリア「蕾までは自然に育つんだけど、咲かせるのが大変なんですって。花が開くと綺麗な青色の、」
マリー「ジュリアさん!」
ジュリア「ん?」
マリー「あなたはどうしてここに?」
ジュリア「危険を冒してでも欲しい情報があるの。あなたもそうでしょう?」
マリー「……それは、そう、ですけど」
ジュリア「私の場合はもう必要なくなったけどね」
マリー「え?」
ジュリア「あなたは? ここは何か困っていることがあるからって、ただの学生が来るような場所ではないわよ?」
マリー「私は……」
ジュリア「大きな悩みがあるんでしょう? それも魔法関係の」
マリー「……はい、そうです」
ジュリア「話してみて。私は最新特殊魔法技術の研究者なの。力になれるかもしれないわ」
マリー「えっ本当ですか!?」
ジュリア「ええ、そうよ。主に反物質精製とか調整波長光による間接的ダークマター利用とかの素粒子魔法についてだけど、そればっかりじゃないわよ」
マリー「すごい。ダークマター魔法は私も勉強してるんです。新エネルギー安定供給にも繋がりますし、軍事的にも大きな意味を持つはずです。暗黒物質の掌握は世界のパワーバランスを変えると思ってますよ!」
くすくすと笑うジュリア。
ジュリア「学生さんなのに偉いわね。その通りよ。ダークマター技術は我がエクサルファ王国神啓騎士団の最新鋭のタクティカルゴーレムや魔導パワードスーツに既に組み込まれているの。実験部隊に配備されていて、彼らは吸血鬼の真祖の討伐を成功させているわ。撃退ではなくね」
マリー「倒したんですか!?」
ジュリア「ええ」
マリー「真祖を!?」
ジュリア「そうよ」
マリー「すごい。やっぱり魔法はすごい。魔法こそが人類の叡智の結晶。人類の進化とは魔法技術の発展です。人間の価値は魔法のレベルで決まるべきです。高位の魔導師ほど収入が高くなるのは当然の当然の当然! 魔法を使えないような人間に価値なんてないですよ!」
ジュリア「ふふ、勉強熱心なのね。魔法にも自信がありそう」
マリー「ええ、当然……その、そうですね……」
ジュリア「悩みのタネは、そこ?」
マリー「…………」
頷くマリー。
マリー「私……魔法が使えなくなったんです」
ジュリア「詳しく聞かせて?」
マリー「固有攻撃魔法の開発を試みていたんです。長文詠唱の必要ない速射魔法です。敵の攻撃に即座に反応してカウンターを実行できる魔法が欲しくて」
ジュリア「ふむ、それで?」
マリー「雷属性と氷属性のハイブリッドにしようと考えました。どちらも攻撃の効果が瞬時に現れ、マンストッピングパワーに優れ、攻撃後にも人体に影響を残すからです」
ジュリア「合理的だと思うわ」
マリー「理論は完成していて、細かな調整を必要としないように作ったので杖などの触媒がなくとも十全に効果を発揮できるはずでした」
ジュリア「触媒なしで……なるほど、ちょっと難しいことを考えたわね」
マリー「はい……。複合属性でも魔法の構造自体は簡単なものにしたので十分に実現できると思ったんですが、うまくいかなくて……試験使用で事故を起こしました」
ジュリア「どんな?」
マリー「魔力回路が開き切る前に魔法が発動して、出口のないまま魔力が射出されそうになったんです」
ジュリア「下手をすれば身体が破裂してしまう、危険な事故ね」
マリー「そうです。慌ててキャンセルをかけて、暴発は免れたんですが……その……」
ジュリア「魔力の攻撃性が確保されたまま体内に残って異常回転を始めたのね。通称エンドレスバースト。攻撃性魔力が体内を延々と循環しているため新たな魔法を構築しようとすると魔力同士が体内で衝突してバースト、肉体が破損する。放置しても暴走循環の効果で少しずつ攻撃性魔力は力を増し、最後には爆発し、やはり肉体を破壊する。有効な治療法はひとつ。体内の魔力の完全消去」
マリー「……そう、です。治療以降は、魔法の使えない人間になります」
ジュリア「あなたはそれを無価値な人間と定義しているわ」
マリー「はい……。この魔法社会で魔法が使えないなんて……!」
拳を固く握り歯ぎしりするマリー。
ジュリア「そうよね。悔しいわよね。でもあなたは、そうならない未来への道を見つけた」
マリー「妖精の花に願えば……」
ジュリア「ええ、あなたは助かる」
マリー「だけど、これを探して手に入れるのは難しそうです。でもやらないと」
ジュリア「んふ、大丈夫よ。あなた幸運だもの」
マリー「え?」
ジュリア「この街の外れにある森。古代文明の遺跡にこの花があるわ」
マリー「!?」
ジュリア「連れて行ってあげましょうか?」
マリー「でも……」
ジュリア「わかるわ、初対面だもの。こんな都合のいい話、信じられないわよね」
マリー「そんなことないです! ジュリアさんは立派な魔法研究者ですから。だから、私を連れて行ってください」
ジュリア「……んふ。ええ、もちろん」
マリー「よかった……希望ってあるんですね」
ジュリア「そうよ。どんな境遇の誰にだって希望はあるわ。それが他の誰かの絶望に繋がってしまうこともあるけど、それでも希望は希望よ」
マリー「……? えっと……?」
ジュリア「ううん。何でもないわ。さあ、行きましょう。急ぐんでしょう?」
マリー「は、はい!」
コツコツと2人の足音。禁書庫の扉が閉まる。
学校、スマホを耳に当てるジョージ。
ぷるるる、と電話の呼び出し音。
電話が繋がる。
マリーの録音「ごめんなさい、今は電話に出られません。ご用の方は発信音の後に──」
ぶち、と途中で切られる録音メッセージ。
ジョージ「電話もスルーかよ、マリー……」
続く