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勇者と魔王の子。「世界が僕たちを殺すなら勇者と魔王の血を引いた天使みたいな妹の可愛さだけは守りたい」  作者: 破魔 七歌 


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1.人さらいたち

 





 ──温かい光。温もり……。

 まるで、白い世界が延々と続く。僕の身体が妙にフワフワとして軽くて、地平線が何処なのか水平線が何処なのか。それさえも、はっきりと見当がつかない。……空と海の間みたいな場所。


(──レオル……レオル。レオ……ル──)


 僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。懐かしくて温かい、それは僕の大好きな──。


「……母さん、なの? 母さん……どこ?」


 真っ白な雪でもない雲でもない、それはお布団を干した時の温もりみたいで、明るかったし寂しくはなかった。けれど、辺りを見渡してみても誰も居ない。双子の妹のアメルさえも。


「……アメル。アメル! おかしいな……。どこにも居ない? 母さんも?」


 それは、確か聞いたことがあった。

 もしも、死んだなら──、誰もが行ける場所。罪を犯した人も皆が等しく、行ける場所。


「あ、あれ? おかしいな……。僕だけ? 僕、死んじゃった? まさか──」


 ここって、天国なの?──って、言いそうになって思わず後ろを振り向いた。僕が泣きそうになっていると、すぐ後ろには真っ黒い巨大な雲が立ち昇っていた。それは、真夜中の黒い海みたいにウネり始めていて、僕を呑み込もうとした。


「……ち、近づいて来る! か、母さん! あ、アメル──!!」


 ──巨大な手。それが、空から伸びて来る。まるで、竜巻の様にぐるぐると渦巻いた中心から。それは、焚き火で燃やした炎の煙よりずっと黒くて大きくて。村中を襲った時の地獄の様な炎が……天に立ち昇る真夜中の空の様に黒くて恐ろしかった。


「……うあ、あ。あ、あぁ……」


 ひとたまりもなかった。逃げ場なんてなかった。

 どうしてだろう……。アメルの大好きだった赤い髪のお人形さんだけが椅子に座ったまま燃えているのが、目に映った。


「か、母さん! アメル! アメル──!!」


 そう……声を上げると、何処かから天使の様な声が聞こえた。それは、はっきりと耳もとに響いていた。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん。起きて……」


 ──アメル? そう、僕が想った瞬間……。目の中に閃光が走って、瞼が開いた。けれども、そこは暗くて湿っぽい木の匂いがしていた。


「あ、あれ? 夢? 夢だったか……。けど、ここは?」


 木造船の中──。

 とは言っても、ゴウゴウと風を切るような音だけが静かに響く。船に乗ったことなんてなかった。嵐の中を突き進んでいるにしては揺れが少ない。


「飛空船。何かの魔力で飛ばしているみたい。こんなの作っちゃうんだから人間って怖いよね?」

「アメル? 僕らの父さんだって人間だったじゃないか」

「ずっと昔の話ね」


 ──重たい鉄か何かの金属が、僕とアメルの両手両足にはめられている。僕がアメルの顔を覗き込むと、アメルは膝を抱えたまま寂しげに俯いていた。


「僕だって人間は嫌いだよ。殺してやりたい」

「お兄ちゃん? 顔、コワいよ?」


(ドン、ドン、ドン!)


 しばらくアメルの顔を見つめていると、入り口の扉を三回叩く音がした。それからドアの金具が、きしむ音を立てて扉が開かれた。


「失礼する。お目覚めかね? 忌み子諸君、具合はどうかね?」


 ──これが、人間と言うものだろうか。顔や姿は僕らとほとんど変わらない。けれど、身なりはきちんと整えられていた。貴族とか言うものだろうか。僕らの纏っている薄い衣とは大違いだ。それに多分、男だ。


「オ、ガガ」

「ピ、エェ」


 男の傍に人間のような手足と胴体を持つ生きものが二体いる。嫌な感じがする。頭には仮面の様なものが被せられていて、変な臭いがした。性別は分からない。


「到着するまで大人しくして居てくれたまえ。食事はこの者たちが運ぶ。言葉を聞き分けるから安心すると良い」


 見張り役──。何でも言われるがままにこなす人形。人ではない何か。嫌な臭いの正体は、血や肉が腐る時の死臭に似た何かだった。

 

「二体とも、意識は無いようね?」


 アメルが寂し気に俯いたまま長い髪を掻き上げて、そう言った。男は黙ったまま立ち去り、部屋を出て行った。僕とアメルは、気味の悪い人形みたいな生きものと一緒に部屋に取り残された。


「お兄ちゃん、この変な生きもの殺しちゃう?」

「え?」


 ゆっくりと足を引きずる様にして、二体の生きものが僕らに近づく。仮面の下からは体液の様なものが垂れていた。ただの見張り役じゃなかった。酷い臭いを放ちながら、人間の手をした生きものの指先が、僕とアメルの首もとに食い込んだ。


「ぐあぁぁ……!」

「お兄……ちゃん」


 身体は動かせなかった。手足にはめられた重たい金属が、僕の体力を奪い取っている様に思えた。


(ガリッ!)


 やがて、生きものの鋭い爪先が刺さり、首もとから血が流れた。気を失いそうになった。抗おうにも震える指先から力が抜けていく。けれども、幽かにアメルが何かをしようとしているのが分かった。アメルの首から流れる血が、ゆっくりと生きものの腕を這い上がっていく。


(ブシュ!)


 貫通──。生きものの仮面の下の隙間から侵入したアメルの血が、獣の様に飛び出した。それから、僕の目の前の人形の様な生きものの喉仏を頭の裏側から突き破った。


「カハッ! ハァハァ……アメル? こ、こいつらって」

「うん……初めから死んでたから。ただの操り人形だよ?」


 何だったんだろう。いきなり殺されかけるなんて。ただの操り人形だった二体の亡骸が、僕とアメルの足もとに転がり動かない。やがて、さっきよりも更に酷い臭いを放ちながら、その二つの亡骸は跡形も無く溶けてしまった。後には仮面しか残らなかった。

 

「うっ!」

「酷い臭い……」


 僕とアメルは壁にもたれかかったまま座り込んでいた。アメルが僕の肩に頭を乗せると、入り口の方を力無く指さした。


「飛空船の魔力炉から匂いがする。お兄ちゃん、私の身体頼んだよ?」

「アメル?」

「脱出するの。魔力炉を壊して墜落させちゃうから」


 ポタリと、アメルの首から流れる血が指先を伝って床に落ちた。すると、眠るようにアメルは瞳を閉じてしまった。アメルの血が何かの生きもののように床を這って、入り口のドアの隙間から出て行った。僕は眠ったアメルの肩をそっと抱き寄せて、上手く脱出出来るか心配だった。死ぬかも知れない──。


「アメル、ちゃんと戻って来て。ごめんな、お兄ちゃん何も出来なくて」


 ──情けなかった。けど、数分後だろうか。とても長く感じた。飛空船の何処かから、とてつもない爆発音がして眠ったままのアメルと僕は、傾いた部屋の隅へと転がり落ちた。


(ドォォン!! ガガガガ!!)

 




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