【400pv到達 感謝!】婚約破棄は、推奨されています!
初めての婚約破棄ものです。
本日は、私が通っている国家連合学園の卒業式です。 五カ国から集った精鋭たちが集うこの学び舎は、今、異様な熱気に包まれていました。
学生たちが喉を鳴らし、固唾を呑んで見守っているのは、壇上の学位授与ではありません。彼らが期待しているのは、この地方の貴族にとって伝説であり、禁忌であり、そして最高のエンターテインメントとされる儀式――今まで一度も起きたことがないとも言われている『婚約破棄』です。
「本当に、今日起こると思うか?」
「ああ、アレン殿下とミレーヌ様の様子からすれば十分に可能性はある。……地雷原に全力で走り込む馬鹿が見られるなんて、一生の誉れだ。」
ひそひそと囁かれる声が聞こえます。 この地において、婚約破棄は単なる痴話喧嘩ではありません。
それは「家門の知性と教育の質を問う抜き打ち検査」。 王家は表向きこそ「婚約破棄」を様式美として推奨していますが、それを知れば知るほど、「国家の法と義務を軽んじる愚か者」を炙り出すための冷酷な選別機となっていることが理解できます。通常の知性があれば…。
親が子にこの「罠」を教えることは、貴族の誇りにかけて禁忌。ゆえに、自力でその不自然さに気づけぬ愚か者が、大舞台で自爆を遂げる。それが伝説の正体です
かくいう私も、その伝説を楽しみに待つ観客の一人……のはずでした。 当事者でなければ!
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「ヴェラ!」
大広間の中央。気がつけば、私の周りからは潮が引くように人が去り、ぽっかりと空白ができていました。私の婚約者は入室するなり、そんな私に向かって名前を大声で叫んだのです。
「ヴェラ・ルード・ベネット! 貴様との婚約を、本日この場を以て破棄する! 私は、真実の愛に目覚めた!」
一瞬の静寂。その後、「おおっ……」という地響きのような、熱を孕んだ吐息が大広間を揺らしました。 ついに、地雷が踏み抜かれたのです。
アレン様の傍らには、我が国最大の権勢を誇るサンロード公爵家の令嬢、ミレーヌ様が勝ち誇った笑みで寄り添っています。彼女は知らないのでしょう。その笑みが、自分の家門を滅ぼす処刑台への階段であることを。
それにしても、
(……アレン様。あんなに賢明だった貴方が、なぜ?)
私は、震える声を抑えて彼を見つめました。状況から十分に推察していた『婚約破棄』が実際にわが身に行われた悲しさもありますが、それ以上にアレン様の変わりように戸惑っています。
まさか、婚約破棄の影響を本当に知らなかったとか…。アレン様なら当然知っているだろうと、皆が安心していた結果がこれなのでしょうか?
それとも、ミレーヌ嬢は何らかの超常的手段を使っているのでしょうか…。ここに至っては、最早、特別監査にてその理由が明らかにされることを祈るのみです。
このままでは、王家も巻き込んだ特別監査となり、王の交代も含めて大事件となりますが、少しでもアレン様の名誉が救われればと祈るのみです。
そんな想いとは裏腹に、彼はミレーヌ様の肩を抱き、傲岸不遜な態度で私を見下ろしています。その態度は、あまりにも「典型的な愚か者」を演じているようで、私には夢ではないかと思えるくらいです。
その時、一瞬だけ。
本当に、瞬き一つの間だけ、彼と目が合いました。
「……っ」
彼の瞳の奥に、言葉にできないほどの悲痛な謝罪と、引き裂かれるような愛惜が宿ったのを、私は見逃しませんでした。
それは、私だけに見せた、そして決して見せてはならなかったはずの本当の感情。
直後、彼の瞳は再び冷酷な光を宿し、私を突き放しました。
(そう……そういうことなのですね)
私は全てを悟ったと思いました。
増長しすぎたサンロード公爵家。王国の腐敗を招きかねないその力を削ぐために、アレン様は身を削ってその「口実」を作るつもりだと。
アレン様は自らの評価を地に落とし、私という最愛を傷つけることで、公爵家を「教育の質が悪い家門」という底なし沼へ引きずり込む決意をしたのです。
それが真実かどうかは分かりません。ただ、私が信じたかっただけなのかもしれない、ただの妄想に過ぎないかもしれません。
「ヴェラ、何か言い残すことはあるか?」
冷たい声。けれど、その声に一切の震えはなく、心底私が邪魔者だと示していました。
私は、彼のその態度は「身を切る献身」と信じて、何も反論しないことにしました。少しでも時間を空ければ、サンロード公爵家の関係者が命をかけてでも止めに入るでしょう。
それこそ、ミレーヌ様の命を奪ってでも…。
すかさず、私は深く、深く膝を折り、淑女の礼を捧げます。
「……いいえ、殿下。お望みのままに。謹んで、お受けいたします。」
それが、この国を愛し、私を愛した彼が選んだ、地獄への道なのだから。
私はこっそりアレン様の父であるシュタイン王を観察しました。
王様は、常日頃、いつかアレン様が目を醒ますであろうと信じていましたが、もはやこの事態となっては諦めたようです。王家への被害を最小に、サンロード公爵家へのダメージを最大にする計算を始めていました。
王は、わが父である宰相と視線を交わしました。私はそれを見て、今後の展開に備えるよう頭脳をフル回転させて行動を決めました。父上、お許しください。私はアレン様に殉じます。
シュタイン王は決められた文言で宣言しました。
「よくぞ『婚約破棄』を成し遂げた!その栄誉を称えて、特別監査を王家とシュタイン家に実施する!」
「えっ……?」 ミレーヌ様が呆けた声を上げました。
「宰相!定めに従って、両家に関わるすべての資産、教育記録、接触情報を封鎖せよ!」
あらかじめ定められている手順にのっとり、周辺があわただしく動き始めました。
状況を理解していないミレーヌ様は固まっていましたが、他の人たちは動揺が隠せません。その中、アレン様は感情を出すことなく、ただ誇らしげに立ち尽くしていました。アレン様も状況を理解してないのか、それとも一仕事をやり遂げた誇りなのか、その姿からは窺いしることはできません。
シュタイン王は、言葉を続けます。
「アレンはただいまをもって廃嫡とし、グラン地方への永久追放を命じる。私も、この騒動を片付けたら、退位する。」
グラン地方は、魔の森と接していて人が住むのは困難な土地で、事実上の死刑です。
会場に悲鳴と動揺が広がります。会場にいる学生たちは情報を漏らさぬよう退席を許されておりません。
ミレーヌ様が、理解できないという表情で言葉を発します。
「私は、アレン様と結婚できないのですか?」
「婚約破棄」を宣言した側は、その瞬間に「貴族としての知性を失った」とみなされ、社会的に抹殺される。それがこの国の隠されたルール。ミレーヌ様は、自分が「王妃の座」ではなく「滅門の片道切符」を掴んだことに、ようやく気づいたようで顔を土気色に変えました。
なるほど、本当に『婚約破棄』の影響を全く理解していないようです。こんな子供を育ててしまうような公爵家は、断絶すべきです。
しかし、アレン様が婚約破棄に加担した以上、王家の影響力はかなり減り、政治混乱は相当なものとなります。この国を守るためできる限りのことをしなければ…。
宰相である父はすでに陣頭指揮を取るために会場におりません。申し訳ないと思いつつ、私は独断で行動します。私のこの非常識な行動も、婚約破棄にあてられた結果なのかもしれません。
「王様、発言をお許しいただけますでしょうか。」
「ヴェラ嬢…。もちろん構わぬ。」
「3つの願いについてですが…、」
王は驚きました。
「今…、この場で願うというのか?」
「はい。」
婚約破棄の手続きには、破棄された側に超法規的な3つの要求が可能なことが定められています。
普通なら、その影響等を時間をかけて吟味するのが良いでしょう。しかし、それでは私の思惑に沿わない可能性があります。
「一つめの願いは、アレン殿下の身柄を、私の『奴隷』として譲渡していただくこと。死罪や追放ではなく、私の私物として管理いたします。」
「……何だと?」
王の、そして会場全体の時が止まりました。 救済ではなく、隷属。それは、彼を王族の籍から完全に切り離し王家へのダメージを減らし、法的に私の庇護下に閉じ込める、最も傲慢で、最も慈悲深い救出策でした。
「二つ目の願いは、アレン殿下の追放先、グラン地方の統治権を私に与えていただくこと。」
「ヴェラ! 狂ったのか! 君まであんな不毛の地へ……」
「黙りなさい、私の『奴隷』。……そして三つめの願い。私たちの再婚約を承認していただくこと。」
「ヴェラ!君まで死ぬことはない!!あなたは生きて幸せになってくれ…。お願いする立場ではないが、頼む…。
父上、これが愚かな息子の最後の望みです。どうかヴェラだけは幸せになって欲しい。なんとか願いを拒否してください。」
沈黙が支配しました。 王は、どこか晴れやかな、慈愛に満ちた目で私たちを見つめ、深く頷きました。
「『婚約破棄』に関する手続きは絶対だ。……相分かった。ヴェラ・ルード・ベネットの願いをすべて受理する。」
「馬鹿な!!」
アレン様の叫びが聞こえます。
ああ…、私は報われました。アレン様を信じて良かった。私は裏切られたわけではなかった。
涙が止まりません。本来、貴族令嬢としてあるまじきことですが、最早、私にとってはどうでも良いことです。
「……、アレン様。やはり、貴方はそう仰るのですね。」
涙を流しながらも、私は精一杯の微笑みを浮かべました。驚愕に目を見開くアレン様。その隣では、事態の急変についていけないミレーヌ様が、ただ口を突き出して不満げな声を漏らしています。
「アレン様。父には後で、娘としての不忠を詫びるつもりです。
ですが、今は、一人の女として、私の誇りを通させていただきます。」
私はゆっくりとアレン様の方へ歩み寄りました。彼は絶望したように首を振っています。
「だめだ……ヴェラ、来ないでくれ……。
私は、この国の将来のために、君を裏切ったのだ。君よりも国を選んだ男だ。公爵家の毒を全て飲み干して、君への罪滅ぼしに、地獄へ行くべきなのだ……!」
アレン様は、すでに本心を隠す余裕がなくなっているようです。
その本心は私に対する裏切りではなく、私にとっては大いなる愛の言葉にしか聞こえません。
「お一人で行かせるはずがないでしょう。私は、貴方の『共犯者』になりたいのですから。」
私はアレン様の震える手に、自らの手を重ねました。そして、呆然と立ち尽くすミレーヌ様を一瞥します。
「ミレーヌ様。貴女は『婚約破棄』という伝説の主役になれましたわね。おめでとうございます。
その代償として、貴女のご実家には明日から徹底的な特別監査が入ります。教育の質を疑われた公爵家がどうなるか……せいぜい、最後まで主役らしく振る舞ってくださいませ。」
会場を包んでいた異様な熱気は、いつの間にか、奇妙な静寂と、それから一部の学生たちによる嗚咽へと変わっていました。伝説の「婚約破棄」は、誰も予想しなかった「短い愛の逃避行」という形で幕を閉じたのです。
数日後。 私たちは、必要最低限の荷物だけを馬車に積み、学園を、そして王都を後にしました。 向かう先はグラン地方。魔物が跋扈し、草木もまばらな荒れ地です。
「本当に、良かったのか? ヴェラ…」
馬車の揺れの中で、アレン様が済まないというように私の手を握ります。その手はもう、冷酷な王子を演じていた時の硬さはありませんでした。
「ええ。最高の卒業式でしたわ。」
私は彼の肩に頭を預け、窓の外を流れる景色を眺めます。 これから始まるのは、おとぎ話のような華やかな生活ではないでしょう。
短い夫婦生活になるかもしれません。
それでも、もしかしたら、この賢明で不器用な人と一緒なら、魔の森すらも豊かな庭園に変えていける気もしているのです。
伝説の「婚約破棄」の続きがある事は、この時誰も知りません。
後世、それが、二人の恋人たちが紡ぐ、新しい国の建国神話、新たな「婚約破棄」の伝説になることなど。
お読みいただき、まことにありがとうございました。




