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勇者と魔王の子。  作者: 破魔 七歌 


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26/26

26.バヌレフの命運とルシカの光






「私に終止符を打ちに来られた訳ですね? ククッ。では、始めますか? お喋りはこの辺にして」


「あぁ、長話は嫌いだ。息絶えるがいい……」


(ドッ!!)


「き、消えたっ?!」


 ……それは、まるで流れ星が夜空に瞬くように閃き、この洞窟内に広がる天井や岩壁に現れては消えた。残像を残しては、激しい衝撃音とともに消えて行くルシカとバヌレフの姿──。

 飛翔した二人の戦闘の凄まじさに、周囲の岩肌や天井と地面が飛び散っては削れていく。分裂しては再生と消滅を幾度となく繰り返すバヌレフの身体……。その動きよりも速く、光を伴う爆発音とともにルシカの踏み込んだ足形だけが、瓦礫の地面に残されていた。


(ドドオォォンッ!! ガガガガッ!! ボッ! ボッ!!)


 ──バヌレフの鱗に包まれた隆起した筋肉と血管。身体中に開眼した赤い目玉がギョロギョロと四方八方に素早く動いていた。それが、目では追えないルシカの光の拳撃に削られては再生していく。そのたびに飛び散ったバヌレフの体液が岩壁や地面を溶かしては煙を上げていた。


(ビチャッ! ブシュウゥ……)


 黒い瘴気のモヤの中で、何体も分裂したバヌレフの身体がルシカを同時に襲っては瞬時に消滅させられる。破壊された分裂体が散り散りになり、黒煙の塊が立ち昇っていた。それが、バヌレフの欠損した本体へと吸収されて戻っていく。

 瘴気の吸収と身体の再生を何度も繰り返すバヌレフ……。ルシカの凄まじい攻撃を受けるたびに、バヌレフが失った自分の身体の一部を素早く蘇生させていた。


「じ、次元が違う……。流石はルシカ殿。バヌレフが、こちらへ攻撃を仕掛けて来る気配が全くありませんな? メネト殿とアメル様の容態が心配ですが……」


〝余裕が無いのだろう。魔族の中でも相当な手練と見受けるが……。今はルシカ殿に、テフェルとイリス様の力を信じるしかない〟


 僕らは──、静かに佇むスレイプニルの結界の中に居た。その隣で鎧を着込んだヘイダルが剣を構え、顔を覆う仮面の中でスレイプニルと言葉を交わしていた。


「アメルちゃん! メネト! しっかりして!!」

「う、うぅ……」

 

 イリスの呼び掛けに、横たわったまま目を閉じたメネトが苦悶の表情を浮かべて喘いでいた。その隣ではアメルが僕の膝の上に頭を乗せて横たわり、少しずつ呼吸が戻りつつあった。


「ハァハァ……イリス。お兄ちゃん……」


 アメルがゆっくりと瞼を開いた。アメルの手を握ると、アメルの手が温もりを取り戻していた。僕はメネトの様子を気にしながら、アメルの顔色が少しずつ良くなるのを見てホッと胸を撫でおろしていた。


「アメル様は大丈夫なようですね。けれど、メネトさんの胸の黒い魔石が割れています。身代わりの呪力で、一命は取り留めたようですが……」


 テフェルの顔色に緊張が走る。ポゥッと光の魔力がメネトの身体を包むように灯されている。テフェルの翳した両手のひらが光っていた。メネトの心臓にピッタリとくっつけられて、治癒の光をメネトの全身へと巡らせているように見えた。


「テフェル……貴方の魔力は大丈夫なの?」

「はい。イリス様の光の効力のおかげです。相乗効果で、メネトさんの命を繋いではいますが……。全回復には本格的な治療が必要でしょうね……」


 イリスが立ったままテフェルに話し掛け、目を閉じて額に金の十字架を掲げていた。中央にはめ込まれた赤色の大きな魔石が光っている。

 少しずつ、少しずつ……メネトの体力が回復していくのが分かる。それにバヌレフから受けた酷い火傷の跡と身体の傷も。メネトの着ていた黒いローブは耐火性があったのか、ボロボロになりながらも、まだ原型を留めていた。


「メネト……。アメル……」


 僕は不思議だった。どうして人間を心配しているんだろう? あれだけ憎んでいたのに? どうして人間と一緒に居るんだろう。アキハやクムリのお爺さんのこともそうだったけれど……。僕の父さんが人間の元勇者だったから? 僕は不思議だった。人間の引き金で僕とアメルが目茶苦茶にされて、父さんと母さんも──。なのに……。


 ふと我に返ると、アメルの手の温もりがギュッと僕の手を握り締めているのを感じた。僕の膝の上でアメルがゆっくりと呼吸をしながら、スレイプニルの結界の外を指差した。


「決着……もうすぐ着くよ? お兄ちゃん……」


 ようやく笑みを浮かべたアメルの表情に、僕は「うん……」と頷いて顔を上げた。アメルが言うように視線を結界の外へと向けると──、復元された何体ものバヌレフの分裂体が瞬時に現れ、ルシカを囲んでいる姿が同時に見えた。


(ドガガガガッ!! ボボボッ!!)


 ルシカの死角からバヌレフの連続攻撃が仕掛けられ、止むことのない衝撃音と地鳴りが辺り一帯に鳴り響く。この洞窟の地面に壁に天井にと爆発音が鳴り響き、砂煙を巻き上げては激しい突風が吹き荒れた。


(ドオォォン!! ゴゴゴゴゴ!! ビュオォォッ!!)


 その時、まるで隕石が落下したかのように、スレイプニルが張っていた結界の間近に二人が落ちて来た。直後、ルシカを囲んでいた何体ものバヌレフの分裂体が黒煙を残して消え去った。


(ドォンッ!! ブシュウゥ……)

 

 その瞬間──、本体のバヌレフから放たれた鋭い爪の手刀が……ルシカの心臓を貫いていた。声が出なかった……。


「ぐぁぁっ!! あ、あぁ……」


 身体が震え、目の中に閃光が走った。消え去って行くルシカの幻影と残像──。すり抜けてしまったバヌレフの手刀を、ルシカが紙一重で躱していた。ルシカの光の拳がバヌレフの身体に無数に突き刺さり……蠢く幾つもの目玉を貫いているように目に映った。……苦悶の叫び声をあげていたのは、バヌレフだった。


「おおぉぉぉっ!!」


(ドガガガガッ!! ズババババッ!!)


 バヌレフの赤く開いた口と連なりあう牙の間から溶解の分泌液が飛び散り、貫かれた全身からは体液が飛び散っていた。ジュ!ジュウゥゥッ!!──と、瓦礫の地面とスレイプニルの結界から煙が上がって……バヌレフは光の射し込む洞窟の遥か後方へとルシカに吹き飛ばされてしまった。


(ドッ! ドオォォンッ!!)


「す、凄い……。たった一人の人間が魔族を圧倒するのを……初めて見た」


 散り散りになりながらバヌレフの僅かに残った身体の一部が、瘴気の黒煙に巻かれて吹き飛ばされていた。それが、静かに佇む朽ちた木造の帆船を飛び越え、洞窟内に湛えられた水辺の中に落下した。


(ザッパァァンッ!!)


 しばらく、シンとした静寂が辺りを包んでいた。目を見開いた僕は驚き、アメルの体温を膝の上で感じながら……バヌレフの敗北した姿を呆然と見つめていた。風が洞窟の中にビュウゥと吹いて、静かな外の光が射し込んでいた。

 スレイプニルの結界の直ぐ外側──、僕の目の前には、ルシカが白いマントと背中の髪を靡かせて立っていた。人間の女とは思えないほどの凄まじい闘気と魔力……。もしかしたら、アキハよりも強いのかも知れない。


「すまない……。怪我は無かったかな? 魔王と勇者の君……」


 一瞬、後ろを振り向いたルシカと目が合ってドキッとした。荒々しい長い髪から見える綺麗な瞳と横顔……。それとは、不釣り合いなほどに大きな身体と凄まじい剛腕が印象的だった。ルシカが立ち上がると、身に纏った魔物の素材と鎖かたびらの中で、突出したアキハよりも大きな胸が見えた。流れるようなルシカの長い髪が、フワリと背中に揺れた。


「お兄ちゃん?」

「あ、アメル?」

「また? もう……!」

「ち、違うよ、アメル。べ、別に……」


(ブクブク……ザパァァ)


 その時──、波紋の広がる目の前の湖面に身体を再生させたバヌレフが突如として現れた。


「なっ?! ま、まだ再生が可能なのであるかっ?!」

〝やはり、並の魔族ではない……。が、ハルピュイアの時の様な歪な禍々しさを感じる〟


 結界を張るスレイプニルがブルッと身震いをして息を吐いた。鎧のヘイダルが大剣の柄をギリッと握り締めていた。結界の外に居たルシカがマントを翻し、ボッと瓦礫の地面に足形を残して跳躍した。朽ち果てた帆船の甲板の上に降り立ち、水辺に目玉の半身を顕にしたバヌレフの復活した姿を……ルシカが見下ろしていた。


「クックッ! クハハハ!! 最高だ! 最高に良いっ!! 我が全力を持ってしても尚余りあるその力っ!! 至福の時……これこそが私が求めていたものだっ!!」


 水辺から半身を出したバヌレフが目玉の両腕を広げて歓喜している。けれど……。


「?! か、身体が……。痛みも疲労も感じぬはずが……クッ!! く、崩れて……」


 広げていたバヌレフの目玉の片腕が、肩からボロッと崩れて……ボチャンと水面の中に沈んで行った。


「お、おお……クッ!」


「どうやら、限界のようだなバヌレフ? 手こずったが貴様の身体の中にある核と経絡と経穴は、全て見切らせてもらった。もう再生も変容も叶うことはあるまい……」


「クックク……。これが〝輪廻〟の技の真骨頂ですか? こちらにも、まだ改良の余地はある。クク。実験体の私が死ぬには最良の日だ。貴方様が最後に砕いた私の身体の核──ジグムントへと情報を送り、このバヌレフの魂もようやく解放されると言う訳です。アメル様が仰られた様に、私も誰かの所有物にはなりはしない……とね?」





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