13.サリバドールからの旅立ち
──あれから、僕とアメルとイリスは村長さんのお家へと戻り、しばらく一息ついていた。
「ふぅ。生きた心地がしなかったわね。死ぬかと思った」
「え?」
「私だって怖かったわよ?」
イリスが僕らと同じ食卓の木の椅子に腰掛けると、ハァ……と僕を見てから重い溜め息をついた。意外だった。
テーブルには、お皿に盛り付けられたお昼ご飯が次々に運ばれて来た。ホカホカと湯気を立てていて、美味しそうなのに食べる気にはなれなかった。
「キルスは、いつだって皆殺しにすることが出来たわ? 私を含めてね。けど、それをしなかったのは……」
「あの場に居た全員が〝駒〟だったから?」
「かも知れないわ? シュナラザの魔力は操ることに長けている。あの場で戦争ごっこも出来たはずだわ?」
アメルがイリスに喋りかけながら気にする素振りも見せずに、いつも通りムシャムシャとテーブルの上のご飯を手掴みで食べていた。イリスが時々答えて、アメルの食べもので汚れたお口を拭いてあげていた。僕は、二人を見ながら黙って聞くことしか出来なかった。すると、何かに気づいたイリスがアメルに話しかけた。
「もしや、誰かに魔法が掛けられているんじゃないかしら?」
「可能性はあるわね? むしろ、そっちが本命だったのかも?」
アメルが食べながらイリスに答えると、イリスがハムハムチーズをパクリと頬張った。それから、ようやく僕も一口、パクリ……とハムハムチーズを頬張ることが出来た。イリスが僕とアメルを見ながら、不安を振り払うように笑みを浮かべた。イリスは、ハムハムチーズを銀のフォークで突き刺して話を続けた。
「相談なんだけど。マジョーラ湖の鏡面魔法は、飛空船の回収作業や物質と兵士の輸送にジグムントと王国の編成部隊に占有されているわ? もちろん、私たちも使用できるけど」
「王都へは、どうやって行くんですか?」
「そうね……。鏡面魔法には奴らが変な仕掛けを施しているのかも知れないし。地味だけど馬車での移動が安全かしらね? それから、魔動機関車に乗るわ?」
「ま、魔動機関車?!」
僕は人間は嫌いだけど、人間が作ったものには興味があった。武器や防具──、本当は飛空船の中だって探検してみたかった。ジグムントに捕まってさえいなければ。
すると、そこへ王国騎士団の副団長を務める大男のヘイダルが、鎧を着込んだままガチャガチャと音を立てて慌ただしく入って来た。
「イリス様! お食事中のところ失礼致しますであります! ジグムントより伝達あり! 飛空船の回収作業工程には一週間ほど掛かる見通し! イリス様は先に王都へと戻られた方が良いかと!」
ヘイダルがイリスの前でビシリと直立して敬礼し、微動だにせず動かない。アメルは無言で黙々とお皿の上のお料理を食べている。僕はイリスの代わりにアメルの口もとや手を拭いてやり、イリスとヘイダルの様子を見ていた。
「丁度、そのことを話していたところよ? 後でアキハの様子を見舞ってから決めるけど、早く動いた方が良さそうね?」
「ハッ! 左様でありますか! では、そのように手配を致しますであります!」
「ところで、ヘイダル? 貴方、身体は何ともないのかしら?」
「ハッ! 身体に受けた傀儡の魔力の影響ですが、今のところ何ともありません! 念のため、魔法師団の者から残留魔力の洗浄をして頂きました!」
イリスへと、ヘイダルは一礼をして頭を下げると、また慌ただしく部屋の扉を開けて出て行った。イリスは片手に持っていた銀のフォークをくるくると回しながら頬杖をついていた。
「さて、どうしたものかしらね? 迂闊には動けない、かと言って先手を打たれてもいけないし? アキハの様子も気になるところだし、レオル君とアメルちゃんも……」
すると、アメルがピタリと手を止めてから、食べものをゴクリと呑み込んで口を開いた。
「イリス? 王様への報告と鏡面魔法の書き換えは済ませてあるの?」
「もちろん。ここに戻る前に早急に済ませてあるわ? 伝達用の魔石を通じてね?」
「結界の強度を強めて一般兵と物の輸送に限れば問題ないわ。一定の魔力や権威のある者たちは通行不可にして、王都に通報がいくようにすれば良い」
「ありがとう、アメルちゃん。是非、そうさせて頂くわ? マグリットの者たちには改めて厳重に警戒令を
通達しておくわ?」
イリスは、白く輝く魔石を手に持つと、警戒令を敷いてマグリットの者たちに伝達した。マジョーラ湖の結界が強化され鏡面魔法が補強された。ジグムントが撤収するまで王国騎士団や魔法師団は残留し、サリバドールの警備と強化が徹底された。僕とアメルは、イリスに選抜されたマグリットの精鋭たちとともに、イリスと王都を目指すことになった。
「まずは、サリバドールの村から護衛の馬車でモレイラ山の麓にあるバレンテの街を目指すわ?」
僕はコップに注がれていたミルクをゴクリと飲み干すと、イリスへと尋ねた。
「どれくらい掛かるのですか?」
「早くて三日後くらいかしら? けど、野宿ってワクワクしちゃうわ? お城に籠りっきりで退屈してたんだもの」
「あまり良いものでもないと思うんだけれど……」
僕がそう言うと、お口の周りに白いミルクの跡をつけたアメルが、テーブルに手をついて「ご馳走さま!」と、元気よく言った。
「さて……と。みんな、食事は済んだかしら? アキハの様子を見に行くんだけれど、一緒に来る?」
イリスの言葉に、僕は深く頷いてアメルがキョトンとしながらコクリと頷いた。
三人でアキハが眠る寝室を静かに訪れると──、アキハがベッドの上で目を開けていて……天井をボンヤリと見つめていた。
「アキ……ハ?」
僕が静かにアキハのベッドの傍へと近寄ると、アキハは定まらない視線を僕とアメルに向けて、弱々しく口を開いた。
「お、お前たち……生きていたのか?」
「うん。アキハも生きていてくれて、良かったよ」
すると、アキハはイリスへと視線を向けた。窓部から差し込む昼下がりの明かりが、部屋全体を照らしていた。イリスは顔のベールを上へとやり、素顔のままでアキハを見つめた。すると、イリスよりも先にアキハが口を開いた。
「イリス……。この子たちを守ってやってくれないか? 半分は魔族だが……半分は人だ。人間らしさも、ある……」
「知ってるわ。それに、私を助けてくれたわ?」
「……私もだ。今、ここに居るのが、生きているのが……何よりの証明だ」
「やっぱり。アキハが言うんだもの。間違いないわ」
「イリス……よろしく頼む」
そう言うと、アキハは再び僕とアメルへと視線を戻した。
「良い兄妹だ……。すまなかったな……。私を、助けてくれて……ありがとう」
僕は、アキハの目を見ながら頷いた。アメルが、ニヒヒと笑っている。アキハは再び目を瞑ると、安心したようにスースーと寝息を立てて眠り始めた。
明朝──。村長であるクムリのお爺さんと村の人たちに御礼を言い、僕とアメルとイリスはバレンテの街へと馬車で目指すことになった。




