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Short Short Circuit

見通せば

作者: 境康隆

 ドアの向こうから食事がそっと差し入れられた。

 朝飯か、昼飯か、夕飯か。それはよく分からない。外界の光を一切入れないようにと、俺は部屋の窓を全て目張りしてしまっているからだ。

 父親が何十年もかけてローンを組んだこの高層マンション。その本来は見通しのいい一室で、俺は将来の見通しを自ら潰してく。

 暗い部屋だ。

 外界の光すら拒んだ俺に、希望の光なんてない。あるのはモニターがうっすらと放つ、無機質な光だけだ。

 もう何年もこの部屋で暮らしている。暗い部屋の暗い人生。

 何も先が見えない。

 お先真っ暗な人生だ。

 先ず部屋から出るのが怖い。家族の顔を見るのが辛い。社会に出て行くの恐ろしい。

 今更就職なんてできる訳がない。何年も外の世界との接触を立ってきた俺にできる仕事などない。

 学がある訳ではないし、特別な技能があるわけでもない。接客もできなければ、電話一つとれないだろう。何より人と話すことができないのだ。

 人と話すことが苦手だ。恐怖だと言ってもいい。

 人の顔が見れない。

 怖いのだ。

 他人が。

 何より恐怖なのはその人の次の行動だ。ニコニコと笑っていながら、次の瞬間には俺をいじめるのではないかと内心びくびくしてしまう。

 俺はそんな風に子供の頃にいじめられた。だから人が怖い。

 笑いながら。何の罪の意識も感じてないかのように。まるで何かの遊びかのように。級友達は俺を痛めつけた。

 予測できないその行動。さっきまで隣で笑っていたのに、突然俺を蹴ったり殴ったりするのだ。

 それはクラスで瞬く間にはやってしまった。何と言うか、ただそういう遊びとしてだ。

 俺はおちおちと学校にも通えない。いけば何をされるのか全く分からない。一瞬前まで全く分からない。

 それでもいけばいじめられる。そのことだけはどうしようもなく分かる。結果学校にいかなくなり、俺は部屋から出なくなった。

 最初は部屋から出てやるものかと思った。いじめに対する抗議の為だ。

 しばらくすると部屋から出ないだけだと考えることにした。自分のしていることへの正当化の為だ。

 いつの間にか部屋から出られなきなっていることに気づいた。俺自身の責任でどんどん取り返しがつかなくなっていく為だ。

 部屋から出ないといけない。心の端でそのことは分かる。だができない。子供の頃のいじめより、もっと見通しの悪い人生が気がつけば始まってしまっていたからだ。

 これから俺はどうなってしまうのだろう。全く分からない。何故俺の将来はこんなにも見通しが悪いものになってしまったのだろう。やり直せるだろうか。それともこのままだろうか。

 見通せない。

 未来が全く見通せない。

 俺は――


 いつもと同じく冷めてしまった食事。それを前にして悲観していた俺の目の奥で、ぱっと明るい光が浮かび上がった。

 モニターじゃない。灯りをつけた訳でもない。ましてやドアを開いた訳でもない。

 それは脳裏に浮かんだ何かの光景だった。

 何だろう。よく理解できない。だが何か外の光景だ。

 それは騒々しいまでの外界の風景だった。

 窓はずっと閉めたままだ。ひょっとして透視能力でも手に入れたのだろうか。

 だがそれにしても何かがおかしい。俺は慌てて情報端末の電源を入れた。その間も次々と浮かんでくるその光景。何て言うか、見たこともない風景が目に入ってくる。

 そうなのだ。どうにも日頃この情報端末から仕入れる外界の風景よりは、より進んだ未来が目に浮かんでくる。

 それはまだ計画段階にしかない高速鉄道の開通の様子だったり、今現役で活躍しているスポーツ選手が天寿を全うしたニュース映像などだ。

 俺は脳裏に浮かぶ情報を次々と頭の中だけで整理しながら、情報端末で今の外界の状況を確認する。

 全てにつじつまがあった。

 間違いない。俺は未来を見ていてるのだ。俺は自分の将来も見通せない状況から、世界のいく末を見通せる力を手に入れたのだ。

 かつてない高揚が俺の身を駆け抜ける。この力があれば、俺は何でもできる。もう何も怖がることはない。

 未来が分かるのだ。賭け事も投資も思いのままだ。今も次々と未来の映像が脳裏に浮かぶ。

 やった――

 俺は突然開けた己の人生に歓喜する。そのまま冷めた食事を蹴飛ばしてまでドアノブに手をかけた。先ずはせせこましく働く世間の連中を笑ってやろうと思ったのだ。

 だが俺の動きはドアのとろで不意に止まる。

 そう、未来が見えたのだ。

 俺が出てきたところを見計らって、一緒に死のうと包丁を手にとっている両親の未来が――

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