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勇者と魔王の子。  作者: 破魔 七歌 


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18/26

18.バレンテの街へ






 澄んだ朝の新鮮な冷たい空気、森の光──。鳥たちの鳴き声が聞こえる。


「ん……。良い朝。皆、よく眠れたかしら?」


 ──木々の隙間から入り込んだ朝の光が眩しかった。雪雲は晴れ、森の中をスレイプニルが牽引する馬車に揺られながら朝ご飯を食べた。イリスが言うには、不幸中の幸いで戦いで飛んだ分、バレンテの街があるモレイラ山の麓まで辿り着けているらしい。


「……瞼が重い。食べるのもやっとだ」

 

 魔力が枯渇しきったメネトは眠そうだった。相変わらずテフェルは神様の本とか言うのを開けてお祈りをしている。誰よりも沢山食べ終えたアメルが僕の膝もとで眠っていた。寒さを感じながらも、しばらく馬車に揺られながら道なりにモレイラ街道を進んだ。


「お? 見えて来ましたな? バレンテの街が」


 森の静けさの中、途中モレイラ街道で誰かとすれ違うことはなかった。道の端にスレイプニルがブルッと身震いをして馬車を停めた。ヘイダルが幌の張られた荷台から飛び降りて馬車を操る御車席に座る。再びスレイプニルが牽引して馬車が動き始めた。


「ふふ……。これからがお楽しみよ?」


 イリスが笑みを浮かべて白いフードつきのローブを羽織り、身をうずめるように座り直した。そして、手にした大きな黒縁の眼鏡を掛けた。どうやら変装のつもりらしい。王都を出て冒険するのが、そんなに楽しいんだろうか? しばらくの間……ゆっくりとした時間が流れた。


「あれ見て! お兄ちゃん!」

  

 ついさっきまで寝ていたアメルが飛び起きた。馬車から身を乗り出して、目を輝かせながら遥か前方を指差している。


「うわぁ、とっても大きな街だ……。それに深い谷、立派な橋が掛けられてある」

 

 僕も気がつくとアメルと一緒に馬車から身を乗り出していた。ゴオッと渓谷の遥か下で流れる川の音が聞こえる。頑強な石造りの橋の向こう側には、山々に囲まれたバレンテの街並みが広がっていた。サリバドールの村とは比べものにならない。屋根の高い大きな建物が沢山密集していた。


「バレンテか……」

「何か想い入れでも?」

「いや、領主の伯爵が癖のある男でな……」


 メネトが呟いて、テフェルが神様の本をパタンと閉じた。テフェルが不思議そうに首を傾げて、苦い顔をしたメネトを見つめている。深い谷と大きな橋を渡り終えると、街の入り口には巨大な門がそびえ立っているのが見えた。その両端から石の壁が街を囲むように、ずっと向こう側まで伸びていた。

 

 ──馬車が停まった。ヘイダルと門兵の話し声が聞こえた。


「ヘイダル様!」

「うむ。ご苦労である。ジグムントの飛空船墜落により魔の者たちが騒いでないか巡回中である」

「ハッ! 左様でありますか!」


 ヘイダルは王国騎士団の副団長とあってか顔が利くようだ。ギギギ……と金属が擦れる音がして分厚い門の鉄格子が開かれた。スレイプニルの牽引する僕らの馬車が、その下をくぐって通り抜けて行く。けれども、一人の門兵が馬車の御車席に座るヘイダルに駆け寄り耳打ちをした。


「サリバドールでの黒い噂を耳にします。そのせいか昨晩、街に一体の魔物が現れた様子。人が襲われ、目下捜査中です」

「なに?! 左様であるか……」


 馬車の中の空気がシンとなって静まる。頭の中をよぎったのは当然、キルスや魔族のシュナラザのことだった。

 ひとしきり門兵とヘイダルが話し終えると、また馬車が動き始めた。


「タイミングが良すぎるわね? やっぱりジグムントが先手を打って来てるのかしら。どうにかしないと」


 イリスが黒眼鏡を掛けたままフードの中で俯き呟いた。

 人間が一人襲われた──。僕はドキリとして、クムリのお爺さんからもらったフードつきの分厚い服をギュッと握り締めた。すると、もう片方の手をギュッと握り締めたアメルが、僕の目を黙ったまま静かに見つめていた。


「ここでも魔物騒ぎか。緊張が高まるな」

「聖職者としては見過ごせませんわ? 今夜は長い夜になりそうですね」


 魔法の使えないメネトが、口を覆う白い包帯越しにフーッと溜め息を吐いた。僧侶のテフェルが街の景色を見渡しながら険しい表情をしている。

 けれども、初めて見る街の様子は嘘みたいに賑やかだった。

 お店って言うのだろうか。通りには人間たちが沢山居て、物を売ったり買ったりしている。父さんから聞いた話は本当だった。


「さぁ、そうは言っても、まずはバレンテを治めるケストナー伯爵の御屋敷へ御挨拶に伺おうかしら? 詳しい話も聞けると想うし」


 馬車に揺られてバレンテの街並みを進む中、イリスが顔を上げた。アメルは僕の手をギュッと握り締めたまま俯いていた。


「アメル?」

「なんか……嫌な感じ」

「うん。お兄ちゃんは、アメルから離れないよ」

「うん……」


 アメルの様子が、いつもと違って元気がない。どういう訳か、さっきから僕も変な感じがする。こんなに賑やかで楽しそうなバレンテの街並みを観ても、心が踊らない。ドキドキとした胸の鼓動が不安を駆り立てる。僕はフーッと息を吐いた後、ゴクリと唾を呑み込んだ。お昼前なのに、なんだか食欲も湧かなかった。





 ──バレンテの街並みを真っ直ぐに進むと、ケストナー伯爵の大きな屋敷が見えた。門をくぐると美しい庭園があって色とりどりの花や緑に囲まれている。彫刻の施された噴水からは絶え間なく水が流れていた。

 

「これは、これは。王国騎士団がヘイダル様。バレンテまで御足労頂き有難う御座います。旦那様が中でお待ちです」

「うむ。こちらこそ、かたじけない」


 僕らが馬車から降りると、ヘイダルが執事と想われる年老いた人間の男と話をしていた。イリスは執事の男にコクリとだけ頷いて顔を隠して静かにしていた。スレイプニルは街に入る少し前から普通の四本脚の馬のように振る舞っていたけれど、ひときわ身体が大きくて目立っていた。


「イリス? バレないの?」

「王国騎士団の馬だし、ヘイダルも居るから大丈夫よ? けど、ケストナー伯爵って、一癖も二癖もある厄介な人なの。マグリットの王女だとバレると、とても面倒だわ? 街に魔物が出没した件もあるし。ここに私が来ることはパパ以外には内緒にしてあるの」


 僕がヒソヒソとイリスと話をしている内に、皆が執事の男の後をついて歩いて行った。けれど、アメルだけは僕の手を離さなかった。

 それから、男に案内されるまま屋敷の中に入った。延々と続く廊下は、お昼前なのに薄暗く感じた。赤い絨毯がずっと奥まで敷かれてある。何体か石の彫像が置かれてあったのを目にした。


「お兄ちゃん? これ、魔除けの魔法が絨毯に施されているわ? 踏んじゃダメ。魔力が減っちゃう」

「え? そうなの? 確かに何だか踏んではいけないような……」


 アメルの言葉に驚いて、僕は足を引っ込めた。急に怖くなって、絨毯を踏まないように廊下の端っこを……そろりそろりと歩いた。すると、廊下に置かれた一体の彫像がググッと僅かに首を動かして僕とアメルを見た気がした。


「せ、石像が動いた? ば、バレてる?」

「……多分ね? けど、恐れる必要はないわ? 何もやましいことなんて、これっぽっちも無いんだから」


 顔を上げたアメルが朱色の長い前髪を掻き上げて、延々と続く薄暗い廊下の先を見つめた。エメラルドグリーンの瞳が輝いている。何だか急に、いつもの強気なアメルに戻ったような気がした。そっちがその気なら、こっちも受けて立つみたいな──、そんな風に想えた。


「こちらに御座います」


 人間の年老いた執事の男が僕らに恭しくお辞儀をした。廊下の赤い絨毯に部屋の明かりが差し込む。金の飾り付けが施された仰々しい部屋の扉が開かれていた。


「お初目に掛かる。バレンテ領を治める領主のケストナーだ」

「王国騎士団が副団長のヘイダルであります。後ろに控えておりますのは、王国より選ばれし精鋭たちに御座います」

「ふむ。人間にまぎれて魔の者が二人居るようだが? 如何に?」


 ──キルスと同じ貴族の装いに嫌味なくらいの金銀の装飾。鼻の下に伸びる髭を触る指には宝石が輝いている。魔石だろうか。頭髪が綺麗に分けられていて、豪華な赤い椅子にもたれ掛かりながら髭と毛髪を癖のように触り続けている。顔の表皮が脂ぎっていて、落ち着きのない様子に違和感を感じた。人間なのに気味が悪かった。


「国王陛下より話は伺っている。ヘイダル殿、サリバドールでの件も含め、魔族の者を連れているのは本当のようだな? 昨夜の魔物事件に加えて胃が痛いのだが? いっそのこと、その者たちをジグムントへ引き渡してはどうかね? 国王陛下も内心、さぞお困りであろう」

「ケストナー殿、その件につきましては色々とお話したいことが御座います」

「……ご説明を願おうか?」


 ケストナー伯爵が腕組みをしながら、足を頻繁に組み替えてはヘイダルに質問を続けた。けれども、説明を求められたヘイダルが、ぐっと拳を握り締めたまま言葉を詰まらせている。黙って俯いたまま、しばらくの間、立ち尽くしていた。その様子を見かねたのか、イリスが深くかぶっていたフードに手をかけようとしていた。驚いた僕がイリスの顔を覗き込むと、僧侶のテフェルが黒いフードから先に顔を出して声を上げた。


「この子たちは魔王の子ですが、世界を救った人間の神──、勇者様の子でもあるんですよ! 私たちが守らないで、どうするんです!」

「テ、テフェル……?」


 隣りに居たメネトがテフェルの鬼気迫る様子に、ギョッとして目を見開いて驚いていた。ビリビリと、テフェルの言葉が部屋の中の空気に伝わる。イリスがフードの中で安堵した表情をみせて、胸を撫で降ろした様子だった。僧侶の人間の女は嫌いだったけれど、この時ばかりはテフェルのことが好ましく想えた。


「フッ……。何をふざけたことを抜かすのかと思えば、その様な世迷言を……」


 嘲笑したケストナー伯爵の僕らを見る目がギラッと光った。人間の目にしては、獲物を狩る獣のように血走っている。

 すると、隣で僕の手を握っていたアメルの手がピクリと動いた。ケストナー伯爵の部屋に入ったきり黙っていたのに──、アメルが意を決した様にバサリとフードを脱ぎ去り背中へと振り払った。


「ケストナー伯爵だっけ? 貴方、魔物の分際で何を偉そうに抜け抜けと言っているのかしら? 頭が高いわよ? キルスみたいに即刻、殺して差し上げようかしら?」


 ──その瞬間、黒に染まったケストナー伯爵の部屋の床が一瞬で消え去り……僕らは真っ逆さまに奈落の底へと落ちて行った。落下の最中、窓から差し込んだ部屋の明かりにケストナー伯爵の姿が見えた。宙ぶらりんになった年老いた執事の男を手に掛けていた。真っ赤な返り血を全身に浴びたその姿が、おぞましく目に映った。


「今宵の晩餐は、四体の人肉と二柱の神の肉……。生かさず殺さず四肢を喰い千切った後、贄を彼の者たちに捧げようぞ……」


 



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