14.見過ぎ令嬢は令息の意外な一面に悶える
腕をねじり上げられた青年が痛みで顔を歪ませながら、必死で抵抗する。
「……っ! は、離せっ!! クソッ……!」
「名前と所属番号。早く言わないと、この腕へし折っちゃうよ?」
「ふ、ふざけんな! 他の騎士団の人間にそんなことしたら、問題に……っ……!」
「うん。だから今の僕は、第二騎士団の人間としてではなく、子爵家の人間として君に接している。君、それだけ横柄な態度がとれるのだから、貴族の家の生まれとは思うけれど、せいぜい男爵家ってところだよね? 先ほどの君の暴言を僕が侮辱罪として訴えたら、君の家はどれだけの示談金を僕の家に支払ってくれるのかな?」
「な、何が子爵家だ!! あんたさっき、第二騎士団所属って……。くっ……!」
「休暇中に起こったことなのだから職場は関係ないよ。それに君が子爵家の人間に暴言を吐いたことは事実だ。ほら、早く名前と所属番号」
淡々とした様子で容赦なく青年の腕をねじり上げるフロリスの姿に遠目から眺めていたクラウディアが唖然とする。
穏やかな印象しかない彼でも、このような緊迫した状況ではここまで冷徹になれるようだ。
そんなフロリスの逞しさを感じさせる意外な一面に、クラウディアの胸がこれでもかというくらい高鳴る。
すると腕をねじり上げらた青年が、苦痛に顔を歪ませながら名乗りはじめた。
「グ、グナー……パシュート。しょ、所属番号、十五番……」
「スレイン! 彼の名前と所属番号、あと体格や人相も全部控えて、すぐに第三騎士団に素性確認! 裏が取れ次第、団長に報告!」
「はい!」
スレインと呼ばれた茶髪の青年は、グナーと名乗った青年の容姿的特徴を手早くメモに控える。
そして背に庇っていた少女をアランに託し、黒髪の青年の素性確認のため、この場を離れて行った。
「ま、待て! なんで名乗ったのに人相まで……っ……!」
「あれだけ反抗的だった君が、素直に本名を口にするとは思えない」
「ふ、ふざけ……っ」
「そこ!! 何をしている!!」
怒り任せに黒髪の青年がフロリスを振り払おうとした瞬間、青い騎士服を着た一人の男性が、人だかりをかきわけてきた。
その人物は副団長であるクレストと同じ、丈の短いマントをまとっている。
だが、フロリスと目が合うと驚くように彼の歩みが止まった。
「フロリスか?」
「セヴァン先輩……お久しぶりです」
「ああ。で? この状況は……またうちの団員が何かやらかしたか?」
「ええ。ですが、うちも冷静に対処できなかったようで……」
そう言ってフロリスは苦笑しながらアランに視線を向ける。
「す、すみません……。その……こいつの騎士とは思えない素行の悪さに、つい苛立ってしまって……」
視線で咎められたアランがうなだれると、助けられた少女が彼を庇うように前に躍り出た。
「この騎士様は悪くありません! わ、私、もし助けてもらえなかったら……あのまま裏路地に連れ込まれて、どうなっていたかわからなかったんです!!」
涙目で訴えてきた少女の様子からセヴァンが、グナーと名乗った青年を睨みつける。
「アロガン、今の彼女の話は本当か?」
「なっ……こ、こいつ、アロガンって言うんですか!?」
「ああ、そうだが……」
「だってこいつ、さっき『グナー・パシュート』って名乗りましたよ!?」
「なんだと!?」
どうやらフロリスの読み通り、本当に偽名だったらしい。
呆れたフロリスが一瞬だけ手を緩めてしまった隙をつき、アロガンは乱暴にそれを振りほどく。
「アロガン!! お前……同僚に罪をなすりつけるつもりだったのか!?」
「なんのことでしょうか? 俺は名乗れと言われたから名乗っただけです。それが自分の名前かどうかなんて関係ないことでしょう?」
「貴様……」
「あっ、今回の件の報告は、きちんと伯父を通して上げてくださいね。それじゃ、俺は忙しいので、これで」
「ふざけるな!! このまま立ち去れると思っているのか!?」
セヴァンがアロガンの胸倉を乱暴に掴み、殴りかかろうとした。
だが、何故かアロガンは冷静な様子でスッと目を細める。
「いいんですか? 俺を殴ったら、セヴァン副団長も第三を追い出されますよ?」
「……っ!」
アロガンの言葉でピタリと動きを止めたセヴァンが、悔しそうに歯を食いしばる。
すると、アロガンが勝ち誇るように口の端を上げた。
「賢明な判断です」
嫌な笑みを浮かべながらセヴァンの手を振りほどいたアロガンは、今度はフロリスたちを忌々しげに睨みつける。
「おい、第二。お前らの顔と名前、全員覚えたからな……」
不穏な捨て台詞を吐いた彼は三人を一瞥した後、早々にその場を去っていった。
その状況に周囲の人だかりも興味を失くしたようで、散り散りに引いていく。
気がつくとクラウディアだけが、ポツンとその場に残された。
しかしフロリスたちのやり取りは、まだ続いていた。
あまりにも酷すぎるアロガンの素行の悪さにアランが怒りを爆発させたのだ。
「セヴァン副団長! あいつ、何なんですか!? なんであんな奴が騎士なんですか!? あんなの、さっさと第三から除名してくださいよ!!」
「すまない……。私もそうしたいの山々なんだが……」
ガックリと肩を落とすセヴァンの様子から、フロリスがある質問をする。
「もしかして……彼はマッカール騎士団長の血縁者ですか?」
その問いにセヴァンが絶望するように片手で両目を覆う。
「ああ、そうだ……。先ほど奴が口にしていた『伯父』というのは、うちの現騎士団長のことで、あいつはあれでも男爵家の令息だ……」
「はぁ!? じゃあ、あいつは伯父である騎士団長のもとで好き勝手にやってるってことですか!? しかもあれで、俺と同じ男爵家の生まれ!? うわ……最悪なんですけど」
「アロガンだけではない……。現第三騎士団は、マッカール騎士団長だけでなく、総責任者のシュクリス侯爵家の血縁者、その傘下である男爵家や商家の人間が三分の二を占めている」
セヴァンのその話にフロリスが、落胆の色を見せながら小さく溜め息をつく。
「うちが抗議の声を上げてもこの件は、揉み消されそうですね……」
「ああ、恐らくな……」
「「そんな!!」」
二人の話にアランと少女が抗議するように同時に叫ぶ。
すると、心苦しそうにセヴァンが細く息を吐いた。
「フロリス。今回の件だが……グランツ殿下を通して、苦情の申し立てをしてもらうように動いてもらえないか?」
「それできちんと処罰が下され、彼を除名処分に追い込めそうですが?」
「いや……。だが、二週間程の謹慎処分には追い込める」
「生ぬるいですね……」
「うちの総責任者は侯爵家だ。伯爵位のガイルズ団長からの抗議だと軽くあしらわれ、奴は無罪放免になるぞ。だが王族からの抗議であれば、まだ奴を処罰できる」
すると、フロリスも深い溜め息をつく。
「うちの総責任者様は、そちらの総責任者様のことを酷く嫌っているのですが?」
「二年前まで私も第二の所属だったんだぞ? グランツ殿下のお心はよく知っている。だが、現状この国でシュクリス侯爵家に意見できるのは王族しかいない。なんとか殿下の重い腰を上げさせてくれ」
「わかりました……。ところで所属番号十五番の『グナー・パシュート』というのは?」
すると、セヴァンが沈痛な面持ちを浮かべた。
「グナーは……前騎士団長だったオルグリオ様の甥にあたる子爵家の嫡男だ。今の第三に所属している理由は……私と同じだ」
「そう、でしたか……」
「すまない。だが、私たちは、まだ第三を去るわけにいかない……。だからといって今回の件で処罰が下されなければ奴は、ますますつけ上がる」
苦痛に耐えるような表情を浮かべるセヴァンにフロリスが憐憫の眼差しを向ける。
「わかりました。必ずグランツ殿下経由で苦情の申し立てをしていただくよう団長に頼みます」
「すまない……」
「アラン、このあと彼女から調書を取ると思うけれど、作成後は僕の机の上に置いておいてくれ。明日一番で確認して、団長に掛け合うから」
「わかりました」
「アランとか言ったな。遠慮せず盛大にアロガンの悪事をしっかり記載してくれ」
「お任せください!」
「あっ、話を盛りすぎるのはダメだからね?」
「わかってますよぉ……」
フロリスに釘を刺されたアランは、被害者である少女に向き直る。
「えっと……君、名前は?」
「ララと言います」
「じゃあ、ララ。これから供述書を書いて貰うから、うちの詰め所まで来てもらえるかな?」
「でも私……今仕事中で……」
「大丈夫。俺が一緒に職場の人に説明してあげるから。とりあえず案内してもらえるかな?」
「はい!」
「それじゃ、先輩。俺、一度詰所に戻りますんで。明日、よろしくおねがいします」
「うん。あっ、団長と副団長への報告も忘れずにね! あとスレインとの情報共有も!」
「わかりましたー! それでは失礼します!」
キビキビとした動きを見せたアランは、被害者の少女を連れ立って第二騎士団の詰め所に戻っていく。
その様子をセヴァンが、羨むような目で見つめていた。
「第二はいいな……。やる気のある部下が多くて……」
「現状の第三は、相当酷いようですね」
「ああ。お前にも休みの日に手間をとらせて悪かったな」
「いえ。たまたま通りかかったものですから」
「だが、連れの女性をずっと待たせてしまっているんじゃないか?」
そう言ってセヴァンは、少し離れた場所にいるクラウディアのほうに視線を向ける。
「彼女、クレストの妹だろう。珍しくお前がめかしこんでいるから、もしやと思ったんだが。邪魔をして本当にすまなかった」
「あー……いえ」
気恥しそうなフロリスの肩をポンと叩いたセヴァンは、なぜかクラウディアのほうへと向かってきた。
「エインフィート嬢、楽しい時間に水を差してしまい、本当に申し訳ない……」
「い、いえ!」
「先ほどのことは気にせず、この後もあいつとの時間を楽しんでもらえるかな?」
「も、もちろんです!」
「それを聞いて安心した。なんせあいつが女性との交流に前向きになっているのは、かなり珍しい状況なんだ。よければこれからも仲良くしてやってくれないか?」
「は、はい!」
すると、セヴァンが後ろを振り返る。
その先には、フロリスが苦笑を浮かべていた。
「先輩は昔から、お節介がすぎるんですよね……」
「後輩の幸せを願ってなにが悪い。お前、このあと埋め合わせとして、しっかり彼女を楽しませろよ?」
「もちろんです」
そう言って今度はフロリスがクラウディアに近づいてきた。
「クラウディア嬢、かなり待たせてしまって、ごめんね……。でも、ちょうどレストランの予約時間になるから、すぐに向かおうか」
「は、はい」
「それではセヴァン先輩、僕たちはこれで失礼します」
「ああ、今日は本当にすまなったな」
セヴァンと別れた二人は予約したレストランに向かう為、馬車を止めている宝飾品店まで戻ることにした。





