13.見過ぎ令嬢は騒ぎを目撃する
「ありがとうございました! それでは三日後のご来店、お待ちしております!」
笑顔のアリーズに見送られ宝飾品店を後にしたクラウディアは、店前に停車している馬車までフロリスにエスコートされていた。
だが突然フロリスに腕を引っ張られ、腰からグイッと抱き寄せられる。
「おっと! あぶない!」
「ひゃあ!」
すると、クラウディアのすぐ横を誰かが走り抜けていった。
急に抱き寄せられてフロリスの腕の中にすっぽり収まるような体勢になったクラウディアは、一瞬だけ頭の中が真っ白になる。
だが、彼の服から仄かに香るミントのような爽やかな香りに気づき、こっそりと息を吸い込んだ。
すると、頭上でフロリスが呆れるように小さく息を吐く。
「あぶないなぁ……。クラウディア嬢、大丈夫だった?」
「えっ!?」
密かにフロリスの香りを堪能していたクラウディアは我に返り、慌てて顔を上げた。
すると、自分よりも頭一つ半ほど身長が高いフロリスが、心配そうに頭上から顔を覗き込んでくる。
その瞬間、感動と恥ずかしさと罪悪感が一気に押し寄せ、今日一番の真っ赤な顔で口をパクパクさせてしまう。
その反応に苦笑しながらフロリスはゆっくりと体と離し、適切な距離をとってくれた。
「ごめんね。びっくりしたよね? でも凄い勢いで走ってきた少年と、ぶつかりそうだったから……」
「い、いえ……。あ、ありがとうございます!」
未だに心臓がバクバクいっているクラウディアと違い、フロリスはいたって冷静だった。
だが、なぜか先ほど少年が走り抜けていった方向をジッと見つめている。
「フロリス様?」
「あ、うん。ごめん。なんかさっき少年が駆けていった先が気になって……」
そう言って周囲を窺う彼につられ、クラウディアもゆっくりと辺りを見回す。
フロリスの言う通り、先ほどから少年が走っていった方向に少しずつ人が流れているようだ。
「何かあったのでしょうか……」
「ごめん。ちょっと気になるから確認してもいい?」
「は、はい」
「えっと……クラウディア嬢には、馬車で待っててもらったほうがいいかな?」
「い、いえ。わたくしも気になるので、ご一緒に!」
「わかった。でも何か揉めている状況だったら、危ないからすぐに距離をとろうね」
「はい」
そんな会話をしながら、二人は人が集まりだしている方向へと向かう。
すると、三人の騎士服を着た青年たちを囲うように人だかりができていた。
激しく口論をはじめた彼らの様子が気になり、皆集まっているようだ。
クラウディアもそっと青年たちの様子を窺ってみる。
一人は青い騎士服を着た黒髪の青年で、彼が第三騎士団に所属していることがわかる。
対する二人の青年は、クラウディアも見慣れた黒い騎士服を着ており、これは第二騎士団のものだ。
よく見ると、黒い騎士服の青年たちに守られるようにランチセットを籠にたくさん詰め込んた十代半ばくらいの少女の姿もあった。
その少女を茶髪の青年が背後に庇っており、もう一人の赤髪の青年は、青い騎士服の青年に食ってかかっている。
「彼女に近づくな!! 嫌がってるだろう!?」
「はっ! 俺が近づいたんじゃない! 先にその女が声をかけてきたんだ!」
「た、確かにそうですけれど……。わ、私、お客様としてお声がけしただけです!」
「だから、それ買ってやるから、ちょっとつき合えって言っただけだろう!? そっちから誘ってきたんだろうが!!」
「彼女は売り子として声をかけただけだ! お前を誘ったわけじゃない!」
「そんなフリフリの服着て、なに言ってんだよ。どう見ても男を誘っているようにしか見えねぇーなぁ!」
「こ、これはお店の制服です! 誘ってなんかいません!!」
「彼女を侮辱するな!! お前、第三騎士団所属だろう……。名を名乗れ!!」
「お前らになんか名乗るわけねぇーだろう!?」
どうやらランチ販売をしていた少女が、第三騎士団の青年に絡まれてしまい、第二騎士団の二人が止めに入ったという状況らしい。
だが、かなり激しい口論をしている。
すると、珍しく険しい表情を浮かべたフロリスが、周囲の目を引かないようにそっとクラウディアに話しかけてきた。
「クラウディア嬢……。ごめん、ちょっとここで待ってて貰える?」
「は、はい……」
そう言って、クラウディアを人ごみの中に隠すように優しく押しやると、真っ直ぐな足取りで騒ぎの中心へと向かっていった。
「アラン! スレイン! 何があった?」
「えっ……? フロリス先輩!? 今日は休みじゃ……」
「たまたま通りかかったんだ。それより何を揉めているんだ?」
すると、アランと呼ばれた赤髪の青年が、青い騎士服の青年を睨みつけながら指をさす。
「こいつが、嫌がる彼女を力ずくで裏路地に引きずり込もうとしてたんです!!」
フロリスがゆっくり視線を向けると、青い騎士服の青年は不快そうに顔を歪めた。
「あんた誰だよ……。関係ない奴は、すっこんでな!」
「僕はフロリス・シエル。この二人と同じく第二騎士団に所属している。君は第三騎士団所属のようだけれど……名前と所属番号を教えてもらえるかな?」
「はぁ? なんで教えなきゃなんねぇーんだよ。大体あんた、本当に第二の人間か? こんな優男がいるようじゃ、第二も大したことねぇーな!」
悪態をつくように挑発してくる青年にフロリスが、盛大に溜め息をつく。
「そういうのはいいから。早く名前と所属番号を教えてくれないか?」
「嫌だね。あんたみたいな箱入り甘ちゃんヤローに教えるわけねぇーだろ?」
青年は両手をポケットに突っ込み、ニヤニヤしながらフロリスに近づいてきた。
その態度の悪さから遠巻きに見ていたクラウディアは、ムッとしながら眉間に皺を寄せる。
だが青年がポケットから手を引き抜こうとした瞬間――――。
フロリスが、その腕を素早く掴む。
そして顔色一つ変えず、一瞬で背後から青年の腕をねじり上げた。





