7.サリバドールの村へ
「重い……なんて重いんだろう。身体を動かさなきゃ。アキハを背負って、アメルも助けなきゃ」
アキハにはまだ息があった。けれども、アキハはもうほとんど喋れなかった。焼け落ちた木々と森の炎が行く手を阻む。僕は何とかアキハを担ぐと、足を引きずる様にして前へと進んだ。
「ハァハァ……空気が薄い。けれど、瘴気のおかげで何とか生きてる。僕にも母さんの血が……」
メラメラと燃え盛る炎に、森の空気が揺らいで見える。だんだんと意識が遠のいて朦朧とする中、歯を食いしばって前を向いた。背負ったアキハの僅かな呼吸を感じながら、ここで倒れちゃいけないって思った。
「なんとか、何とかして森をぬけて、アメルと一緒に逃げなきゃ」
追いすがる炎が地面を焼く。降りかかる火の粉が肌を焼く。戻らないといけない。アメルが居た場所に。
「アメルは、きっと生きている……」
──なぜだろう。こんなにも森が炎に焼かれているのに。僕にだって、もう逃げ場なんてないのに。アキハを担ぎながら、炎と熱風にさらされて歩く。火の粉が舞う。木々が燃えて焼け落ちる。火炎が渦巻き、熱に揺らいだ大気に何度も瞼を閉じては瞬きをした。霞んだ目を幾度となく開いては、前を向いてそう想った。
「ここで、逃げちゃいけない。アメルを……アメルを見つけるんだ」
その時──。炎に揺らぐ森の夜空の下に、ゴォゴォと立ち昇る火の明かりの中に、見覚えのある小さな人影を見つけた。その姿は、炎の中をよろめきながら熱風に髪を靡かせたまま、ポツリと僕から少し離れた場所に立っていた。
「お兄……ちゃん」
「アメル!!」
僕を見つけたアメルが、地面に膝をついてペタンと座り込んだ。ただ、炎の勢いが凄まじくて、アメルがそのまま炎に呑み込まれてしまいそうだった。
「あ、アメル!!」
僕は片足を引きずる様にして、アキハを担ぎながらアメルに何とか近づこうとした。耳もとにアキハの僅かな息づかいを感じる。アキハの水性魔法の薄い膜が、降りかかる火の粉に触れてジュッと音を立てた。アキハも、まだ生きている。アメルだって、まだ生きている。
僕がアメルの顔をようやく間近で見れた時、アメルは僕の肩にもたれ掛かる様にして倒れてしまった。
「アメル! アメル!!」
「お兄ちゃん……こっちは、ダメ。炎と風の流れから外れなきゃ……」
──あの男は? 一瞬、頭をよぎったけれども、今は聞かないことにした。アメルとアキハが生きている。それだけで良かった。けれども、僕は二人のことが心配だった。
「アメル?」
「……」
僕にもたれ掛かったまま、アメルは静かにスースーと寝息を立てて眠ってしまった。よほど疲れたんだろう。男の気配も感じない。僕は炎と風の外側の方角を探して、二人を担ぎながらズルズルと歩き始めた。
「二人を……守らなきゃ。アメルの言う通り森に吹く風の外側に出なきゃ……」
──どれくらい歩いたんだろう。煌々と森の炎に照らされた夜空を見上げた。星が見える。どうやって歩いて来たのかなんて覚えていない。ただ、僕とアメルとアキハは森の土の上に倒れていて──、僕は二人の身体の温もりを感じていた。なんとか森の炎から抜け出て、風の流れの外側へと遠ざかったらしい。遠くの方で、誰かの声が聴こえる。
「人だ! 人が倒れているぞ! 生存者だ!!」
誰だろう──。それから、僕は二人の体温を感じながら安心して土の上で眠った。誰かが沢山人を呼んで来て、今度は僕がフワフワと担がれるのを眠りながら感じていた。
◇
(チュンチュン──)
小鳥たちの鳴き声が聴こえる。僕は眩しい朝の光を瞼に感じて目を開いた。温かいお布団の中で目覚めた。森の土の上とは随分と違った。
「い、生きてる。あ、アメルとアキハは?!」
ふと、部屋を見渡すと──、隣には僕と同じ様にアメルが寝息を立ててベッドの上で眠っていた。アメルの長い朱色の髪が枕もとに広がり、アメルは寝言を呟きながらお布団の中で寝返りをうった。
「お兄……ちゃん」
アメルの手には魔力拘束具がはめられたままだった。そして、僕の手にも──。
ボロボロだった僕の服とズボンが、新しいものに取り替えられている。白色でフワフワとしていて温かかった。アメルのも多分同じだ。僕とアメルが眠っている間に、誰かが着替えさせてくれたんだろうか。
「アメル……。生きててくれて本当に良かった。凄く疲れているだろうから、起こさないようにしないと」
日の当たる部屋──。木の匂いがする。けれども、部屋には僕とアメル以外は誰も居なかった。アキハの姿が見当たらなかった。途端に僕は急に心臓が高鳴り始めたのを感じて不安になった。
「……アキハは?」
アメルの寝息と僕が小さく呟いた声が、静かに部屋に響いた。
(コンコン!)
その時、部屋の入り口の扉を叩く音がした。扉が少しずつギギと音を立てながら、ゆっくりと開かれた。そこには、一人の髭を生やした小さなお爺さんが立っていた。手にはお盆を持っていた。温かな飲み物が湯気を立てていて、二人分の朝食が丸皿にのせられていた。
「お目覚めかね? 気分はどうかな? 酷い怪我だったようじゃが、もう大丈夫なのかね?」
「あ、はい。あ、あの、貴方は?」
「ようこそサリバドールへ。村長のクムリじゃ。かつて勇者レムルが救ってくれた小さな村のな?」
「勇者レムル……父さんが?」
「? ホホ。不思議なことを言う。勇者レムルは伝説の救世主にして古の勇者。君のお父さんも、さぞ立派な冒険者だったんじゃろなぁ」
「は、はい。あ、あのクムリさん? アキハ……って人が運ばれて来ませんでしたか?」
「……。二階におるよ。酷い怪我と火傷でなぁ。一命は取り留めたようじゃが、まだ治療中じゃ。僧侶たちが交代で看ておるよ」
「あ、ありがとうございます」
お爺さんは、部屋の隅に置かれた小さなテーブルにお盆をのせると、僕を見つめながら呟いた。
「ついて来るが良い……」
部屋を出ると、廊下の角に二階へと登る階段があった。村長さんであるクムリのお爺さんの後ろを歩きながら、階段を見つめる。僕は胸に手を当て、不安な気持ちを抑えながら、ゆっくりと登っていった。




