4話「綻び」
せっかく野菜もたくさん手に入ったのだし、食卓の彩りにもどんどん使ってもらう事になった
今やこの屋敷ほど豊富な食材を蓄えてある所など、この世界には存在しないであろう
「ほんで先生はなんやったって言うてたんや?」
「原因わかったんですわよね?」
二人の質問がやはりそこにくる
俺は気まずそうな顔でこめかみをポリポリと指先で掻いていた
それをピノが見てテーブルの下で俺の足を踏んづけていた
「子供ですよ」
「ん?教会の子らから病気でももろたん?」
ローズが聞く横でミドが察した表情を浮かべる
「…子供ができたんです、ちょっと貧血気味になってただけですよ」
そこまで言われてようやく理解したローズ
数秒間無言で俺とピノの顔を交互に見ていたのだった
「…えええぇぇぇ?!」
しかも獣人の子というのは成長が早いらしく
3ヶ月もあれば産まれてくるのだというから、なお驚きである
ローズも落ち着きを取り戻し、ピノに色々尋ねていた
『名前は?』『ほんまにシュウの子なん?』
そしてミドもまた
『シュウと別れたくなったらここで働きませんか?』などと、冗談にもほどがある
「リドラちゃんが可哀想だから一緒に連れてきても良いかしら?」
「…ピノまでっ?!」
まったく酷い事を言ってくれやがるもんだから俺の心はズタボロだよ
こういう時の女子は怖いものである
まぁ今後しばらくはあまり激しい運動はしないようにも言われているから冒険も一時中断しておき
時折はダンジョン用のアイテムも取りに行かなきゃならないもんだから、その時はピノも軽い運動がてら一緒に行こうって事になったのだった
「で、さっそく運動ってか?」
「うん、だってせっかく強くなったのに全然動いてないんだもん」
食事の後、風呂も入りピノと二人だけで南東の島に来ている
「せっかく温まったんだから今日はやめておけば良いのに」
「いいじゃんもう一回入れば、シュウは私にストレスで死んじゃえば良いって思ってるのね?」
そんなわけないが、正直この寒空の下で夜に波打ち際はトリプルコンボである
「っくしゅっ!」
「ほら言わんこっちゃない、帰るぞ?」
どの魔物も今のピノの敵ではなく、一撃加えると消えてしまう
もっと動き回れば身体も温まるのだろうが、それを叶えてくれる魔物がいないのだ
「もうっ!魔神でも良いから出てきなさいよ!」
うまく力を出すことができなくてイライラしてしまうピノ
「随分と荒れておるなお主ら…」
ちょうどそこに現れる魔王ブラン
「あんたが変な二人を寄越したから怒ってんのよ!」
魔王にあたるピノ
「す、すまん…まさか勝手に勇族領へ出向くとは思ってなんでの」
残る二人の魔神達も変な気を起こさないよう魔王が力を奪っておいたらしい
そういえばこちらにいた二人はその後どうなったんだろうな?
「して勇者よ、かなりの力を得たと見受けるが
実は一つ頼まれて欲しいことがあるのだ」
「またお願い?木偶の坊ならやんないからね」
ピノは、魔力がガンガン吸い取られる感覚はそうとう嫌だったらしく
あれ以降双剣を握ろうともしなかった
「いや、この世界の外周に巨大な壁がある事は知っているだろうか?」
「あぁ、確かにそんな事を聞いたな」
「実は魔族領の南の壁で、綻びが発見されてな
我もその場所に向かい、亀裂から向こうの世界が覗けないものかと思い
究極魔法を放ってみたんだが、それ以上亀裂が大きくなる事も無くモヤモヤとしていたのだよ」
つまり俺たちにその壁を破壊出来ないかと言いたいわけか
「まぁ、試してみたい気はするが
今日はもう遅いしな、明日ピノの体調が良ければ相談してみようと思う」
「私は今からでも行きたいよ!…くしゅっ!」
「子供もいるのに風邪ひく気か?」
さすがにそう言われて強行するほど馬鹿ではないのだが、やっぱり動き足りないらしく
ちょっと魔王と手合わせさせてもらう事になっていた
5分もすると完全に決着がつき、俺たちはミドの屋敷に戻った
「マオウツヨカッタ…」
鼻水垂らしながら…ピノは魔王の多彩な戦術に翻弄されまくった事に、深くダメージを受けていたのだった