四月下旬
四月二十日
古い友人から私宛に手紙が届いた。
元住人の赤座富雄は此処を三年前に出て行った。そんな彼から届いた手紙は大変珍しいから記念に貼り付けておく。
御無沙汰の折、突然文章をお送り致しまして、驚かれた事と思います。木々の緑が日増しに鮮やかになるのを見るにつけ、そちらの屋敷の庭や離宮の景色を思い出し、郷愁から筆を取った次第です。
そんな訳ですから、これといった事件があるでもなく平穏無事な毎日を送っています。特筆すべき事柄もなく、神父様のおっしゃった「精神の膠着」も緩やかながら快方へ向かっている次第です。
屋敷を出て直ぐの頃などは、わたくしには一般世界こそ御無沙汰でしたから、普通世間より隔絶されたそちらを酷く懐かしみ、時には恨めしがったりもしましたが、この頃はどうにか世俗にも慣れ、人並みの生活を営んでおります。
あの頃とは恰好も人相も随分変わりしましたから、もし神父様がわたくしにお会いしても、これがわたくしだとはわからないかもしれません。
わたくしの現状は不幸ではありません。幸福だと断言する事も出来ませんが、住むにも喰うにも困っておらず、簡単な娯楽は世間に溢れていますので退屈もせず、毎日の仕事にも精を出し、社会に参加しているなんて大それた事は言えませんけれど、どうにか人生を過ごしております。
三年前、神父様がわたくしの退去をお許し下さった事、今でも感謝しております。あの頃、わたくしは確かに「精神の膠着」を感じておりました。しかし、当時のわたくしはそれを正確に感じ取る余裕に乏しかったものですから、膠着していたものですから、ものを考える余力もなく、きちんと挨拶もせずに出て行ってしまった事だけが、長らく心残りでした。
今になって、生きる事の難しさと精神の膠着の関係を、神父様のお言葉通り実感しております。人間はやはり精神を自分自身に膠着させて、他人を別人だと思わない生き物なのでしょう。社会に出てそれを痛感致しました。
そうそう、屋敷の皆様はお元気でしょうか?わたくしが居たのは三年も前ですから、住民の入れ替わりもあった事と思います。
若林さんと奥さんは今も園芸に勤しんでいらっしゃいますか?三浦さんは美しい数式を描かれているでしょうか?峰岸さんのヴァイオリンや有希子さんのピアノの音は、今も耳の奥で鮮やかに再生されます。
それから、狼と白豹は、相変わらず厳かに儀式を執り行っているのでしょうか?
全てが懐かしく、それ程遠くの事なのだなと、この文を書きながら感じ入っております。
ご多忙とは存じておりますが、もしも神父様にお手隙の際などありましたら、お返事を頂けましたら幸いです。
急な上に身勝手一方の手紙をお送り致しました無礼、何卒御容赦下さい。
四月二十一日
人間同士の会話には、必ず、相互に思い浮かべる始まりと終わりがあって、其の阿吽の呼吸が合う事こそ会話中の幸福であるに相違ない。又更に、起承転結の全てが相通じていたならば、其れは生涯の友乃至よき伴侶になる資格を、共々有しているという事になる。
即ち、人間は会話をする際、相手の反応を正確に予想し、尚且つ相手の求める反応に正確に応じなければならない。其れが常識というものだ。非常識な人間は、此の会話の軌道から外れ、突拍子のない事を言ったりする。これは物語の筋が滅茶苦茶なのと同じで、相手に不快感を与える事になるだろう。又反対に、話し上手な者は、決して筋から外れていないにも関わらず、相手の予想を超える巧い返しや展開を見せてくれる。これも物語の素晴らしさに通ずるものがあるだろう。
とすれば、人間の会話とは、何者かが既に書き上げた台本の読み合わせに他ならないのではないか?
社会的約束は常に常識人を求める。社会とは、社会を構成する人間一人一人を指している。が、其の人間一人一人が有している常識は異なる。人は常に己と同じ常識を持つ人間を求める。己以外にそんな者はいないというのに。
人間は他者が別人である事実から意図的に目を逸らしている。
これも又、精神の膠着の一例であろう。
四月二十二日
精神の膠着については定期的に説教を行っている。
自己同一の定義すら曖昧な現実界に於いて、他人の心身と癒着する事で己の存在を多少でも確立させようと試みるのは、社会的生命体として当然の発想かも知れない。が、其の関係性に依存してしまえば、思想や価値基準、更には運命迄も相手に委ねる事となり、其の結果、己を確立させたるべく始めた事が逆様に己の存在を希薄にし兼ねない。
宿主抜きで寄生は語れない。そうして、寄生する者は決して主体になり得ない。
……と、右記の様な事を語ってみせるのだが、畢竟、「人の世は矛盾の一言で済む」という先人の格言をなぞっているだけだ。長い議論など要らず、此の一言で全て片付く。そうして「矛盾」という単語が脳裏を過ぎってしまえば、どんな議論も途端に虚しくなる。
足し引きゼロ、これこそ「矛盾」の真意かも知れない。
こんな中身のない、叩けばポカンと間抜けな音のしそうな説教にも、皆は黙って聞き入ってくれるのだから、有り難い。
しかし退屈に堪え切れず騒ぎ出す者もいる。言わずもがな、狼と白豹の二人だ。
しかも狼と白豹は、話を聞かない上に、「怪獣ごっこ」迄始めた。
白豹が背後から狼に抱き付き、其の恰好の儘私の前にやって来てこう言うのだ。
「見て見て、神父様、ほら怪獣、頭が二つに、手足が四本ずつ。これも『精神の膠着』?私と狼は今、一心同体なの」
意地悪な笑みを浮かべた白豹が訊く。反対に、抱き抱えられた狼は、自然前に突き出された恰好になるので、其れが恥ずかしいらしく、はにかんだ様に俯き、私の顔を見ないようにしていた。
そんな二人の「怪獣ごっこ」に、私は直ぐギリシャ神話に登場するアンドロギュノスを想起した。
と同時に、二人の中に棲まう峰岸と有希子の事も連想しないではいられなかった。
峰岸と有希子の肉片は充分に混合し、其れこそ練り合わせる様にしてから狼と白豹に咀嚼された。彼らの精神は、あの時、肉体と共に混じり合った筈と私は確信している。
とすれば、今、狼と白豹の中にいる彼らは、シャム双生児の様な、二頭、四肢八本の姿になっている筈だ。
そう思うと、私の胸中は安堵とも陶酔とも付かない、心地の好い感覚に満たされた。
四月二十三日
夜。
白、黒。
瞳、瞳。声、声。息、息。
了。
四月二十四日
小雨が森の上に霧吹く中、傘も差さずに散歩する男の姿が窓から見えた。其の男が誰なのかぼんやりと気に掛かった私は、部屋を出て、屋敷の裏手へ向かった。
玄関に立つと、霧雨が空気中に満遍なく漂う外の景色が目に映った。雨粒がこうもきめ細やかでは傘も役に立たない。傘立てから飛び出た幾本もの柄は、私の心にフックの様に引っ掛かったが、強いて其の内の一本も抜き取らず、身を晒して霧雨に挑んだ。
風景を滲ませる雨粒は、顔に貼り付く様に附き纏い、少しずつ衣服も濡らしていく様だった。普通よりも粒子が細かいからか、霧雨は木肌にも葉にも地面にも衣服の縫い目にも深く深く沁み込み、濡れるという感覚もなく、いつの間に湿り気を帯びたのか不思議に思う程全てをしっとりさせた。
髪の毛の先から滴の玉がポタポタ落ちる頃、私は部屋の窓から見た男と、ある木の下で出会った。
男は楚良だった。
若い彼の双眸は雨に打たれる枝葉に向けられていた。服も身体をスッカリ濡らしながら、顔を見上げ、しかし現実の何物も見ていない様な焦点の合わぬ様子で、彼は雨の木の下に佇んでいた。
何を、と言い掛けたところで、私は言葉を呑んだ。憂鬱に雨を眺めるものに其の理由を訊いてどうする。昔の有希子を思い出す。彼女も雨を見るでもなく眺めていた。悩んでいたからだ。漠然とした不安、億劫な不安を抱いていたからだ。
景色に溶け込む雨音は、そんな人の悩みをも溶かしてくれるのだろうか?
耳を傾けてみる。私も悩んでいる。けれど、雨が悩みを解決してくれる気配はない。唯、雨音に聞き入っている間は悩みが紛れるといった程度だ。雨が景色を滲ませる様に、考え事の輪郭が曖昧になる。
が、見え難くなったとしても、其れは決してなくなってはいない。
景色にしても、悩みにしても。
其の場凌ぎの効力はいつ迄保つだろうか。又、永遠に逃げ回っていたのなら、其れは逃げ果せた事になるだろうか。
私は楚良の横に立ち、同じ木の下で雨宿りした。
私達は互いに何を喋るでもなく、雨雲から剥がれ落ちる霧雨をひたすら眺めていた。
四月二十五日
今朝早く、私が風呂場の前を通り掛かると、誰かが風呂に入っている様子なので、戸口の前から中に声を掛けてみた。
「お早う御座います。朝から湯浴みですか?」
「神父様!」
「神父様だ!」
弾む様な幼い声が二つ返ってくる。どうやら中にいるのは狼と白豹らしい。常に一緒にいる二人は、無論、風呂も共に入っている。
「お早う御座います、神父様」
扉越しに狼が挨拶をくれる。
「神父様もどう?いいえ、一緒に入って欲しいんじゃなくて、覗きに入って来て欲しいの」
白豹が妙な提案を寄越す。からかっている風ではない。傍にいる筈の狼も異を唱えない。私に見て欲しいものでもあるのか、よく判らないが、ならば遠慮なく、と、私は風呂場の扉を徐に開けた。
脱衣場に上がってみると、板張りの床の上に妙な物が落ちていた。鋏である。裁縫用の、金色の小鋏が転がっている。何故こんな所に、と、私は訝しんだ。が、愈々浴室に入る段になって、其の理由はハッキリした。
白豹の誘いに従うなら、私は風呂へ湯浴みをしに行くのでなく、唯二人を覗きに行くだけだから、衣服は脱ぐ必要がない。私は着衣の儘浴室の扉を開けた。
途端、可憐な、真っ白い布地が目の前に広がった。
朝の陽光を反射する湯気がそう見えたのか。いいや違う。其れだけじゃない。よく見れば、布地には精緻な模様が縫い込まれている。レース模様だ。白糸の浮き彫りが日光に透ける。其れが大量に湯船に浮かんでいる。其れだけじゃない。空中には羽毛も漂っていた。大量の白羽毛が、フワフワと、空間を漂っている。
其の中心に裸の狼と白豹がいた。
半透明のレースが揺蕩う風呂の中、狼と白豹はバチャバチャと白い布を思い切り振り上げ、其の度に羽毛が浴室の天井近く舞い上がった。
湯船を満たす水面は、濡れて透明度の増したレースに全く覆われていて、宛も水面其の物にレース模様が縫い込まれたかの如くであった。其の中に腰を浸し、裸身で羽毛を舞い上げる狼と白豹。其の姿は……どう表現するか……周囲を漂う羽毛が、二人の背中に白い羽を私に見せた。つまり、二人の背には白い羽が生えていて、羽毛は其処から抜け落ちたのではないか、と……。
こんな妄想に至ったトコロで、私は先程脱衣場で見た裁縫用の鋏を思い出した。序で、屋敷中の窓に掛かったレースのカーテンや、皆の使う白い枕も。
あれで引き裂いた訳だ。
タチの悪い悪戯だ。此の二人は、時々、こういう事をやらかす。不要な費用と手間が増えた。新しいカーテンと枕を注文しなければならない。
そんな不満を考え考え、しかし、私は風呂場の光景に見入っていた。
背中に白い羽を有した天上の生き物に二人を見紛う程、其の光景は私の胸を打った。
無邪気に遊び回る狼と白豹。其のか細い四肢や体躯をさらけ出し、白い肌が日の光を反射する。人心から愛おしさを自然と浮き上がらせるだけの神秘性が、此の一幕には充ち満ちていた。
多くを語れば語るだけ、あの光景の威光が削れる気がするので、其の素晴らしさは是以上此処に書かない事とする。あれは私の網膜にのみ焼き付いていれば良い。
但し、これだけは書き残しておこうか。
其の後、風呂場の掃除は、無論、狼と白豹の二人にキチンとやらせておいた。
四月二十六日
赤座富雄への返事を認めた。内容は此方の近況を主な材料にした。住人達の近況、特に最近の狼と白豹について、其れから儀式についても細かく書いておいた。後日、郵便に出しておこうと思う。
夕方頃、料理人の乾さんに呼び止められた。何でも、楚良が思い悩んでいる様子だから、相談に乗ってやって欲しいとの事。楚良本人も私に話したがっているらしい、とも言っていた。
私は直ぐ承知した。そも、楚良が悩んでいる事は知っている。早速、明日にでも此方から話を切り出してみよう。
四月二十七日
楚良からの相談を受けた。彼の悩みとは恋愛についてだった。郷里に想い人がいて、此処数日間は彼女の姿が脳裏にちらつくのだとか。
彼の恋心が近頃になって急に募ったのは色々な要因があるのだろう。私達が取り仕切った結婚式も其の内の一つかも知れない。
兎に角、楚良の胸中に根付いた感情は充分に成長している。にも関わらず、想い人が遠く離れている所為で、言うなれば大きく育った植物に水を与えないのと同じで、蕾は付けたが花開くには栄養が足らず、日々悶々と過ごすハメになっている、と。
そうして、楚良の相手というのが娼婦だと言うのである。
大概、此の段で嫌な予感が過ぎる。私も、若い楚良が商売上の煽てに乗って、地に足の着かない心持ちになっているのだろうと考えた。が、分別を知り抜いてはいない若い男の事、尚且つ恋事に傾いた心は頭脳を置き去りにし易いものだから、私が注意したところで効力は望むべくもなく、更に言えば私は其の女と面識がないのだから、万が一其の娼婦に純心が備わっていた場合、世間並の意見には何の意味もない。
正直を言えば、私は判らなくなっていた。
私見を其の儘述べるなら「止しておけ」の一言で済む。が、先述の通り、今の楚良にそんな事を言っても無力、どころか火に油になり兼ねない。いっそ燃え上がらせても良いのだが、其れなら其れで他にもっとマシな方法がある筈だ。
「此の相談は少し預からせて貰っても構いませんか?」
私はそう言うのが精一杯だった。楚良は落胆の色を見せたが、「はい、宜しくお願いします」と殊勝に頭を下げて頼んだ。
「大丈夫ですよ。無体は言いません。必ず、貴方の為になる様に致しましょう」
私がそう言うと、楚良はやっと少し安心したのか、力ない笑みを浮かべた。
四月二十八日
欲望は必ず惡だろうか?
己の内にあるなら惡たり得ないだろうか?
他者の理解を求めたら必ず我が儘になるだろうか?
理解を示す者は善だろうか?
何物も求めてはいけないのだろうか?
本当に相手も其れを求めているだろうか?
恋愛は実に難しい。
四月二十九日
私は楚良を部屋へ呼んだ。そうして、部屋の窓際に据えた椅子に彼が座るのを待ち、私も其の正面に座して、言い含める様にこんな事を語った。
「娼婦とは、其の商業上、肉体と話術の鍛錬が欠かせません。しなやかな身体を保つには瑞々しい筋肉の支えが必須になります。無論、容姿の美しさという天賦の才も。又、お客の精神を高揚させる為に、言語は勿論として、非言語の会話にも通じていないといけません。瞳や手の仕草一つ、足捌き一つ、鍛えた美しい身体をしな垂れたり、或いは背けたり、そういった事に長けていないといけません。何故なら彼女達はそうやって代金を得るからです。娼婦はそうやって生活しているのです。だから、人を惹き付ける娼婦というのは、商売上手であって、純粋無垢とは別種の生き物なのです。しかしこれは、謂わば娼婦の美点であって、褒めこそすれ、責めるのは御門違い。此方はお客、彼方は商売、そう割り切ってこその『サーヴィス』でしょう」
此処迄語ると、楚良は不服そうに何をか言い掛けた。が、私は其れを手で制し、
「しかし」
と言い継いだ。
「しかし、だから諦めろと、そう言いたいのではないのです。人の心を動かすのは、矢張り、人の心でしょう。人には共感という機能があるのですから。『遊び』と割り切っている男は、娼婦にとっては、物分かりの良い上客でしょうね。けれど、其れは決して商売の範疇を出ない。そして、楚良、貴方の心は真面目なのでしょう?ならば、貴方は貴方の純心で以て、相手から生活を引き出さないといけない。代金でなく、市場経済では無価値とされる愛で以て、相手の身体と言葉を、即ち相手の純心を獲得しなければならない。これは非常に難しい。又、此の純心というのは、商売の仮面を外されたものですから、貴方が見慣れた姿とは限りません」
私は此処で一寸考えて、
「いや、大概は異なっているでしょう。愛想笑いが美しいのは、愛想があるから、これを忘れてはいけません。貴方は相手のどんな姿をも愛する自信はありますか?若しかしたら、貴方が愛した女は、真実、娼婦なのかも知れませんよ?商売から離れた相手に幻滅しないとも限らない。真実の姿……いいえ……そんなものはなくて……人間の顔など、時間に因って変化するものです。誰でも朝と昼と夜では別の顔になっているもの。其れでも、楚良、貴方は己の純心を相手に捧げる事が出来るでしょうか?」
楚良は困った顔で、
「判りません……」
と、呟く様な小声で応えた。
「だろうと思っていました」
私は微笑んだ。巧く微笑めていた筈だ。
「貴方だけじゃない、私だって、そして恐らくはお相手すら判らないでしょう。未だ試していないのですから。楚良、貴方がすべき事はですね、だから試す事なんです。貴方は直ぐにでも試さないといけない。己の純心と、相手の純心を。逢いに行くべきです。逢ってみないと判りません。物事を進めるには、恒等式ですが、己の手で押し進めるしかない。いいですか?逢って打ち明けるのです。己の身と心をスッカリ公開し、己の人間性を全て説明して、其の上で相手に品評させなさい。其の間に、貴方も相手を見極めなさい。其の時は注意なさい。先程私が語った事を思い出しなさい。娼婦は商売、男女の機微に関しては一枚も二枚も上手なのですから。手練手管に目を隠されてはいけませんよ」
以上の様な事を丹念に述べてやると、楚良は若い双眸に力を漲らせて私を見上げ、かと思うと俄に立ち上がった。
「神父様、俺、旅支度してきます」
そう宣言するや否や楚良は部屋を飛び出して行った。
若い、実に若い。
慌てる彼の姿を眺めつつ、私はそんな事を思った。
四月三十日
昼間に楚良の壮行会を開く。机や椅子を庭へ運び出し、乾さんが腕を振るった料理を並べ、ワインも開け、住民皆で呑めや喰えやの騒ぎを捧げ、以て楚良を励ました。
楚良と年の近い真次は特に力を入れていた。二人は肩を組み、時に大声で笑い、時にさめざめと泣き合っていた。青春、青春と、訳もなく騒いでもいた。
春の終わりに相応しい会だった。陽気は昼過ぎには汗ばむ程になった。
料理を平らげ、ボトルも乾き、愈々見送りとなると、あれだけ騒いでいた面々も静まり返った。門前には全員いた。一人、門外に立つ楚良は、涙を流しつつ、必ず成就させます、とか、駄目だったら笑ってやって下さい、とか、支離滅裂な挨拶をした。
風に鳴る木々の音がざわめく静謐の中、場違いに明朗な態度で狼と白豹はお土産をねだっていた。私は、懐から赤座富雄宛の手紙を取り出し、序でだからポストにこれを投函しておいて欲しいと頼んだ。
楚良は其の両方に頷き、私から手紙を受け取ると、敷地を出、森へ向かって行った。




