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勇者と魔王の子。「世界が僕たちを殺すなら勇者と魔王の血を引いた天使みたいな妹の可愛さだけは守りたい」  作者: 破魔 七歌 


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4.招かれざる来訪者






 ──地面の土と枯れ葉を裸足で踏んだ。

 赤々と燃え盛る炎が見える。進むたび……僕の心の中の声が叫んでいた。逃げろと警鐘を鳴らしている。肌を焼く熱風が吹き荒れて、チリチリとした感覚が指先を走る。森を焼く炎がゴォゴォと夜空に立ち昇り、天を焦がしている。無数に見えた星たちの光が、今にも落ちて来そうなほどだった。


「ハァハァ……急がなきゃ」

「お兄ちゃん? 無理しちゃいけないよ? 勿体ないけど」

「人間は憎いけど、アキハは薬をくれた。助けてくれた」

「ふーん。そんなものなのかな? 逃げた方が良いのに」


 アメルの言う通りだ。人間を追って森の炎の中に突っ込むなんて馬鹿げてる。それに、僕とアメルを死に追いやろうとした得体の知れない男が生きているのに……。歩くたび、手足にはめられた重たい金属が、僕を立ち止まらせようとする。

 風に乗って来る炎と煙のせいで息苦しい。思うように身体を動かせない。進むたび、ヒンヤリとしていた森の土が、だんだん熱を帯びて来ているのを足の裏に感じた。塞がり始めていた傷口が痛む。


「くっ! 木の他にも、何かが焼ける匂いがする。鼻が曲がりそうだ」

「生きものが焼ける匂いだよ。人間の……酷い臭いだね?」


 僕の隣に居たアメルが涼しい顔をして言った。立ち止まった僕は、アメルの大きなエメラルドグリーンの瞳を見つめた。火の粉と風に靡くアメルの朱色の長い髪が炎のように揺れている。僕はアメルの手にそっと触れてから、柔らなその手を握りしめた。


「行こう、アメル」

「死んじゃうよ? 殺されちゃうよ? それでも良いの?」


 アメルの言葉に心臓の鼓動がひときわ早まり、大きくなるのを感じた。

 ──何をしているのだろう。

 そう思う自分が居るのに、歩み出そうとする自分がいる。何故だろう。締め付けられて渇いた喉に、ゴクリと呑み込んだ生唾が落ちて行く。握ったアメルの手が冷たかった。


「そうだね。お兄ちゃんが悪かった。僕はアメルを置いて行けない」

「逃げるの?」

「うん。仕方がないさ。僕にはアメルが一番で、アメルが居ないのなんて考えられないから」

「ふぅん、じゃあ仕方がないよね? 私にとってもお兄ちゃんが一番だよ?」


 そう言うと──。アメルが僕の手をギュッと握り返した。アメルの嬉しそうな微笑みが、ゴゥゴゥと燃え盛る森の炎に照らされていた。その姿は、僕の思い出の中の母さんの姿に似ていた。


「一緒に死ねば良い。でしょ? 生きてても死んでても、私とお兄ちゃんは一緒だから」

「え? そうなの? そうなのかな?」

「そうだよ? それに、私たちのお父さんは人間の……元勇者だったでしょ?」

「確かに、そうだったけれど……」

「思い出したよ。お兄ちゃん見てると、お父さんにそっくりだなぁって」


 不思議なことを言うアメルが僕の手を握りしめたまま、裸の足で森の炎の方角へ一歩踏み出した。僕は、アメルの手を離さないようにして顔を上げた。


「アメル……」

「良い? けど、決して深追いはしない。いざって時は、アキハって人間を盾にしてでもお兄ちゃんと逃げ切るんだから」

 

 アメルが、フッと僕を見て笑った。アメルの言葉の後、焼け焦げた森の木々を二人で見つめた。遥か前方を見つめる。焼けそうな瞼と目の奥が熱い。けれど、アメルのいつもの可愛らしい笑顔に僕は少し嬉しくなっていた。


「あれは……」

「アキハだね。それと……」


 そこには、炎に揺れるアキハの後ろ姿と、煌々と燃え盛る森の炎の中で、ゆっくりと近づく男の影が揺らめいて見えた。

 男は、アキハを目の前にして何かをゆっくりと話し始めたようだった。隣に居たアメルが、ひときわ耳を澄まして二人の会話を聴こうとしているのが分かった。


「生存者か?」

「ジグムント帝国が魔大陸派遣師団……キルスと申します」

「……ジグムント? 穏やかじゃないな。しかし、酷い怪我と火傷だ。救護する。他に生存者は?」

「分かりません。ただ、気がついた時には一人でして」

「分かった。救護用のドラゴンを呼ぶ。ジッとしてろ」

「竜使いにして薬師、それだけじゃなさそうだ。素晴らしい魔力ですね……」

 

 飛空船では貴族のような姿をしていた男の身なりは、見る影もなくボロボロだった。露出した肌に流れる血と火傷の痕──。けれども、僅かにその深い傷口が座り込んだ男の胸の辺りで蠢いているようにも見えた。不気味だった。炎の影に、長身のその男の姿が一瞬だけ揺らめいて見えて別の何かに感じた。気配は人間のままだった。男は平然と腰を下ろしていた。

 

「来る。お兄ちゃん、止まって!」

「え?」

「〝死〟が……」

「うぅっ! あ、アメル!!」


(ブシュウゥ……!!)


 僕は、アメルの手を握りしめ──、揺らめく森の炎と二人の影を、木の影から呆然と立ち尽くしたまま見ていることしか出来なかった。


「あ……あ……」


 一瞬の出来事だった……。アキハが声と息を詰まらせながら吐血し、腹部と背中から血を垂れ流して地面に座り込んでいた。唖然として、僕は言葉を失った。


「やはり上質な魔力を目の当たりにすると、意図せず疼いてしまうようです。申し訳ない」

「に、人間じゃないのか。ま、魔力を感じなかった。殺気さえ……」

「えぇ、出来損ないの魔族でも魔物でもない、みすぼらしい哀れな欠陥品ですよ。私自身がね?」


 男を救護しようと屈んだアキハの背面から腹部を貫通して──、男の開胸した心臓の辺りから魔物の触手に似た何かが伸びている。アキハの手に持っていた薬瓶が地面に転がり、アキハは血溜まりの中に倒れ伏していた。


(ドサッ!)


「あ、アキ……ハ」


 全身に悪寒が走り、震えた足がすくむ。火の手が辺り一面に一気に燃え広がり、木々が焼け落ちる。僕らの、すぐ傍まで炎が近づいて来ていた。男の視線が僕とアメルに向くのを恐れて、それ以上は見れなかった。


「……逃げるよ、お兄ちゃん!!」


 アメルの叫んだ声にハッとした。僕は、まるで何も見なかった様にして後ろを振り向いた。その時、アキハを助けたかった気持ちが一瞬にして後悔に変わった。


「何処へ行こうというのです?」


 ──どうやって? あれだけの炎と燃え盛る木々の隙間を掻い潜って? 僕とアメルは随分と離れた場所から見ていたはずなのに。

 囁いたような男のその声が耳もとに届いた瞬間──、僕は一歩もそこから動けなくなってしまった。ガクガクと震える僕の手が、アメルの固くなった手を掴むので精一杯だった。






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