第五章 ただ観る
悟りコースが始まってから2ヶ月が経ち、天宮は3回目の研修会に参加している。教室にインストラクターの小森が入って来て話し始めた。
「おはようございます。皆さんいい顔つきになりましたね。この2ヶ月の間真剣にマインドフルネスを実践されたことがよくわかります。では早速研修に入ります。マインドフルネスは『瞬間瞬間』あるいは『今この瞬間』『今ここ』に集中することだと言われています。この『瞬間瞬間』『今この瞬間』『今ここ』はマインドフルネスを理解する上で重要な用語なので詳しく説明します。『瞬間』というのは視覚や聴覚などの感覚は瞬間的に生じて瞬間的に滅しているということです。そして瞬間的な感覚が次々と連続して起こっているのです。つまり一つ一つの瞬間的な感覚は前後の感覚とは独立したものであるので、思考を差しはさんで前後の感覚をつなぎ合わせてはいけないということです。そのように思考によって前後の感覚をつなぎ合わせることで妄想や錯覚が生まれるのです。例えば、紙が燃えると灰になると多くの人達は思い込んでいますね。しかし、それは本当は正しくありあません。紙を見たという体験と燃えているのを見たという体験と灰を見たという体験があるだけなのです。このように体験に一切の判断や思考を差しはさまないことがマインドフルネスです。次に『今』について説明します。『今』ということは過去と未来のことは考えないということです。過去はもう過ぎ去ってしまって記憶の中にしかありません。未来はこうなるだろうという思考の中にしかありません。つまり、現実では無いということです。『今』だけがリアルな現実なのです。本当の意味で現実とは『今』『今』『今』の連続なのです。次に『今ここ』の『ここ』とは今実際に体験していることだけに集中するということです。遠く離れた田舎のことを考えたりしないということです。つまり、マインドフルネスとは過去・未来・どこか別の場所などの思考を完全に排除し、徹底的に『今ここ』で実際に体験していることに集中し、【ただ観る】ことが大切です。この【ただ観る】というのは一切の価値判断をしないで、ありのままを見たり聞いたり嗅いだり味わったり触覚を感じたりすることです。ここで言う『ありのまま』とは普通の人達のありのままとは全く違うので、注意が必要です。『ありのまま』とは、例えば皆さんの目の前には机があって、机の上にはテキストが開いて置いてありますね。これをもし生まれたての赤ちゃんが見たらどう見えているでしょうか?」
「…………」誰も答える者はなかった。
「答えは茶色と白色と黒色の色だけが見えているのです。茶色は机の色です。白色はテキストの紙の色です。黒色は文字の色です。つまり、ありのままに見ると茶色と白色と黒色の色だけしか見えていないのです。机やテキストや文字があると思うのはデフォルト(初期設定的に)で立ち上がっている無意識的な思考の働きによるものなのです。つまり、机とテキストと文字は実際には経験されていなくて、頭の中でそれらがあると考えて作り出した錯覚の世界だったのです」と小森が説明したところで受講者達から驚きの声が上がりざわついた。
「皆さんが驚かれるのも無理もありません。今まで皆さんが生きてきた人間の世界では机やテキストが本当に存在すると信じ込まれていましたから。しかし、悟りの世界ではそれらは本当は存在しないのです。これがありのままを【ただ観る】ということです。また【ただ観る】ということは一切の常識的な前提を排除することでもあります。ここで言う一切の常識的な前提とは肉体を持った私がいて、私のまわりには客観的で物質的な世界が広がっているといった誰でもが普通に信じ込んでいる世界観です」
「どうしてその世界観を排除する必要があるのですか?」と天宮が質問した。
「その世界観が思考によって捏造されたものであり、全ての精神的苦しみの原因だからです」
「捏造? そんなバカな!」
「今はまだ信じられないでしょう。しかし、マインドフルネスを継続することでいずれ解る時が必ず来ます」とインストラクターの小森は答えると更に話始めた。「では講義はこれくらいにして、呼吸を観察する瞑想を45分間行います」
呼吸を観察する瞑想が終わると、インストラクターの小森は話し始めた。「では次に歩く瞑想を行いますが、その前に15分間の休憩をとります。15分後に1階のロビーに集合して下さい」
「ではこれから歩く瞑想を始めます。先ほど話した【ただ観る】ということを実践しながら歩く瞑想を行って下さい。例えば、木を見ても木だと思わず、川を見ても川だと思わないということです。ただいろいろな色が移り変わっていく様を感じるだけで、自分が移動しているといったことも思わないようにします」
「実際には移動しているのに、どうして移動していると思ってはいけないのですか?」と天宮が質問した。
「本当には移動していないからです。私達は常に『今ここ』にいます。移動していると錯覚するのは先ほどの講義の時に話した私達のまわりには客観的で物質的な世界が広がっているといった誰でもが普通に信じ込んでいる世界観のためです。しかし、本当はそんな世界など存在していませんから私達が移動することはないのです。今はまだ信じられないと思います。また無理に信じる必要もありません。マインドフルネスを継続することでいずれ必ず解ることですから。今はただありのままを【ただ観る】だけでいいのです。つまり、歩くということは私が移動することではなく、呼吸に合わせて定期的に反復して足の感覚が生じ景色のように見える周りの色が後方に移動することです。では話はこれくらいにして、呼吸と足の感覚に集中しながら歩きましょう」とインストラクターの小森は言うと歩き出した。天宮は言われた通りに木を見ても木だと思わず、川を見ても川だと思わす、また自分が移動しているとも思わないように努めたが、それはそう簡単にできることではなかった。
一時間後、歩く瞑想が終わると天宮は質問した。「木を見ても木だと思わず、川を見ても川だと思わないでおこうと努力しましたが、木を見た瞬間に木だとどうしても思ってしまうし、自分が移動しているという思いもありました。どうすればいいのでしょうか?」
「【ただ観る】ということはそう簡単にはできませんから、今はとにかく思考を起こさないように注意しながら呼吸と体の感覚に集中していればそれでいいですよ。気長にやっているとある時、木や川は本当は何なのかが見えるようになる時が必ず来ますから。マインドフルネスを継続していれば大丈夫ですよ」