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見過ぎ令嬢は賭けの対象にされている  作者: もも野はち助


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16/35

16.見過ぎ令嬢は念願の薔薇を鑑賞する

 あまりにも予想外の状況にクラウディアが庭園の入口付近で固まる。

 フロリスもその隣で訝しげに顔をしかめた。


「この庭園、やけに第三騎士団の人間が多いね……」

「な、なぜでしょうか……。どう考えても彼らは今、勤務時間中のはずですよね?」

「恐らくこの庭園を利用して、うちと兼業になった町の見回りをサボっているんだと思う。有料であるここなら同じ目的の団員しか入ってこないから……」

「そ、それでは彼らは仕事をサボるためだけに入園料を毎回支払っているということでしょうか」

「いや、入園料は支払っていないと思う……。見回りと称して踏み倒しているんじゃないかな。そうなると、この庭園の管理者側は相当困っているはずだ。こんな状態だと一般客も寄り付かないし、第二騎士団でも有料の庭園内までは見回りはしないから、この状態を把握できていない」


 かなり悪質な職務放棄の仕方をしている第三騎士団員たちの非常識さに、思わずクラウディアは閉口してしまう。


「でも彼らは一応、入団試験を受けていますよね? それなのにあんな人間性で入団を許可されるだなんて……」

「一年前なら確実に落とされている人材だよ。でもさっきのアロガンという青年を見ても今の第三騎士団には、まともな人間は全体の三割くらいしかいないと思う。それも前任のオルグリオ騎士団長時代に採用された団員で、セヴァン先輩のようにかなり肩身の狭い思いをしている可能性が高い」

「そんな……」


 クラウディアが悲痛な表情を浮かべると、安心させるようにフロリスが顔を覗き込んできた。


「大丈夫。とりあえずこの庭園に関しては、さっきの件と合わせて僕が明日一番に団長に報告して、グランツ殿下に動いて貰うから。とりあえず今日はせっかく来たのだから、クラウディア嬢が楽しみにしていたピンクの薔薇を見に行こう?」

「はい……」


 先ほどまでウキウキ気分だったクラウディアだが、どうしても青い騎士服を着た人物に目が行ってしまう。

 それは先ほどアロガンという青年が去り際に放った言葉が引っかかっているからだ。


 『おい、第二。お前らの顔と名前、全員覚えたからな』


 今もし彼に遭遇したら、フロリスに食ってかかってくるだろう。

 だが今の状況で絡まれでもしたら、確実に彼は第三騎士団員たちに取り囲まれてしまう。

 その懸念がクラウディアの心を酷く不安にさせる。


 落ちついて周囲を見渡せば青い騎士服を着ている人間の数は、そこまで多くはない。

 だが、アロガンに遭遇することを警戒している彼女の目には、必要以上に青い騎士服の若者ばかりが目についてしまうのだ。

 そんな怯えた様子を見せるクラウディアにフロリスが苦笑する。


「大丈夫だよ。ここにいる第三騎士団員たちは、鍛錬なんてしたことがない人材のようだから」

「えっ……?」

「線が細いだけでなく、筋肉が無さすぎる……。恐らく商家の生まれで、剣なんて手にした事がないんじゃないかな。もし囲まれたりしても僕一人で全員返り討ちにできる自信がある」


 やや呆れ気味な様子の笑みを浮かべたフロリスの言い分にクラウディアが驚く。


「な、なぜそのような人材ばかり第三騎士団は入団させているのですか!?」

「それは分からない……。ただ先ほどのセヴァン先輩の口ぶりだと、その殆どはシュクリス侯爵家と繋がりのある家の人間みたいだけれど」


 その話にクラウディアは、ますます第三騎士団に対する疑念が深まる。

 すると、フロリスが「あっ」と小さく声を上げた。


「あそこじゃないかな? ほら、君が見たがっていたピンクの薔薇」


 フロリスが指さす方向にピンクの花をつけた垣根が見えてきた。

 その瞬間、クラウディアは不安をどこかにすっ飛ばし、パァーッと表情を輝かせる。

 思わず小走りでその垣根に近づくと、通常の薔薇よりもサイズが大きく、花びらも多い淡いピンクの薔薇がたくさん咲き誇っていた。


「そうです! この薔薇です! わぁー……素敵……」


 まるでレースをふんだんに使ったフワフワのパニエのように何重にも折り重なった花びらを持つピンクの薔薇は、クラウディアの乙女心を大いにくすぐった。

 花の中心から妖精でも出てきそうなその愛らしい薔薇の様子にうっとりしながら、思わず溜め息がこぼれる。


 すると、フロリスもその隣に並び一緒になって薔薇を鑑賞しはじめた。

 その状況にとても意味があると感じているクラウディアは、嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなる。

 そんな彼女の変化に気づいていないフロリスは、上から覗き込むように薔薇を観察する。


「へぇー、これが噂の……。確かに可愛らしい花だね。ふんわりとしたフリルドレスみたいだ……。こういうドレス、クラウディア嬢は似合いそうだね!」

「さ、流石にフリルが多いピンクのドレスは、もう年齢的に難しいかと……」

「えー? でも初めてエインフィート邸にお邪魔した時、そういうドレスを着てたよね? あれ、凄く可愛かったのだけれど」

「あ、あれは! 侍女のリリィが、どうしてもと……」


 モジモジしながら答えたクラウディアだが、リリィの作戦が成功したことを密かに実感する。

 どうやらあの日の幼さが強調された彼女のドレス選びは、フロリスに好評だったようだ。

 だがクラウディアはどの部分が好評だったのか、つい考えてしまう。

 純粋に愛らしいという意味で好評だったのか、それとも少女っぽさが彼の心に刺さったのか……。


 できれば前者であってほしいと思いながら、自身でもじっくりピンクの薔薇を観察してみる。

 愛らしさと繊細さを感じさせるその薔薇は、淡いピンク色からとても甘い印象を受ける。

 きっと香りも甘やかなものに違いないと思ったクラウディアは、そっと薔薇に鼻を近づけた。


 その瞬間、期待していた香りとは程遠い謎の香りが彼女の鼻をつく。

 今まで嗅いだことのないその香りが気になり、出どころがどこなのか周囲を見回した。


「クラウディア嬢? 急にどうしたの?」

「いえ……その、なんだか今一瞬、嗅いだことのない独特な香りを感じたのですが……」

「独特な香り? それは花の香りではなくて?」

「なんというか……何かを燻すというか、燃やしているような……」


 するとフロリスが鼻をスンスンさせながら、その香りを確認しはじめる。

 その様子を目にしたクラウディアは「フロリス様が可愛らしい動きを!」と心の中で叫んだ。

 しかし何も感じられなかったようで、不可解そうに首をかしげる。


「ごめん……。僕にはちょっとその香りは感じられないな……」

「わたくしも一瞬だったので、もしかしたら気のせいだったのかもしれません」

「そう? でもボヤとか発生していたら嫌だな。大丈夫かな……」

「少し甘い香りも混ざっていたので、火事などではないと思いますが……」


 するとフロリスが不思議そうな顔をしながら、ジッとクラウディアを見つめてきた。


「クラウディア嬢、もしかして物凄く嗅覚が鋭い人?」

「どう……でしょうか……。ですが、夜会などで華やかな格好をされている女性の香水の香りは、とても苦手です……」


 その瞬間、フロリスがプッと噴き出した。


「そ、それは僕も同意見かな。ちょっと……いや、かなりつけすぎているご令嬢が多いから」

「わたくしは自身が苦手なので、香水などは使用したことがありません……」

「そっかー。じゃあ、髪飾りを受け取る日は、調香の専門店にでも行ってみる? もしかしたら、クラウディア嬢が気に入る香りに出会えるかもしれないよ? 花の香りは大丈夫なんだよね?」

「は、はい! ですが……あまりにも強い香りは……」

「その店は消臭効果のあるハーブウォーターなんかも扱っているから大丈夫だと思うよ。僕も使っているけれど、周囲に気づかれたことがないくらい微弱な香りだし」


 その話からクラウディアは、少し前にフロリスから感じた香りを思い出す。


「それで先ほどフロリス様から爽やかな香りがしたのですね!」

「えっ?」

「実は先ほど少年から庇っていただいた際にフロリス様から仄かにミント系の香りが……」


 そう言いかけたクラウディアは、先ほどフロリスの腕の中にすっぽり収まっていた自分の状況を思い出してしまう。

 同時に自分が今、とてもはしたないことを口走りかけたことにも気づいた。


「あの! 違うのです! その、たまたま気づいたというか……。け、けしてその香りを堪能していたわけでは……って、何を言っているのかしら! ほ、本当に違うのです!!」


 真っ赤な顔でワタワタする彼女の様子にフロリスが一瞬、ポカンとする。

 だが、すぐに満面の笑みを浮かべ直し、なぜかゆっくりと両腕をクラウディアに向かって広げてきた。


「もしよかったら……もう一度その香りを堪能する?」

「そ、そのような恐れ多い事!! お、お気持ちだけ受け取らせていただきます!!」

「そう? 遠慮しなくてもいいのにぃー」


 そう言って残念そうに両腕を下ろす。

 そして何かに気づいたようにクラウディアの後方へと視線を向けた。


「どうやら次のカップルもこのピンクの薔薇がお目当てみたいだね。クラウディア嬢、もうこの薔薇の鑑賞は満喫できたかな?」

「は、はい! じっくり堪能できました!」

「それは良かった。じゃあ、この後少し庭園内を回ってから帰ろうか」

「は、い……」


 フロリスの『帰ろうか』という言葉にクラウディアは、あからさまにシュンとした。

 その反応を目にしたフロリスが苦笑を漏らす。


「また三日後に会えるのだから、そんなに落胆しないで?」

「はい……」


 名残惜しい気持ちでいっぱいのクラウディアの手をとり、フロリスはゆっくりと庭園を歩き出す。

 その歩く速度から、彼も別れの時間を惜しんでいるのではと想像してしまったクラウディアは、自身が都合の良い解釈をしてしまうことに気恥しくなった。


 その後、他愛もない話をしながら庭園内を周り、フロリスとのゆったりとした時間を過ごせたクラウディアは幸福に満たされた気持ちで帰宅する。


 だが実はこの日、クラウディアはある重大な気づきをしていた。

 しかしフロリスとの夢のような時間を過ごしたことで浮かれていた彼女は、そんな気づきがあったことをすっかり忘れ去っていた。

薔薇なんですが『アッサンブラージュ』という品種をイメージしてます。

お花はあまり詳しくないですが、薔薇ってたくさん品種改良されていて素敵なお花いっぱいですねー。(*´▽`*)

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★鈍感スパダリ王子✕表情が乏しい令嬢★
この二人のジレジレ展開ラブコメ作品です。

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― 新着の感想 ―
自分も香水売り場近くを通ると鼻水が止まらなくなるのですが、植物の精油なら平気で香水代わりにする事が。 クラウディア嬢はさらに鋭い嗅覚の持ち主っぽいですね!焦げ臭くて甘いって、煙草……?
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