屋上
夕暮れ時の空が、どこまでも広がっている。
わたしたちは屋上に寝転がって、空を見ていた。
こちら側の空はずっと橙色のままなのだと、柿本くんが話してくれた。
焼却炉の中で見つかった灰だらけの靴は、洗って屋上のフェンスに立てかけてある。
気温は暑すぎず、寒すぎず。
心地よい風が吹き抜けてゆく。
学校の屋上は立ち入り禁止のはずだけれど、こちらの世界ではもちろんそんなの関係ないらしい。
「大変なことになって、ごめんね」
隣から柿本くんの声が聞こえる。
「ううん。色々とびっくりすることだらけだったけれど、平気だよ」
「足は大丈夫?」
「うん。ちょっと疲れたけど、こうして休んでればなんともないよ」
階段の最後のほうでは太ももが上がらなくなって大変だったけれど、なんとか自力で焼却炉の外までたどり着くことができた。
わたしはへとへとだったけれど、意外にも柿本くんは平気そうな顔をしていて、最後のほうでは手を引いてくれた。
「うん。疲れたね」
柿本くんが大きく息を吐きながら言った。
「でも、柿本くんは平気そうだったよね。また助けてもらっちゃった。ありがとう」
流れてゆく雲を見ながらお礼を言うと、「全然平気じゃなかったよ」という柿本くんの声が微かに届いた。
「え?」
「無事戻って来られたから白状しちゃうけど」と、柿本くんは続ける。
「沢崎さんをちゃんと連れ戻らないと、ってそればかり考えてたんだ。あそこで僕がへたってたら、沢崎さん不安になるでしょ? だから、できるだけ平気そうにしていようと思ったんだ。成功してたんなら、よかったよ。実は、足ががくがくしてたんだ」
「ごめん! そうだよね。柿本くんだって疲れるよね。それなのに、わたし、柿本くんに甘えちゃって……」
「いいんだよ。僕でも役に立てるんだって思えて、嬉しかった」
「柿本くん……」
「以前保健室で、僕にできることがないか、って沢崎さんに訊いたことがあるの、覚えてるかな? あの時、沢崎さんは首を振ったよね。ああやっぱり、って僕は思ったんだ。僕にできることなんて、なにもないんだって。沢崎さんが辛い思いをしているのはわかってた。でも、僕にはなにもできなかった……」
もちろん覚えてる。
忘れられるわけがない。
わたしが、どれだけ嬉しかったか――。
「違うよ! そうじゃないの!」
わたしは上半身を起こして、柿本くんを見た。
「柿本くんの言葉、すごく嬉しかったの。でも、柿本くんを巻き込みたくなくて、それであんな風に……」
柿本くんがわたしの顔を見て、驚いたように目を瞠る。
「そう、だったんだ……」
「そうだよ。それにわたしこそ、柿本くんが辛い時、なにもできなくて、ごめん……」
「いいんだよ。それはもう、仕方のないことだから」
「でも……」
「もう、気にしないで」
そう言うと、柿本くんは視線をまた空へと戻してしまった。
「そんなの無理だよ……」
呟いた声は風にさらわれてしまった。
会話が途切れ、わたしも再び仰向けに寝転がる。
小さく、イツマデ、イツマデという鳴き声が聞こえてくる。
それ以外は、とても静かだった。




