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マインドフルネス  作者: てつお
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第四章 雑念

 天宮は朝起きるとマインドフルに歯を磨き、髭を剃り、顔を洗うと、すぐに呼吸を観察する瞑想を行った。始めのうちは集中できていたが、次第に雑念が生じるようになった。更に瞑想を続けていると生じた雑念に完全に心を乗っ取られ、呼吸に意識を向けることすら忘れてしまっていた。そのことに気づいた天宮は「これではいけない。どうすればいいんだろう?」とつぶやいた。

 天宮は今日は休みなので、気を取り直して掃除をすることにした。もちろんマインドフルに。始めのうちは呼吸に意識を向けながら一挙手一投足に集中して掃除をしていた。しかし、15分も経つと次第に雑念が生じ始め、そのうち呼吸に意識を向けることさえ忘れてしまって完全に雑念に支配されてしまっていた。しばらくして、そのことに気づいた天宮は「あっ、またやってしまった。雑念を消すというのは簡単そうでなかなかうまくいかないものなんだな。今度瞑想会で質問してみよう」と呟いた。



 悟りコースが始まってから1ヶ月が経ち、天宮は2回目の瞑想会に参加している。教室にインストラクターの小森が入って来て話し始めた。

「おはようございます。皆さん顔つきが変わりましたね。この一ヶ月の間真剣にマインドフルネスを実践されたことがよくわかります。その調子で引き続き頑張ってくださいね。では早速研修に入ります。今日は雑念にどう対処するかについて話します。誰でもマインドフルネスを始めると、まず最初にぶち当たる壁が雑念です。消しても消しても次々に湧いてくる雑念に苦労されていることと思います。そこで今日は二つの雑念をなくす方法を紹介します。まず一番目にマインドフルネスでは雑念が湧いたら、そのことに気付いて呼吸に意識を戻すことが基本です。気づいては戻す、気づいては戻すということを繰り返しているうちに集中力が付き雑念が少なくなっていきます。しかし、この方法でやっていても雑念が減らずに困っている人達も大勢いると思います。そこでもう一つの方法を教えます。私はマインドフルネスと禅を両方やっていて、禅の老師から指導を受けた方法です。老師からは雑念は気合で払うものだと指導を受けました。その気合は頭に着いた火を水を掛けて消すのではなく、気合で消んだというくらいの気合だと教えられました。当時は気合で火が消えるのかよと突っ込みを入れたくなりましたが、後になって老師が言いたかったのは、どんなに不可能に思えることでも絶対に成し遂げて見せるという気迫が大切だと教えられていたのだと解りました。そして『気合の入っていない脱殻ぬけがら坐禅では何年やっても物にはならんぞ』と言うのが老師の口癖でした。私は気合が大事なことは解りましたが、実際にどのように気合を入れるのかがなかなかつかめず、老師に質問すると自分で工夫くふうしろと言うだけで教えてくれませんでした。そんな訳で私はかなり試行錯誤を繰り返していました。そしてたどり着いた方法が、まるで刀を気合を入れて砥石で研ぐように、気合を入れて呼吸で心を研いで研いで研ぎ澄ましていく、そんなイメージでやるとうまくいきました。ましたと過去形で言ったのは、もう雑念のない状態がすっかり定着したので、今は意識しなくても自然に自動的にマインドフルな状態でいることができるからです。私にはこの方法が合っていましたが、誰にでも合っているとは限りません。皆さんもいろいろと気合で雑念を消す方法を試行錯誤し、自分なりにいろいろ工夫してみて自分に最適な方法を見つけて下さい」

天宮が手を挙げて質問した。「家で掃除をする時もマインドフルにしようと丁寧に一挙手一投足に注意を向けて集中するのですが、どうしても集中が長く続かずに、雑念に支配されてしまいます。どうすればよいのでしょうか?」

「丁寧に一挙手一投足に注意を向けるあまり、動作がゆっくりになっていませんか?」

「多分少しゆっくりだったと思います」

「ゆっくりした動作は集中しなくてもできますが、素早い動作は集中しなければできません。これからはできるだけ素早く、しかも丁寧に、そして更に気合を入れてやってみて下さい」

「分かりました。ありがとうございました」

「では講義はこれくらいにして、呼吸を観察する瞑想を45分間行います。では始めて下さい」とインストラクターの小森が言うと、呼吸を観察する瞑想が始まった。



 瞑想会が終わり、自宅に帰って来た天宮は早速インストラクターの小森から聞いた刀を研ぐように呼吸で心を研ぎ澄ますイメージで呼吸を観察する瞑想を行った。しかし、どうやら天宮にはこの方法は合っていなかったのか、相変わらず雑念に頭を占領されていた。そこで天宮は昔剣道をやっていた時に使っていた竹刀しないを取り出して構えた。そして剣道の試合を思い出し、その時の真剣さと気合いを蘇らせていた。そしてその気合で呼吸を観察する瞑想を行なった。どうやら天宮にはこの方法が合っているようで、瞑想に集中することができた。

 呼吸を観察する瞑想が終わると、天宮は瞑想で気合の入った心が乱れないうちにと、すぐに掃除を始めた。今日の瞑想会で教わった通りに、素早く、しかも丁寧に、そして更に気合を入れてやってみた。とても集中して掃除ができた。雑念を消し去るにはやはり気合が大切だと確信した。



「天宮、今日一杯行くか?」仕事が終わり、退勤時に村本が話しかけてきた。

「いいね! 久しぶりだし行こう」と天宮は答えた。

 二人は会社の近くの居酒屋に入った。

「お疲れ!」と二人は言って生ビールのジョッキで乾杯した。

「マインドフルネスのビジネスコースってどんなことを習った?」と天宮が質問した。

「怒りの感情が起こった場合の対処の仕方を習ったよ。怒りを感じたら①停止する②呼吸する③気づく④よく考える➄反応するという五つを順次実行して対処するといいんだって。そして、過去に実際に怒りを感じた情景を思い起こして練習したよ。要するに反応を停止して呼吸に意識を向けることで落ち着きを取り戻し、出来事と自分の間にスペースを作って客観的に観察することで最適な反応をするってことなんだ。こういう練習を繰り返し行うことで怒りを感じた時に適切に対応できる能力が身に付くそうなんだ」

「へー、結構実戦的なことを習ってるんだ」

「悟りコースではどんなことをならった?」

「一日中マインドフルネスと雑念の対処の仕方を習ったよ」

「一日中マインドフルネスって、一日中ずっと続けろってことか?」

「そうなんだ。一日中ずっと続けることが悟りを開く条件なんだって」

「へー、そりゃ厳しいね」

「うん。厳しいけど、7割以上の人達がクリアしてるんだから何とかなると思ってるよ」

「雑念の対処の仕方ってどうするんだ? 実は俺も雑念がなかなか無くならなくて困ってるんだ」

「雑念を無くすには気合が大事なんだ。具体的にどう気合を入れるかは個人個人最適な方法が違うから自分で工夫して最適な方法を見つけるしかないんだ」

「へー、そうなんだ。気合なんだ。天宮はどんなふうに気合を入れてるんだ?」

「俺の場合は昔剣道をやっていた時に使っていた竹刀しないを取り出して構えて、剣道の試合を思い出し、その時の真剣さと気合いを蘇らせるんだ。そしてその気合で呼吸を観察する瞑想を行うとうまくいったよ。剣禅一如けんぜんいちにょとはこういう事なんだろうな」

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