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翌日、こころは都心に降り立っていた。場所は六本木。先日訪れた渋谷とは打って変わり、若者よりも落ち着いた大人が多い印象だ。もちろん、こころは初六本木である。
「東京二回目!今日は迷子になりませんように…!」
そう、今日は迷子になってはいけない。なぜなら頼りの那月がいないのだ。一人でこの東京ジャングルを生きて帰らなければならない。
もちろん、那月に着いてきてもらうつもりだった。しかし、連絡手段がなかったのだ。携帯に入っていた番号やメアドは、携帯の命と共に消え去った。よって新しいスマホが手に入ったとしても、学校で会い登録しなおす必要があったのだ。
「この地図アプリ凄いわ。乗り換えアプリも凄いわ。これさえあれば生きていけるじゃん。スマホ、凄いわ…」
こころは改めてスマホの偉大さを実感しながら、あるサイトにアクセスする。
皇悠貴が社長を務める会社のオフィスはこの品川にあると、当サイトは告げていた。今一度よく場所を確認すると、こころはスマホをパーカーのポケットへ仕舞い込んだ。
「よし、サッと行ってサッと帰ろう」
こんな面倒なお使いは嫌だと思いながら、歩き出す。
そうして高くそびえたつビル群を見上げながら、観光するようにのんびり進んでいると――――
ドンッ
ぶつかった。そう、また東京で、知らない人とぶつかったのだ!(上を向いて歩いていれば、そうなるのは当たり前なのだが)
「ひぃ!す、すみませ…(またやらかしたー!)」
反射的にすぐに謝るこころだが、その相手はどうやら走って来ていたようで、そのまま走って行ってしまった。
「あ、あれ……?」
この場合“ぶつかられた”の言い方のほうが正しいのかもしれない。
すると後方から声がした。
「万引きだ!捕まえてくれー!」
見るとコンビニの服を着たおじさんが走ってきた。その足取りは先のぶつかってきた男よりも遅い。もうバテてる。さっきの男が万引き犯だと気づくや否や、こころにスイッチが入った。こんなシチュエーション漫画やドラマでしか見たことない。
やっちゃる!こころは一瞬で火が付いた。ここはいっちょ、17年間すべての運動会、体育祭でリレー選手に選ばれ続けてきた夜神こころの出番である!
「おじさん任せて!」
こころはコンビニ店員のおじさんから(目には見えない)バトンを受け取ると、一目散に走り出した。
「あ、え、ちょっと!?キミ、危ないよぉ!」
勝手に(目には見えない)バトンが渡ったことに気づいたおじさんは呼び止める。が、すでにこころは数メートル先。捕まえてくれとは頼んだが、まさか女性が行くとは思っていなかったのだ。おじさんは唖然としながらも、とりあえず警察に電話をし始めた。
「…へぇ、面白そうなことやってんじゃん」
そんな様子を少し離れたところで見ていた若い男がいた。男はニィッと口元を緩めると、軽快に路地へと消えてしまった。
こころは全速力で駆けていた。休日である今日はラフな格好で、パーカーにミニスカ、運動靴である。よって結構速度が出ていた。
「まてー!!」
そして声出しも忘れずに。
その声を聞いて振り向いた男はぎょっとした。おじさんだけなら撒けたはずだが、途中からもの凄いスピードで10代の女子が爆走で追尾し、追い上げてきたのだ。ちょっと怖い。
「な、なんだよ!クソ!」
焦った男は路地に曲がった。撒こうとしたのだ。
逃げられる!そう思ったこころはスピードを緩めず、直角に路地へ曲がった。凄い気迫で。
路地の中でも追いかけっこは続いたが、男は最初から全力で走っていたため先にバテた。そして行き止まりになっている場所へ来てしまったのだ。慌てる男は振り返る。そこにこころも到着した。実はこちらもバテている。なんとこころ選手、短距離は速いが体力がからっきし無いのだ。マラソンの順位は後ろから数えた方が早い。
「ぜぇ、ぜぇ……つ、捕まえた…!」
実際にはまだ捕まえてはいない。
「くそ、なんだおめぇは!」
「へ……?」
男はこころを指さして吠えた。が、こころは答えられない。一緒になって、なんで追ってたんだっけ自分?と考える。そして気づいた。自分、ただの通りすがりの女子高生じゃん!!と。
「あぁ、えーっと……」
何者でもない。非力な一般市民。ちょっと足が速いだけの。つまり、追い付いたはいいが、このあとどうすればいいのかわからない。もちろん力では男には敵わないのだ。ましてや今こころのHPは残り1/5くらい。
少し冷静さを取り戻した男も、そのことに気づいた。少し痛い目を見させれば、女子高生を脅すなんて簡単なのだと。
まずい。こころは激しく後悔した。おとなしく警察に任せるべきだった。
「おいお前、そこをどけ!」
男は再度逃亡を図っているようだ。
「それは、なんか……ちょっとできません!諦めてジッとしてて!」
だが逃がしちゃダメだと、こころも食い下がらない。ここでコンビニのおじさんか警察を待つしかない。が、この路地裏、まったく人気がない。
「どうなっても知らねぇかんな!」
男は手を振り上げ殴る体制に入ってきた。まずい!那月と違い格闘技なんて何もやったことがないこころには、それをかわす手段がなかった。殴られる!そう思ったとき―――
「ぐへっ!」
万引き犯の後頭部を、大きな靴が踏んづけたのだ。それはその足が、この男を着地点とみなしていたような、そんな動き。突然若い黒髪の男が、行き止まりだった壁の向こうから飛び越えてきたのだ。
「おっ、ラッキー当たり!」
男は万引き犯の上に見事着地した。その拍子に、べちゃっと男は倒れこむ。着地した若い男のロング丈のジャンパーからか、アクセサリーからなのか、出所は不明だが、軽いジャラジャラした音がした。
「お前足速いなー。見事追い詰めてんじゃん。見失ったかと思ったが…俺の読みは当たったな!逃げてる時って、大体路地に入ってくんだよな」
一瞬で起こった出来事に呆気にとられたこころだったが、すぐに我に返った。
「あ、ありがとう…ございます。た、助かりました…」
「いいっていいってー。こうなってんのもたまたまだし?」
男は言いながら、足の下の万引き犯の頭をグリグリと踏みにじる。男の顔面(たぶん鼻だろう)から出た血がコンクリートを汚していた。
「あらら、もう終わっちゃったな。はい解散~」
男は両手を頭の後ろに組みながら、用が済んだかのようにその場を離れる。万引き犯には興味がないようである。
「え、その人は……」
「さぁね。俺はキミが追い付くのかどうかが見たかっただけだし。まぁでも暇つぶしにもならなかったな」
この男、とくに正義感から行動しているわけでは無いようだ。この冷たさ、絶対都会人だとこころは確信した。
男とこころは一緒に路地の出口へと出た。するとさっきのコンビニ店員のおじさんと鉢合わせる。
「お、キミ!大丈夫か!?あの男はどこ行った!」
「あ、えーと、路地の奥で倒れてます」
こころはおじさんに万引き犯の居場所を伝えた。おじさんは感謝を述べると、路地へ入っていった。
「じゃ、俺はもう行くわ。バイなら~」
こうしてこころは若い黒髪の男と別れた。
別れたはずだが…
「なんで付いてくんの?」
男はこころに付いてきていた。




