晩春の風は残葉を運ぶ
* * * 晩春の風は残葉を運ぶ * * *
案の定、渉にはさんざんからかわれた。
俺としてはゆらの彼氏になっても問題は、じゃなくて、損はない、でもなくて、まぁ、別にいいけど、ゆらは必死に否定した。
さすがにそういう風に首を振られると悲しくなるんだけど。それ以上に自分が哀れに思えてくる。
「でもお茶が好きだったなんて初耳だけど。」
何故かやけに元気な渉が俺の肩をたたいてくる。
「そりゃあ初耳だろ。教えてないんだから。」
妙にムカッときたので冷たく受け流す。
結局俺はゆらに茶葉を貰った。しかし茶葉は茶葉でも、幻の銘茶と言われる福寿園伊護門(○衛門茶)なのだ。お茶は気候の条件に厳しいから、現存する福寿園伊護門は数えるほどしかない。昔は格安で市販されていたらしいが、ぜいたくな…
とにかく、俺はこの時初めてゆらが福寿園の後継者だと分かった。なんたって、福寿ゆらだしな。
「で、俺に相談したいことは?」
本題へ戻そう。
「なんで僕が相談すると分かったんだ?」
くどいようだが、俺は伊達に幼なじみをやってきたわけじゃない。
「お前が相談したい時は素直に言うとその月まで高いプライドが許さないから、絶対に言い訳を考えるってわけ」
俺が短い推理を披露する。
「で、何を悩んでいるのだね、ワトソン君。」
気取って(調子に乗って)、古典の本から引用した口調を使った。
「ああ、ちょっとな。」
俺の態度に不服そうだが、素直に渉がうなづいた。眉を片方だけ上げてゆらを一瞥し、また『火星牛ミルクシェイク』に集中する。
それより、渉みたいな歳してミルクシェイクはないだろ、ミルクシェイクは、とこぼしながら俺もちゃっかりオレンジジュースをすすっていたりするのだが…
とにかく、話しを戻そう。
「ちょっとゆら、席、外してくれないか?」
気を使って俺が言う。
「後これは俺のおごりな!」
付け加えると、かわりに渉が「おお、おお、お前にしては珍しいな。感謝するよ。」とまったく感謝してない声で笑った。
―嬉しいところ大変申し訳ないんだがな…
俺が脳内で皮肉る。
―俺は根っから渉なんかおごろうとしてないんだよ。
当然、渉は気付かない。しばらくの間、笑い続けたが、その笑い声が止んだ時には、渉は一転、真剣な顔になった。
「僕、だめかもしれない。」
平淡に呟く。しかし響きは思いがけないほど重かった。
通気孔から入った晩春の風は温かく、気持ち悪いほど湿っていた。それが俺達の間を吹きぬけて、一気に冷や汗が噴き出した。気付くと、残葉が俺のオレンジジュースに入っていた。壁にくっつき、そしてゆっくりと沈んでいく。俺は、その光景になんとも言えない不吉な予感を見い出した。
沈黙。
「おい、それ、どういう意味だよ。」
恐る恐る、俺が聞く。
「そのままの意味だ。僕はもうだめかもしれない。そして、お前も、」
「なぁ、渉。」
渉を下から見上げる。テーブルが邪魔で、俺の顔は表面に張り付くはめになった。
「最初から話してくれないか?力になれる、いや、俺も関係あるんだろ?」
そう言う俺の声も震えていた。俺もだめかもしれないって、どういうことだよ。
「僕は、僕は、知ってはいけないことを知ってしまったんだ。」
渉が声を絞り出す。
「見てしまったんだよ。」
周りの人だかりがスローモーションのように流れていく。
「なぁ、僕、初めて分かったよ。世の中には、知らないほうがいいことがあるって。」
渉がミルクシェイクを強く握りしめた。普段の渉とは思えないほどの力で、カタカタと音を立てる。
「資料室でな、」
ポツポツと語り始めた渉の言葉は、すべての真実が暴かれる序章と言ってもいいだろう。




