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勇者と魔王の子。  作者: 破魔 七歌 


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21.束の間の安らぎ






 暗闇の中に浮かぶボンヤリとした光と人影──。誰かが目の前に居る。……ゆっくりと瞼を開けた。


「……テ、テフェル?」

「気がつきましたか?」


 光の魔力──。傷が癒えていくのが分かる。なんだか、ムズ痒い。かざした手の光の向こう側にホッと安堵したテフェルの顔が見えた。フードから覗かせた優しく微笑む笑顔が、あどけなかった。テフェルってアキハやイリスより年下なのかなって想った。気がつくと身体中の痺れが取れていた。火傷の傷や刺し貫かれたトゲの痛みも和らいで行く。


「お兄ちゃん!」

「レオル君!」


 後から駆けつけたイリスとアメルの声が聞こえた。テフェルの光に照らされた二人の心配そうな顔が見える。その後ろには石で出来た古びた天井があった。冷たい空気の中にカビの様な臭いと湿り気を感じる。どうやら此処は伯爵の屋敷の真下にある地下室みたいな場所に思えた。


「お兄ちゃん? 何ともないの?」

「うん……平気だよ。アメル」

「ハァ……。心臓に悪いわ? 一時は、どうなることかと思ったけれど。とにかく、レオル君も他の皆も無事で良かったわ?」


 手を差しのべたアメルの手を握って、僕は瓦礫の地面から身体を起こした。イリスの胸の金の十字架にはテフェルの光の魔力が宿っているのか、暗闇の辺り一帯を照らしていた。


「安静に……と言いたいところですが、まだ油断できない状況ですわね?」


 クスリと笑ったテフェルの胸の銀の十字架にも明かりが灯っていた。二人の十字架の輝く光に少しだけ目を細めた。ボンヤリと光に映る暗がりの周囲を見渡す。鼻がムズムズする。


「ヘックシュン! うっ……。ま、眩しい」


 イリスとテフェルが近づくと、僕は思わずクシャミをした。傍で手を握り締めるアメルの手の温もりを感じる。アメルは心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。その後ろには、魔法使いのメネトが僕に向かって頭を下げている姿が見えた。


「レオル様、申し訳ありませんでした。しかし、魔物たちから奪い取った魔力のおかげで、ようやく少しは魔法が使えそうです。これもレオル様のおかげです」


 フードをかぶり口もとを包帯で覆ったメネトが顔を上げた。少し不機嫌な様子のテフェルが、足もとに置いてあった杖を手に取りメネトへと手渡した。


「はい、これ。預かっていたメネトさんの杖です。酷いですよ? レオル様を放っておくなんて」

「優先順位だ。あの場は魔物たちの動きを先に封じ込める必要があった。レオル様は麻痺毒ごときでは死なん」

「いや、麻痺毒でも全身に回れば昏倒して死に至りますからっ!! 毒の種類によっては身体の組織が壊死したりもするんですよ!」


 魔法使いと僧侶の考え方の違いだろうか。なんだか二人のやり取りを見ていると、安心して笑いが込み上げて来た。僕は地面に座り込んだまま思わずプッと吹き出して笑い出してしまった。


「アハ! アハハッ!!」


 暗がりに照らされた皆の顔がギョッとしていた。けれども、傍にいたアメルも僕につられて笑い出した。


「フフ……。何だか、可笑しいよね?」


 アメルがそう言うと、他の皆もクスクスと笑い始めた。


「魔力を魔物から奪っちゃうなんて? メネトさんらしいですよね?」

「フッ……。一週間は長すぎる。待ってられんからな。失くした魔力は現場で調達するのが魔法使いと言うものだ」


 僕らの笑い声が、この洞窟のような地下室みたいな場所に木霊する。その後──、何処かから声が聞こえた。僅かだけれども、まだ倒したはずの魔物たちの気配を暗闇の中に感じた。


「そう言えば、ヘイダルは? 何処へ行ったのかしら?」


 金の十字架を手にしたイリスが声の聞こえた方へと辺りを照らした。僕らから少し離れた場所で、鎧を着たヘイダルの後ろ姿が浮かび上がった。剣を瓦礫の地面に向けている。その先には、胴体を真っ二つに分断された魔物が地面の上に転がっていた。


「し、死にたくない……死にたくない!」


 蛇と甲羅の化け物──。命乞いをする魔物に、ヘイダルが黙ったまま剣を下に構えて様子を伺っていた。


「ヘイダル……」

「メネト殿?」


 ヘイダルが後ろを振り向くとメネトが立っていた。


「言っただろ? トドメは私が刺すと。細切れにしても、こいつらは死なん。頭部を破壊しない限りはな?」

「そうであるか。では、頼む……。メネト殿」


 構えていた剣を静かに降ろしたヘイダルが俯き、横に並んだメネトが手のひらからボッと燃え上がる炎を出した。


「終わりだ。その前にお前からも残りの魔力を頂いておく。哀れな魂よ、容赦なき獄炎の裁きに散れ。消えるが良い……」


 メネトが小刀を魔物に突き刺して魔力を奪い取った。魔物の身体からズブリと抜き取ったその直後にメネトの手から炎がこぼれ落ちた。


「嫌だぁ! 嫌だぁっ!! ぐっ!! ぐあぁぁっ!!」


 蛇の魔物が最期の断末魔の叫び声を上げた。ヘイダルが俯いたまま、焼き尽くされる魔物の姿と炎を見つめていた。メネトの冷酷な視線が炎の明かりにメラメラと映る。


(ゴオォォッ……)


 ……瓦礫の地面には黒焦げになった炭の塊が崩れ落ちて、何も残らなかった。

 金の十字架を手に持ったイリスが、黙ったまま俯いたヘイダルに声を掛けていた。イリスが触れたヘイダルの鎧の背中には魔物の体液で溶かされた跡が残っていた。


「人の命を脅かす魔物や魔族は放ってはおけない。それが、例え人間であっても同じことなのよ、ヘイダル。仕方のないことだわ……」

「……」


 しばらくすると、魔物を焼き払ったメネトが立ち上がって僕らの後ろを見据えた。闇の中では、さっき倒したばかりの二体の魔物の気配が、まだ幽かに感じられた。イリスとテフェルの光に照らされた暗闇の中へと──、メネトがゆっくりと歩いて行った。


「あ! ちょっと待って!」

 

 僕の手をパッと離したアメルが暗闇の薄明かりの中にいるメネトへと駆け寄った。アメルがメネトの着ている黒いローブの端を握り締めて、フードの中のメネトの顔を覗き込んでいた。


「アメル様?」

 

 二人の先にはグッタリと瓦礫の地面に倒れ伏した二体の魔物が居た。ボンヤリと幽かだけれど、その姿が闇の中に浮かんでいるのが見えた。頭部と胴体が切断されているのに、まだ僅かに蠢いているみたいだった。斬られた頭に、胴体が引き寄せられる様に動いていた。


「メネト? 奪い取った魔力って、あの子たちの何分の一かの魔力でしょ? 全部じゃないよね?」

「はい……まぁ、そうなりますが」

「勿体ないから、調伏して私の暗黒空間で飼うわ? いつでも召喚出来るようにね?」


 そう言ったアメルがメネトを見ながらクスリと笑った。

 暗黒空間──。それは、アメルの底知れない膨大な魔力を象徴しているみたいで身震いがした。我が妹ながら、流石は魔王の母さんの子……なんて想う。僕はアメルのお兄ちゃんだけれども。

 アメルが左の手のひらを二体の切断された魔物へと手をかざすと──、黒い闇が渦巻くように二体の魔物を吸い込んで……アメルの手のひらの中へと消えて行った。


「な、何とも無いのですか?」

「ん? まぁ、これくらいなら平気よ? 召喚で魔物を出したり引っ込めたりするくらいなら、意外と少ない魔力でも大丈夫だから」


 驚いたメネトを見たアメルがキョトンとした顔で首を傾げていた。それから、何だか嬉しそうに「えへへ……」と、左の手のひらをグーパーさせながら見つめていた。アメルの手首には僕と同じ魔力拘束具がはめられたままだった。暗闇の仄かな光の中──、アメルの様子を見ていた僕は少しだけ安堵していた。ふと治った自分の傷跡を目にすると、服が破けているのに気がついた。


「クムリのお爺さんからもらった服……破けちゃったな。大事にしたかったのにな……」


 僕が呟くと、傍に居たテフェルが胸に光る銀の十字架にそっと手で触れて「やはり勇者様の子……人間らしいのですね?」と言った。


「テフェルは、僕が勇者の子──人間の父さんの子だから優しくしてくれるの?」


 僕は何となくだけど、テフェルは僧侶だから……僕の父さんが人間の勇者だったから優しいんだって思った。ちょっとだけ寂しくなって、魔王の母さんだって優しかったんだって言いたかった。

 テフェルが僕を見ていた。僕もテフェルの顔をジッと見つめた。テフェルが寂しそうな目をしたまま、口もとを動かした。寂しそうなのに、僕に優しく微笑みかけるような顔をしていた。


「そんなに寂しそうな目をしないでください……レオル様。今の貴方なら例え魔族であっても、私の心は動かされたと想います」


(ザッ……ザッ……)


 その時、テフェルと僕の直ぐ傍で瓦礫の地面を踏む音が聞こえた。足音が近づいて来る。……暗闇に浮かぶ仄かな光の中を見上げた。そこには、心配そうに背中を見つめるイリスと傷だらけの鎧を纏ったヘイダルが立っていた。


「では、レオル様……先へと参りましょうぞ。これより先は闇──。一瞬たりとて油断なりませぬ」


 暗闇の中で、テフェルとイリスの十字架の光に照らされたヘイダルが呟いた。その声が静かに僕の耳もとで響いていた。




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