12.見過ぎ令嬢は反応を楽しまれる
フロリスから含みのある言い方をされたクラウディアが焦りだす。
「あ、あの! 贈り物をしていただくことは大変嬉しいのですが、あまり高価な物は……」
「うーん、でも石はすでに何種類か用意してもらっているからなぁー」
「そ、そんなぁ……」
クラウディアは、三日前にアゼリアとしていた会話内容を思い出す。
フロリスの気持ちを確かめる方法として、アゼリアがアクセサリーの贈り物を強請るという提案をしてきたことを。
その際、クラウディアの頭にパッと浮かんだのが、フロリスの瞳の色と同じエメラルドが施されたアクセサリーだった。
しかしエメラルドは、とても高価な石なので自分で思いついておきながら、すぐに却下した。
だが現状、その却下したエメラルドが用意されていそうな雰囲気なのだ。
まだ婚約すらしていていない女性に、いきなり高価な宝石が施されたアクセサリーを贈るなど、普通では考えられない。
これではフロリスの気持ちの真意を確認するどころか、疑念のほうが膨れ上がってくる。
ニコニコ顔を向けてくるフロリスに慌てふためいていると、アリーズが高額商品を乗せるようなトレイを手に戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらが、ご要望に合わせて用意したお品になります。向かって左からマラカイト、ラピスラズリ、ターコイズでございます」
クラウディアが馴染み深いのは、幼少期にお守りとして父から贈られたマラカイトぐらいだが、どれも手ごろな値段で取引されている石であることは知っていた。
そのことに安堵していると、それを確定するようにフロリスからも補足が入る。
「流石に婚約前に高価な宝石が施されたアクセサリーなんて贈ったら重すぎるからね……。今回は普段使い用のアクセサリーを贈りたいなって思ったんだ」
クラウディアが恐れていた高価なエメラルドは『貴石』と呼ばれ、ルビーやダイヤモンドと同じくらい価値が高い。
一方、アリーズが用意してくれた石は、『半貴石』と呼ばれるもので比較的に手ごろな値段で取引されている石である。
もちろん半貴石でも良質な物は高額取引もされているが、先ほどのフロリスの口ぶりから察すると、今回用意された物は、普段使い用のアクセサリーに使われる安価な石のようだ。
だが、なぜフロリスは高価な石を用意しているような素振りを見せたのか。
それは、慌てふためく自分の様子を楽しんでいたのではと、クラウディアはすぐに思い当たる。
試しに疑うような視線を向けてみると、フロリスがバツが悪そうな表情を浮かべた。
「フロリス様……」
「ごめんね? クラウディア嬢なら高価な品を贈られることを必死で辞退しそうだなと考えたら、つい、いたずら心が疼いてしまって……。だって絶対に可愛い反応をしてくれると思ったから」
「か、可愛くなんてないです! た、ただ見苦しく狼狽えただけです!」
「ごめん……。その反応が僕にとっては、ものすごく可愛く感じる……」
「うぅ……」
はっきりと言い切られたクラウディアは、自分の魅力とはなんだろうと考える。
フロリスの感覚は、何度もリリィが訂正してきた『面白い』と称されるものだ。
人によっては、不必要に相手をからかうなど失礼だと憤るかもしれない。
だが、クラウディアの場合、フロリス以外にも反応を楽しまれてしまう事が多い。
義姉のソフィアや侍女のリリィ、親友のアゼリアなどがそれに該当する。
唯一クラウディアの反応を楽しんでいないのは、兄のクレストぐらいだが……その分、容赦なく一喝してくるので、そのほうがやるせない。
だが、フロリスにまで自分の反応を楽しまれているとは思わなかった。
同時にそのように接してもらえることが良い結果に繋がっているのか、クラウディアには判断がつかない。
そんな不安から、思わず本音がポロリとこぼれる。
「わたくしは……そんなにも、からかいやすい人間なのでしょうか……」
「うわぁぁー! 違うよ!? 本当にごめんね!? そういうつもりじゃないんだ! でも、その……小柄なクラウディア嬢がワタワタと慌てふためく様子は、本当に可愛くて……。その、つい……」
後ろめたそうに視線を落とすフロリスの様子を目にして『そんな表情も素敵すぎる!』と、明後日の方向に感動しているクラウディアも彼の楽しみ方を非難できる立場ではない。
「本当にごめんね……。これからは、なるべくクラウディア嬢の心労にならない範囲でワタワタさせるように配慮するね……」
「あの、それは控えていただくことは難しいのでしょうか……」
「ごめん、それは本当に無理。なんというか……もう楽しむことが癖になりつつあるから……」
「そう、ですか……。で、では、お手柔らかにお願いします!」
「うん。できる限り配慮はするから!」
今後、適度に動揺させられることをクラウディアが承諾するという変な会話の流れに、静観していたアリーズが思わず噴き出しかける。
そこでようやく彼女がいたことを思い出したクラウディアは、慌てて謝罪した。
「ご、ご説明中にお話の腰を折ってしまい、申し訳ございません!」
「いえいえ~。大変良いものを見せていただきました。このような甘酸っぱい気持ちになったのは、何年ぶりかしら……」
ほぅっと息をついてこぼされたアリーズの言葉で、クラウディアは顔を赤くする。
フロリスのほうも気恥しそうな様子で、本来の目的に話を修正しはじめた。
「キャリス夫人、失礼いたしました……。その、早速ですが、お願いしていた石と髪飾りの候補を見せていただけますか?」
「かしこまりました」
アリーズが後ろに控えていた男性店員に指示を出す。
すると、三種類の銀細工が乗ったトレイがクラウディアたちの前に置かれた。
それらはどれも美しいデザインなのだが、どこか物足りない印象をクラウディアは受ける。
「現在わたくしどもで用意できる土台の髪飾りは、この三種類になります」
彼女が口にした『土台』の意味がわからず、クラウディアが首をかしげた。
すると、フロリスから補足が入る。
「この店では、職人があらかじめ作った土台となる銀細工に好きな石をはめ込んで、自分好みのアクセサリーを作ることができるんだ。フルオーダーほど大げさではないし、受け取りまでの期間も短いから、恋人や婚約者へのちょっとした贈り物として人気なんだ」
フロリスが土台となる銀細工の乗ったトレイをクラウディアの方へと引き寄せる。
すると、今後はアリーズからも説明が入る。
「土台となる銀細工はその都度、職人が作った物なのでオーダーメイドに近いアクセサリーをお作りいただけます。ただ……ご案内できる銀細工は、日によって種類や数は異なります。今回わたくしどもがご案内できるのは、この三種類のみとなります」
説明を受けたクラウディアは、改めてトレイの上の銀細工に目を向ける。
一つ目は、一本挿しの髪飾りで先端に蝶のデザインが施されており、羽の部分に石をはめ込むための鍵爪付きの台座が二箇所ある。
二つ目は、横広のデザインで何本もある歯を髪に噛ませて挿すコームタイプの髪飾りだ。
小花が連なっているデザインで、こちらも蝶のデザインと同じ仕様で石がはめ込める鍵爪の台座は二箇所。
そして最後の三つ目がプレート付きのバレッタである。
プレート部分には真ん中にクロス、その両端には翼のデザインが施されており、クロスの真ん中部分に石をはめ込むための穴が一箇所だけある。
どうやらバレッタは、はめ込める石は一つだけのようだが、代わりに他の銀細工に比べ、大きいサイズの石をはめ込むことができるようだ。
「クラウディア嬢は、どのデザインが好みかな?」
フロリスの問いにクラウディアは、無意識に三番目のバレッタを手に取った。
「あの……このバレッタは、髪の量が少なくてもしっかりと留めることができますか?」
「ええ、もちろん。むしろ髪の量が多いと上手くまとめられない可能性があるので、お嬢様の髪質で着けられたら全体的に美しいシルエットにまとまると思います」
「試しに着けられますか?」と聞かれ、クラウディアは恥ずかしさでブンブンと首を振る。
すると、隣に座っているフロリスがバレッタに手を伸ばしてきた。
「折角だし、一度着けてみたらどうかな?」
そう言ってクラウディアに後ろを向かせると、編み込みのみされたシンプルな髪型の後ろ髪部分をフロリスは優しく救い取る。
すると、彼の指がクラウディアの耳を僅かにかすめた。
「ひゃあ!」
その瞬間、クラウディアが奇声を発する。
「ご、ごめん! そうだよね! まだ婚約者でもない女性に対して不適切な接し方だったよね!? す、すみません、キャリス夫人! 彼女の髪にこのバレッタと留めていただけますか?」
珍しく狼狽えたフロリスは、すぐにクラウディアの髪から手を離し、バレッタをアリーズに手渡す。
それを受け取ったアリーズが、微笑ましいと言いだけな表情を二人に向けてきた。
「かしこまりました。それではお嬢様、少々失礼いたします」
そう言って、クラウディアの後ろに回ると、サラリとした髪を手に取り手際よくバレッタで留める。
「いかがでしょうか? こちらのデザインですと、お嬢様の形の良い頭部が一層強調され、大変美しいシルエットで髪をおまとめできます」
「確かに。最初は小花のデザインが似合うかなと思ったけれど、これはこれで大人っぽい雰囲気で素敵だね。僕はとてもよく似合っていると思うけれど……クラウディア嬢はどうかな?」
アリーズに鏡を向けられ、クラウディア自身もその様子を確認する。
何となく気になって手に取ったバレッタだったが、フロリスの『大人っぽい雰囲気』という言葉で、クラウディアの気持ちが一気にバレッタへと傾く。
「は、はい……。わたくしも、とても素敵だと感じました。で、ですが……このような素敵な物をわたくしがいただいてもよろしいのでしょうか……」
「うん。僕が贈りたいと思ったから、迷惑でなければ是非受け取ってほしいな」
「あ、ありがとうございます! 大切にいたします!」
「喜んでもらえて良かった。それで……はめ込む石はどれにする? 一応、魔除けやお守りとして効果があるといわれている石を用意してもらったのだけれど……」
そう言って今度は、石の乗ったトレイをクラウディアのほうに引き寄せる。
すると、クラウディアは迷わずフロリスの瞳の色に似たマラカイトを手に取った。
「あの……こ、こちらの石でお願いしたいです」
その選択にフロリスの顔にふわりと笑みが浮かぶ。
「わかった。キャリス夫人、この組み合わせで加工をお願いできますか?」
「かしこまりました。三日ほどお時間をいただきますが、よろしいでしょうか?」
「はい。三日後、また彼女と二人で受け取りに伺います」
さりげなく次の面会予定を取りつけたフロリスに少々驚いたが、それはクラウディアにとって喜ばしい驚きでしかなかった。





