ニッカ
初投稿です!
誤字脱字あると思いますが、ご愛嬌という形で…
一応、連載になるのですが不定期かもしれません。
それでもよろしければ宜しくお願いします。
ガチャ…と扉が開く音が真っ白な部屋を包んだ。
「おはよ…静」
彼女は眠り眼を擦り、ゆっくりと体を起こす。
「起こしちゃったね、ごめん」
僕は申し訳なさそうに囁く。
「そんなことはないよ。もうすぐかなぁ?って思っていながら寝てたの」
「そうなんだ」
「だから、目を開けたときに静が見えたときは嬉しかった。とても目覚めが良かったよ」
「なら、いいんだけどね」
二人は少しだけ見つめ合い、二人して笑ってしまった。
そういう空気感も、嬉しかった。
紅月深月、それが彼女の名である。
紅く燃え上がる月であり、深く呑み込む月。
可憐な黒髪は暗闇を連想させ、世界を憎んだ瞳は紅く染め上がり、月明かりに照らされた深月は光煌めく。
「今日も一段と重そう…」
僕の右手に持っていたビニール袋に指を差す。
「あぁ、これ?今日の晩御飯と果物を買ってきたんだ」
「私のためにごめんね。でも静のご飯美味しいもんね~」
両手を挙げながら、にこやかに笑う深月は綺麗だった。
僕は深月を喜ばせるために生まれてきたんじゃないかと思うほど、僕の心は舞い上がってしまっている。
深月の家を訪れる前に、近くのスーパーで買い物することは、家を訪れるくらいにほぼ日課である。
深月が好きな食べ物はいたってシンプルで、なんでも美味しそうに食べてくれるから献立に困ることはない。
ただ果物だけはスーパーで買わないようにしているから、スーパーと深月の家の中間位にある果物屋で買うことにしているのだ。
正直、晩御飯の値段と果物の値段を比べれば果物の方が値は張るくらい高級ではある。
その分深月と一緒に食べる僕も満足である。
深月と食べるからかもしれない。
彼女は妙に、果物に拘りがある。
料理は、出されたものを素直に食べる夫くらいなにも言わずにたえらげるが、一度スーパーで買った果物を一口食べると、次の手は止まってしまった。
残りは僕が食べることになったのだが、深月に理由を聞いてもお茶を濁すように教えてはくれなかった。
因みに好きな果物は、赤く燃え上がるような瞳と同じ色彩の林檎、苺である。
「今日は君が大好きな豚の生姜焼きにしようかと思うんだ。デザートも勿論用意してるよ」
「嬉しいなぁ、想像するだけでお腹が空いてきちゃった」
「あはは、さっそくキッチン借りるね」
僕は深月の部屋を後にしようとするのだが、彼女の声がそれを遮る。
「静…あれは?」
「…さ、先にご飯作らないと…」
「ご飯を作るのとどっちが大事なの…?」
数瞬考える僕だが、深月が求めていることとご飯を作ることを天秤に掛けるが、あっさりと答えは出てしまう。
僕は深月に甘いのかもしれない、ただ求めてられただけなのに何でもしたくなってしまう。
それぐらい滅入ってしまった、少女に。
だから、そっと彼女の方に近づき喋っていた距離よりもっと間近に迫る。
「ん…」
深月の甘ったるい吐息が鼻腔を擽り、さらさらと風に揺れる髪は頬を撫でた。
目を閉じている彼女の頬っぺたは少しだけ紅く滲み、僕までも真っ赤になってしまいそうだ。
唇と唇が触れるだけの口付けなのに、なんだか時間が長く感じてしまう。
「えへへ…」
口付けを終えると待っていたのは、照れくさそうに笑う深月の姿だった。
普段の笑顔とは違いぎこちなく見える。
「ほんと…急なんだね。心の準備も出来てかったのに」
「でもしてくれたでしょ?静は優しいね」
「僕にできることなら何だってするよ。それに、これくらいしか出来ないし」
「これくらいなんて言わないで、私にとってはこれほど生きてて良かったって思う時間でもある」
深月は僕の頬をそっと撫で下ろし、耳に息をふっと掛けた。
「うわ…やめてよぉ。耳は敏感なんだからさ。深月はずるいよ」
「静は可愛いよ」
「うっ…」
僕は咄嗟に顔を手で覆う。
素直に照れてしまった。
このまま駄目になってしまいそうだ。
彼女以外は何もいらないと思うほど、抱き締めてやりたくなる。
この部屋から連れ出したくもなってしまう。
それと同時に嫌な気持ちにもなるのだ。
深月は鳥籠の中で外を眺めるしかないのだろうか。
ずっと変わらず、変わらない風景を窓越しに傍観するしかないのか。
深月を守るためには、外の世界を見せてはいけない。
深月のために、外の世界を見せてやりたい。
僕にはこうやって喋ることくらいしか出来ないのか。
一緒にいる幸せな時間とずっといれない辛さは同時に僕を襲う。
彼女の部屋に入ればずっとそうだ。
このままじゃ、僕が深月の代わりに泣いてしまう。
泣きわめいて自分を恨んでしまいそうになる。
後悔や嫌悪感を彼女は、ずっと耐え続けている。
現実という名の試練を受け入れる代償として。
離れたくない、離したくない。
ずっと一緒にいたい。
できることなら変わってさえやりたい。
でも、深月はそれを絶対に望まない。
彼女も僕に優しすぎるのだ。
歓喜と険悪が混じり、僕を塗りつぶす。
ぐちゃぐちゃになった心情をリセットするために、キッチンへと向かおうとした。
「…それじゃ、ご飯作るね。待ってて…」
「えいっ」
僕は言いかけていた台詞を深月に阻止されてしまった。
バタンッ…という音と、全身を包み込むような少女の香り。
やがて状況を理解した。
理解してしまった。
どうやら僕は彼女に首を掴まれ、深月が半日以上は共にする布団へと引っ張られてしまったらしい。
深月と向き合う形になり、自棄に視線が熱い。
反らすことさえ許されないような威圧感さえあった。
それはそれでと思う自分が恥ずかしかった。
そして彼女は呟くーーーー
「まだ駄目だよ?」
彼女の声でより一層、心が救われた気がした。
僕はやっぱり、彼女に甘いのかもしれない。
「もう少しだけ…一緒に居ようよ?…ね?」
深月の問い掛けに僕はこう答えるしかなかった。
そう答えるのが世界の常識であるかのように。
なんだか深月は、僕の気持ちをくみ取ってくれたようにも感じた。
間違いだろうか…?
正解だろうか?
運命だとか未来とか引っ括めて、はっきり答えよう。
「喜んで」
ご飯を作るのはもう少し後になりそうだった。
これで良かった、きっと。
※-※-※-※-
「いただきまーす」
「いただきます」
僕らは些細な時間を共にした後、僕は晩飯を作り食卓を囲んでいる。
二人の料理だけで埋め尽くされているほど小さいテーブルに二人して床に座り食べるのが毎日だった。
深月の部屋に小さいめのテーブルと昔使っていたであろう机、深月が寝る布団くらいしか置いていなかった。
一言でいえば質素だった。
昔は無さ過ぎず、最低限でそれ以外は何もない。
ぽっかりと空いたような箱に彼女はすっぽりと入れられ、蓋をされているようにも感じた。
その深月の状況下も少し前に終わっていた。
今は壁一面に、蝶々が飛び交っている。
粋な言い方をしたが、厳密にいえば僕が描いた蝶々の絵が一面に貼られていた。
アゲハチョウ、モンシロチョウ、オオムラサキ、モンキアゲハ、ミヤマカラスアゲハ、アクエリアゲハ、モルフォチョウ、ミイロタテハーーーー
多種の蝶々が描かれている。
オリジナルで描いた蝶々だっていた。
彼女は生き物の中で蝶々が一番のお気に入りだった。
壊れてしまいそうな少女は、優雅に空を舞う蝶々に夢を見ていた。
あんなにも、自由に羽ばたきたいと。
しかし、見たことがあるのは図鑑だけである。
それを聞いたときは心が抉られるような気分になった。
夢見る少女は、一生夢しか見れないようなものだ。
悲しい。
虚しい。
寂しい。
混ざり合い寂寥感となり、僕を襲っていた。
「…ってば…」
見せてやりたかった、綺麗な二枚の羽を使い、一生懸命飛ぶ蝶々を深月に見せてやりたい。
「ねぇってば!」
「は、はいっ!」
深月の怒濤の咆哮が僕の耳を貫いた。
鼓膜は無事そうだ。
「どうしてかなぁ?私との食卓は退屈?」
先ほどとは打って変わり、怒りとは真逆の目尻に涙を溜め、訴えかけてくる。
「ちょっと考え事をしてただけだよ。深月とのご飯は美味しいよ。退屈なんて滅相もない」
「そ…。それで何を考えてたの?」
深月は生姜焼きをモグモグと頬張りながら、目線だけは僕の方に向けている。
小さなほっぺに目一杯おかずを頬張っている。
幼い少女な愛らしさに、小さなリスのような可愛らしさがある。
一言でいえば、可愛いらしい。
「蝶々について考えていたんだよ。それも、この部屋の飾られている僕の絵をね」
「…自画自賛」
「自画ではあるけど違うよっ」
「静の描く蝶々は生き生きしてるから好き、華麗に羽ばたく姿が綺麗。静は私に無いものを描くのが上手いよ」
白飯をつつきながら深月は僕を見据える。
「そうなのかな」
「そうなの。でも今は静のご飯を噛みしめたい…かな。この話はまた今度」
「わかった…」
しばらくは二人共、目の前にある料理を咀嚼した。
その際は他愛ない話で盛り上がったりして楽しめた。
僕自身、深月との付き合いは半年位になるが彼女のことはあまり知らない。
上記では生まれつき体が弱いと言ったが、それも深月から聞いた話なので本当かどうか定かではない。
体が弱いのかすら分からない。
疑えば全てが嘘になるし、深月を疑う自分が一番嫌気が差す。
ただ全てが嘘だったとしても、何だかんだ許してしまうだろう。
多分深月と出会った時から、そんな感じで僕は日常を過ごしてしまっているのかも知れない。
疑うことすら停止し、彼女の為に前進する玩具みたいに見えるだろう。
それでもいいけどーーーー
「ご馳走さまー。今日も美味しかったぁ」
「お粗末さまです。果物切ってこようか?」
僕は冷蔵庫の方に目を配らせ返事をまった。
「んー、今日はいいかな。静疲れてるでしょ」
「そんなことないよ。いつもやってることだしね。苺は洗わず一つずつラップに掛けて野菜室に保存したし、林檎も新聞紙で包んで入れてあるから悪くなることないけれど、早めに食べた方が良いかも」
「さすが、保存方法も完璧。静のお嫁さんは幸せ者だね」
「…話を反らさない~」
一瞬戸惑ってしまい、硬直してしまった。
「えへ、でも本当に今日はいらないや。明日でも食べよう、一緒に」
「分かった」
「静は明日学校だっけ?」
唐突に深月は話を逆転させた、本当に唐突だった。
僕は考えたくもない学校のことを思い出さなくてはいけなくなった。
深月が悪いわけではない、学校が悪い。
無機質な鳥籠に不特定多数のモルモットとして放り込まれ、弱者と強者でスクールカーストが創成され派閥化する。
それこそ、無慈悲に差別化される。
同族を貶し合い、同族を押し退け、同族を蹴落とし、同族で貪り合い、相手を侮蔑していることを自覚し、無自覚に人を地獄へと落とす、それが学校。
「だから少し遅くなるかな、自分の時間を学校に割かなくちゃいけないことに反吐が出るけど、深月には出来ないことだから、尚更行きたくないけど」
「やっぱり静は私には優しい顔を見せてくれるけど、その他は空っきしだね。もっと皆に、全世界に笑顔を発信しないと友達なんて出来ないでしょ」
深月は半ば冗談で僕に向かって笑うが、強ち間違ってないので、否定は出来なかった。
深月さえいればいいだなんて、烏滸がましく図々しい。
「一人が気楽なんだ」
「気は楽だけれど、楽しくはなくて、窮屈なんだね」
「そうとも言う」
「そうなのー。ところでさ《ひーちゃん》とは仲良くやってるの?」
・・・
・・
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次は少し先かもしれません。
静と深月の他愛ない会話劇を表現出来てればいいなと、思いながら書いてました。
読んでいただき有難うございます!