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時代遅れの剣豪闘士

世は文明開化。

戦車が地を走り、戦闘機が空を駆け、銃弾が飛び交い、大砲が豪砲雷火する。

一昔前までは魔法と剣の世界であったファンタジー色溢れていた大陸、アッテムランドはサイバーパンク色溢れる鉄と火薬の世界に替わった。

魔法使いは大砲や機関銃の圧倒的手数と火力の差に敗れ、剣持ち闘う戦士達は銃の産み出す射程の差に成すすべなく倒れる。

世界は大きく変わり行き、人も替わって行く。

戦う才能は必要なく、数を揃える事こそが命題とされ、多くの戦う為の技術と人は積み重ねた年月を感じさせる事なく淡雪の様に消え去っていった。




アッテムランド最西端の街、ライムガイト。

港町だと言うだけで取り立てて代わり映えのしない田舎街。魚は上手いが酒はイマイチな酒場に男は新聞片手にコーヒーを飲む。

髪色は黒、癖毛なのか逆立ち気味な髪を短く揃え後ろに撫で付けている。ガッシリとしたと言うにはやや細身の体、厚手の野暮ったい白の作業着に似た服と合間り港で働く労働者にも見えた。しかし、腰に提げた最近では珍しい肉厚の厳めしい拵えをした大刀が彼を異質にしている。


「剣聖も逝ったか……」


男の読む新聞の一面には

『南方戦線終息への乾坤一擲、剣聖倒れる!』

の見出しがデカデカと踊る。

旧き強さの象徴である剣とか魔法の大家が銃弾と火薬の前に沈む度、新聞はそれをセンセーショナルに喧伝してきた。

剣術を極め、高潔な人格から慕われ、剣聖と称された男は戦って死んだ。文明開化に抗う南方の盾として、新しき流れ古臭い技を持って楔足ろうとして機関銃と重砲の前に跡形も無く吹き飛んだのだ。

新聞を畳み、男は袖口から数枚のコインを指で弾き出し、テーブルの上に軽く透明な音を立てる。

荒くれが揃う港町故か重く大きい扉を開くと、外は目に痛い程の快晴。突き抜ける様に青い空に男は目を細め、数滴の涙をこぼした。取って付けた様なアクビをしながら。

男の名前は(はがね)斬吼郎(ざんくろう)

最後になった刀剣の頂。

剣豪と呼ばれる二十歳に満たぬ青年である。




刀剣を振るに半年、人を斬るのに三年。

一流派のトップにある剣士達が何気なく出した雑談の小話に過ぎない。

銃を構えるのに1時間、的に当てるのに3日、人を撃つのに1ヶ月。

とある軍事教官達がノルマとした指導要綱の一部に書かれた一文である。


戦争はその規模を枯れ野に放たれた野火の様に何よりも早く、何処までも広く戦火を拡げていった。

斬吼郎が立ち寄った村もその戦火に晒された一つ、人は去り、朽ちるに任せた空っぽの家だけがすきま風をだけを訪問客としている。

雨風さえしのげれば上等、そんな事を考えながら斬吼郎は黒く炭化した屋根を潜り、火種を起こす場所を探すのだった。


深夜、鳥の鳴き声も獣の吠える声すら無い静かな夜。壁を背に茶色から灰色に煤け始めた外套を毛布替わりに被り、斬吼郎は目を閉じている。

周りに自分の意識を薄く伸ばす様に半分寝ながら半分起きている不覚醒の眠り。

近付く者は無く、動く物も無い。

空いた屋根からは星が見え、月光が差し込むが斬吼郎にはその光は懸からない。薄ぼんやりした人影が斬吼郎に覆い被さる様に、覗き込む様に黒い影を落としている。

人の気配は無く、動く物も無い。

斬吼郎は刀を立てながら半分眠り、半分人影を感じ、ちょっとだけ息を吐いて外套を被り直した。

不自然な位に静かな夜は更けていく。


朝、日が差し込む廃屋の中で斬吼郎は床板を剥がしていた。道具も使わずに力任せに剥がされる床板は悲鳴の様な音を立てて、床下をさらけ出していく。

床下にこもっていた淀んだ空気と腐臭が青空に立ち上ぼり、丸く黒い塊が覗く。

人間の子供が膝を抱えて座り込んだ位の黒い塊。

それはつまり、それそのもので逃げ遅れたか親に隠して貰ったのか、今では知る術も無い。


斬吼郎が廃屋を去る時に庭だった場所には小さい墓が建っていた。盛り土しただけの素っ気ない名を印す物も無い墓だ。それを作った斬吼郎か作る所を見ていないと墓とは判らない程度だが、それで充分だった。

廃屋に居た人影が幽霊だったか、只の光加減の産物だったかは判らない。

斬吼郎はそんな『もの』を見て回っているが、最近はめっきりと見かけなくなってきた。

神代の時代から伝えられる魔法が人間の極まった技法により振るわれる刀剣に駆逐され、剣士が銃弾と爆薬の豪雨に四散し、世界を朝霧の様に薄ぼんやりと覆っていた魔法や精霊、幻獣や神の加護といった幻想が科学という名の昇る太陽に晴れていく。

鋼斬吼郎はそんな世界に生きていた。




鋼 斬吼郎。

はがね ざんくろう、と読む。

剣聖、剣神に並ぶ剣豪の名を頂く達人。

人間を紙くずの様に蹴散らす魔法の数々を斬り越える為に積み重ね、洗練し、極限を越えて選別された技法で流麗に受け流し、重厚に斬り払い、一刀にて断ち割る他二人に比して、荒く力任せに斬り飛ばす剣技は神聖の名を頂く他二人から一段低く、『豪』の名称に甘んじている。

付け加えるならば、正式には剣豪闘士と呼ばれている。刀剣の頂きにある三人の尊称の中でも唯一、4文字で現せられている事は余り知られていない。


(玉鋼斬るも斬らぬも心在らず、ってな)


そんな事を頭の片隅で考えながら、斬吼郎は鉛弾の雨から横ざまに飛び退く。

数メートルは跳ぶ様はもはや滑空と呼べる勢いで、着地した地面が爪先の形に深く穿たれる。

筒を円形の円盤上に円く並べた見た目の機関銃をそちらに向け直した深緑色のヘルメットと迷彩服を着込んだ兵士は、戦場に慣れきった機械の様に冷たい目をしていた。が、その視線の先に斬吼郎の姿は既に無い。斬吼郎のしなやかに張り詰めた身体は兵士の視線の下、ほぼ足元に(うずくま)り、両腕で自らを抱き締める様に全身の力を引き絞り、溜め、刀を振りかぶっていた。


「くあっ!」


斬吼郎の口から塊と思える息が吐き出され、下から頭上まで半円を描いて肉厚の刀が地面をすくい上げたと錯覚する圧力を持って斬り上げる。

溶接工がバーナーで鉄板を焼き切る様な不快な高音が鉄の塊である機関銃と分厚い刀の接触面で悲鳴を上げる。


「……これだから、剣士って奴等は――」


戦場を渡り歩き、冷静に冷徹に肉塊になる人間も理不尽な現実も見続けてきた熟練の兵士の青い目は、嫌になる位に青い空を飛ぶ機関銃の先端を、自分でも嫌になる位に冷静に眺めていた。


「痛てて、何発かかすったなぁ」


赤い血と鉛色の弾丸と黒い鉄塊が散乱する戦場跡で斬吼郎は包帯替わりにサラシを赤く染めながら傷口に巻き付けていた。

突発的に発生した戦場に巻き込まれ、敵味方関係無しに撃ちまくられた斬吼郎。(ましら)の様にの言葉通り、俊敏な獣の様に跳ね回り、斬りまくり、殺し尽くして、今に至る。


「剣聖や剣神みたいにはいかんなぁ…」


鉄板すら滑らかに斬り通す極まった剣技を持っていた同列の名を冠していた二人を思い出す。

彼等ならば、この程度の小規模な戦場は傷一つ負わずに斬り抜けていただろう。

返り血を浴びるどころか、血の一滴すら流さずに人を斬るという魔神の如き業すら可能とする絶技は成る程『人を斬る』という一点のみに数百年を懸けた人間の研鑽と、人が人を斬るという禁忌に対する狂気染みた執念を感じる。

斬吼郎には無い鋭く尖ったその精神と積み重ねの果ての到達点。

同じ高さの山の頂きにありながら、雲海を隔てた山を見る様な隔たりを斬吼郎は感じていた。

方向性が違うといえばそれまでだが、傷口が熱く痛み出す今は少しだけ彼等の強さを羨ましく思うのだった。




「あ~、やべぇなこりゃ…」


斬吼郎は高熱を出し始めた右腕と左足の傷口を抑えながら冷たい雨に身を震わせる。

最初に遭遇した戦場から三日間、ここら一帯のかなり広い範囲が戦場となっといたらしく斬吼郎はロクに治療も出来ずに身を隠しながら歩を進めていた。

傷口の消毒はした甲斐も無く、赤く腫れ上がり黄色い膿をサラシに塗りつけている。

体は雨に濡れて冷えきり、傷口は直に火で焙っているかの様にじっとりと痛みを増していく。


(死ぬかなぁ、これは)


瀕死にあえぐ自分を隣に座り込み、他人事の様に見つめるフワフワした感覚。頭を内側から叩いている様な頭痛と、傷口に指を突っ込まれて抉られる様な激痛。

それらとは別に体は冷たく、血の流れが滞り身体全体が億劫になり感覚を奪われていく感触。

絶体絶命なのに働かない生存本能が斬吼郎の諦めを促していく。

白く膜が張った様な頭の中で、当の昔に諦めたモノを思い浮かべ、口の端を軽く歪める。


(ああ、生きる意味が無いから簡単に倒れちまうんだなぁ)


魔神の如き剣技を誇った剣聖と剣神がアッサリと死んだ理由が斬吼郎にもようやく判った。


刀剣で斬るより、銃弾で撃った方が効率的に人を殺せる。


たったそれだけの理由で魔神は人に駆逐されるのだ。


ましてや、斬吼郎の技は……


(あ、もう駄目だこれ)


体から熱が引き、呼吸すら止めた方が楽になる感覚。

斬吼郎はいま、たしかに死をむかえいれた。




耳当たりの心地よい窓越しに聞こえる遠い小鳥のさえずり。まぶたを撫でる様な薄いカーテンを隔てた朝日の重みに斬吼朗は意識を起こす。

体は重く沈んでいるが硬いベッドがしっかりと支えてくれている。喉が渇きにひりつき、うめき声だけが細々とこぼれた。


「あら、起きましたか?」


斬吼朗には鈴が転げた音に思えた。

喋るというより、奏でると言える軽やかな声。

カーテンのフックがレールを走る涼しげな音と共にまぶたにかかる朝日が重さを増す。

乾いた音を立てて窓が開かれ、熱に焼かれる肌を爽やかな風が洗い立てていった。


「あ、お……」


ここは何処か、声の主が誰か聞こうとした斬吼朗の言葉は一言にも満たぬ呻き声にしかならない。

冷たい感触が額に置かれ、鈴が再び転げる。


「まだ熱が引かないみたいですね、後でスープを持って来ますからゆっくり飲みましょう、ね」


母親が子供に言い含める様な話し方を聞きながら斬吼朗は再び意識を閉じる。少しだけ、幼い頃の夢を見た気がした。

トンデモ剣客ものが大好きです。

文章で遊び、物語で遊び、読者も楽しめるものを書ければ幸いです。

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