30.見過ぎ令嬢の嗅覚は犬並み
部下からの予想外な報告にガイルズが唖然とする。
「なんだと……? 現行犯で捕らえたのではないのか!?」
「室内に煙が漂っていたので使用していたことは間違いないです。ですが、我々が到着する前に吸引器具ごと、どこかに隠したようで……。現在、団員六名で室内を捜索しております」
そう報告してきたパトリスは、僅かだが眉間に皺を寄せた。
すると、ガイルズとクレストが勢いよく席を立つ。
「クレスト、お前はここで現場の指揮をとれ! ディアンは、引き続きエインフィート嬢の護衛を。パトリスは詰所から薬物探知犬を連れてこい! 私は証拠を握りつぶされる前にグランツ殿下と二手に分かれて、シュクリス侯爵家とマッカールの身柄を押さえる!」
「かしこまりました」
「いいか? 絶対に証拠のハーブを見つけろ!」
「「「はい」」」
そう言ってガイルズは足早に室内を出て行き、その後にパトリスも続いた。
クレストもすぐに動き出し、現場に向かおうとする。
そんな兄にクラウディアが声をかけた。
「お、お兄様! わ、わたくしも現場に連れて行ってもらえないでしょうか!」
その申し出に兄があからさまに嫌そうな顔をする。
「お前が来たところで何も解決にはならんだろう! そもそもそこには、お前を手籠めにしようとした輩がいるんだぞ!?」
「で、ですが、わたくしなら探知犬の到着前に違法ハーブを見つけられるかもしれません!」
妙に説得力があるクラウディアの言い分にクレストが呆れ果てる。
「お前……いつから犬並みの嗅覚に目覚めたんだ?」
「わ、わかりません……。ですが、昔から匂いには敏感でした」
するとクレストが盛大に溜め息をついたあと、渋々という様子で口を開く。
「……探知犬が到着するまでの間だけだからだな」
「は、はい!」
許可をもぎ取ったクラウディアは、兄と共に先ほど連れ込まれそうになったゲストルームへと早々に向かう。
すると、部屋の前には参加者たちの野次馬で人だかりができていた。
それらをディアンが押しのけ、クレストがクラウディアを室内に押し込む。
すると、アロガンとレゾという青年が拘束された状態で床に座り込んでいた。
二人の前には尋問をしていたと思われるベテラン騎士とフロリスの姿もある。
しかしフロリスは入室してきたクラウディアの姿を目にした瞬間、言葉を失う。
「なっ……! ど、どうしてクラウディア嬢が!? 副団長! なぜこのような場所に妹さんを連れてこられたのですか!?」
「本人たっての希望だ。探知犬が到着するまで、その代理を務めたいらしい」
「代理って……。クラウディア嬢、大丈夫なの!? だってこいつらは……」
フロリスが視線を向けると、アロガンはギロリとクラウディアを睨みつける。
すぐさまフロリスが、その視線から守るようにクラウディアを背後に庇った。
すると、ベテラン騎士がアロガンの前髪を掴み、自分のほうへと顔を向けさせる。
「おい。自分の立場がわかっていないのか? お前に彼女を睨みつける権利なんてないんだよ!!」
そして乱暴に手を離すと、アロガンが呻き声を上げて悔しそうにうつむいた。
どうやら彼は黙秘を貫き、この状況をなんとかやり過ごそうとしているらしい。
余程、違法ハーブを隠した場所に自信があるのだろう。
だが、そんな彼の自信を粉々にするために、クラウディアは室内を見回して鼻をスンスンさせた。
彼女の行動に捜索にあたっていた第二騎士団員たちが目を丸くする。
だが兄のクレストだけは、呆れるような視線を向けていた。
「ラディ……本当に見つけられるのか?」
「わ、わかりません。ですが……この辺りから変わった香りがしているように感じられます」
すると、僅かだがアロガンがスッと視線を逸らした。
その反応に目ざとく気づいたフロリスが、クラウディアが指摘した場所を調べだす。
「この辺って……この長椅子のあたり?」
「はい。でも椅子自体には特におかしなところはないようで……」
そういってクラウディアは、長椅子の腰掛ける部分をグイグイと押す。
だが、なにかが隠されているような感触は、まったくしなかった。
するとフロリスが長居椅子の下に手を入れ、その裏側部分を探りはじめる。
「ここも特におかしなところはないな……」
その言葉に周囲からは落胆の溜め息がこぼれる。
しかし、その手を椅子下の床に滑らした瞬間、フロリスの動きが止まった。
「この部分……なんだか不自然な継ぎ目があるような気がする……。すみません! ちょっとこの長椅子をどかすのを手伝ってもらえますか?」
フロリスが室内を捜索していた先輩団員たちに声をかけ、三人がかりで長椅子の位置をずらす。
すると長椅子は拍子抜けするほど、あっさりと動いた。
「これなら一人でも余裕で動かすことができるな……」
クレストの呟きに拘束されているアロガンが眉間に皺を寄せる。
そんな彼を尻目にフロリスは、再び床に手を這わせた。
すると、どう見ても一枚板にしか見えない木目の床板が動き、僅かな隙間ができる。
そこにフロリスがピッキング用の細い棒を突っ込み、テコの原理で床の一部を持ち上げる。
床板は簡単に外れ、ちょうど両手を広げたくらいの収納スペースが現れた。
そこには、つい先ほどまで使われていたと思われる水パイプと小さな木箱、そして植物の燃えカスのようなものが散乱していた。
その中の木箱をフロリスが手に取り、蓋を開ける。
中には医療用でしか使用を認められていない乾燥したハーブが入っていた。
その瞬間、クレストが大きく息を吐く。
「もう言い逃れはできんな。その二人をすぐに尋問室に連れて行け!」
すると、レゾと呼ばれていた青年は観念するように大きく肩を落とし、大人しく連行される。
だが、アロガンはそれを拒むように暴れだした。
「ふざけるな!! 俺は第三騎士団長マッカールの甥だぞ!? その後ろにはシュクリス侯爵家がついているんだ!! こんな扱いをして……ただで済むと思ってんのか!?」
アロガンの言い分に室内にいる全員が呆れるような表情を浮かべる。
そんな彼らの心の声を代弁するようにクレストが言い放つ。
「そのマッカール騎士団長は、身内である貴様が今回やらかしてくれたお陰で、監督不行き届きの責任を問われるだけでなく、違法薬物関連でも家宅捜査が入るだろうな。そしてそれは第三の総責任者を努めるシュクリス侯爵家にも言えることだ。今頃、グランツ殿下が乗り込んでいるだろう。本日、叙勲式で第二が出払っていると油断している両家は、我々の訪問にどう対応するのだろうな?」
すると、アロガンが悔しそうに唇を噛んで押し黙る。
その反応を確認したクレストは再度、部下たちに二人を連行するよう命じた。
二人の姿が消えると一気に室内が静まり返る。
それと同時に謎のハフハフした息づかいと、誰かの小走りする足音が部屋に近づいてきた。
「お待たせいたしました! 探知犬です!」
勢いよく扉を開けて入ってきた人物は、先ほどガイルズから薬物探知犬の手配を命じられたパトリスだった。
その手には強くて賢そうなこげ茶の大型犬を繋いだリードを手にしている。
しかし妙に落ち着いた雰囲気になっている室内に気づいた彼は、説明を求めるように同期のディアンに視線を向けた。
すると、ディアンが気まずそうにねぎらいの言葉をかける。
「ええと……ご苦労さん?」
「もう発見したのか? これでもかなり急いできたのに……」
「クーン……」
あまり表情変化のないパトリスだが、この状況には落胆した様子を見せた。
隣で行儀よくお座りをしている探知犬もどこか寂しそうに耳をペタンとさせている。
すると、クレストが探知犬の頭を撫でながら、パトリスをねぎらう。
「パトリス、無駄足をさせて悪かったな。こいつの手柄はうちの愚妹が奪ってしまった」
「それは……どういうことでしょうか」
状況がよくわからないパトリスが、探知犬と共にクラウディアに視線を向ける。
兄から犬と同等の扱いをされたクラウディアは、恥ずかしさと居たたまれなさで顔を両手で覆った。
そんな彼女の様子に団員たちは、温かい眼差しを向けながらも苦笑する。
すると、気が緩みはじめた団員たちに発破をかけるようにクレストが場を仕切りだす。
「お前たち! いくら証拠が見つかったとはいえ、まだ終わっていないぞ!? 証拠になりそうな物は片っ端から回収しろ! その後ゴードン、フロリス、パトリスは捕縛した二人の尋問。ディアンは妹から状況確認後に供述書の作成。残りは会場で待機している団員をかき集め、シュクリス侯爵邸、マッカール騎士団長の邸、ウィリアーナ庭園に踏み込めるように準備をしておけ! その際は私が指揮をとる!」
クレストの指示に団員たちが一斉に声をそろえて返事を返し、証拠品の取りこぼしがないか、再度室内を確認しはじめた。
その様子をクラウディアが所在なさげに眺めていると、兄が長椅子の位置を戻しながら盛大に溜め息をつく。
「まったく……。よりにもよってこんな日に奴らの悪事を暴くことになるとは……。ラディ、お前は本当に間の悪い動きばかりをするな?」
「うわ、副団長、酷い! そんな言い方しなくてもいいじゃないですかぁー……」
「そうですよ! 妹さんの活躍のお陰で早々に第三を潰せるんですから!」
「今頃グランツ殿下は、嬉々としてシュクリス侯爵家のバカ令息を締め上げてますよ」
団員たちに弁護してもらったクラウディアだが、今頃になって人見知りを発症し、恥ずかしさから赤い顔でうつむいた。
そんな危機感が低い様子の妹をクレストが窘める。
「ラディ、今回はたまたま無事だっただけだからな! 今後はもっと慎重に動くようにしろ!」
「はい……。申し訳ございませんでした……」
「それにしてもお前のようなどん臭い奴が、腑抜けとはいえ二人の現役騎士相手によく逃げ切れたな。一人は偶然、頭突きが入って難を逃れたといっていたが……。もう一人はどうやって撃退したんだ?」
「じ、実は……後ろから羽交い絞めにされた時に昔、お兄様から教えていただいた一撃必殺の護身術を思い出しまして。それでなんとか逃げ出すことができました」
その話に唖然とした表情を浮かべたクレストが一瞬、言葉を失う。
「お前まさか……子供の頃に私がふざけて教えた急所攻撃を本当に実行したのか!?」
すると、団員たちの視線が一斉にクラウディアへと集中する。
そんな視線に居たたまれなくなった彼女は、無意識に左腕をドレスで拭った。
彼女の行動から、その護身術がどのような攻撃だったのか団員たちは、なんとなく察してしまう。
するとフロリスが、複雑な表情をしながらポツリとこぼす。
「あー……。だから彼は逃げる時、少し内股だったのか……」
すると顔を真っ赤にさせたクラウディアは、さらに激しくドレスに何度も左腕をこすりつけた。
そんな彼女をねぎらうようにフロリスは、ある提案をする。
「クラウディア嬢。とりあえず……化粧室まで護衛もかねてエスコートしようか?」
「……はい。是非お願いします……」
この後クラウディアは、手を洗うために化粧室までフロリスにエスコートしてもらった。





