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勇者と魔王の子。  作者: 破魔 七歌 


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24.バヌレフの脅威






「どうした? 来ないのかね? あぁ、すまない。甲板の上では少し君たちから遠いね? では、降りるとしようか」


 変容のバヌレフ──。ケストナー伯爵の姿をした目の前の男の言葉が頭に響く。男は指先で自分の口髭と毛髪に触れた瞬間、血に染まったような赤い目をカッと見開いた。


「か、身体が……」

 

 動けなかった。目には見えない風に似た何かの気配が僕とアメル──、二人の間を瞬時に通り抜けた。


「テフェル!」


 アメルの突き刺さるような声に僕は振り向いた。一番後ろに居たテフェルの背後にあった足もとの瓦礫から、ムクムクと粘土のような何かが立ち上がる。それが見る間に変容し、ケストナー伯爵へと姿を変えた。


「なっ?!」

「あ、あぁ……くっ!」

 

 金縛りにあったように硬直したイリスとヘイダルが、目を見開いたまま立ち尽くしていた。その直ぐ傍で、僅かに反応したメネトが振りかざした杖をピタリと止めて動けずに居る。甲板の上に居た男の姿は既に無かった。瞬きをした僕の目に、テフェルが身をかがませて祈る姿が見えた。仄かな光がテフェルを包んでいた。


「チェックメイト。いとも容易く背後を取らせて頂いたが? ゲームオーバーかな? 人間の命とは実に儚いものだ」


 後ろから響く男の低い声……。テフェルの背中を見つめる男の冷酷な視線に、ゾッとした戦慄が背中を走り抜けた。


「逃げろ! テフェル!!」


 メネトが声を振り絞るように叫ぶ最中、男の右の手がギラリと変容した。研ぎ澄まされた鋭い刃の光沢が、祈りに身を捧げるテフェルの喉元に光って見えた。──僅かにでも動けば、テフェルの首が今直ぐにでも切り落とされる。


「それで、私の命を獲ったとでも?」


 男の腕から伸びる大鎌の刃が、テフェルを包む光の結界に遮られていた。眩しく輝く虹のようなテフェルの結界の光が、変容した男の右手の大鎌とせめぎ合っている。耳鳴りのような音が辺り一帯に響いていた。


(キィィン……)


「ほぉ? 光の魔力による結界と刃。人間の僧侶にしては上出来だ。しかし、この程度では私を滅するには至らないが?」


 一瞬の出来事だった。テフェルの背中の結界に一筋の光が集まり、それがケストナー伯爵の姿をした男の胸を焼くように深々と貫いていた。雪深いサリバドールの村で見た屋根から伸びる氷柱に似ていた。なのに、男は平然とした様子でテフェルに話し続けて居た。


(シュウゥゥ……)


 男の胸に突き刺さった光の氷柱から、煙が立ち昇っていた。魔族を滅する僧侶たちの光の刃と結界の魔法──。テフェルの光の魔力は、本当に男に何の効き目も無いんだろうか……。


「彷徨える闇の魂よ! 光のもとへ還りなさい!」


 テフェルの斬り裂くような声とともに、宙空に突如として浮かんだ六本の光の刃──。振り返ったテフェルの手から螺旋を描くように放たれた六本の刃が、バヌレフの全身と瓦礫の地面を縫い付けるように光を放って突き刺さった。


(ドドドドドド──!)


 テフェルの声で金縛りが解けたイリスが、ハッとして目を見開いた。我に返ったイリスが、胸の金の十字架を握り締めて額へと掲げる。岩肌の天井から神々しい光が射し込んで、イリスと僕らの頭上を照らしていた。暖かな風が流れ込んで来て全身が包みこまれる。体力や魔力が僅かに向上したような気がした。多分、皆も……。


「マグリットの光よ……。絶えること無き命を我とともに照らしたまえ」

 

 ──イリスと同時に金縛りから解放されたヘイダルの鎧の背中が、目を閉じて祈るイリスの祝福と破邪の光を受けて眩しく光る。突進したヘイダルが瓦礫の地面を蹴ってバヌレフの懐に踏み込んだ。地面から石が激しく飛び散って、電光石火の如く空気を切り裂く大剣が振り抜かれた。


「おおぉぉっ!!」


(ザン──!)


 胴体を真っ二つにされたバヌレフの上半身が宙に浮いた。その瞬間、残りの下半身とともに火炎の渦がバヌレフの全身から噴き出した。


(ボッ! ゴオォォッ……)


「煉獄の炎よ! 闇に染まりし魂を滅ぼし尽くせ!!」


 バヌレフへと杖を振りかざしたメネトの声に、炎が大きく燃え上がった。うねる火炎に焼かれるバヌレフの分断された身体が瓦礫の地面の上でブスブスと焦げる。全身から泡が吹き出て、メネトの炎の魔法から逃れる術は無かった。突き刺さったテフェルの放った六本の光の刃が、まるでバヌレフの身体を内側から焼いているようにも見えた。


「うっ! 酷い臭いだ……」


 メネトが放った凄まじい炎の勢いと熱に、僕はアメルの手を引いて燃え盛るバヌレフの身体から身を退けた。身構えたままヘイダルが息を切らせながら、剣の先端に反射する炎の明かりを見ていた。


「ハァハァ……。くっ!」


 祈り続けるテフェルとともにメネトの顔が赤く炎に照らされている。メネトの額に浮かんでいた十字の痣が、薄っすらと消え掛かろうとしていた。


「……やったのか? 手応えは感じたが」

「分かりません。魔族と言う生き物は、底が知れませんから」


 メネトとテフェルの後ろに居たイリスが、額の上に掲げていた金の十字架を静かに降ろそうとしていた。震えていたイリスの肩が呼吸とともに落ち着きを取り戻していた。


「お願い……。これで、終わりにして」


 イリスが炎に包まれたバヌレフを見つめていた。その時、静かに口を開いたアメルが僕の手を離した。


「まだよ、イリス……。この程度じゃ、バヌレフは死なない」


 アメルが身構える皆の間をスッと歩きながら通り抜けて行く。


「アメル?」


 僕の声にピタリと足を止めたアメルが、燃え盛るバヌレフの身体の炎を見下ろしていた。アメルのエメラルドグリーンの瞳と朱色の長い髪が、バヌレフから燃え上がる炎に揺れて赤く染まっていた。


「バヌレフ? 遊んでいるのかしら? 悪ふざけをやめて本気で来たら?」


 光が射し込む洞窟のようなこの場所にアメルの声が響いた。すると、僕らの後ろから瓦礫の地面を踏む誰かの足音が聞こえて来た。


(ザッ……ザッ……)


「なっ?! い、生きて……」


 ケストナー伯爵の姿をしたままパチパチと拍手をしながら、ゆっくりと瓦礫の地面を歩いて近づいて来る。炎の中では、グスグスとバヌレフの身体が焼かれたままなのに……。振り返った僕は、硬直した自分の身体を動かすことが出来なかった。


「ククッ。お見事! 流石はアメル様。我が名を呼んで頂けるとは至極光栄。ご明察どおり炎の中にあるのは私の抜け殻。パーティの連携も実に素晴らしい。まさに宴……。いや、実に愉快なランチタイムだ」


 燃え盛るバヌレフの抜け殻から体液のようなものが染み出して、ヌルヌルと生き物のように瓦礫の地面を這う。それが、僕の数歩手前に居るケストナー伯爵の姿をしたバヌレフの足もとに纏わりついていた。


「え……?」


 ケストナー伯爵の顔をしたバヌレフの皮膚が──、緑色に変色して見る間に口髭と毛髪が抜け落ちていった。鱗のようなものが顔面にびっしりと生え、光沢のある粘液で覆われている。バヌレフの赤い両目の上で、血走ったように開眼した大きな目玉が額の真ん中でギョロリと動いていた。


「異形の魔族……。は、初めて見る……」


 鎧兜の金属の仮面の中で、剣を構えたままヘイダルが冷や汗を掻いたように呟いた。やがて着ていた衣服がバヌレフの身体の緑色の皮膚と癒着し、肉体から隆起した全身の筋肉と同化する。紫色の毒々しい血管のようなものがバヌレフの全身から浮き出て、ドクンと脈打っている塊が見えた。


「おぞましい……。震えが、止まらない」


 身体中からボコボコと湧き出る血管の塊が、不規則に独立したように心臓のような鼓動を繰り返している。目の前に立ちはだかるバヌレフの異形の姿に、イリスの呟いた言葉が震えていた。


「アメル様にレオル様……。そして、人間の諸君。私の悲哀に満ちたこの身体をどう思われるかね? 是非とも目に焼き付け、記憶に刻んでもらいたい。戦慄に満ちた美しき我が姿と、惨劇を奏でる恐怖の旋律を!」


 バヌレフが両腕を広げた瞬間──。全身に浮き出ていた紫色の毒々しい血管の塊が、ドクンと心臓のように跳ねた……。それが、瞼を開くようにパチリと開眼した。額と同じ赤い大きな目玉が身体中に幾つも開かれギョロギョロと動いていた。


「目玉の化け物……魔族の成れの果て。ジグムントで何があったのかしら? バヌレフ?」


 ゆっくりと振り返ったアメルの目が哀しそうに見えた。アメルの瞳が何故か母さんのように僕には想えた。




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