22.暗闇の地下通路
(ピチャン……ピチャン……)
暗がりの地下の通路──。石の天井から水が滲み出ているのだろうか。瓦礫の地面へと滴る音がする。カビのような臭いと湿り気のある冷たい空気。それを少し冷えた鼻先と、治ったばかりの肌の傷に感じる。暗闇を照らすテフェルの銀の十字架の明かりに、吐いたばかりの白い息が目に映る。
「テフェル殿、光の魔力は消耗が激しいのでは?」
「大丈夫ですよ、ヘイダルさん。このくらいでしたら、常時保てるよう僧院で訓練されていますから」
暗闇を照らすテフェルの光に、反射するヘイダルの剣の切っ先──。暗がりの通路に浮かぶ仄かな光の中、先頭を歩く二人の背中を見つめる。
「寒いよね、レオル君? アメルちゃんみたいに手……握る?」
隣に居たイリスが手に持った金の十字架でヘイダルとテフェルの背中を照らしている。白いフードから顔を覗かせたイリスが僕を見ていた。ボンヤリと灯る明かりの中──、もう片方の手を僕に差しのべたイリスがクスリと笑った。
「い、いや。い、良いですよ……別に。握らなくても」
僕は瓦礫の地面をイリスと歩きながら俯いた。恥ずかしい。ゴロゴロと転がる地面の石の影が目に映った。それと、イリスと僕の影も。
「んー! もう、イリス……。変なこと言わないのっ!」
「ハハッ! 妬けますなぁ。アメル様?」
後ろから、ムッとしたアメルの声とメネトの笑い声が聞こえて、暗闇の地下通路に響いた。その後で「ごめん、ごめん! アメルちゃん……ウフフ」と言ってイリスが笑った。
「レオル君、アメルちゃんって可愛いよね?」
「い、妹ですから……双子の」
小声でイリスが僕の耳もとで囁くと、イリスはクスクスと笑っていた。歩きながら僕は恥ずかしくなって、俯いたまま自分の手のひらを見つめた。アメルと僕は、ずっと二人一緒で……よく手を繋いでいたなって想った。それをイリスに言われると、何だか恥ずかしい。
──目の前に広がる闇と仄かな光。地下の通路を進む陣形は、ヘイダル、テフェル、僕、イリス、メネトの順番で連なり……最後尾には「暗闇でも目が効くから!」と言っていたアメルが歩いて居た。
瓦礫の通路を進んで行くと、水溜まりのような場所をところどころ目にした。ピチャン……と、音が跳ねて天井から水滴が落ちているのが分かる。すると、暗闇の先に──切り取られた石を積み重ねたように昇り階段が見えた。先頭のヘイダルが剣を構えながら、一段……一段。確かめるようにして石の階段を踏む。
「むっ?! こ、これはっ?!」
何かに気づいたヘイダルが、金属の鎧の足をカシャンと音を立てて止めた。皆も足を止める。暗闇の仄かな光に石の壁と階段を昇るヘイダルが、剣を構えながら何かを見上げていた。
「……瘴気ですか。こんな場所にも」
呟いたテフェルがヘイダルの背中と階段の先を、手に持った銀の十字架で照らしていた。
瘴気──。暗闇の光の中で、ヘイダルが見上げた直ぐ上に黒いモヤのような空気の塊が……昇り階段の先から漂っていた。
「お母さん……」
僕は、俯いたように後ろから聞こえたアメルの小さな声に一瞬──、息が止まった。
「瘴気か……。なぜ、こんな場所に。吸えば私のように呼吸器官を患い、最悪死に至る。しかし、治療のために口に巻いた呪符の包帯が役に立つとは……因果なものだな? 他の皆は大丈夫なのか?」
アメルとともに最後尾に居たメネトが呟いて、前方に居る僕らへと声を掛けた。後ろを振り向くと、黒いフードの中でメネトが髪を掻き上げているのが見えた。メネトの耳には小さな青色の魔石が光っている。アメルは俯いたまま朱色の長い髪の毛先を触り、黙ったまま見つめていた。
「自分は、闘気の〝輪廻〟を体内に巡らせているゆえ……問題ないのである」
「そうですね。体内における光の結界の維持──、僧院では常に瘴気から身を守る訓練を受けていましたから」
階段を昇る足を止めたヘイダルが、大剣を両手に構えて瘴気の黒いモヤを見上げている。ヘイダルの言葉を聞いたテフェルが、銀の十字架でヘイダルの構える剣の切っ先を照らしながら答えていた。
「私も……王族に伝わる破邪と祝福の金の装飾品を身に着けているから」
隣に居たイリスが不安気にそう呟くと、胸の金の十字架を両手でギュッと握り締めて俯いた。イリスの白いフードの中で艶のある長い髪の毛が揺れる。耳につけられた金の装飾品がキラリと光っていた。白いローブから見えた手首には金色の腕輪が十字架の灯りに輝いている。僕は──、僕とアメルには魔族の血が流れているから大丈夫だって……言えないまま言葉を呑み込んだ。
石の階段の上から、鎧を纏ったヘイダルの目が、重い金属の兜と仮面の中で僕とアメルを見ていた。
「レオル様、アメル様……大丈夫でありますかな?」
ヘイダルの静かな声に顔を上げた僕はコクリと頷いた。後ろからアメルが「大丈夫よ……」と、幽かに聞こえる小声で呟いた。
──階段を一歩、一歩。昇って行くヘイダルの姿が瘴気の黒いモヤの中へと消えて行く。その後ろに続くテフェルの十字架の光も階段と瘴気の中へと消えて行く。
僕がゴクリと唾を呑み込んで階段の先と瘴気のモヤを見上げていると、トントンと指先でイリスが後ろから僕の肩に触れた。
「これ。メネトがレオル君にって」
後ろを振り返ると、金の十字架に照らされた光にイリスの顔が浮かんで見えた。差し出されたのは、メネトが使っていた麻痺属性と魔力吸収の小刀だった。
「メネト……?」
「レオル様、それは魔双剣のアキハ殿が考案し、魔法師団によって創られた〝クナイ〟と呼ばれる暗器です。幾らか懐に忍ばせてますので護身用に一本お持ちください」
アキハ──。メネトが持っていた杖の先を石の階段にカツンと音を立てて登っていた。それをイリスから受け取ると、僕は力強く握り締めた。
……階段の先にある瘴気の中を見つめる。僕は母さんとアキハのことを想いながら、ゆっくりと登って行った。けれども、一番後ろで階段を俯いて登るアメルのことが気になった。僕はアメルの手を握ってあげなきゃって想う。でも──、狭い石の階段に阻まれてテフェルの直ぐ後ろに僕も続かなきゃって想う。アメルのことが心配だった。
「むむ……。一本道? 階段を登った先に、この様な開けた場所があるとは」
「洞窟の入り口の様な場所から光が差し込んでますね? 瘴気の黒いモヤが光の中でハッキリと浮かんで見えます」
(ゴオォォッ……)
近くで川の流れる音が勢い良く、この薄明かりの洞窟の様な場所に響いていた。薄っすらと煙の様に漂う黒い瘴気の中に、外から差し込むような明かりが見える。そう言えば、まだお昼時の時間だった。
「見て!」
振り返ると、最後尾で階段を登り切ったアメルが朱色の長い髪を靡かせて、テフェルの言う洞窟の入り口のような場所を指差していた。風が吹き込んで来る。だんだんと瘴気の黒いモヤが僕らを避けるように晴れて行く。アメルの輝くエメラルドグリーンの瞳──。きっと、アメルは自分を奮い立たせているんだって想う。僕は皆が居ることなんて気にせず、アメルの傍に居たかった。
「おぉ……。帆船か。大きいが朽ちているな?」
「ここは、代々受け継がれたケストナー伯爵家の脱出用の通路だったのよ。きっと……」
アメルに声を掛けられないまま、僕はメネトとイリスの声に振り向いた。そこには──、洞窟の入り口のような場所に水辺が湛えられていて、古い木造の大きな帆船が朽ちたまま浮かべられていた。
すると──、朽ちたままの帆船の甲板の上に人影が見えた。風とともに僕らを避けたと思っていた瘴気の流れが、その一人の人影へと吸い込まれて行く。
「んん……。心地良い。いずれ、このバレンテの街も瘴気に呑まれよう。ふむ、無事に六人とも生還したようだね? では、祝福の宴を始めようではないか。僭越ながら主賓である君たちを私が心ゆくまで、もてなして差し上げよう……」




