17.見過ぎ令嬢は第三騎士団の闇を知る
フロリスとの外出を大満喫したクラウディアは、ご機嫌な様子で家へと帰宅した。
「お嬢様、おかえりなさませ」
「フロリス様、本日は主とお過ごしいただき、ありがとうございます。ご迷惑などおかけしておりませんでしょうか……」
朗らかな笑みで出迎えてくれたラウールと違い、リリィのほうは迷惑をかける前提として待ち構えていたようだ。
「とても楽しく過ごさせてもらったよ? 迷惑は……どちらかというと僕のほうがかけてしまった感じかな」
「そ、そのようなことは!」
恐らく第三騎士団と揉めたことを言っているのだろう。
だが、あそこでフロリスが間に入らなければ、収拾がつかなくなっていた可能性が高い。
クラウディアとしては、むしろ騒ぎを上手く収めてくれたと思っていた。
そんなことを考えていたら、気が利く執事がフロリスに声をかける。
「フロリス様、よろしければお帰り前に少しお茶でもいかがでしょうか?」
「いや、このあと少し立ち寄りたい場所があるから、今日はここで失礼させてもらうよ。クラウディア嬢、今日は本当にありがとう」
「こ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました!」
「それじゃあ、また三日後に」
そう言って颯爽と馬車に乗り込んだフロリスをクラウディアは、残惜しそうに見送った。
すると、リリィがジッとクラウディアを見つめてきた。
「お嬢様、本日は本当にフロリス様にご迷惑をおかけしていないのですよね?」
「し、してないわ! 多分……」
「多分……。では先ほどフロリス様がおっしゃっていたことは、どういうことなのでしょうか」
「あれは……」
そう言いかけたクラウディアは、ふとリリィが第三騎士団に対してどのような認識を持っているか気になった。
「ねぇ、リリィ。あなた、第三騎士団がどんな騎士団か知ってる?」
「第三騎士団ですか? そうですね……。彼らは建物や催事会場などの警備を主に担っているかと。ですが、最近では第二騎士団と兼任で城下町の見回りなども行っているというぐらいしか思いつきませんね」
「そうよね……。わたくしも先程まで、そのくらいの認識だったわ……」
どうやら彼らの横暴な様子は貴族間では、そこまで広まっていないらしい。
実際にクラウディアも本日の外出で初めて第三騎士団の酷い現状を知ったほどだ。
「ですが……ここ最近、クレスト様がその第三騎士団のことで愚痴をこぼされているようで、この間ソフィア様が苦笑されておりました」
「お義姉さまが?」
「はい。何でも第三騎士団のせいでクレスト様のお帰りが遅くなることがあるそうです」
「お義姉様なら、現状の第三騎士団について何かお兄様から伺ってるかも……。リリィ、お義姉様は今自室にいらっしゃるわよね?」
「はい……。あっ! ですが、今は――――」
リリィが一瞬引き止めにかかったが、それに気づかずクラウディアは義姉の部屋へと小走りで向かう。
「ソフィアお義姉様、クラウディアです! 入室してもよろしいでしょうか?」
ノックをした後、声をかけると「どうぞ~」と義姉の朗らかな返事が返ってくる。
それと同時にクラウディアは、勢いよく部屋へと入った。
「お義姉様! 少々伺いたいこと……が……」
だが、一歩部屋に足を踏み入れた途端、その勢いは削がれる。
「なんだラディ。お前、また私とソフィーの時間を邪魔しにきたのか?」
そこには義姉の膝の上でまどろむ兄クレストの姿があったからだ。
「お兄様……。もうお帰りになられていたのですか?」
「そうだが」
「随分とお早いご帰宅では?」
「身重の妻が心配で早めに帰宅して、なにが悪い」
「悪いとは言っておりません」
不満そうな夫と表情が抜け落ちた義妹の静かな攻防に苦笑しながら、二人をなだめるようにソフィアが間に入る。
「まぁまぁ、クレスト様。本日のラディは、フロリス様との初デートを終えて報告しにきてくれたのですから、ここは見守る気持ちで話を聞いてあげましょう?」
「デ、デートの報告に来たわけではないです!」
「あら? 違うの?」
「そういえば今日、お前もフロリスと一緒だったな」
愛妻の膝上を堪能していた兄が呟きながら体を起こす。
「ならば今日、あいつが第三騎士団の連中とやり合った場にもいたということか?」
「えっ……? は、はい」
「アランとスレインから詳細は聞いているが、一体どういう状況だったんだ? セヴァン副団長もそこに居合わせたと聞いているが……」
兄にそう問われたクラウディアは、今日広場でランチセットを販売していた少女の件と、ついでにウィリアーナ庭園の現状を兄に話す。
すると、クレストが分かりやすいくらいに顔をしかめた。
「またアロガンとかいうマッカール騎士団長の甥か……」
「また?」
「奴は、今月に入ってから五回もうちの連中とトラブルを起こしている」
「ええ!? な、なぜそのような問題ある人間を第三騎士団は放置されているのです!?」
「私が知るわけないだろう! ただうちからは毎回抗議はしている。しかし現在の総責任者代理を努めているシュクリス侯爵家の嫡男が団長が伯爵位であるからか、一向に聞き入れない……」
その話から一点引っかかった部分があったので、クラウディアは確認する。
「第三騎士団の総責任者様は、現在代理の方なのですか?」
「ああ。昨年まで父親であるシュクリス侯爵が総責任者だったのだが……今年の初めに体調を崩されて、現在はそのバカ息子が代理を努めている」
「バカ息子……」
「バカ息子だろう。二年前にオルグリオ殿が一年かけて風紀が乱れ気味だった第三を多少まとまな騎士団に立て直してくださったのに……。奴はたった半年で、ならず者のたまり場のような騎士団に悪化させたのだぞ!? バカとしか言いようがない!!」
どうやら第二位王子だけでなく、兄も第三騎士団の総責任者のことを酷く嫌っているらしい。それだけシュクリス侯爵家というのは、爵位が立派なだけで問題のある家なのだろう。
だが、これまでの第三騎士団の話でクラウディアは、ずっと気になっていたことがあった。
そのことを思い切って兄に質問してみる。
「その騎士団を立て直したオルグリオ様ですが、なぜ僅か一年で退団なさったのですか?」
その瞬間、珍しくクレストが表情を曇らせた。
「オルグリオ殿は退団なさったんじゃない……。退団させられたんだ」
「どういう……ことでしょうか?」
「お前は一年前、うちが第三騎士団にある案件で調査に入ったことを覚えているか?」
「ええと……確か団員のどなたかが職場で違法薬物を所持していたとかで、一時期騒ぎになったことがあったような……。ですが、それは結局、いたずら的な犯行で該当の団員の方は無実……むしろ嫌がらせの被害者ということに落ち着いたのでは?」
「その被害者というのが、オルグリオ殿だったんだ……」
兄の話にクラウディアが一瞬、息をのむ。
「そ、それでは前第三騎士団長様は、団員の誰かに嫌がらせを受けたということですか!?」
「そういことになる。だた……この場合、『嫌がらせの被害者だった』という話では済まなかったんだ」
「えっ……?」
「今回、違法薬物が団長であったオルグリオ殿の執務机の中から見つかったのだが、それを見つけたのが、現在体調不良を起こしているシュクリス侯爵だったんだ。当時、第三騎士団の詰所内を視察中していた侯爵は、団長室で接待を受けていた。その際、オルグリオ殿が部下に呼ばれ、一瞬だけ席を外したそうなのだが、侯爵は急にメモを取りたくなって紙とペンを借りようと、執務机の引き出しを開けたときに問題の薬物を見つけたらしい」
その話にクラウディアは、思わず両手で口元を押さえる。
「そ、それはまるでシュクリス侯爵が工作したように聞こえるのですが!?」
「第二のほうでも全員が、ほぼそう感じていた。だが、侯爵相手にそんなことを意見できる人間は、王族であるグランツ殿下しかいない。もちろん、殿下はその件に関して、侯爵を疑うような発言をなさってくれた。だが……なぜか極秘で調査を進めていたにもかかわらず、第三騎士団内にオルグリオ殿の執務机から違法薬物が出てきたという情報が流出してしまったんだ……」
「そ、それはあまりよろしくないことなのですか?」
その質問にクレストが盛大な溜め息を漏らす。
クラウディアの中では、あくまでもオルグリオは冤罪被害者であって、その情報が出回っても彼の名誉が傷つくことはないという考えだった。
だが実際は違ったらしい。
「こちらの調査では、オルグリオ殿は完全に白だった。だが、『団長』という立場の人間の机から薬物が出てきたという状況から、オルグリオ殿の人間性に疑念を抱く団員たちが出てきてしまい、組織としての統率が取れなくなってしまったんだ……。結果、退団するしかない状況に追い込まれてしまったそうだ」
「そんな……」
「だが、どう考えても故意にオルグリオ殿の失脚を謀った者が第三騎士団にはいる。現状セヴァン副団長のように第三に残留している真っ当な団員たちは、オルグリオ殿を支持していた騎士たちだ。彼らは、オルグリオ殿の世間的な信頼を回復させるために敢えて第三騎士団に残留し、その証拠を掴もうと機会をうかがっている」
兄のその話からクラウディアは、セヴァンがフロリスにこぼしていた言葉を思い出す。
『だが私たちは、まだ第三を去るわけにいかない……』
今思い返すと、セヴァンのその言葉は大変重いものだ。
そして元部下にそれほどまでの想いを抱かれるほど、オルグリオという人物は慕われていたのだろう。
そう考えると、彼の退団は団員たちにとっても納得のできないものであったことがうかがえる。
「お兄様……。オルグリオ様は現在どうされているのですか?」
「現在は伯爵領を治めることに専念されている。ただ……社交界では未だに辞任に至った経緯を話題にする者がいる。そのこともあってか、社交場への参加は控えられているようだ」
「そうなのですね……」
すると、今まで静観していたソフィアが口を挟む。
「クレスト様、先ほどから気になっているのですが……そこまで問題のある第三騎士団をなぜ王家は放任なさっているのですか?」
義姉の鋭い質問内容は、クラウディアもずっと引っかかっていたことだ。
国王と王太子は分からないが、少なくとも第二王子は現第三騎士団の状態にかなり苛立っている様子なのだ。
「王家もできれば早々に第三騎士団を解散させたいようだが、それにはまず奴らが起こしている不祥事の決定的な証拠を掴む必要がある。だが現状、内部からセヴァン副団長を筆頭に探りを入れているが、なかなかしっぽが掴めない状況だ。我々のほうでも城下の視察と称し、奴らの動向を探ってはいるが……組織的に隠ぺい工作を謀っているようでお手上げ状態だ」
「でしたら、シュクリス侯爵家に制裁を加えることはできないのですか?」
おっとりとしている義姉だが、道理に合わないことに関して意見できる女性でもある。
すると、兄が珍しく居たたまれないという様子で溜め息をつく。
「シュクリス侯爵家に関しても陰で不正行為を行っていることは、王家も薄々勘づいている。だが、あの侯爵家はいくつかの商人ギルドの後ろ盾にもなっているため、不正取引などはすぐに内部で揉み消されてしまう。仮に王家が別件で侯爵家を断罪しようすれば、その商人ギルドに圧力をかけ、物流を止められてしまう可能性もあるので手出しできない状態だ」
いつも傍若無人な兄がここまで弱気な発言をするということは、第二騎士団だけでなく王家のほうでも簡単に手入れができないほど、シュクリス侯爵家の勢力は大きいのだろう。
兄妹そろって諦め気味な雰囲気になっていると、先ほど鋭い質問をした義姉が突如いきり立つ。
「まぁ! なんて酷い! でしたら、まずその商人ギルドを片っ端から潰すしかありませんね!」
「お、お義姉様!? なんて過激な発言を……」
「だってそうでしょう? シュクリス侯爵家が好き勝手にできるのは、その商人ギルドが資金源になっているはずだから、そこを叩いてしまえばいいのよ!」
「ソフィー……。あまり興奮しないでくれ。お腹の子に障る」
「もう! クレスト様は、最近そればっかり! わたくしたちの子はそんな軟弱な子ではありません!」
そう言ってプリプリと怒る義姉を宥める兄の様子に噴き出しそうになったクラウディアは、こっそりと口元を押さえる。
その反応が気に食わなかったのか、兄がギロリと睨んできた。
「ラディ……ずいぶんと余裕があるのだな。その様子なら、来週参加する王太子妃殿下の誕生祝賀パーティーでのエスコート役は、しっかりと決まっているのだろうな?」
そのことをすっかり失念していたクラウディアは、一瞬で顔色を失った。





