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渋谷系の若者三人組みと一緒にしばらく歩いているが、一向に交番には辿り着かない。その間も彼らは、学校はどこか、彼氏はいるのか、バイトはしてるのかなど、アレコレ質問ばかりしてくる始末。
余計なことは話したくないと思いながらも、助けてもらっている手前、最初のほうは質問にも答え、彼らの話に合わせていた。そうこうしてるうちに、街は完全に夜の姿に変わっていた。先ほどまで周りには電光掲示板や大型モニターがあり、雑踏も多く夜を楽しむ若者たちがたくさん居たのだが、ふと気が付くと周囲の人影は少なくなっており、辺りにはネオンが光る建物が増えてきたように感じはじめる。こんなところに交番などあるのだろうか。
「あの・・・」
不安になって足を止めた。
「警察まだですか?」
そう聞くと彼らは顔を見合わせた。
「その前にさぁ・・・ここ、寄ってかない?」
一人が横にある建物を指差した。その建物にはピンクに光るネオンの看板とHotelの文字。こころの嫌な予感が当たってしまった。騙されていた。交番に行くふりをして、ホテル街に連れて来られていたのである。
とっさに周りを見回しても、今いる道に人の姿はなく、動く気配の無い路上駐車の車しかない。
走って逃げようともするが、すでに三人に囲まれていた。さらに声をあげる前に後ろから口を塞がれてしまった。男たちはゲラゲラと下品に笑うと、建物へ入ろうとする。だがそこに・・・
「はーい皆さんコンバンワ、楽しそうに何やってるのかな~?俺も混ぜてくれる?」
聞き覚えのある声と喋り方に、無意識にもイラっとした。建物の中から何故かあの男:グラサン金髪スーツが出てきたのだ。出会った時と同じく、今回もグラサン着用で目元は見えないが、緩んだ口元が発する言葉がチャラさを際立たせる。もしやこの一件もまたこの男のせいなのか・・・。
「あ?なんだテメェ・・・」
どうやら仲間などではないらしい。いやしかし、こんな状況に陥っている元凶はこの男のせいなので、「全部コイツのせい」でだいたい合ってる。そう考えると、たまたま居合わせた顔見知りであっても、こんなヤツに助けを求めるのも嫌なので、無言で・・・というより拘束されているので喋れないのだが・・・睨んでやった。
「おっさん、俺らの邪魔しないでよ」
「んー、お兄さんねぇ、このお嬢ちゃんに用があってさ」
やんわりと「おっさん」を「お兄さん」に訂正した男は、手に持っている物を見せるように持ち上げた。
それはこころのサブバックだった。
「!!」
やはりこの男の元にあったのか!これで那月にも会えるし家に帰れる。その安堵感から、この時ばかりはヤツの鞄お届け行為に“GJ!”と心の中で叫んだ。だが、まずはこの状況から解放されなければならないのだが・・・。
「な、なんだよお前!この子の知り合いか!?」
「どうだろうねぇ~、それは俺も知りたいところだけど・・・。まぁその子のお友達の那月ちゃんも待たせてるから、とりあえずその子は俺がもらっていいかな?」
那月が自分を待ってる・・・そう言われて、この男が那月に言われて探しに来てくれたのだと思った。やはり今は助けてもらうしかない。
彼らは先程こころからナツキという名前を聞いていたので、この男が知り合いなのは間違いないと察した。
「くそ、せっかくここまで上手くいってたのによ・・・おいどうする」
「どうするって・・・でも相手は一人だしよ。しかも何か金持ってそうじゃね・・・?」
確かにお金持ってそうだとこころも思った。金髪だからか、スーツを着ているからか、ホストにもみえる。そしてとんでもなく美形だったので、絶対に生活には苦労してないだろうと予想する。なにせシャツが10万の男だ。ならばここは穏便に、さっさとお金で解決してくれないだろうか。
だがその期待も虚しく、彼らからは穏便な提案は出てこなかった。それどころか彼らの一人が、小さいが振り回せば危ないであろう折りたたみ式小型ナイフを取り出し、パチンと刃を出してグラサンに向けたのだ。
「おっさん、痛い目見たくなかったら金置いて消えな!」
彼らは女子高生をホテルに連れ込むことに加え、さらに金品を巻き上げようとしている。きっと日ごろからこのようなことをしているのだろう。だから警察には行きたくなかったようだ。
刃物を向けられてさすがのあの男も躊躇するだろうと思ったが、肝心の男はとくに顔色を変えた気配もなく、あろうことかスマホを操作しだした。
「あ、もしもし警察ですか?今刃物を持った男に脅されてるんですよ。場所は渋谷の・・・」
と悠長に話し始めた。まさかこの状況で通報されるとは思わなかったであろう三人は慌てだす。
「お、おい!今の状況わかってんのか!?」
「こいつ頭おかしいんじゃないか?」
「電話してんじゃねーよ!早く切れよ!」
この男が頭おかしいという意見にはこころも激しく同意する。これでは彼らが逆上するだけである。
用件を簡潔に全て話し終えた男は、相手に見えるように電話を切って見せた。
「はいはい、ほら、切った切った。それじゃ、とっとと帰りま~す」
「は?何言って・・・」
ドサッドサッ
ナイフを持った男が声を出したと同時に、横で何もしてないなかった男と、こころを拘束していた男が倒れだした。突然拘束が解けて解放されたのだが、こころ自身も何が起きたのか理解できていない。
「な、なにがどうなって・・・っ」
キーン―――ドサッ
折りたたみ式小型ナイフがコンクリートの地面に落ちた後、それを握っていた男も倒れた。何が起こったのかと振り向くと、その男がいた場所には老人が立っていた。控えめの色のスーツに灰色のベストを着用し、白髪混じりの髪と上品な髭、背筋の曲がっていない、まさに紳士のような老人だった。
まさかこのご老人がこの場を収めたのか?にわかには信じられないが、しかしこの人以外にないのである。
「お怪我はありませんかな?お嬢さん」
「だ、大丈夫です・・・」
その時、その声色にふと何かを感じた。だがそれが何なのかを考えようとしたが、目の前に上から荷物が降ってきて、反射的に両手で受け止めたことにより、この思考は遮られた。それはこころのサブバックだった。
「行くぞ」
男の喋り方が、車で会話した時と同じ、一段トーンを落とした声色と淡々としたものになっていた。
未だにどういう状況なのか理解できていないこころをよそに、男は路上駐車されている黒い車に乗り込んだ。今になって気づいたが、この車はあの時の車だったのだ。
「ご友人をお待たせしておりますので、車でお送りいたします。さあ、こちらへ」
あの男は信用ならないが、このご老人は何故か信頼できる気がしていた。促されるまま、こころはサブバックを一度強く抱いて、車に乗り込んだ。