1-3
「んんー!美味ぃ~!並んだ甲斐あったね!」
「まさかこんなに行列ができてるとは・・・」
目的のアイスクリーム屋とは、なんとワゴン車で経営しているアイスクリーム屋さんだったのだ。アイス自体もオリジナル商品が多く不定期で商品が入れ替わり、しかもそのワゴン車は都内を毎日移動し、どこに出現するかわからないということで巷で有名になっており、これらのランダム要素から、「食べるといいことがある」とまで言われ始めている。しかし最近ではテレビでも特集され認知度が広まり、その日の営業場所にワゴン車が止まるとSNSによってたちまちネットで本日の営業場所が広がってしまうようになっている。そしてその情報で駆けつけた人々が行列を作るのだ。
こころと那月も例に漏れず、本日の営業場所をSNSで特定してやってきた。「本日の営業場所は渋谷」ということは広まっていたが、詳しい場所まではわからなかったので、土地勘のある那月によって写真などから場所を割り出すことができた。
「このチョコマシュマロ&イチゴケーキミックス味最高!もう何食べてるか分からないけど美味しいからいいや!」
「メニュー表が意味分からなかったわね。ていうか店員がカタコトだったけど何人なのかしら・・・。あ、それちょっともらうわね」
少し離れたところから、怪しい、とばかりにワゴン車を睨みながら、ひょいとこころのアイスをスプーンで横取りする那月。
「あー!ずるい、卑怯だ!」
「はいはいこちらのパチパチミントはちみつ入りアイスどうぞー」
「ミントきら~い!」
そんなこんなやりとりをしながら歩き出そうとした矢先・・・
ドンッ―
また誰かにぶつかってしまった。主にアイスが・・・。
「おい」
若い男性の声。こころは一瞬で感じた、これはヤバイ奴だと。
自分よりいくらも高い背がこころ自身に影を作っているのだ。見上げるとサングラス金髪黒スーツの男がこちらを見下ろしている。チョコマシュマロ&イチゴケーキミックスアイスを赤色のシャツにつけて。
頼みの綱の那月に目を向けるも、那月の目は死んでいた。
「あ、あああ、あの、すみません・・・」
「・・・・・・」
男は無言でこちらを見ている。サングラスで目が見えないが、絶対怖い目をしているに違いない。なにせ口元が笑ってない。
「ほ、本当にごめんなさい!わざとじゃないんです!ねっ、那月!」
那月は名前を呼ばれハッと我に返った。そしてすかさずフォローに入る。
「そ、そうなんですよぉ!この子ちょっと、ていうかかなりドジで!あ、シャツ!シャツはこちらが弁償しますからっ!ね、だからそんなに怒らないで!」
可愛いJKアピール満開の那月。都会育ちは武器が違う。だが弁償をするにしても、実はそんなにお金はもっていない。JKなので。
しかしその提案によってか、男の口元が少し緩んだ。
「ん~、お兄さんも鬼じゃないからね。取って食おうなんてしないよ。でもこれ、高~いシャツでね。お嬢ちゃんたちには弁償できないと思うな~」
おちゃらけた喋り方で少し胡散臭いその男は、どうしたものかと少し考えて見せる。この人のシャツはいくらぐらいするのだろう、と財布を取り出し真剣に手持ちを数えるこころをよそに、那月は警戒を続けていた。
「ま、今はキミたちに払えないと思うから、とりあえず連絡先だけでも交換しようか」
そういって男はポケットからスマホを取り出し操作し始めた。見知らぬ男に連絡先を教えることに抵抗がある二人は怯んだが、自分のせいでこんなことになってしまった罪悪感から、応じるしかないと思いこころもカバンから死にそうな相棒を取り出す。
「那月はしなくていいからね。ウチの連絡先だけで十分だし」
そう言ってこころは那月がスマホを取り出すのを手で押さえた。那月も少し罰が悪そうな顔をするがここは静かに頷く。
「じゃ、ちょっとそれ貸して」
そう言って男がこころの相棒を手に取ろうとした時
バチン―――
那月が男の手をはたいた。
「で、実際にいくら必要なの、そのシャツ」
那月の態度が一変し、可愛らしいJKからかっこいいJKに変身した。
男は少し怯んだが、未だに口元は緩んだままだった。
「10万・・・って言ったら?」
やはり高額を提示してきた。バイトもしていない帰宅部のこころには到底払える金額ではない。那月は素早くスマホを取り出しなにやら電話を掛け始めた。
「あーもしもしパパ?今渋谷なんだけど、ちょっとトラブっちゃって。早急に10万振り込んでもらえる?え、何よ?・・・そう、うん、じゃなくて・・・うん、そういうこと。これから口座番号送るからそこに。じゃあね」
早口に電話を切り上げスマホをカバンに戻した。
「さ、10万払う準備はできたわ。振り込むからそっちの口座の情報教えなさいよ」
個人情報を取る行為は形勢逆転した。こころには那月が輝いてみえた。そして驚いた。那月のお父さんが理由も聞かず直ぐにお金を出してくれるという事が謎である。が、今はそんなことはどうでも良い。なんとかなるかもしれない。
「なるほど、賢いお嬢ちゃんだ」
だが男は自分が負けたというのに、感心している様子である。
「でも俺が用があるのはそっちのアイス付けてきた方のお嬢ちゃんなんだよね。ちょっとお話があるんだけど・・・」
そう言って男はこころの腕を掴んだ。咄嗟のことで呆気にとられるが、すぐに反応した那月の見事な美脚が男に跳ぶ。寸でのところで男は後ろに下がりかわしたが、お陰でその掴まれた腕は解放された。変わって今度は反対の方の腕を那月に掴まれる。
「逃げるわよ!」
男の怪しさに業を煮やした那月が強行突破に出たのだ。
「え、那月!?」
「ほら急いで!」
「えっ、ちょ・・・あ、アイスぅぅ!」
那月は手に持っていた溶けかけのパチパチミントはちみつ入りアイスを捨て、勢いよく走り出す。それに引っ張られ、こころも逃げるために泣く泣くチョコマシュマロ&イチゴケーキミックスアイスを捨てて、那月に続く。二人は人ごみの中を掻き分けて逃亡した。
少女たちが逃げた方向に目を向けるも、男はその場にとどまりスマホで電話を掛け始めた。
「おい、逃げたぞ。は?何で俺が悪いんだよ。ったく、めんどうだな・・・ああ、わかってる。くそ、ベタベタだ。代えのシャツ用意しとけ」
先ほどまでの喋り方とは違い、電話相手に淡々と話すその姿は先ほどのチャラ男とは別の人間のようにも見える。男は用件だけ話すとすぐに電話を切った。
「は~・・・最近のJKは恐ろしいねぇ」
金髪の頭を搔きながらそう一言吐き捨てる。両の手をポケットに入れ、男は彼女たちが逃げた方向へと歩き出した。