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肌寒さが少しだけ残る新学期の朝、桜の花が舞い散る学校への道を行く多くの学生の中に、こころは那月の姿を見かけた。
「おはよー那月。今日って1限テストだよね?昨日は帰りが遅くなっちゃったから、テスト勉強全然できなかったよ〜」
いつも通りの調子で那月に駆け寄り、いつも通りの学校ネタで会話を始める。が、那月は少し違った。
「おはよ、こころ。・・・って、アンタわかってるの!?もうテストどころじゃないわよ!あのユキだったのよ!人生に一回あるか無いかの出会いよ!」
「那月・・・まだ興奮してる・・・」
実は昨晩の帰りの電車でも那月は興奮状態だったのだ。
こころは昨晩の帰りの電車での会話を思い出す。
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車内は帰宅するサラリーマンが多く乗っており、混雑していた。二人は座席の前に立っていた。こころはつり革に掴まる・・・というより、半分ぶら下がるような体勢で、那月に問いかけた。
「那月、さっきのグラサン知ってるの?知り合い?」
「知り合いなわけないじゃない!あの人、有名人よ!『スメラギ ユキ』ってアンタ知らない?」
「知らない」
「即答なのね・・・」
こころが芸能人などに全く興味がないことを知っている那月は、「ま、そうだと思ったけど」と呆れた顔で小さく呟いた。
「有名人ってことは、俳優とか歌手とか?」
「いえ、そういうわけじゃないけど・・・大手の有名社長なの」
「へぇ・・・」
“社長”と聞いて、まずは運転手付きの車に乗っていたことに納得がいった。そしてあの傲慢な態度にも。
「なんの会社?」
「ホテルよ。六本木に新しくできたホテル「The royal family -Isidy-」ってお高そうなホテルの経営者よ」
「あー、ロイファミね~」
「知らないのに略さないでよろしい」
「すみません」
その後も、那月はその男について話してくれた。若くに起業し、1代で大手へと成長させた天才肌、今ではそのビジュアルと相まってファンまで付いているとかなんとか。
小さいころから空手をしていた那月は、男を見る目は厳しく、ちょっと顔がいい男性では全くなびかない。雑誌やテレビでイケメン俳優やアイドルを見ても、話題にはなるがファンになったりしたことはなかった。そんな彼女が興奮気味に話をするのだから、只者ではないのだろうな、とこころも思った。が、こころにとっては気に食わない男だった。
「わかった、わかったから。帰ったら調べてみるよ」
興奮気味に話す那月を半ば強制的に宥め、今だピンときていない『スメラギ ユキ』の話はとりあえず聞き流したのだった。
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で、走ったり怒ったり泣いたりと忙しい1日を過ごしたこころは疲れきっていたため、結局帰ってすぐに寝てしまったのだった。
「そういえば昨日、アイス食べ損ねちゃった。あー、悲しみしかない」
「食い意地だけは残ってるのね・・・」
こころの心残りは昨日の目的だったアイスクリームだった。結局一口二口しか堪能できなかったのだ。これもすべて『スメラギ ユキ』のせい。思い出して、また腹が立ってくる。
「それとね、もう一つ・・・」
「何よ?」
「ウチの携帯電話、アイツに殺された!」
「あー、そうだったわね。ご愁傷様」
こころの携帯を最後に使い、壊した張本人は『スメラギ ユキ』だったのだ。いや、そもそもずっと壊れかけたままだったのだが・・・。
「記念だと思って諦めなさい。それより新しい携帯買いなさいよ。今の時代、スマホでしょ!」
「この身体はもう、パカパカに慣れてしまっているんだ・・・。スマホなんて受け付けない!」
「いいじゃない。丁度今度新作出るみたいだし。アプリとか音楽とか、色々あって楽しいわよ?あと、ホントお願いするからマジで、ラインで連絡取れるようにして。メールとかマジめんどくさいから!」
「うっ・・・それは・・・はい、検討します・・・。それにゲームアプリには興味が・・・!でも高そうだなぁ。パパ買ってくれるかな・・・」
「今時携帯電話がないと不便で仕方ないんだし、頼んでみれば?別に無理して新作買わなくてもと思うけどね。他にも型あるんだし」
「・・・でも新調するとなると、やっぱ最新のものが欲しくならない?」
そんな他愛もない話をしていると、見慣れた校門がもうすぐ目の前にあった。今日もいつも通りの日常が始まる。昨日のような非日常は、これからはもう無いだろう。
「過ぎたことを考えてもどうにもならん!それより未来を生きねばっ!まずは今日のテストを乗り切るのだ!」
こころは校門をくぐると同時に、今の自分に活を入れた。
こうして今日も始まったのだが、案の定、1限目のテストは死んだ。
「くそぉ・・・これも全部アイツのせいだー・・・」
テスト終了後、机に頭を乗せながらこころは泣いた。




