1-7
後部座席、隣にはあの男が座っている。先程と同じ位置だ。車内では必要ないのか、サングラスを外し、夜の渋谷が映る窓を見ていた。
「鞄、ありがとう・・・ございます」
とりあえず届けてくれたことには礼を言っておく。とても素直に言える心境ではないので、少しぶっきらぼうになってしまったのだが。助けてくれた、という認識はあり、恥ずかしさも混じって顔を直視して言えなかった。だが男の反応を知りたくてチラッと目線をやると・・・なんだその顔は。
いかにも、「めんどくせぇ、うぜぇ」と言いたそうな顔をしている。これがジト目というやつか。眉間に皺もよっていて嫌味感満載だ。
「ちょっ!だってだって!元々そっちが悪いんじゃん!変に絡んでこなければこんなことにならなかったはずなのに!大体なにこの再会率!厄日かっ!」
元はといえば、よそ見をしてアイスをこぼしたこころも悪いのだが。だがその後の展開がどうもおかしい気がする。
すると男はおもむろにこころのサブバックに手を伸ばす。
「え、なにを・・・」
そのまま男はサブバックのポケットから何かを取り出した。
「これだ」
そう言って男が見せてきたもの・・・それは黒く小さなプラスチックの塊のようなものだった。こんなものはこころの所持品には無かったはずなのだが。
「なにこれ?」
「GPS」
「・・・はい?」
思わず聞き返した。この男はなんと言った?これが、このゴミのような黒い塊が、GPS?
「えーっと・・・GPSって、あの、居場所がわかる機械の・・・?」
「それ以外にねーだろ」
男は平然とした顔で、それを指でコロコロ動かす。
何故そのようなものが自分の鞄に入っているのか、また、何故この男はそれを知っているのか。もちろん考えても答えは出ないので、この男に聞くしかない。
「なんでそんなものがウチの鞄に・・・」
だがその返答は期待した男からではなく、前で運転をする先程のご老人から返ってきた。
「ほっほっほ。私ですよ、お嬢さん」
交差点の信号によって丁度車が止まり、前で運転していたご老人が後ろを振り向いた。その時、こころはその笑い方に聞き覚えがあることに気づく。
「もしかして、駅前でぶつかった・・・」
「はい、私奴でございます。正体を隠して接触したこと、また貴方様の鞄にそちらを仕込んだこと、お詫び申し上げます。そして申し遅れました、私は須藤と申します。ユキ様のお世話をしております」
このような超絶紳士っぽいご老人も人を騙すことをするのか、と少し落胆してしまった。そしてこれで、アイス屋から全力疾走して逃亡後にも、すぐに居場所がバレた原因が分かった。このGPSを使って追いかけてこれたのだ。
「ちょっと待って!いきなりそんなネタバレされても、まだ納得できてないから!あー、えーっと・・・なんでウチに、GPS仕込んだの?」
「お前と接触するためだ。これでも怪しまれない方法で行こうとしたんだがな」
つまり、このユキという男は、自然にこころにコンタクトを計るためにわざとアイスにぶつかり、難癖つけてこちらの情報を探ろうとしたようだ。
「イヤイヤイヤ、やり方!普通に危ない人だったから!」
「考えたのはこのジジイだ」
「ほっほ。いやはや、こんな乱暴な演出をされるとは思いませんでしたとも」
確かに、この老紳士:須藤さんが演じていればもう少しスマートにことが運んだに違いない。
「じゃあさっきもGPS使って居場所がわかったの?」
「お前鞄置いてったじゃねーか」
そうだった。制服のポケットにも何も入ってはいないので、手がかりになるものなどないはずなのだ。
「じゃあどうしてあそこに?」
「“視た”んだよ」
またわけの分からんことを言い出した。この男は説明する気があるのかないのか。すると、今度は須藤がフォローに入ってくれた。
「ユキ様には、未来を視る力がございまして・・・」
ちきしょう!須藤さんはまともな人だと思ったのに!
いきなり現実味のない話を出され、こんな話に付き合うのかと考えたら急に聞く気が失せてきてしまった。
「おい聞けってクソガキ」
そんなあからさまな態度を示すと、ユキから足蹴りを食らった。女子高生にも容赦しない鬼畜ぶりである。
「俺は昔から未来予知の能力がある。視えるっても写真みたいな断片的な絵と、数秒の動画みたいなものだ。まぁなんでそんなことができるのかは俺もわからねぇが・・・。『ここ最近、お前が写る』って言っただろ。それは俺の未来予知にお前が写るってことだ。で、その原因を探るためにお前を調べようと思ってな。お前が俺と何かつながりがあって、こんな目障りな現象が起きてるんじゃねぇかと・・・」
「つながりとか一切無いです。むしろ縁切りたいです。ていうか信じられないです」
こんなSF漫画やアニメみたいな能力が現実にあるのだろうか。
「今日お前らが渋谷に来ることも知ってた、ってことが何よりの証拠だろ」
たしかに、そう言われればそうである。今日の目的であるアイス屋は移動式で都内にランダムで現れる。そして渋谷で販売していることを知ったのは今日のお昼ごろだった。渋谷へ行くという目的は、一緒に行く那月しか知らないはずである。
「え、なにそれ、怖っ・・・え、怖っ!!なんでウチの未来見えちゃってるの!?全くの赤の他人なんですけど!」
「それは俺も同感だ。全く興味ねぇガキの未来見せられる俺が可哀想だろ。ま、収穫はゼロだったな。お前がお前の意志で直接俺に干渉してたってわけではないようだ」
とんだお門違いだ。でも何故自分がこの男の未来予知に写るのか、それにはこころも興味をそそられている。
何せ自分の未来を視る人がいるという、とんでもない話なのだから。
ユキはそのまま話を続ける。
「で、話を戻すが。お前が置いていった鞄をどうしようかと思ってな。別に返す義理ねーし、ゴミ箱に投げてもいいと思ったんだが、ジジイが返せとうるさくてな」
「携帯電話にお財布、勉学の道具が諸々詰まった学生鞄です。高校生には大切な鞄ですからね」
須藤さんはやはり紳士なのだ。それに比べこの男はポンコツだ。
「で、GPSも機能していない手前、お前の居場所探るのにこの目障りな能力に頼った。無駄な手間増やしやがって」
なるほど、これで話が繋がった。にわかには信じがたい話だが、辻褄が合うし、その能力は今この状況下でどうやら有益になっているようだ。
「なら、もっと早い段階で助けてよね。怖かったし・・・」
早く助けが来ていれば、不安を抱えて街を歩き回ることも、那月を心配させることも無かったのだ。だが、そうできなかった理由はやはりあったようだ。
「視たいモンが必ずしも視れるわけじゃねぇ。さっきのは、“日没、ホテルの看板、男3人とお前”が視えたぐらいだ。つまりお前が現れる日没まで、その看板のホテル付近で待つ必要があるし、それまでお前がどこにいるかなんてわからねぇってことだ」
「車内で1時間ほど待機でしたが、ユキ様はよほど退屈だったのか、ホテルに遊びに行かれまして」
「自販機に用だクソジジイ」
「ほっほ」
仲良いなコイツら、とこころは思った。というか、須藤がユキをおちょくってるようにも見える。侮れない、須藤さん。そのとき、“仲が良い”で思い出した。
「あ、那月に連絡しないと!」
那月とはぐれてから、かれこれ2時間近くは経っている。急いで連絡しようと携帯の画面を観ると、那月からの着信が20件にも及んでいた。どれだけ那月が心配してくれているのかが分かった途端、申し訳ない気持ちと罪悪感から、早く電話しなければ、とボタンを操作する。
が・・・
「あ、あれ?」
ボタンを押しても携帯の画面は変わらず、着信20件のまま。反応が無い、というかフリーズしているようだ。まさかとは思うも、電源ボタンを押して再起動を試みる。反応は、無い。
「え、ついに?ついに・・・!?そんな、ウソだろ相棒っ!配線切れちゃってるよ相棒おおおお!!」
配線もろとも完全分離していた画面部分とボタン部分。
長い間ともに過ごしてきたこころと折りたたみ式携帯電話。いつも一緒だった。リビングでテレビを見ていたとき、あの事件は起きた。ソファに腰掛けたと同時にバキッと嫌な音がし、こころの尻の下で無残な姿で発見された相棒。でも生きていた。画面とボタン部分のつなぎは分離されていたが、配線だけで繋がっていたのだ。その後も、奇跡的に相棒はしっかり機能し続けていた。
それがついに、動かなくなった。今までの思い出をかみ締めながら、残念そうに折りたたみ式携帯だったソレを見つめるこころ。
それを見て、ユキは一言。
「寿命だ」
そう、寿命だったのかも知れない。小学校のときに、よく迷子になっていたこころのために両親が買ってくれた折りたたみ式携帯電話。購入してから5年以上経っていたのだ。
「そっか・・・もうお別れなんだね・・・。今までありがとう、相棒」
「まぁその、なんだ・・・那月ってヤツのことは心配するな。もう着く」
そういわれて外を見ると、無数の電球で明るく照らされた街と、たくさんの人の波。そこには見覚えがあった。日中とは雰囲気が違うが、そこは那月と歩いた渋谷駅前だった。
道路沿いの歩道にゆっくり車が近づき、そこに那月の姿を発見する。そしてピタリと、那月の目の前に車が止まった。こころは急いで車から降りると同時に、那月に抱きついた。
「うわああああああ那月いいいいいいいいいい!!」
「うっさい!」
ゴッ―
デジャブな衝撃を受けるが、無事に再会できた喜びが勝り、痛くてもそんなのどうでもよくなる。
「ほんっとうに!もう!どこ行ってたのよ!!すっごく心配したんだから!!」
「ごめんなさい!いやアイツのせいだけどごめんなさい!」
そう言った那月の顔は、少し目が赤くなっていた。自分のために泣いてしまったのだとわかり、心からの謝罪を込めて、那月の頭を撫でた。
「で、アンタこの子に何したのよ!なんでこの子の携帯にアンタが出るのよ!」
安心した途端、那月はすぐさま情報収集に入る。切り替えが早い。
どうやら、こころの鞄にあった壊れかけの携帯で那月と連絡を取ってくれた、ということのようだ。
「それはコイツが鞄を置いてどっか行くからだ。俺は用が済んだ後すぐに解放したつもりなんだがな。電話はうるせぇから出た。大体最後のほうお前ワン切りしてただろ」
なるほど、それで20件にも及ぶ着歴が。
男は車の窓から顔を出し、悪態をつく。那月に対しても、もう完全にチャラ男風の演技はやめたようだ。
「まぁまぁ、とりあえず最後はこのユキって人が助けてくれたってことになるから、那月も落ち着いて」
「はぁ?ユキって・・・」
那月はこのとき初めてこの男の名前を聞いたようだ。だが、思うところがあるのか、少し間が空き・・・
「ユキ!?アンタ、その顔!あのユキ!」
ユキの顔を指し、そう言った。那月はこの男を知っているようだ。
「え、那月?どのユキ?」
「じゃ、そーゆーことで。またね☆」
そこで話が強制終了。ユキはチャラ男キャラで締めくくった。そしてウィンドウは閉まっていく。
代わりに何故だが、運転席の須藤のウィンドウが開いた。
「こころ様、本日は大変怖い思いをさせてしまい、申し訳ございません。後日、改めてお詫びいたしますので。では、ごきげんよう」
須藤はそう一言残すと、ウィンドウを閉じた。そして彼らの乗る車は街に消えた。
残された女子高生二人。那月はしばらく固まっているようだった。その間に、こころはふと気づいてしまった。
“那月からの電話に、ユキが出た”
つまり・・・
「あんのグラサンっ・・・なーにが寿命だ!最後に携帯使ったのお前かー!この、携帯殺しいいいいー!」
こころの怒りの叫びは、渋谷の夜の雑踏にかき消されたのだった。