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勇者と魔王の子。  作者: 破魔 七歌 


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16.怪鳥ハルピュイアとの攻防






「スレイプニル!! 馬車の体勢を立て直してっ!! 浮遊の魔法をっ!!」


〝──すまない。我としたことが……〟


 僕の身体が怪鳥の足の鉤爪に捕らえられ、皆が乗っている馬車とスレイプニルとの距離がどんどん離れて行く。


「……な、なんて高さなんだ。くっ! み、皆っ! アメルッ!!」


 地表より遥か高く、空が近い。振り落とされるかと思うと途轍もない恐怖に目を閉じる。ハッとして目を見開いて見下ろすと、白く覆われたモレイラ山脈の森に吸い込まれる様に──、馬車が激突する寸前だった。


「あ、あ、アメル!! 皆!!」


 その瞬間、スレイプニルと馬車が反転して浮き上がり衝突を免れた。僕はホッとして胸を撫で下ろした。けれど、この高さから落ちたら死ぬ。太陽が沈み、雪雲に覆われた空が夜になろうとしていた。


「テフェル! 大丈夫かっ!!」

「一旦、結界を収めて光の魔力を充填します。メネトさんは追撃の準備を」


 体勢を立て直したスレイプニルが馬車を牽引して暗がりの空を疾走する。電光石火に駆るスレイプニルの八本足の蹄が火花を散らして赤く燃えている。やっぱり、魔物の馬だった。物凄い勢いで飛翔する怪鳥に、追いすがるほどのスピードだった。


「ヘイダル? 張り直した結界とともにスレイプニルの浮遊魔法が皆に掛けられているわ」

「承知。イリス様、あの鳥の化け物に追いついた瞬間、私めが一閃のもとに斬り伏せて御覧に入れましょう」

「じゃあ、お兄ちゃんの救出は……私ってことね? 魔法で浮くなら問題ないわ?」


 人間の女の顔をした怪鳥が、追いすがるスレイプニルを見下ろした。空中で至近距離にまで迫り、白い息を吐いたスレイプニルが直ぐそこまで来ていた。僕は地表に落下する恐怖の最中、怪鳥がスレイプニルに何かを話し掛けたのを聴いた。


〝人間側につくだなんて。馬は所詮、人間の道具ってことかしら?〟

〝ハルピュイア──、お前こそ得体の知れない魔力に取り憑かれている。身を滅ぼすぞ〟

〝良いのよ……。所詮は、魔物なんだから〟


 キルス──。さっきから少し前に、この人間の女の顔をした鳥の化け物が言った言葉が頭から離れなかった。やっぱり、キルスは、ジグムントは……僕とアメルを捕らえて何かをしようとしている。

 夜に染まり始めた空を疾走するスレイプニルが、翼を広げて飛翔する怪鳥ハルピュイアに並んだ。地面へ振り落とされる恐怖を感じながら、僕は凄まじい風圧にギュッと細めた目を凝らした。すると、馬車の幌によじ登ったヘイダルが、貼り付いた様に低く身を伏せながら背中の大剣に触れて身構えていた。


「レオル様、さぞ不安に御座いましょう。しばしのご辛抱を……必ず助け出しますぞっ!!」


 ヘイダルの下では、魔法使いのメネトが馬車から身を乗り出しているのが見えた。魔力が込められた杖の先端をハルピュイアへと向けていた。次の瞬間、スレイプニルの身体が魔法の光に包まれ、一閃の光を受けたハルピュイアの身体がガクンと揺れた。風圧が弱まり、身体に受けていた風が緩やかになった気がした。


〝重力の魔法よ……彼の者を地の底へと引きずり降ろせ……〟


 スレイプニルの言葉の後、重力の魔法を受けたハルピュイアの飛行速度が急激に落ちた。上昇から下降へと転じ、僕を捕らえて飛んでいたハルピュイアの高度がどんどん下がって行った。


「捕らえよ! 業火に燃える石礫の魔法っ! 彼の怪物を撃ち落とせっ!!」


 メネトが叫んだのと同時に杖の先端が光る。しかし、どういう訳か痛烈な痛みに襲われた様にメネトが手元から杖を手放した。


「うっ!」

「メネトさん!!」

「か、身体が……。あの魔族の男、浄化したはずのシュナラザの魔法がまだ生きて……くっ!!」


 無数に射出された炎に燃える石礫の弾道が、あらぬ方向へと逸れてしまった。けれども、その魔法は何処までも追跡するようにハルピュイアを追った。着弾の瞬間、ハルピュイアがメネトの射出した魔法の軌道から逃れるように、背中を翻して身をよじらせた。


「うわっ! お、落ちるっ!!」


 メネトの魔法の炎が僅かにハルピュイアの翼に当たった。その翼を反転させたハルピュイアが口を開き、巨大な氷の塊が馬車に向けて吐き出された。


「きゃっ!」

「イリス様っ!!」


 ハルピュイアの口から放たれた巨大な氷の塊が、スレイプニルの結界を掠めて馬車を激しく揺らした。馬車の幌にしがみついていたヘイダルが振り落とされまいと、悲鳴を上げたイリスへと叫んでいる。

 皆が僕を助け出そうとしてくれているのに──、僕はただ落下の恐怖に怯えているだけだった。何をすれば、皆が助かるんだ……。


「僕には、魔法も剣も無い。魔力だってアメルみたいに使いこなせない。どうすれば……」


 ハルピュイアに捕らえられたまま地表へと落下する最中、僕は恐怖を呑み込み、ハルピュイアを見上げて思い切って話し掛けようとした。


「くっ! このままじゃ、僕も君も落ちて死ぬ! 降参すれば助かるんじゃないか!!」


 すると、落下の最中……人間の女の顔をしたハルピュイアが、足の鉤爪に引っ掛けられた僕をギョロッと見下ろして口を開いた。


〝可愛い魔王様の子……。人間のように愚かね? それを優しさとか言うのかしら?〟


「分からない……。け、けど、死ぬ必要なんて無いっ!! キルスに操られているなら、尚更だ!!」


〝もう遅いわ? どの道、死ぬの。今さら、生き永らえようなんて想わないわ?〟


 ハルピュイアの足の鉤爪がギュッと僕の服に喰い込んだかと思うと──、パッと離され……僕は空の真ん中で浮いていた。


「お兄ちゃん! 身体にスレイプニルの浮遊魔法が掛かけられているわ! そのまま飛び降りてっ!!」

「え?」

「今だっ!! 怪物ハルピュイア!! 覚悟っ!!」


 その時、ヘイダルがスレイプニルの馬車から飛び降りた。背中から大剣を抜き去った瞬間、唐竹割りのように真っ直ぐに勢いよく──、一閃。ただの光に想えた。全体重を大剣に乗せる様にして……ハルピュイアの背中に突き刺し、切り下げた。


〝フフ……。これで、お役ご免ね? うっ!! よ、ようやく、仲間のもとへ……天国へ逝けるわ……〟


(ズ、ズーン……!!)


 ヘイダルとハルピュイアが落下した夜の暗い森の辺りから、地表に衝突した衝撃音が沈み込むように聴こえた。霧が晴れて竜巻も消え去り──、分厚い雪雲からはチラチラと小さな雪の粒が舞い降りていた。


「お兄ちゃん!!」


 空中を緩やかに落下しながらアメルの声に振り向いた。アメルがエメラルドグリーンの瞳を輝かせながら、朱色の長い髪を逆巻くように靡かせて──、空を泳ぐようにして僕へと抱きついた。


「あ、アメル……」


 僕は空の真ん中で、ゆっくりとアメルの温かい体温を感じながらアメルを抱き締めた。けれども、これで良かったんだろうか。落下したハルピュイアから昇る森の土煙を見て……僕は想った。



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