17.森での野営
……夜の暗い森へと降りた。ハルピュイアの動かなくなった巨体に雪が薄っすら積もっていた。その大きな身体と翼が少しずつ黒い消し炭の様になり崩れていく。そして、燃えた跡のように散り散りになった灰が夜空へと風にのって消えて行く。
僕の腕の中にはアメルが居た。チラチラと降っていた雪がアメルの長い髪についていた。森の柔らかな土の上に降り立つと、僕はアメルの頭をそっと撫でてやり、雪を払い除けてあげた。
「勿体ない……」
「え?」
アメルが屈み込んで夜空へと消え去るハルピュイアの残骸を見つめて呟いた。僕とアメルに気づいたヘイダルが大剣を背中に背負い直して、崩れ去るハルピュイアの身体から飛び降りた。その後、直ぐにスレイプニルの馬車に乗った皆がやって来た。
「並んだ瞬間に、斬り伏せられなかったわね?」
「これは、イリス様! 手厳しい……。ご愛嬌にて御免仕りますでありますっ!」
イリスが馬車から降りて来てヘイダルがビシッと敬礼をした。それから、ハァハァと息苦しそうに魔法使いのメネトが僧侶のテフェルに肩を担がれて馬車から降りて来た。スレイプニルが、ブルッと身震いをして白い息を吐いた。
「すまない。全く良いところが無かったな……」
「魔族の男、シュナラザの魔力残滓をメネトさんの身体から完全に消し去ります。覚悟してくださいね?」
「あぁ……。頼む」
雪の降る夜の森──。テフェルがイリスから魔除けのランタンを受け取ると、光の魔力で灯した。僕とアメルは少し離れた場所から、その光を見ていた。イリスとテフェルがメネトを支えながら座らせている。ヘイダルが、早速何処かから切り取って来た木の枝をバラバラと森の地面へと置いていた。
「まさか浄化の際に、このヘイダルに掛けられていた傀儡の魔力が、メネト殿に取り憑いていたとは」
「ハァハァ……浄化し切れていなかった。自分の未熟さを痛感する」
メネトが震えながら自分の手を掴み苦しそうにしている。シュナラザの魔力残滓を抑え込むのが精一杯みたいだった。
僕はメネトの様子を気にしながら、ヘイダルが焚き火の木の枝を地面に組むのを手伝った。それから、魔法が使えないメネトの代わりに、組み上げられた焚き火用の木の枝へとアメルが手をかざしていた。
「これで少しは寒くないわ? 早くメネトからシュナラザの魔力残滓を消さなきゃね?」
アメルの手のひらからポゥッと小さな火の玉が出る。それがフワフワと浮いて木の枝にくっついた。ゴオォッと音を立てて、切り取られたばかりの生木がブスブスと炎を上げて燃え始めた。
「とにかく皆が生きていてくれて良かったわ? テフェル、どれくらい時間が掛かるのかしら?」
「皆さんが御夕飯の支度をされて、寝る準備が整う頃には終わるかと想います」
それを聞いたヘイダルがイリスへと敬礼し、馬車へと走った。スレイプニルは既に目を閉じて森の土の上で横たわっている。イリスが指示をしてヘイダルが馬車から荷を降ろすのを僕はボンヤリと眺めていた。
「お兄ちゃん? 手伝わなくて良いの? 私は手伝わないけど」
「あ! そうだ……。うっかりしてたよ、アメル」
夜の森に雪がチラつく中、僕はイリスが手にしていたランタンの光を頼りに、ヘイダルと一緒に馬車から荷を降ろした。ヘイダルが肩に荷を担ぎながら「レオル様は力持ちですな!」と言って小さな目を丸くして驚いていた。それから、荷を解いてサリバドールの村長であるクムリのお爺さんからもらった沢山のボリボリウィンナーとハムハムチーズを人数分だけ取り出した。調理済みの保存食らしくて、「いつでも何処でも食べられるわ? 外で食べられるなんて、胸が踊るわ……」と、イリスがご機嫌そうに笑みを浮かべた。
「お兄ちゃん、これ何?」
「ん? 何の袋だろ?」
「これは魔物の素材から創られたシュラフ──寝袋ですな」
「魔法が何層にも掛けられていて身を守ってくれるわ? それに、とっても温かいのよ?」
馬車から荷を降ろした僕とヘイダルは、皆が幌の張られた荷台で寝られる様に、イリスとアメルとお話をしながら寝床を作った。けれど、ヘイダルだけは「自分は身体が大きいので外で寝るのであります!」と言って、ビシリとイリスに敬礼をしていた。
──焚き火を囲むテフェルとメネトが静かに目を閉じて座っていた。パチパチと音を立てる焚き火の炎の明かりに二人が照らされている。テフェルの光の魔力がメネトの身体を包み込み……やがて小さくなった丸い光が、ポゥッと最後に輝いた。そして、メネトの身体の中に吸い込まれるように消えて行った。
「終わりか? かなり眠いな」
「癒着したシュナラザの魔力残滓をメネトさんの魔力ごと完全に消し去りましたからね? 軽く一週間は魔法が使えませんよ?」
「そうか……すまない」
「今のメネトさんは普通の人以下なんですから。無理なさらないでくださいね?」
「うっ、惨めだな。分かったよ」
それから──、皆で焚き火を囲むようにして森の土の上に座った。
僕は、ここぞとばかりに皆へとボリボリウィンナーとハムハムチーズを配り、樽からミルクや水を汲んで急いで皆に手渡した。イリスが「気が利くのね?」と笑みを浮かべると、僕は少しだけ照れた。
ヘイダルが「自分はこっちの水の方が身体が温まりますゆえ」と言い、〝薬液〟と書かれた樽に手を伸ばしていた。僕が首を傾げると「ダメですよ?」と僧侶のテフェルに服の裾を引っ張られた。
ひとしきり飲み食いをした魔法の使えないメネトが「寝る……」とだけ言い残して馬車へと歩き戻って行く。アメルは相変わらず「コレじゃあ足りないっ! もっと食べたぁいっ!!」と言っていた。
──夜空を見上げると、焚き火の炎の明かりに雪が舞い降りて来るのがハッキリと見えた。僕は皆の傍で横たわるスレイプニルに少しだけ話し掛けた。
「寒くないの?」
〝我はこのままで良い。魔力を身体に循環させて眠るからな……〟
それだけ言うと、スレイプニルは再び目を閉じてしまった。すると、僕らの居る場所に馬車を囲むようにして幽かに輝く天球のような薄い光の結界が張られた。
〝魔力探知も兼ねている。一晩は保つだろう。安心して眠るが良い……〟
僕はフッと少しだけ笑って「ありがとう」って言ってスレイプニルを見つめた。それから、食事を終えた後は皆で一緒に寝袋にもぐって馬車の中で眠った。馬車の幌の内側には、魔除けのランタンが吊るされて明かりが灯っている。アメルが「お兄ちゃん……」って言ったのが聞こえて、僕はアメルの手をそっと握ってあげた。外にはヘイダルとスレイプニルが居て、相変わらずチラチラと雪が降っていた。
ふと目を瞑ると──、ハルピュイアが言っていた〝キルス〟と〝天国〟の二つの言葉がぐるぐると頭の中を巡り始めた。昼間の戦いの一部始終を思い出してしまう。
「天国……か。キルスは一体、何者なんだろう」
そうしている内に──、いつの間にか夜が明けて……朝を迎えていた。




