前編 不思議な旅館
ようこそ、もふ鶴図書館へ。
今日は、とっておきの不思議なお話を読みます。
ちょっぴりにぎやかで、でもやさしい世界へ――どうぞ気軽に足を踏み入れてください。
「みなさん、こんにちは。」
そう声をかけると、目の前の子どもたちが元気いっぱいに返してくれた。
「こんにちはー!」
「今日は、もふ鶴図書館の読み聞かせに来てくれてありがとう。
これから『ポンポコ亭へようこそ』というお話を読みます。」
たぬきが表紙に描かれた本を見せると、子どもたちがすぐ反応する。
「変な名前!」「私、たぬき好き!」
思わず笑ってしまうほどの食いつきだ。
「読む前に二つだけお約束。
一つ、静かに聞くこと。
二つ、トイレや気分が悪くなったら、すぐ教えてくださいね。」
「はーい!」と揃った声が返ってくる。
「最後まで聞いてくれた子には──願いが叶うと言われている“羽毛のしおり”をあげます。」
「やったー!」「もっといいのがいい!」と、にぎやかな反応。
軽く手を叩いて合図する。
「じゃあ……始めますよ。しー、静かに」
子どもたちも同じポーズをし、部屋はすっと静まり返る。
──それでは。
お話の、はじまりはじまり。
◆ まやかし町のポンポコ亭
ここは妖怪たちが暮らす街、まやかし町。
木造の町家が並び、行灯の灯りがふわりと揺れる。
その中でもひときわ大きな和風建築──
妖怪の宿・ポンポコ亭がある。
ポン、ポコ……。
どこかで愛らしい太鼓のような音が鳴っている。
建物の中へ足を踏み入れると、だしの香りと行灯のぬくもりが包み込む。
その瞬間、すっと姿を現したのは、ふわふわの耳を持つ若い女性だった。
「まあ……お客様でございますか。ようこそ、ポンポコ亭へ。
わたくし、若女将のぽん子と申します。どうぞごゆるりと。」
控えめな声と、にこりとした笑顔。
頭には柔らかそうなタヌキ耳、後ろには丸い尻尾。
上品さの中に、少し子どもらしい愛嬌がにじむ。
長い廊下を案内される途中、あちこちの部屋から騒がしい声が聞こえた。
「ぴよ丸! お前また俺の分食ったな!」
「知らないし!」
ぽん子はぴくりと耳を動かし、ため息まじりに微笑む。
「仲良しなのですが、いつも声が大きくて……少々お待ちくださいませ。」
そっと格子戸を開けると、焼き鳥の串を加えたヒヨコの妖怪たちが、羽をばたつかせてぶつかり合っていた。
ぽん子は袖口で口元を隠し、小さく息を吐く。
「こらこら……そなたら。」
声が少しだけ鋭くなる。
ヒヨコたちがびくっとして振り向く。
「これ以上騒ぐなら、今日の夕食に並べてしまいますぞ?」
お尻の丸い尻尾がぴんと立つ。
怒っているのにどこか可愛い。
ヒヨコたちはしゅんと肩をすぼめ、串をくわえたまま「ぴ……」と鳴いた。
「よろしい。では、お客様。お部屋へ参りましょう。」
ぽん子がくるりと振り返り、廊下を歩くたび、耳と尻尾がゆらりと揺れた。
◆ 客室とおもてなし
案内された部屋は、畳の香りがふわりと漂い、
座卓と座布団が整えられている。
「素敵なお部屋ですね。」
「ありがとうございます。ここは座敷童子が毎日掃除をしてくれているんです。」
若女将の足元を見ると、おかっぱ頭の子ども──座敷童子が尻尾をつかんでいた。
視線を座卓へ向けると、今度は小さなリスが器用に料理を運んでいる。
可愛さに見惚れていると、ぽん子が隣に座った。
「リスが気になりますか?」
こくりと頷くと、ぽん子が微笑む。
「料理が揃ったようなので、ご紹介いたしますね。……料理長、どうぞ。」
振り向くと、コック帽をかぶった二匹のリスが並んでいた。
「兄のリー、弟のすー、料理長です!」
「本日の料理は、朝にとったサーモンとホタテの盛り合わせでございます!」
一つひとつ丁寧に説明してくれる。
「では、ごゆっくり。」
リスたちはぱたぱたと走り去った。
「ありがとうございます。いただきます。」
サーモンを口に運ぶと、頬がとろけるほど美味しく、思わず笑みがこぼれる。
ぽん子は嬉しそうに尾を揺らす。
しばらく話していると、従業員がぽん子を呼びにきた。
「若女将、次のお座敷のお時間です。」
「あら……失礼いたしますね。お客様、どうぞごゆるりと。」
その後ろに、警察帽をかぶった子牛の妖怪が座っていた。
「ボディガードのビギュナーでございます。」
「よ、よろしくお願いします。」
少し照れながら頭を下げる。
食事を終え、ぽん子が去ったあと。
自室には静けさが戻り、私はそっとお腹をさすった。
「ふぅ……お腹いっぱい。どれも美味しかったなあ。」
障子を開けると、月明かりが畳にやわらかく落ちた。
庭には藤の花が揺れ、紫の影がふわりと広がっている。
「うわぁ、きれい……。ビギュナーさんも見てくださいよ。」
子牛のボディガード・ビギュナーは、私の隣に並び、子どもを見守るような優しい目で景色を見ていた。
そのとき──
トントンと格子戸が叩かれた。
「はい。」
「お客様。お休みのところ失礼いたします。
ポンポコ亭自慢の温泉へご案内いたします。」
「温泉!?ぜひお願いします!」
思わず声が弾む。
格子戸が開くと、美しい女性の従業員が静かに頭を下げた。
彼女の後ろには、温泉へと続く明かりの道が伸びている。
「え……こんな近くに温泉の入り口ありましたっけ?」
「ここは、まやかし町のポンポコ亭でございますから。」
彼女はくすっと笑った。
扉をくぐると、広い露天風呂が目の前に現れた。
妖怪たちが思い思いに湯船につかり、
空には満天の星が広がっている。
「すご……」
湯に入った瞬間、体の力がふわっと抜けた。
隣のビギュナーを見る。
「ビギュナーさん、すごくないですか?めっちゃ綺麗です。」
「はい。ここの夜空は、特に美しいですよ。」
少し照れて視線をそらすと、逆側に“人間の子”が一人、桶を抱えて座っていた。
目が合うと、その子はこちらへ歩いてくる。
ビギュナーが私の前に手を出して止めた。
「この方に、何か用でしょうか?」
人間の子はにこっと笑った。
「そんなに警戒されなくて大丈夫です。
ポンポコ亭の従業員なんです。お客様のお背中、流しています。よかったらどうぞ。」
「お、おねがいします……」
勧められた椅子に座ると、綿でできたふわふわのタオルで背中を優しくこすってくれた。
「気持ちいい……ありがとうございます。」
「いえいえ、これが僕の仕事ですから。」
短く世間話をしてから温泉をあとにする。
◆ すねこすりと、不思議な夜
部屋へ戻ると、座卓には湯呑みのお茶が用意され、布団がきれいに敷かれていた。
「誰が……?」
近づくと、布団の中がもぞもぞと動く。
「きゃー!ビギュナーさん、誰かいます!!」
「大丈夫ですよ。ここのサービスですから。」
「サービス……?」
恐る恐る布団をめくると、猫と犬を混ぜたような、小さな妖怪が丸く眠っていた。
「この子はすねこすりといいます。
お布団を温めて、寝るときにすねをすりすりしてくれるんですよ。」
「すねこすり……かわいい……」
お茶を飲み、気持ちが落ち着いたころ。
布団に入るためゆっくり動かすと、すねこすりが目を覚まし、私の足にすりすりと身を寄せた。
最初は少しくすぐったかったが、だんだん気持ちよくなり──気づくと眠りに落ちていた。
◆ 翌朝の悲鳴
まだ薄暗い早朝。
静かな客室に、突然響きわたった。
「キャーー!」
「えっ!?」
私は飛び起き、ビギュナーも慌てて部屋を出る。
悲鳴のした方へ、二人で急いで駆けていった──。
「今日の読み聞かせはここまでです。みんな、聞いてくれてありがとう。」
すると、あちらこちらから
「えー、いいところなのに!」
「もう少しお話して!」
という声が上がる。
「このお話の続きは来週の土曜日に読むから、楽しみにしていてね。」
「はーい!」と、子どもたちは元気に返事をする。
その後、お礼のしおりを手渡しながら、子どもたちを見送った。
読んでくださり、ありがとうございました。
ポンポコ亭が、あなたの日常に少しのやさしさと楽しさを届けられたなら嬉しいです。
後編も近日公開できると思います。




