追えない花弁
* * * 追えない花弁 * * *
春、俺達は当たり前のように卒業証書を貰い、就職した。渉はNASAへ、俺は、ただの工場へ。
渉と会う機会は一気に減った。もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。でも俺はまだ、別によかったんだ。ゆらに出会ったから。
福寿ゆらは俺と一緒に入って、俺と同じく成績が悪くて、俺のとなりの部署で、でも音楽と雑学知識、という今時に役に立ちそうにない才能は俺の百倍以上もあったりする。
何よりもあの笑顔は天使の微笑みで、最近、俺のストレスが一気に減ったような気がするほどだ。時々無意識に出てくる不明な方言のなまりが、俺としてはツボだ。
「ねぇ。」
ほら、その天使以上の笑顔で駆け寄ってくる。
一歩踏み出す度にリズムよく揺れる栗色の短髪までもがたまらない。
「ねぇ。」
「何だよ。」
「前言ってた親友、あ、ちゃう、幼なじみに会いに行くんでしょ、来週。」
ああ、そうだが。俺は渉から立体メールが届いて、来週会うことになってる。蛇足だが、メールでも渉はなんでも知ってます的なオーラを放っている。どうせ相談のくせに。
話しを戻そう。ゆらがどこから仕入れた情報かは分からないが(もしかして、俺本人だったりするか)、俺は小さくうなずいた。
「せっかくの親友の再会だから、図々しいのは自分でもよう分かってるんだけどさ、」
ゆらが一歩前に進む。
「それ、あたしもついてっていい?」
ハ。俺の口がその形を作って、硬直した。
「えと、俺、ちょっといきなり耳が悪くなったみたいなんだ。もう一回言ってくれる?ハハハ…」
慌てて復活してごまかす。
「だからっ!その、ついてってもええかて...」
途中からゆらの声が蚊の鳴くような大きさになって、何故か分からないけど赤くなった。
俺は思わず振り替える。何をするのかって?ちょっと確認だ。
灰色の雲に覆われた空。わずかに光が差し込んでて、その光が数少ない桜の木を照らしていた。一陣の風が吹き、枝は寒々しいほど空になり、舞う花弁を目で追ってみたけど、いつの間にか視野から消えた。
とまぁ、結構色々なのを眺めたけど、何を確かめたかったかと言うと、つまり今は夕暮れじゃないと確認したかっただけだ。
ということは…俺はゆらを見下ろす。こいつ、恥ずかしがってるのか?
「ね、ね、邪魔にならないから、ええやろ?」
うぅん、いいも何も、どうしてゆらがついてくるんだ?
「べ、別に関係ないやないか。」
俺が素直に聞くと、ゆらはゆで上がったタコみたいになった。
ていうかおおいに関係あるから!
さてここで問題だ。ゆらが顔を赤くするのは俺が好きだからか、会ってもない渉に惚れ込んじまってるか、二択だ。これまでの反応からすると、多分、渉で間違いない。でも、我ながら悲しいので、俺は自分に一票を投じた。
それはさておき、
「感謝のしるしに今度、ギター弾いてあげるよ?」
「おいゆら、もしかしてお前、伝統楽器派だったか。」
するとゆらは一瞬ポカンとして、違う楽器の名前をぶつぶつと呟き始める。
なんか呪い仕掛ける人みたいでさすがにギョッとしたぞ。 (おっと、ギョッとするは死語か。)
はっきり言うとどの楽器でもいいけど、この件は難しい。理由は極めて簡単だけどな。彼女とかなんとかって絶対渉にからかわれる。(別に俺はかえってその方が…ヘヘヘ)
「何なら、これ、あげるけど。」
ゆらが遠慮気味に箱を差し出した。
俺はそれを見た瞬間、がくがくと首を縦に振った。




