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消えた靴と隣の世界  作者: 凪市有李
7/10

アマネサク

「――さん、沢崎さん」


 名前を呼ぶ声が聞こえる。重い瞼をなんとか開けると、すぐそこに柿本くんの心配そうな顔があった。

 わたしはあまりの近さに驚いて、身じろぎする。


「沢崎さん! 大丈夫?」

「か、柿本くん。近い、顔が近いよ……」

「あ、ごめんっ」


 わたしの顔をのぞきこんでいた柿本くんが慌てて顔を離す。

 身を起こして周囲を見渡すと、一面灰色だということに気がついた。


 確か、焼却炉の中に落ちて……いやでも、中がこんなに広いわけないし……。


 落下の時のあの恐怖が甦り、ぞくりと身震いする。


 どこまでも続く灰色の世界。

 どのくらいの広さがあるのか、全く見当がつかない。

 上を見上げても、灰色一色のため天井までの高さの感覚が全くつかめない。


「怪我はない?」

「大丈夫。柿本くんは?」

「僕も平気だよ。ごめんね、僕のせいだ」


 柿本くんが申し訳なさそうに顔を歪める。


「ううん。だって、柿本くんがわたしを助けてくれたんでしょ?」


 頭の中に、気を失う直前に聞こえた柿本くんの声が甦る。

 柿本くんが助けてくれたのでなければ、あの高さから落下して無傷でいられるわけがない。


「僕は一緒に落ちただけだよ。あと、事情を説明したくらいかな」

「説明? 誰に?」

「アマネサク。校舎裏の焼却炉の灰の中に棲んでいる(あやかし)なんだ。沢崎さんには、近づく前に

きちんと話しておかないといけなかったのに……ごめん」

「アマネサク?」

「そう、囲炉裏なんかによくいて、灰にいたずらをした人を懲らしめるんだ。時に食べてしまうことも」

「食べられちゃうのっ!?」


 ということは、ここはそのアマネサクのお腹の中ってこと!?


 さあっと一瞬で血の気が引く。

 そんなわたしを見て、柿本くんが違う違う、と首を横に振った。


「誤解されたまま食べられるなんて御免だから、話を聞いてみたんだよ。そしたら、灰の中に突然靴が投げこまれたことを怒っていたよ。その時、炉の中であちらとこちらがちょうどつながっていたみたいだね」

「そっ、それで!?」

「だから、靴は沢崎さんの物だけれど、投げ込んだのは沢崎さんじゃなくて、さっき焼却炉に近づいたのもいたずらをするためじゃなくて、靴を捜していただけだってことを説明したんだよ。最初は聞く耳を持ってくれなかったけれど、話しているうちに納得してくれたよ」

「もう、怒ってないの?」

「うん、なんとかわかってもらえた。それに、靴も返してもらったよ」


 そう言って柿本くんが持ち上げた手には、学校指定の運動靴が一足あった。

 それを受け取って、サイズと名前を確認する。

 確かに、わたしの靴だ。

 もとは紺色だったのに、灰まみれで真っ白になってしまっているけれど。


「――ありがとう」

「どういたしまして」


 柿本くんが笑顔で応えてから立ち上がり、わたしに手を差し出した。


「立てる? 無理なら、背負って行くけど」

「ありがとう」


 差し出された手にわたしの手を重ねると、柿本くんがぐいと引っ張って立ち上がらせてくれた。

 両足で立って、ぴょんぴょんと軽く跳ねてみる。異常はない。


「うん、平気。自分で歩けるよ」


 スカートの後ろをぱんぱんと払いながら答えると、柿本くんが目を細めて頷いた。


「じゃあ、あそこに四角い橙色の箇所があるのがわかるかな?」


 柿本くんが右斜め上を指差した。

 その先を辿ると、確かに遥か上方に小さな四角が見える。

 あまりに小さくて、さっきは見落としてしまっていたみたいだ。


「うん。あれって……もしかして焼却炉の投入口?」

「そう。帰るときは自力で帰れ、だって」


 肩をすくめて、柿本くんが苦笑を浮かべる。

 どんな仕組みになっているのかはわからないけれど、結局、ここは焼却炉の中だったらしい。


「自力で、って……どうやってあそこまで?」

「灰色一色だから見難いんだけど、階段があるんだよ。それを上るんだけど……」


 柿本くんの説明を聞きながら、わたしは夕焼け色の四角形を見上げた。

 遠いことだけはわかる。あそこまで行くとなると、いったい何階分の階段を上ることになるのか……。考えると気が遠くなってしまう。 

 けれど、いつまでもここにいるわけにはいかない。


 せっかく、柿本くんが助けてくれたんだし。

 靴も見つかったし。

 いつ、アマネサクの気が変わって食べられてしまうとも限らないし。


「途中で疲れたら、いつでも言って。すぐに休憩するし、もし歩けなくなったら、僕が背負うから」


 わたしを背負って、あの高さまで?

 下手をしたらわたしよりも体重が軽いんじゃないかと思うほど華奢な柿本くんが?


「……僕じゃあ、頼りないかもしれないけれど、がんばるから」


 わたしが考えていることがわかってしまったのか、柿本くんが申し訳なさそうに言う。


「ううんっ! ううん、そんなことないよ。わたし、柿本くんのことすごく頼りにしてるもの」


 わたしは首を思い切り左右に振って否定した。確かに体力面はちょっと心配だけれど、それは頼りがい云々というよりも柿本くんの体調のことが気がかりだからだ。

 それ以外のところで、わたしはすごく柿本くんに救われている。


「頼ってもらえるほどしっかり守れたらよかったんだけど……」  

「充分だよ! アマネサクに食べられずにすんだのも、靴が見つかったのも、柿本くんのおかげだもの」


 わたしは灰だらけの靴を左右に片方ずつ下げて、柿本くんに笑いかけた。

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