第二十七話 テスト
僕はいつも通り、教室に一番乗りしていた。もちろん、前日までしっかりテスト対策をしたので抜かりはないし、睡眠も十二分に取ったのでコンディションは完璧だ。
ふと、窓から見える木々に視線を向けると、対になってる鳥が、朝の陽射しと暖かい風を浴びながら、まるでうたを歌うようにさえずりあっている。その姿を見て、自然と笑みが溢れ出てしまった。
そんな様子を見ながら、心を落ち着かせていると、突然異様な雰囲気を感じたので、ゆっくと振り返えると。
戦いに敗れた兵士のように、片手でお腹を抑えながら、のそのそと教室に入ってくる立花さんが見えて、僕は咄嗟に目を逸らして俯いた。
「あのさー、二階堂くんの事が大好きな女の子が、戦いに敗れた感じで、お腹を抑えながら登校してきたのにシカトってありえなくない?」
やっぱりわざとだったんだ⋯⋯僕はそう思って恐る恐る視線を戻すと、立花さんが仁王立ちし、腕を組みながら見下ろしていた。
「お、おはようございます、昨日寝てないんですか?」そう僕が尋ねると、立花さんは顔を横に振り、右足を『ダンッ』と前に一歩踏み出して僕を指さす。
「初めてこんなに勉強して、テストを受けるから無駄に緊張しちゃって、胃が痛いのよ、なんとかしなさい」
なんとかって『無茶言うなよ』そう思ったけど、少なからずこのテスト結果は僕にも関係してくるからと、ひとまず緊張をほぐしてあげることにした。
「立花さん緊張しているのですか?手が震えてますよ?合掌して下さい」
そう伝えると立花さんは、自分の席に着席し、僕の方に体を向けて合掌をした。その手を両側から挟み叩く。
「一人じゃできないのが難点ですけどね、二階堂流緊張ほぐし術です」
そう言って、真剣な顔つきで見つめ合う。次の瞬間同時に噴き出してしまった。
「二階堂くんまじ最高!」
そう言いながら腹を抱えて笑う立花さんを見て、少し胸を撫で下ろした。
『キーン』
『コーン』
『カーン』
『コーン』
戦いの火蓋が切られた。
「さぁ、行こうか!!」と僕が言うと。
立花さんが声にならない笑い声を上げて、腹を抱える。似合わないことを言ってることは、自分でも分かっている。でも、そこまで笑わなくても?と思って肩を落とした。
『ガラッ』教室前方のドアが開き、担任が入ってきた。「問題用紙を配ります」の声が聞こえた瞬間、立花さんのスイッチが切り替わって、先程までの緊張は見られなくなり、鉛筆を片手に赤い炎に似たオーラを漂わせ始める。
僕も負けじと、筆箱から鉛筆を取り出し、問題用紙が配られてくるのを待った。
全ての問題用紙を配り終わると、担任が腕時計を確認する。「定刻になりました、テスト始め」
この号令で全員が問題用紙をめくり、問題を解き始める。悔いのないように最後までやり切ろう、そう心に決めて僕も問題用紙をめくりテストを開始した。
────テスト終了と共にチャイムが鳴り響いた。
それまでピンッと張り詰めていた空気が、チャイムの音とともに和らいでいく。教室内はテストがやっと終わった喜びと、うまくいかなかった失望で喧騒に包まれる。
そんな中、僕は確かな手応えを感じ達成感から両手を上げて背伸びをした。
ふっと視線を横に向けると、立花さんは背もたれに寄りかかり、両手をダランと下げ、天を仰いで呟いた。
「真っ白に燃え尽きた⋯⋯」
かける言葉がみつからない⋯⋯こんな時は慰めた方がいいのか?それともそっとしておいた方がいいのか?全くわからない。
判断ができない僕は、鞄を肩に掛け踵を返して、教室を後にすることを選んだ。
『コンッ』と後頭部に何かが当たり振り返ると、立花さんが机に突っ伏していた。僕は何事もなかったかのように歩き始める。
『ゴンッ』先程よりも明らかに硬い何かが後頭部に当たり振り返ると、立花さんが頬杖を付いてこちらを見ていた。
僕は深い溜息をついて、また歩き出すと見せかけて、振り返ると立花さんが両手で鞄を持ち上げた。
「ちょ、流石にそれは怪我します!!」
「てか、気付いてるなら声かけろやー」
声かけて欲しいならそう言って下さいよ、そう思ったが当たり前のように言い出すことはできず、その場で棒立ちしていると、立花さんが話し始めた。
「どうせ二階堂くんの事だから、声かけて下さいよとか、考えているんだろうと思うけど、君を大好きな女の子が真っ白に燃え尽きていたら普通声かけない?」
なんか考え読まれてる?
「普通がわかりません、でも真っ白に燃え尽きてしまう程本気でやれたんですよね?お疲れ様でした、あとは結果がわかる来週まで気楽に過ごしましょう」
そう言って微笑むと、立花さんは少し俯き頬を赤くした。
「う、うん、あ、あと⋯⋯二階堂くん勉強教えてくれてありがと」
立花さんが、俯いていた顔を上げて満面の笑みを見せる。窓から入り込む風が、立花さんの髪をふわっと靡かせると、入り込む陽射しが銀髪の髪をより一層キラキラと輝かせる。
『ドクンッ』
あ、あれ?なんだろう、胸のあたりに何か違和感を感じる。重いようなギュッと締め付けられるような。
「た、立花さん、家でお疲れ様会でもやりますか?母さんも喜びますし(え、僕何言ってるんだ?)」
違和感を感じたせいか、らしくない言動を口にする。
「え?マジ?いいの?いく、絶対にいく!お菓子買って行っていい?(二階堂くんから誘ってくれるの初めてなんだけど、や、ヤバいドキドキする、お願いだから心臓静かになって)」
「お菓子は500円までですよ」
「子供か!?」
立花さんはくるりと回り、ピョンと小さくジャンプをして、僕に並んで上目遣いをする。
「い、いきますか?」
「うん、いこー」
なんかやけに機嫌の良い立花さんを横に、僕達は学校をあとにした。




