3.見過ぎ令嬢は憧れの令息と急接近
いつの間にか隣にいたフロリスの存在に驚いたクラウディアは、真っ赤な顔をしながら口をパクパクさせた。
そんな彼女を落ち着かせようと、穏やかな笑みを浮かべながらフロリスは声をかけた理由を説明する。
「実はつい先程、クレスト副団長に令嬢方の集団から救助いただいたのだけれど。バルコニーに出ているあなたをかなり心配していたんだ。だから僕が会場内に戻るようお伝えすると言って、声をかけてみたのだけれど……」
ゆっくりな口調で語りかけられたが、クラウディアにはその内容が頭に入ってこない。
代わりに視覚や聴覚で得たどうでもいい情報が、一気に頭の中を駆け巡る。
思っていたよりも声が低いとか。
近くで見るとまつ毛が長すぎるとか。
並ぶと自分の頭一つ半以上も背が高いとか。
エメラルド色の瞳は、月明かりの下では一層神秘的な色味に見える、など。
なぜか容姿に関する情報が怒涛のごとく頭の中に流れ込んでくる。
三年間も無駄にフロリスを眺めつづけてきたが、間近で対面したことで新たな発見が次から次へと目についてしまう。
その発見を一つも取りこぼさぬようクラウディアは、必死で記憶に刻みつけた。
しかし、その状態はフロリス側では驚きで固まっているようにしか見えない。
彼はズイッと一歩距離を詰めてきて、眼前でヒラヒラと手を振ってきた。
「おーい、クラウディア嬢~。戻ってきて欲しいのだけれど~」
そして極めつけのように首を傾げてクラウディアの顔を覗き込む。
その無自覚なあざとい仕草の破壊力にボンと音が出そうなほど、クラウディアが顔を真っ赤にさせた。
その反応にフロリスが、どこか懐かしむように満足そうな笑みを浮かべる。
「あなたは三年前から、ずっと変わらないなー」
その言葉でクラウディアは、三年間も過剰に見つめ続けていたことを彼に知られていることを思い出す。つまりフロリスにとって、クラウディアは不躾な視線を送ってくる気持ちの悪い存在のはずだ。
改めてその状況に気づいた彼女は顔を青ざめさせ、勢いよくフロリスから距離をとる。
「お、お手数をおかけして大変申し訳ございません! すぐに会場に戻ります!」
ガバリと頭を下げ、慌てて会場へ戻ろうとしたクラウディアだったが、何故かその腕をフロリスが素早く掴んだ。
「待って! クラウディア嬢!」
三年間、まともに会話すら出来なかった憧れの男性に、いきなり腕を掴まれたクラウディアは、歓喜と羞恥と恐怖の全く違う感情に襲われながら、ビクリと肩を震わせた。
その反応にフロリスは一瞬だけ驚くが、すぐに困り果てたような笑みを浮かべる。
「これでも騎士団内では、一番話しかけやすい雰囲気だと言われているのだけれど……そんな僕でもクラウディア嬢は会話をすることは難しいかな?」
「ち、違うのです! その、これは……あ、憧れの男性に手を取られたので、き、緊張してしまって……」
過剰に見つめていたことをすでに知られているので、そこは素直に『憧れの男性』と口にしたクラウディア。
だが、改めて言葉にすると羞恥心がこみあげてくる。
赤い顔のままさらに深くうつむくと、フロリスは掴んでいた腕を優しく引き、クラウディアの体を自分のほうへと向けさせた。
「それは……クラウディア嬢が僕に対して好意的な感情を抱いてくれていると、自惚れてもいいということなのかな」
「えっ?」
あまりにも予想外なことを問われ、クラウディアがゆっくりと顔を上げた。
すると、照れくさそうに髪をかき上げるフロリスと目が合う。
その艶っぽい仕草にクラウディアが釘づけとなっていると、フロリスは掴んでいた腕から滑らすように彼女の手を取り、ゆっくりと跪く。
その行動にクラウディアが、驚くように目を見開いた。
「クラウディア嬢。僕は……いや、私は三年前から、あなたがとても情熱的な視線を注いでくださることに、ずっと気づいておりました」
その瞬間、クラウディアが罪を暴かれた罪人のように肩を震わせる。
同時に急に改まった口調になった彼から、やけに緊張感が漂いはじめた。
「ですが、それは自身の自惚れかもしれないと思い、今日まであなたへ声をかけられないまま、時間だけが無駄に過ぎてしまいました……」
クラウディアが信じられないという表情を浮かべながら、目の前のフロリスを見下ろす。すると真剣な眼差しを放つ美しいエメラルド色の瞳とぶつかった。
「でもそれは、先程あなたが口にされた『憧れの男性』という言葉で、自惚れから自信に変わりました」
その言葉はクラウディアに都合のよい展開を想像させ、確証のない期待感を煽る。
すると、フロリスは取っていた手に自身の手を重ね、上下から優しく包み込んできた。
「もしこの自惚れに近い自信が正しいものであれば今後、私との婚約を前提に交流を深めていただきたいのですが……それは可能でしょうか」
真っ直ぐに向けられた瞳に見入られたクラウディアは、息をするのも忘れて固まる。
三年間ひたすら彼を見続けてきたが、このような真剣な表情は一度も目にしたことがなかった。
普段は穏やかな表情の印象が強いフロリスだが、今向けられている力強い瞳からは、彼が武闘派が多い第二騎士団に所属していることを改めて気づかされる。
フロリスの意外な一面にまたもや見入り、クラウディアは動きと思考を停止させる。
すると、返事がないことに不安を抱いたフロリスが、縋るようにクラウディアを見上げる。
「今まで会話すらしたことがない男から、突然このような申し出をされたら困惑されるのも当然かと思います。ですが、私にとっては、三年間も言い出せずにきてしまった申し出なのです」
後悔するようなフロリスの様子にクラウディアの脳が、ゆっくりと動きを再開させる。
「もうこの不毛な状態を続けることに私は耐えられません……。だからといって、いきなり婚約を申し入れることは卑怯な気がしました。あなたは私の外見を好ましいと感じてくれていると思いますが、内面部分は、まだご存知いただいていないはずなので」
その話から、外見でしか彼を見ていないと言われたような気がしたクラウディアが、慌てて弁明をはじめる。
「あ、あの! た、確かにわたくしはフロリス様の外見を大変好ましく感じておりますが……。この三年間、必要以上に見つめてしまったのは、それだけではなくて! その、フロリス様の口調や仕草、立ち居振る舞いなども大変好ましく思……って、こ、これも外見のことだわ! あの、ち、違うのです! そうではなくて……」
必死で外見だけに惹かれたわけではないと主張したいクラウディアだが、この三年間ひたすら見つめるしかできなかったため、惹かれた部分が視覚で感じた部分しか出てこない。
このままでは自身の恋心が、フロリスの見た目だけを重視した薄っぺらいものと勘違いされてしまう。
そう思い、彼の内面での好ましい部分を挙げようとしたのだが……やはり内面部分では上がってこない。
焦りから、ワタワタした動きをはじめたクラウディアに、フロリスがプッと噴き出す。
「私はそれでも全く構いませんよ。むしろ人生で初めて、この煩わしい外見が役に立ったという思いなので。ですが、私は大変欲張りなので、それだけでは満足できません。できればこの先、あなたには外見だけでなく、私の全てを好ましいと感じていただきたいのです」
少し前まで温厚で受け身の印象が強かったフロリスだったが、今は騎士特有の強い光を瞳に宿し、やや強引な動きを見せてきた。
またしても憧れの男性の新たな一面を垣間見たクラウディアは、その魅力的すぎる変化に言葉を失う。
そもそもクラウディアは、すでにフロリスの全てを好ましいと感じているので、内面を知ったところでその想いは覆ったりはしない。
だが、そのことを知らないフロリスは、さらに彼女を畳みかけてきた。
「もし少しでも私の気持ちに興味を持っていただけたのなら、これから一か月間、私と交流を深めることをお試しいただきたいのです」
その夢のような提案にクラウディアは、思考が嬉しさで遥か彼方に吹っ飛びかける。
そんな彼女にフロリスは、これでもかと止めを刺すような一言を口にする。
「クラウディア嬢。どうか私と婚約を前提にお付き合いいただけないでしょうか?」
庇護欲をそそるような表情で懇願してきたフロリスに完全に落とされたクラウディアの返答は、もはや一択しかなかった。
「はい……。喜んで……」
クラウディアが蚊の鳴くようなか細い声で申し入れを受け入れると、フロリスが華やぐような雰囲気の柔らかな笑みを浮かべた。
その瞬間、彼女の視界はまるで暗闇に落とされたようにバツンと暗転する。
あまりにも奇跡的なその展開に感極まったクラウディアは、意識を失ってしまった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
そしてブクマ、大感謝です!
この続きなのですが……現在スランプ気味な作者が必死ぶっこいて執筆している最中です。
ですが、また更新の流れが止まってしまうのも興ざめなので、一度最後まで書き切ってから更新を再開することにしております。
恐れ入りますが、作者がスランプに打ち勝つまでもう少々おまちくださいませ。
尚、この作品は20話前後くらいで完結させる予定です。
評価に関しては、投稿を再開してからしていただきたいなーと思っているので、現在受け付けない設定にしております。
(設定ミス時に評価してくださった方、ありがとうございます! お陰で設定ミスに気づけましたw)
もし「続きが気になる!」という方は、恐れ入りますがブクマ待機いただけますと幸いです。
尚、どんなに遅筆状態でも9月いっぱいまでには完結できる状態ではあります。
恐れ入りますが、しばらくの間、お待ちいただくよう何卒お願い申し上げます。
もも野はち助