真実の愛より友の力が勝る時だってありますよ
「もし、自分の婚約者が恋に落ちる瞬間を目撃してしまったなら、あなたはどうしますか?」
そう聞かれたら、あなたはどう答えますか?
もし、婚約者が恋に落ちる瞬間を目撃してしまったなら、私は――。
「僕はもう、君の言動を看過出来ない!僕やアイーダ嬢について嘘の情報を流し、さも自分が被害者のように振舞うなんて、最低だよ!マーネ、僕は君との婚約を破棄させてもらう!」
それは、下校しようと校舎を出てすぐのこと。
悲痛な声で叫んだのは、私の婚約者――ダンジェロ伯爵令息、コズラード様。その隣には、ラッツェ子爵令嬢のアイーダ様が勝ち誇った顔で笑っている。
あぁ……。ついにこの日が来てしまったのね。
「嘘の情報……ですか?」
「とぼけないでくれるかな?我が伯爵家から君と婚約を望んだだとか、それなのに僕が不貞を働いているだとか、好き勝手言いふらしていたんだろう!?君のせいで僕は、親友や同級生から責められ続けているんだよ!」
「貴女のような成金男爵家の令嬢を、コズラード様のような由緒正しき伯爵家が望むはずないじゃない!この嘘つき!真に愛し合っている私達の邪魔をしているのは貴女よ!」
二人は校舎前の広場で、私を断罪するように声を張り上げる。自分達の行いや発言に、余程自信があるように見えるけれど。
「なんて不誠実なのかしら……」
「最低なのはどっちだよ」
私達のやり取りを見ていた多くの令息令嬢は、ぞろぞろと移動を始めた。――私の後ろに。
「なっ!どうして……!?」
「皆さん、目を覚まして!その女は、数代前に金で爵位を買って貴族になった卑しい家の人間なのよ!?」
愛を築いた代わりに、一人の味方もいない二人。片や、婚約者を失った代わりに、大勢の味方を付けている私。
信じられない光景に、二人は慌てる。
(お金で爵位が買える制度があるんだから、別に構わないでしょう?それに文句を言うなんて、その制度を認めている王族への不敬になると分からないのかしら)
私は溜息を吐き、二人を見据えた。
「婚約破棄ですか?構いませんよ。こちらからの支援金の全額返済と、慰謝料を請求しますけれど。いいですよね?」
(商人は信用信頼が命なのよ。それなのに、嘘つきだ成金だなんて馬鹿にして。仕方がないけれど、このお礼はきっちり利子を付けてお返しするわ)
金で爵位を買ったベルニ男爵家の私――マーネが、商家の娘として、“迷惑な客”への対応をしてあげるわ。
コズラード様とアイーダ様が親しくなり始めたのは、学園でのパーティーの時。私が化粧室から戻ると、二人はフロアでダンスを踊っていた。
胸元が大胆に開いたドレスで、肌を密着させるように踊るアイーダ様。そんな彼女にまんまと籠絡され、恋に落ちたように蕩けた表情を浮かべる婚約者の姿があった。
――呆れるしかなかったわ。
学年が一つ上の子爵令嬢アイーダ・ラッツェといえば、令息に節操なく粉をかけると令嬢達の間では有名な方。
なにせ、彼女のせいで婚約が破談になった家がいくつもあるのだから。信用信頼を重んじる我が家とは、絶対に相容れない存在だ。
そんなアイーダ様は次の相手として、格上の伯爵令息であるコズラード様に狙いを定めたみたい。婚約者でもないのに二回連続で踊り出したところを見て、そう判断した。
私は瞬時に、あらゆる可能性を想定したわ。今日限りのお遊びで終わる場合と、そうではない場合。私や男爵家に被害が出ない未来と、伯爵位という権力を笠に着て言いがかりを付けられる未来。
――どんな道を辿っても、私や男爵家の損を最小にしなくては。
私は手始めに、二人の踊っている様子を見て心配してくださった友人達に、目を伏せて呟いた。
「伯爵家からの婚約の申し出を、たかだか男爵家が断れるはずありませんのに。それなのにまさか、他のご令嬢と親密になられるおつもりなのかしら……」
どちらから婚約の打診があったのかを明らかにし、その上で二人が仲良くなるつもりなのかと胸を痛めてみせた。
すると、友人達は顔を顰め、他のご友人や婚約者の元に行ってくれたわ。この手の情報戦の重要性は、貴族も商人も変わらないから。
私の吐露は、瞬く間に広まっていった。
コズラード様のおっしゃっていた親友の方や、同級生の顰蹙を買ったのね。かなりの方が彼に注意をしてくださっていたようだった。
そこで周囲の言葉に耳を傾け、気付いてくれればよかったのに。コズラード様は、
「ただ踊っていただけじゃないか。『二回目もいかが?』って誘われた時、マーネがまだ戻っていなかったから、付き合ってあげただけだよ」
と言って笑ったの。
二回目を踊り出す前に、私を探す素振りもなかったくせに。私は、笑って嘘をついて誤魔化そうとする彼の“更生”を諦めたわ。
その日から、学園内では二つの噂が飛び交っていた。
一つは、『コズラード・ダンジェロは婚約者がいるにも関わらず、アイーダ・ラッツェと二回続けてダンスを踊っていた。かの家から多額の支援を受けているというのに、成金貴族と軽んじ馬鹿にしている』というもの。
そしてもう一つは、『ベルニ男爵家は金に物を言わせて、爵位の次は婚約者の座を買った、貴族の風上にも置けない家である。マーネ・ベルニもまた、金や契約で婚約者を縛り付けている』というものだった。
前者の噂は私を支持する人達が、後者の噂は前者に対抗するようコズラード様やアイーダ様が流したものだ。
(婚約が決まった時から、コズラード様によく思われていなかったものね)
彼のご両親は貴族としてのプライドが高く、私達からの支援なしで生きていけないなんて、息子に言いたくなかったのでしょう。だからコズラード様には、金で脅されて無理やり婚約を結ぶことになったとでも説明したみたいで。
彼はそんな両親の言葉を信じた。私や周りから「自分の目で事実を確かめてほしい」と言われても、自ら動くことなく私を軽んじ続けていたの。
だから、いつかこうなるだろうと予想はしていたわ。
それでも、彼に目を覚ましてほしかった周りは、必死で何度も訴えかけていた。
それなのに、コズラード様は私を軽んじるだけで留まらず、アイーダ様を選んでしまった。自分達の保身と“真実の愛”を貫くために、事実無根の悪評まで流して。
――その結果、コズラード様が選んだのは、“校舎前での断罪”。自ら舞台を用意してしまった。
(これ以上看過出来ないのはこちらの台詞よ。ここまでしてしまったら、もうどうしようもないもの)
大事にしたのは彼ら自身だ。甘いことは言っていられないと、私は腹を括る。
「君は、この期に及んで金の話しか出来ないのかい?」
「この期に及んでもなにも、そういうお約束で婚約が結ばれたのですよ?私と婚約していたから、ダンジェロ伯爵家は我が家から多額の支援金を得られていたんですよ?」
「そんな大袈裟に言わなくても」
「大袈裟?我が家の支援金がなければ、コズラード様は学園に通うにあたって制服も教材も揃えられなかったというのに?」
こてんと首を傾げると、コズラード様は「……は?」と間の抜けた声を上げた。
私の後ろからは、「ダンジェロ伯爵家の金使いが荒いのは有名だけれど……」「まさかそんなになのか?」とヒソヒソと囁く声が聞こえてくる。
「アイーダ様。先程、『由緒正しき伯爵家』とおっしゃいましたね。確かにダンジェロ伯爵家は歴史あるお家柄です。けれど、二代前から領地運営が杜撰になり、更には投資に失敗されたことで、無一文に等しいほど家計は火の車なのですよ。ご存知ありませんか?」
「嘘よ!デタラメなことを言わないで!」
「信用信頼を重んじるベルニ家の私が、婚約者の価値を下げるような嘘をついて何になるんです?」
私は二人から目を逸らさず、じっと見つめた。伊達に幼い頃から気難しい職人や客を相手にしてきていないわ。
ぐっと言葉を詰まらせたアイーダ様。私は、その胸元に光るものをちらりと見る。
「次に、アイーダ様の胸に付いているブローチですが、それは私が婚約の記念にとコズラード様に贈ったものですよね?……厳密には、『これと同じものを婚約の記念に準備してくれるよね?』と有無を言わさず命じられたものですけれど」
私の言葉に、ざわりと空気が揺れた。「婚約者からの贈り物を、他の令嬢に渡すなんて!」「しかも無理強いしたものを?」と非難の声が上がる。
「ち、違う!これは僕が自分で買って、彼女にプレゼントしたものだよ!」
「……おかしいですね。生活に困窮し、我が家からの支援金なしでは生活出来ないと伯爵夫妻から聞いていたのに、そんなものを購入する余裕があったのですか?」
「えっ!?」
「そのブローチが私からの贈り物であれば、婚約者に対し、あまりにも非道な仕打ちをなさる方となりますし、逆にご自身で購入してアイーダ様に贈られたのだとすると、我が家からの支援金を使って婚約者でもない令嬢へプレゼントをする非常識な方となりますが?」
じりっと一歩身を引いたコズラード様を見て、逃さないと言わんばかりに私は手を差し出した。
「そちらのブローチを確認させてください。私の贈ったものか、購入品なのか、すぐに判断出来ますから」
「なっ!?」
狼狽えるコズラード様に、私はにこりと微笑む。
「それは、隣国で有名な職人の手によって作られたものです。購入品なら職人の名だけが、私からの贈り物であれば、職人の名とコズラード様のイニシャルが台座の裏に彫られているはずですから」
アイーダ様は急いでブローチの裏側を確認して、目を見開いた。そのままコズラード様に掴みかかる。
「ちょっと、コズラード様!?このブローチは私のために買ってくれたって言っていたじゃない!まさかお下がりだったなんてっ!」
アイーダ様はブローチを毟り取るように外すと、地面に叩き付けた。美しかったブローチはパキッと音を立て、ヒビが入ってしまう。
「あぁっ!なんてことをするんだい!?」
「それはこっちの台詞よ!あの女からもらったものを下げ渡して身に付けさせるなんて!最低だわ!」
「私からしてみれば、二人揃って最低ですけどね。言ったように、そちらは隣国で有名な職人が丹精込めて作ったものですよ?それこそ、王族への献上品をも手がける――王室御用達職人の品物ですのに」
痴話喧嘩を始めそうなところに、冷ややかな声で割って入る。王室御用達という言葉に、二人はぴたりと固まった。
「用意しろと言われたから職人に頼み込み贈ったというのに、それを他の令嬢に贈るわ、地面に叩き付けるわ……。『我が国の職人を軽んじられた』と、かの国の王に捕えられても自業自得ですよ?」
「そ、そんな……!?」
「し、知らないわよ!これがそんな価値のあるものなんて!私は知らなかったもの!」
必死の形相で弁明するアイーダ様に、私は静かに首を横に振る。
この一件を聞いたところで、かの王が動くとは思えないけれど、仮に何かがあったとしても彼らを擁護する気はない。
すると、今度はコズラード様が差し迫った様子で声を上げた。
「伯爵家に多額の支援をしてくれていたのは理解したよ!でも、伯爵家や僕だって、君に色々してあげただろう?伝手を広げられるように、貴族を紹介してあげたじゃないか!」
「伯爵夫妻やコズラード様がご紹介くださったのは、我が家を成金貴族だと軽んじて、平気で横暴な態度を取るような方々ですよね?」
「あっ、いや……」
類は友を呼ぶとはよく言ったものだわ。本当に碌でもない方ばかり紹介……もとい押し付けられて、私も両親も困り果てていた。
結局、商会の力だけでは太刀打ち出来なくて、親しい方の手を借りることになってしまったんだから。
「恩着せがましくおっしゃいますが、迷惑でしかありませんでした。それに、伯爵家やコズラード様を頼らずとも、縁など自分の力で築けます」
「その通りよ!マーネ、よく言ったわ!」
後ろから私の肩に手を置き、よく通る声で高らかに叫んだのは、パトリーナ・スピナッツィ公爵令嬢。私達だけではどうしようもなくなった時、迷惑な客達を見事に黙らせてくれたのはこの方だ。
公爵令嬢の登場に、コズラード様もアイーダ様も目を見開く。
「マーネを軽んじ続けた愚かなお前に問うわ。何故周りの人間が、『ベルニ男爵家は、お前が考えているような人達ではない』と何度も注意や忠告をしていたか、分かって?」
「何故?なぜ……?」
復唱するだけで何も答えられないコズラード様。暫くの沈黙の後、痺れを切らしたパトリーナ様は、取り出した扇をコズラード様に突き付けた。
「みな、マーネに頼まれたからよ!『伯爵夫妻から事実を歪められて聞いていらっしゃるはずですから、きっと私の言葉だけでは聞き入れていただけないでしょう。ですから、どうか皆様の力で気付かせてあげてほしいのです』と、この子はそう言ったの!」
「え……?」
「お前を責める権利があるはずなのに、『親の言葉なら鵜呑みにしてしまっても仕方がない』と、マーネはお前を庇い続けていたわ!だからみな、お前に気付かせるために言い続けたのよ。“早く目を覚ましなさい”と!」
空気を震わせるパトリーナ様の叱責に、コズラード様は口をはくはくと震わせる。
パトリーナ様は、様子を見ながらじりじりとその場から下がりつつあったアイーダ様をギリッと睨み付け、「逃げられないように囲みなさい」と命じる。
私の後ろに並んでいた令息令嬢は我先にと動き、アイーダ様の退路を断った。
「ベルニ男爵家もマーネ自身も信用信頼に足る相手だと、ここにいる多くの令息令嬢が知っているわ。ベルニ商会、ベルニ男爵家、そして彼女に助けられた者は少なくないの。それなのにお前は、周囲の声に耳を傾けず、彼女を慕う者達全てを敵に回したのよ」
「そんな……っ」
「まぁ、敵に回るならわたくしだけでも十分でしょうけれど。マーネを愚弄し続けたお前を、わたくしは絶対に許さないわ!」
明確な敵対心を露わにしたパトリーナ様。次の瞬間には、然程興味もなさそうな冷めた声で「ついでにそこの女も一緒に断罪してしまいましょう」と容赦ない言葉を放った。
公爵家から睨まれる。それがどういうことか、愚かなコズラード様でも分からないはずがない。膝から崩れ落ち、「嘘だ……」という呟きが漏れ聞こえた。
――そこに、一人の令息が近付いていく。
コズラード様はハッと顔を上げ、慌てふためいた様子で叫んだ。
「グラツィオ!た、助けてくれ……!僕は、僕は何も知らなかったんだっ」
グラツィオ様は静かにコズラード様を見下ろしている。その瞳は悲しみに暮れていた。
トゥルーリ伯爵令息であるグラツィオ様は、コズラード様が『親友』と呼ぶ方。二人は幼い頃から共に過ごしてきたという。
コズラード様の婚約者となってから、私も何度かお話しすることがあった。そして、一向に態度を改める気のない彼について、苦言を呈し、私の話を聞いてくれた人でもある。
「私は何度も伝えたじゃないか。ベルニ男爵家やマーネ嬢は、コズラードが言うような家や人ではないと。私だけじゃない。みんなが忠告していたはずだ」
「だって、そんなの……っ!いつもの小言だろうって」
「たかが小言で、あれほど大勢から言われることがあると思うのか?聞き入れたくなくて、自分で耳を塞いだだけじゃないか」
コズラード様は、グラツィオ様の表情を見て顔を真っ青にする。がしりとグラツィオ様の足を掴み、今にも泣きそうに顔を歪めた。
「グラツィオ!そんなことを言わないでくれよ!小さい頃からの親友じゃないか!僕を見捨てるのかい!?」
「……っ!だったらどうして!私の言葉を真剣に聞いてくれなかったんだ!!」
悲鳴にも似た叫びが広場に響く。コズラード様以上に顔を歪め、グラツィオ様は唇を噛み締めた。
「ぐ、グラツィオ……?」
「私はな、コズラード。マーネ嬢に大恩があるんだ」
「……え?」
突然の告白に、コズラード様は困惑したように首を傾げた。私は小さく息を吐く。
(……もう。あの話はなさらなくていいとお伝えしましたのに)
「コズラードは、私の母が病気がちなのを知っているだろう?」
「う、うん」
「一時期、本当に危険な状況だった時があったんだ。医者には、ひと月持つかどうか分からないと……」
「え?でも、夫人はまだ……」
コズラード様の言葉に、グラツィオ様は頷いた。
「それで塞ぎ込んでいた私に声をかけ、話を聞いてくれたのがマーネ嬢だった。私の話からすぐに調べてくれて、隣国でしか採れない薬草で作られたという薬を手に入れてくれた。そのおかげで母は助かったんだ」
「……!?そんな話、どうして教えてくれなかったんだ!それを教えてくれていたら、僕だって」
そんな理不尽な非難に、ついにグラツィオ様は足に縋り付くコズラード様を振り払って数歩下がった。
「マーネ嬢が『そこまで言わなければ考え直してくださらない方なら、関係を築くことは出来ないでしょうね』と言ったからだ」
「……ぁ」
「その通りだと思ったよ。だから、何度も伝えていたんだ。自分で調べて確かめてみろと。それなのに……!」
途切れた言葉に、コズラード様は再び手を伸ばす。けれど、グラツィオ様はその手を避け、背を向けた。
「私はもう、コズラードのことが信じられない。誠実な彼女を傷付け続けたお前のことを、友だったからこそ許せない」
「そんな……!?嫌だ、グラツィオ!」
「もう誰もコズラードを救えないし、救わない。……どうか、自分の選択に責任を持って生きてくれ」
こちらに歩いてくるグラツィオ様の唇は震え、瞳が潤んでいる。私の隣までやって来ると、「これまで、あいつがすまなかった」と頭を下げられた。
私はぎゅっと手を握りしめる。
「嫌だ!待って、待ってくれグラツィオ!マーネにも謝るから!あぁっ、ああああぁぁっ!!」
私はそのままパトリーナ様やグラツィオ様と共に校舎内に戻ることになった。
こちらに手を伸ばして叫ぶコズラード様は、行かせまいとする令息令嬢に阻まれ、終ぞ私達の元まで辿り着くことはなかった。
次の週末、私はグラツィオ様をお茶に誘った。
あの日から、学園内で見かけたグラツィオ様は落ち込んでいるように見えて。それだけが、ずっと心苦しかった。
相手との信用信頼を築き情報を制することで、時に私自身が動かずとも、私の望んだ状況へと他者が働きかけ動いてくれる。
そんな関係を築くことは、商人として必要な力と言えるでしょう。
(私がコズラード様を責めなかったのは、その方が同情心を煽れるから。皆さんは私を聖人君子のように思っているようだけれど、私は商人の娘だもの。お綺麗な優しさだけで生きていけないわ)
だから、パトリーナ様は必ず動いてくださると読んでいた。多くの令息令嬢が、私の味方をしてくれるとも。
そう考えれば、コズラード様に対してもある種の信用があった。
――あの手の人間は、周囲の声に耐えきれず、いつか私を悪者にしようとするだろう、という信用が。
商人としての私の直感を、裏切ってほしいとさえ思ったわ。けれど、彼は思った通りの言動を積み重ねていった。
そして私だけでなく周りの令息令嬢、そして親友からも見放されてしまった。けれど……。
(まさかグラツィオ様まで動いてくださるなんて。グラツィオ様が傷付く姿だけは、望んでいなかったのに)
「今回のことで、グラツィオ様にまで迷惑を……。グラツィオ様にとってコズラード様は、その……」
「親友……だった。でも、あいつは許されないことをした。それに、私がとやかく言わなくても、スピナッツィ公爵令嬢のお気に入りであるマーネ嬢に手を出したんだ。どうやっても許されなかっただろう」
グラツィオ様は憂いを帯びた瞳で紅茶を見つめ、肩を落とした。
今回のことで、ダンジェロ伯爵家の三人は、支援金の返済と慰謝料という莫大な借金を抱えることになった。
我が家からの支援を失った途端、家は立ち行かなくなり――破産。分家筋も碌な人間がおらず、伯爵位は一度王家預りとなり、彼らは平民へと落とされた。
借金からは逃れられず、鉱山のような過酷な環境で一生働くことになるでしょうね。
アイーダ様もまた、ラッツェ子爵家から放逐され、修道院に送り込まれたとか。
「結局こうなるくらいなら、もっと早くマーネ嬢をあいつから解放してやればよかったな。すまなかった」
「グラツィオ様が謝られることなんて、何一つありません。それに、皆さんの気遣いで、何度も心が救われていましたから」
これはご機嫌取りの言葉ではなく、本心だ。
今回のことで、また多くの縁を得られた。そして私や家のことを慮って憤ってくださる人達に、有難みをひしひしと感じたのだから。
「マーネ嬢は優しすぎる。……私は後悔ばかりだ。あいつの代わりに、私に出来ることがあれば何でも言ってくれ」
ぴくりと私の耳が動く。つい緩んでしまいそうになる口元を堪え、私は静かに顔を上げた。そして、フッと苦笑する。
「いいんですか?商人の私に、『何でも』なんて言ってしまって」
「う……っ!お、お手柔らかに頼む」
グラツィオ様も釣られたように苦笑した。こうして少しでも笑っていただけてよかった。
「では、一つお願いをしても宜しいですか?」
「私に出来ることなら。何だ?」
「私の婚約者になっていただけませんか?」
「……!?ぐっ!」
突然のことに驚いたのか、グラツィオ様はゲホゲホと噎せた。慌てて紅茶を飲むように促す。
「こ、婚約者!?」
「……やはり迷惑ですよね。瑕疵のある女ですし」
「それは君のせいじゃないし、君に瑕疵なんかない!」
グラツィオ様はバンッと立ち上がった。そんなに力強く否定されると思わず、目を瞬きながら見上げた。
ハッとして、慌てて椅子に座り直したグラツィオ様の頬は、僅かに赤らんでいる。
「……私でいいのか?この間の一件で、君の価値に気付いた者達は多い。きっと沢山の縁談が舞い込んでくるはずだ。それなのに……」
「コズラード様の婚約者になってから、グラツィオ様は私に優しくしてくださいました。きっと、あの方から色々と聞いていらしたはずなのに」
「それは……」
親友を味方に付けたいと思うのは当然のこと。コズラード様は伯爵夫妻から聞いた私の悪評を、グラツィオ様に話したはずだ。
けれど彼は、一度も私に蔑みの目を向けてくることはなかった。ずっと、私を気遣って接してくれていた。
「グラツィオ様は、最後の最後まで、コズラード様にも私にも、誠実でいてくださいました。その姿が、とても素敵だと思ったんです」
「そんなふうに思ってくれたのか」
きゅっと口を引き結んだグラツィオ様は、静かに立ち上がり私の側で跪いた。
まるで舞台のワンシーンのよう。あんな断罪とは違う、私に対して真摯な姿勢に、つい目を細めてしまう。
「必ずマーネ嬢を幸せにすると誓う。どうか、私の婚約者になってほしい」
「はい。宜しくお願いいたします」
こうして私は、友の力を借りて、ハリボテのような真実の愛を打ち破り、誠実な愛も手に入れた。
信用信頼を重んじ、何事にも強かに。商人の娘である私は、持てる手を全て使って挑む。そう簡単には負けはしないわ。
それでも、もし次になめた態度を取る人がいたら、その時は――また利子を付けてお返ししてあげる。
だからその時は、お覚悟くださいね。
お読みくださり、ありがとうございました!
他人の忠告を全て聞く必要はないと思いますが、他人の声を蔑ろにしてばかりいると、本当に自分のことを大切にしてくれていた人さえ失う瞬間もあるでしょう。
コズラードのように、家族やアイーダの都合のいい言葉を信じたくなる気持ちも分かりますが、今一度冷静に自分や周囲を見つめ直せる人間で在りたいものですね。
こちらの作品は、
▶短編の新シリーズ:恋落ち目撃シリーズ
の5作目として投稿いたしました。
4週続けて投稿を予定しております!
(金曜日もしくは土曜日の投稿予定)
多種多様なカップルや展開をご用意すべく、濃いキャラクター達が集ってしまったやもしれません(苦笑)
「このキャラ好き!」と感じていただける作品もあれば、「自分の好みとは少し違うけれど、こういうキャラが刺さる方もいそう」と感じる作品もあるかと思います。寛大な心でお読みいただけますと幸いです。
来週の公開予定タイトルは、
『私の婚約者は亡き友人への想いに囚われている』
です。どうぞお楽しみに!
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応援宜しくお願いいたします( .ˬ.)"




