闇と忘却
* * * 闇と忘却 * * *
「僕、新人だから、終わった後に掃除をまかされたんだ。だいたい午後の四、五時かな。(今はただでさえ光が少ないから、四時くらいで真っ暗になる。)
資料室は昔の紙の資料と、ここ二百年の電子コピーがあって、すべてを掃除するには結構時間がかかるから、みんなサボってるんだけど…。
どうかした?何その「渉がサボるなんて信じられねぇ。前代未聞、空前絶後!」な表情。単刀直入に言うと気持ち悪いよ。それに、僕だって怠ける時は怠けるんだから。
それで、僕は資料室に入って、暇つぶしをしてたんだ。と言っても昔の資料を読み漁ってたんだけど、そしたらマスターコンピューターに着信が来て...。
え?誰がそんなに迂闊なことをしたんだって?きっと僕の教授だ。真面目な顔してかなりテキトーな人だからね。
最初は無視してたんだけど、五分ごとに来て、それが三十分後には一分に一回着信音が鳴るんだ。
だから僕が受信しようと…何も見ようとはしてなかったんだけどね、それで画面をタッチした瞬間、警告が現れて、無機質に、受信後三十秒で自動的に消されるって言った。
僕はそれなら書きとめて明日教授に渡そうとしたから内容を読んだ。
そこには一言、ただ単純にそのままの意味で書いてあった。
大丈夫?ここで僕が話すのをやめても別にいいんだよ。このことは、永遠に闇に葬られるだけだから。本当に聞く?取り返しはつかないよ。
うん、分かった。
ただ一文、こう書いてあった。
『第七十八行星雲第五彗星、任務失敗。』
そして、それはチカチカと点滅して、消えた。」
闇だ。目の前が暗くなる。
「もう一回、言ってくれ。」
さっきのは俺の聞き間違えかもしれない。渉のいい間違えかもしれない。いや、俺は聞き間違えであって欲しかったし、いい間違えでもあって欲しかった。
「第七十八行星雲第五彗星の任務が失敗した。姉さんは、逝った。」
間違えでも、いい間違えでもなかった。確定された、重々しい事実だった。
言葉を失う、とはこのことだ。深いプールの底まで潜水した時に耳に来る痛みと不安を同じような感覚、いや、それを数十倍にしたものが荒波のように襲ってくる。
「幼い頃、僕らは悪魔の話しを聞いて震え上がったよね。それでも、おとぎ話の悪魔は単純で、しかも実在しない。でも、一番怖い悪魔は身近に、すぐ近くにいたんだ。僕らも、その一人になりかけていた。僕ら人間は、血も泪もない悪魔だ。」
渉は感情が消えてしまったかのように淡々と続ける。俺はその話しに集中することすらできなかった。
「人間なんて、最低だ。」
渉が話しを締めくくる。
―人間なんて最低だ、人間なんて最低だ。
その言葉だけが頭の中に反響し、恐ろしいほど同感を覚えた。
俺の、姉ちゃんに関する記憶がダムを押し壊した水のように一気に流れ出た。
いい思い出も、悪い記憶も関係なく、一コマ一コマが俺の脳内を駆けめぐる。
後悔することもないはずなのに、激しい悔いの波がおれ に押し寄せる。
膨大な量の記憶の中でも、一つだけが際立ち、鮮明に浮き上がってくる。俺がまだガキの頃で、夏。気温が平均をわずかに上回り、四十五度だった。
物覚えが悪い、というのが俺に貼られたレッテルだった。自分でも半ば自棄になっていたが、やっぱり気にしていて、姉ちゃんに相談した。姉ちゃんはクローンスイカをかじりながら俺を色々と諭して、最後に独り言かのようにささやいた。
「忘れられる人は、いいよね。」
と。
それが今、鋭い刃如く俺の胸に穴を開ける。
今は特によく分かる。忘れられるのは幸せなことだ。
掌で顔を覆った。涙が出てるわけでもない。でも顔を覆って、隙間から空を見上げた。




