9.見過ぎ令嬢は周囲に相談する
フロリスと初めてお茶の時間を過ごしたクラウディアは翌日、義姉ソフィアの部屋に突撃していた。
「ということで来週末、フロリス様とお出かけすることになっているのですが、どのような場所を回ればよいかわからなくて……。是非、お義姉様のご助言をいただけませんか?」
「まぁ! それって庶民の間で流行している『デート』のことでしょう!? ラディ、あなた大進歩じゃない!」
「デ、デートなのでしょうか……」
モジモジしながら答えると、ソフィアがギュッと抱きしめてきた。
「ふふっ! 照れちゃって……わたくしの義妹は、なんて可愛らしいの! それは誰が何と言おうともデートよ! それで……二人が回りたい場所の候補などは話し合っているの?」
「はい。フロリス様からは、外食とお買い物をどうかとご提案いただいております。ですが、それ以外はどのような場所を回ればいいのか……。わ、わたくし、殿方と二人っきりで外出など生まれてはじめてなので……」
「しかも三年間も恋焦がれていた男性とね」
「お、お義姉様ったら!」
からかわれたクラウディアが、頬を赤く染めながら抗議するように義姉から体を離す。
すると、ソフィアが名残惜しそうな様子でテーブルの上のカップに手を伸ばす。
「そうね……。わたくしもクレスト様と婚約期間中は外出をする機会が少なかったから、あまり良いアドバイスはできないのだけれど……」
「そうなのですか?」
「ええ。殆どが互いの家で会うことが多かったから」
苦笑する義姉の返答でクラウディアは、結婚前の兄夫妻の様子を思い出す。
当時はソフィアがエインフィート邸に来訪すると、兄は客室に案内したあと扉を閉め切って二人だけの時間を満喫していたように思う。
五つ年上の兄が二歳年下の義姉と婚約したのは、クラウディアが十三歳のころである。
その頃のクラウディアは、かなり人見知りを拗らせていたのだが、朗らかな雰囲気のソフィアにあっという間に心を開かれ、この頃からかなり懐いていた。
しかし当時の兄は「自分との交流時間が減る!」と言い張り、頑として妹に未来の義姉との交流をさせてくれなかったのだ。
そんな記憶を遠い目で思い返していたクラウディアがソフィアに視線を戻すと、何とも言えない表情を返される。
「お義姉様は、もっとお兄様に不満を訴えてもよろしいかと思います」
「そうよね……。でもわたくしにも問題があって。そうやって独占欲をむき出しにされるクレスト様を可愛らしいと感じてしまい、つい受け入れてしまうの……」
「お義姉様……」
クラウディアの頭の中に『似たもの夫婦』という言葉がよぎり、つい呆れた表情を浮かべてしまう。
すると、ソフィアが慌てて言い訳をはじめた。
「で、でもね! 外出することもあったのよ!? た、例えば……観劇とか!」
「感受性が乏しいお兄様が観劇を?」
「え、ええ。でもクレスト様は劇ではなく、ずっとわたくしを見ていらしたけれど……」
「お兄様なら、そうなりますよね……」
容易に想像出来てしまった婚約時代の兄夫妻の様子にクライディアは、何とも言えない表情を浮かべた。
すると、ソフィアが申し訳なさそうに縮こまる。
「ごめんなさい……。わたくしでは、良いアドバイスをしてあげれないわ……」
「こちらこそ、当時の愚兄が申し訳ござませんでした……」
互いに深々と頭を下げあっていると、元凶でもある人物が扉を開けた状態でノックをしてきた。
「ラディ、いつまでソフィーを拘束するつもりだ。いい加減に解放しろ!」
「お兄様だけには言われたくありません。大体、本日はご出勤ではなかったのですか?」
「身重のソフィ—が心配で早々に仕事を終わらせ、早めに切り上げてきた」
「何て勝手な……。職権乱用です!」
「溜めに溜まってしまった有休を消化しているのだから問題ない」
そう言ってクラウディアのテーブルの上にパサリと一通の手紙を投げ放つ。
「ついでに部下からお前宛の手紙を預かってきた。届けてやったのだから、さっさとソフィーを返せ」
「部下? も、もしやフロリス様!?」
嬉々としてクラウディアが差出人の名を確認するが、そこに書かれていたのはフロリスの名ではなく、三年前に隣国に留学したクラウディアの親友の名だった。
「アゼリア? でも彼女は今、隣国に留学しているはずなのに……どうして?」
「ラントの話では最近、彼女のもとへ見合いの申し入れが数件きたらしく、一時的に帰国しているそうだ」
ラントというのは第二騎士団に所属しているアゼリアの兄で、クレストの部下の一人だ。
だが、今耳にした話にクラウディアは眉をひそめる。
「婚約……。でもアゼリアは画家になりたいからと、必死でご両親を説得して隣国に留学したのに……」
そう呟きながら手紙を開封すると、兄が猛抗議してきた。
「なぜここで開封するんだ! 自室で読め!」
「まぁまぁ、クレスト様。わたくしもアゼリア嬢とは面識があるので、彼女の現状が気になります」
「ソフィーが、そう言うのであれば……」
愛妻には甘い兄に白い目を向けたクラウディアは、取り出した手紙に視線を戻す。
その様子を見守っていたソフィアが興味津々に声をかけてきた。
「ラディ、なんて書いてあるの?」
「ええと、久しぶりに帰国したので会いたいと……」
「まぁ! なんて素敵なタイミング! 社交性の高い彼女なら、お出かけ計画への良いアドバイスがいただけるのではないかしら!」
「確かに……」
「良かったな。お前の唯一の友が良いタイミングで帰国してくれて」
「お兄様は、どうしてわたくしに対して、そんなに意地悪なのですか!?」
「お前の友人が彼女一人というのは揺るぎない事実だろう」
「お義姉様! お兄様が虐めてきます!」
「クレスト様ったら……。ラディが可愛すぎるからって、あまり虐めてはダメですよ?」
「こんな妹、まったく可愛くない」
「酷い……」
クラウディアが恨めしそうな目を兄に向けると、盛大にため息が返ってきた。
「私を睨む暇があるのなら、とっとと返事を書くべきじゃないのか?」
「わかっております!」
妻との時間を欲する兄に部屋を追い出されたクラウディアは、渋々な様子で自室に戻る。
そしてすぐにアゼリアへの返事を書き、早馬で手紙を届けるよう使いを出した。
そして、その三日後――――。
クラウディアは親友を自宅に招き、互いの近況を報告し合う。
しかしフロリスとの馴れ初めを聞かされたアゼリアは、口をあんぐりさせた。
「ど、どういうこと!? フロリス様って……ラディが三年間も無駄に見続けていた大人気の騎士様でしょう!? なんでそんなことになっているのよ!」
「無駄って……」
「だって彼について、どうでもいい情報を便箋五枚くらいに書き綴って、わたくしに送り続けてきたじゃない」
アゼリアの言い分にクラウディアが少しだけ反省する。
「その……興味のないことで熱く語ってしまい、ごめんなさい……」
「まぁ、ちょっと面白かったから構わないけれど」
「お、面白かったの!?」
「だって、ラディの妄想癖が大爆発している内容だったから。ここ最近、特に面白かったのは『今日の王太子殿下の正装をフロリス様に着てほしい!』の一文かしら? 何でもかんでもすぐにフロリス様に当てはめてくるから『よくまぁ、ネタが尽きないわね』と思いながら楽しんでいたわ」
「うう……」
「でもほら、そんな変態じみたところもラディの素敵な魅力だから! 自信を持って!」
「自信なんて持てない……。勝手に魅力扱いしないでぇー……」
涙目で訴えてみたが、完全にこの状況を面白がっているアゼリアはコロコロと笑う。
三年前と全く変わらない様子の彼女にクラウディアは、なぜかホッとする。
実は心のどこかで、留学中に彼女が変わってしまうかもしれないという懸念があったからだ。
オレンジに近いフワフワのブロンドヘアーに濃い青の瞳を持つ彼女は、社交的で自分の意見もはっきりと口にするタイプだ。
少々つり上がった猫のような大きな瞳は彼女の意志の強さを主張し、カリスマ性すら感じさせる。
ようするにアゼリアは、見た目も性格もクラウディアとは正反対なタイプなのだ。
そんなコロコロと愛らしく笑っていた彼女は、何故か急に真面目な顔になる。
「とろこでラディ、そのフロリス様との交際に至った経緯で一つ気になることがあるのだけれど……」
「気になること? なぁに?」
「あなた、交際を申し込まれた嬉しさで気絶してフロリス様に抱きかかえられて会場に戻ったのよね?」
「え、ええ……」
「その様子は多くの来場者が目撃していると思うのだけれど……。それってフロリス様に群がっていた令嬢たちにも見られたってことよね?」
その瞬間、クラウディアの顔から一気に血の気が引いた。
そんな反応を見せる親友にアゼリアが心底呆れたという表情を浮かべる。
「ラディ……。まさかあなた、そのことをすっかり忘れていたの!?」
「だ、だって! フロリス様とおつき合いできる嬉しさで頭がいっぱいになっていたから! ど、どうしましょう……。今後、夜会に参加したら絶対に彼女たちにつるし上げにされるわ!」
「それ、絶対なの?」
「絶対よ! フロリス様の人気は本当に凄いのだから!」
「そんな危機的な状況に陥っていたのに今までそのことを忘れ去っていたの?」
「だって……それどころじゃない奇跡が起こったから……」
そう呟いたクラウディアは、青い顔をしたまま深くうつむいてしまう。
フロリスに憧れている令嬢の殆どは、クラウディアのように控えめに想いを寄せているだけだ。
しかし爵位が高い生まれの令嬢たちは違う。
フロリスよりも家格が上の生まれである彼女たちは、無遠慮に積極的なアプローチかけている。
夜会時に彼を取り囲んでいる殆どが、そういう令嬢たちなのだ。
ちなみに過去フロリスが泣かせてしまった令嬢も爵位の高い生まれであった。
彼女たちは恋することに情熱的な反面、非常に嫉妬深くもある。
以前、果敢にもフロリスに話しかけた子爵家の令嬢がいたのだが、彼女たちに取り囲まれ、やんわりと嫌味を浴びせられていた。
高貴な生まれの彼女たちは、あからさまな嫌がらせ行為などはしない。
彼女たちの嫌がらせは、淑女の仮面を被りながら真綿で首をしめるように、やんわりとした嫌味を織り交ぜた会話をネチネチとしつこく展開してくるのだ。
その嫌がらせで下位貴族の令嬢が数名ほど心を折られ、フロリスへの想いを諦めている。
クラウディアも明日は我が身といった状況なのだ。
改めて気づいた危機的状況に青くなっていると、アゼリアから深いため息が漏れる。
「ラディ。直近で参加しなければならない夜会などがあったら日程を教えなさい」
「えっ?」
「一応わたくし、一カ月半ほどはこちらに滞在する予定だから」
アゼリアの質問の意図がわからず、クラウディアは怪訝そうな表情で首をかしげる。
すると彼女は面倒そうに扇子を開き、口元を隠した。
「あなたが夜会でつるし上げに遭わないように、わたくしも一緒に夜会へ参加してあげると言っているの! 察しが悪いわね……。それくらい汲み取りなさいな!」
「い、いいの!?」
「大体、わたくしたちの交流が始まったきっかけもそんな感じだったでしょう?」
そう言ってゆっくり扇子を閉じたアゼリアは、口元にいたずらめいた笑みを浮かべていた。
二人の最初の出会いは、クラウディアのトラウマとなった例の昼食会の時である。
愛らしいピンクのドレスワンピースを着ていたことで、嫉妬心をぶつけられていたクラウディアの様子を目にしたアゼリアが、令嬢たちを論破して助けてくれたのだ。
ただその直後、彼女はクラウディアにも説教をはじめた。
言われっぱなしなのは令嬢として、みっともない。
同じ伯爵令嬢として恥ずかしく思う。
もっと自分に誇りを持つべきだ、と。
僅か六歳でそう主張する彼女を当時のクラウディアは、純粋にカッコいいと感じた。
その後、子供向けの集まりで何度か顔を合わせた二人は、いつの間にか親友と呼べる関係になっていた。
ただ現状のアゼリアは隣国に留学中で、なかなか会えない状態ではある。
しかし二人は頻繁に手紙のやりとりをしていたので、久しぶりの再会でもその関係は変わらない。
アゼリアは親友なだけでなく、クラウディアにとって一生ものの友人と言える存在なのだ。
「まぁ、夜会時に寄ってくる鬱陶しい小バエ退治は、わたくしが担当するとして……。問題は、あなたとフロリス様のその中途半端な関係性よね……」
「わたくしにとっては夢のような状況だから、問題に感じることは特にないのだけれど……」
「あるでしょうが!」
のんきに茶菓子に手を伸ばしたクラウディにアゼリアがテーブル越しで詰め寄る。
「ねぇ、ラディ。浮かれているところに水を差すようで、本当ーに申し訳ないのだけれど……」
珍しく気遣う様子を見せてきた親友にクラウディアが、茶菓子を頬張りながら不思議そうに首をかしげる。
「先程二人の馴れ初め話で『実はフロリス様はラディに好意を抱いていて、それで交際を申し込まれた』と聞かされたけれど……」
言いよどむように一度言葉を留めた彼女は、意を決するように続きを口にする。
「フロリス様のその言葉、本当に信じても大丈夫なの……?」
その瞬間、クラウディアは手にしていた茶菓子をポロリとテーブルの上に取り落とした。
ブクマ、リアクションボタン、そして誤字報告、本当にありがとうございます!
すみません……。
現在、お話の展開が作者的に絶賛執筆苦戦エリアに突入したようで……。
申し訳ないですが、明日の更新は無しになります。(T△T)
でも書き上がり次第、更新するつもりです。
(上手くいけば来週半ば(8/27~28日)くらいに更新できるかも……)
恐れ入りますが、続きは気長にお待ちいただくようお願い申し上げます。(-_-;)
尚、このあとに登場人物紹介を用意してみたので、よろしければご参考にどうぞ。