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勇者と魔王の子。  作者: 破魔 七歌 


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6.キルスとアメル






「いつまでそうしているつもりだ? 私と心中でもしようというのか?」

「可哀想な人。あなたは一人で死ぬの」

「ハハ! そうでもない……」


 焼け落ちる木々が二人に倒れかかった瞬間──、絡め取っていた男の指先の触手からアメルが血の鞭を振りほどいた。火の粉が炎の中で、辺り一面に散る。熱風に煽られたアメルの朱色の長い髪を、男の指先から伸びた十本の触手がかすめた。アメルは後ろに飛び退き、レオルとアキハの居る場所からキルスを遠ざけるように走った。

 

「ハァハァ……」

「逃げるのか? 追いつけないとでも?」


 瘴気は濃く炎と煙で空気が薄くなる中、男はいとも容易く焼け焦げる森の木々を蹴り倒し、驚異的な跳躍力とスピードでアメルの前に立ち塞がった。


「瘴気……酸素は薄いはずなのに力が溢れて来るようだ。考え直して欲しい。君のお兄さんとともに来てくれないか? 君を傷つけたくはない」

「無理ね。力のコントロールも出来てないくせに? 圧倒的に戦闘経験が足りてないんじゃない?」

「そのとおりかも知れない。だが、私には自分の命よりも重大な使命がある」

「挫折って知ってる? 誰にだって超えられない壁はあるわ?」

「青い光の壁……物理障壁の結界魔法か。確かに、邪魔だな?」


 男がじりじりとアメルに歩み寄る手前で、物理障壁の結界魔法が青い光を放って壁の様に立ち塞がる。アメルは身を翻して再び炎の中を走りだした。裸足の足裏に焼けた石の熱が食い込む。まだ傷が癒えないアメルには魔力の限界が近づいていた。男が溜め息をついて額にかかる髪を掻き上げた。人体には耐え難い業火の中で、男の深い火傷の痕が消え去り、身体の表面には汗一つ搔いてはいなかった。


「鬼ごっこ……か。古い記憶だ」


 男が炎で倒れて来た木を片手で受け止めると、触手を喰い込ませるように掴み、物理障壁の結界を飛び越えてアメルの逃げるその先へと投擲した。


(ドオォォン!!)


 男が投擲した燃える大木がアメルの頭上から勢いよく落下し、アメルの行く手を阻んだ。


「きゃっ!!」


 アメルが一歩仰け反ると、焼け落ちる森の木々の隙間から触手を下ろし──、男が蜘蛛の糸を垂らすようにスーッと地面に降りて来た。


「残念ながら経験や技よりも、純粋な力の方が勝ってしまうようだ。確かに私は拙いが君は運命に抗えない」

「ハァハァ……残念な人。運命に縛られているのは貴方の方でしょ?」

「鬼ごっこは終りだ」

「遊びはこれからなのに?」


 その瞬間、男の胸の傷口が開胸しアキハを貫いた鋭い触手がアメルの心臓をめがけて飛び出した。


「くっ!!」


 男の背後で消えかかっていた物理障壁の結界魔法の残滓──。その青い光を放つ魔力の小さな粒が、寸でのところでアメルの胸元に結集し小さな胸当ての様に再構築された。


(キイィィン!!)


 男の鋭利な胸の触手が、アメルが創り出した魔法障壁に弾かれ宙空を舞った。行き場を失った触手が再び男の開胸した傷口の中へと還って行く。男はその長身からアメルを見下ろして一点を見据えた。


「器用だな? 使用済みの魔力を再利用するとは」

「生け捕りにするんじゃなかったの? 貴方の攻撃は単純で直線的過ぎるのよ」

「返す言葉もない。力の加減とは難しいものだ」


 しかし──、その時、アメルは一歩後退した足首に何かが強く絡みつき、地面に縛り付けられる様な感覚を覚えた。


「う、動けない……。ま、まさか、土の中に指先の触手を這わせるなんて」

「拙い私の、拙い攻撃手段だ。君の魔力は限界に近い。このまま君と瘴気の森を抜ければ君に為す術はない」


 地面から伸びた男の触手がアメルの足に絡みつき、次第に身体中に巻き付いた。アメルの首が締め付けられ、呼吸もままならないほどだった。


「ぐっ! い、息が……」

「終わりだ。後で君のお兄さんも回収しよう。もう死んでいるかも知れないが」

「ま、まだ、終ってないわ。そ、それに、お、お兄ちゃんはまだ死んでない……」


 燃え盛る炎が渦巻き、焼け落ちた森の木々がアメルと男の傍で轟音を立てて倒れた。逃げ場のない二人を逆巻く炎が囲む。終焉の時が近づいていた。


 一瞬──。熱風に煽られた炎が揺らめき、男の視界を奪った。男の目にはアメルの髪の色と同じ、煌々と立ち昇る朱色の業火だけが映っていた。


「言ったでしょ……遊びは、これからだって」


 逆巻く炎が周囲を囲む中、アメルの声だけが男の耳もとに響いた。男は指先から伸ばした触手の先端に、アメルの体温と息づかいと残された僅かな魔力を感じ取っていた。


「ば、馬鹿な! こ、呼吸が! い、息が……」

「血液を……金属の鞭に変える魔法。ハァハァ……あ、貴方はここで、焼かれ死ぬ」

   

 炎が揺らめき、男の目にはアメルの姿が再び映った。男の指先から伸びた触手でアメルは宙吊りになっている。しかし、アメルの指先から伸びた一本の細長い血の鞭が金属の様な光沢を放ち、男の首もとに喰い込んでいた。


(ゴオォォォォ……)


 激しく吹き荒れる熱風に、男とアメルを取り囲む炎が、身動きの取れない男の背中に瞬く間に引火した。男の触手がアメルの身体から離れ、男は膝をついた。男は尚も締め付けるアメルの魔法に抗うように、首もとへと手を伸ばしたまま──、ゴォゴオと立ち昇る炎に照らされた夜空を見上げた。


「か、カハッ! ぐっ! ハァハァ……わ、私は、一人じゃ……ない。 お、多くの、同胞たちが……私となり、あ、貴方たちの前に……現れる」


 死の瞬間──、男の体内にあった別の生きもののような触手が胸から飛び出し、アメルを襲った。しかし、アメルは残り僅かな魔力を緩めることなく、男の首を締め続けた。男の触手はアメルに届くことなく、引火した身体とともに炎に焼かれた。消し炭の様になった黒焦げの男の身体が崩れ去り、炎の吹き荒れる熱風とともに森に消えた。


(シュウゥゥ……)


「殺すつもりなら……私に勝てたのに」


 アメルが、男の居た場所を見つめ、立ち昇る炎に照らされた森の夜空を見上げていた。

 


 



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