1 須藤の日記<2ページ目>
「ユキ様、それは弁償なさったほうがよろしいかと・・・」
「いや俺じゃねぇよ!もとからだ、もとから」
なんとまぁ、ここまで使い込まれている携帯電話を見たのは初めてでございました。物持ちが良いといいますか、なんといいますか・・・。
しかし当の携帯電話は元気になり続けております。いえ、鳴っては切れ、鳴っては切れ、の繰り返しで、その着メロの間隔はだんだんと短くなっていき・・・
「ワン切りかよ、やけになってんな」
「ほっほ。早く出てあげてください」
「チッ。”那月”・・・あの女か」
正規の形を保っていないため、どのように持つのが正解なのか分からない携帯電話。
ユキ様が着信ボタンを押すと同時に、「ピッ」と懐かしのボタン音が鳴りました。
「どこほっつき歩いてるのよおおおおおおお!このバカアアアアアア!!」
けたたましい叫び声が車内に広がりました。私は携帯電話が寿命の為に爆発したのかと思いましたよ。
これにはユキ様も保然とした表情でございます。これは珍しい表情が拝めましたね。
「・・・・・・」
「ちょっとこころ?今どこ!迷子なの!?」
この声の主は、きっとこころ様とご一緒にいたご友人の方でしょう。ということは、彼女たちはやはりまだ合流できていないのですね。
「ねぇ、聞こえてる?もしもーし!」
「うるせぇよ。鼓膜が破けるかと思ったぞ」
しばらく思考が停止していたユキ様でしたが、いつもの冷静さを取り戻したようです。
「え・・・え、ちょっと誰!こころじゃないの?誰よアンタ!」
「先ほどテメェの素晴らしい蹴りを見せてもらった者だクソガキ」
「な・・・っ!?」
おやおや、年頃のお嬢さんに向かって、その呼び方はいけません。
「なんでアンタがあの子の携帯に出るのよ!あの子に何かしてないわよねぇ!?こころはどこ!」
「・・・・・」
「何かしてないか」と聞かれ、何もしていないこともないので、”間”が空いてしまいます。
その”間”で、彼女も何かを察したようでした。
「ちょっとアンタ・・・マジで警察呼ぶわよ・・・」
「おい待て。何もしてないわけじゃない・・・が、お前が想像してるようなことはしてねぇ。こっちは少しばかし質問しただけだ」
「ふーん・・・じゃあ、質問しただけの人が、なんで相手の携帯に出るのよ」
「アイツが鞄置いて車を降りたんだよ」
「くぅるぅまぁああ!?拉致しようとしたんじゃない!やっぱアンタ黒ね!」
「ちげーよ!こっちにも事情ってもんがあんだよ」
”事情”というのは、嘘ではありません。ユキ様はこれでも顔の広いお方でして、都心の・・・しかも昼間から素顔でフラフラと女子高生をナンパするわけにはいかないのです。まぁ、やり方には問題があったと思いますが・・・。
「事情ってなによ、事情って・・・それよりこころは無事なんでしょうね?」
「20分ほど前までは元気に喚いて生きてたが、今は無事かどうかは知らん。ま、手ぶらだろうし、絶賛迷子中だろうな。お前らの友情パワーでどうにかしろよ。鞄はサツに届けといてやるから」
「はぁ?何よ友情パワーって・・・。あの子、東京初めてなのよ!私ここら辺の案内も全然できてないし、どこ歩いてるのか本人もわからないはず・・・ど、どうしよう・・・」
電話ごしのお嬢さんの声が、だんだん小さくなっていきました。ご友人のお嬢さんも、少なからず自分を責めてしまっている様子です。心配、不安、後悔などの感情が、その声色から読み取れました。
その時でした―――
「ッ・・・、!」
ユキ様の様子が変りました。その一瞬で頭痛でも起こしたかのように、眉間に皺をよせ、目を瞑ってしまいました。そして親指を額に当てます。
”アレ”ですね。
「ね、ねぇ・・・どうすれば」
「・・・った」
「え?」
「わかった、俺が見つける・・・」
おや、どうやらナイスタイミングだったようです。
「太陽が沈んだら、渋谷駅前の道路沿いで待ってろ。何時になるかは分からんが、今日中には必ず返してやる」
「え、それどういう・・」
―――ピッ
そう言い残し電話を切ると、その携帯電話を床へ投げてしまいました。ユキ様は依然と眉間に皺をよせ目を瞑ったままです。顔色も優れませんね。
「ホテル街だ」
「かしこまりました」
こうして、私達はホテル街へ向かったのでした。
須藤の日記はこれで終わりです。
最後にユキはこころの携帯を床に投げましたね。・・・それが携帯の死因です。。。