11.見過ぎ令嬢は爆笑される
フロリスが向かい側の席に座ってくれたので胸を撫でおろしていると、なぜかニッコリと微笑まれた。
「隣に座ってしまうと、クラウディア嬢が窒息してしまうかもしれないからね!」
どうやら先ほどの会話をしっかり聞かれてしまったらしい。
赤い顔でうつむくと、なぜか満足そうな笑みをフロリスに向けられた。
「ちなみに今日の予定だけれど……午前中は先に僕の行きたい場所へつき合ってもらってもいいかな?」
「は、はい! 問題ありません!」
「そのあとは予約しているお店で昼食をとって。午後からはクラウディア嬢が行きたい場所を周ろうと思うんだけれど……どこか希望はある?」
その質問にクラウディアは、三日前に親友と共に厳選して決めた場所を口にする。
「ウィリアーナ庭園に行きたいのですが……」
「確か旧侯爵邸跡地だよね。そういえば、そこのバラがちょうど見頃だって誰かが言っていたな……」
人気のデートスポットに詳しそうなフロリスの呟きから、女性の影を感じてしまったクラウディアが動揺する。
「フ、フロリス様は行かれたことがあるのですか?」
「いや。僕は行ったことはないのだけれど……うちは男所帯な職場だから、女性との交流に疎い人間が多くて。結構、恋愛相談的な会話が飛び交っているんだよね。そうなると、自然とそういう情報が耳に入ってくるんだ」
その話にクラウディアは首を傾げる。
クローネル王家が持つ三つの騎士団の中で、第二騎士団は女性に大人気だ。
いずれ平民となる可能性が高い次男以下の青年で構成されているとはいえ、上は伯爵家から下は男爵家と全員貴族の家の生まれなので、団員たちはどことなく品がある。
だが実際に話すと、フロリスのように気さくな雰囲気の若者が多い。
視察中に町娘が手を振れば笑顔で手を振り返したり、子供たちにもよく群がられている。
彼らは貴族だけでなく平民間でも人気なのだ。
その反面、誰に対しても気さくな雰囲気で接する彼らは女性慣れしている印象も受ける。
クラウディアも今のフロリスの話には意外性を感じていた。
すると、ニコニコ顔のフロリスが心の中を読むような質問をしてきた。
「今、第二騎士団員は女性慣れしてるはずだって思わなかった?」
図星を指されたクラウディアだが、否定しようとブンブンと首を横に振る。
その様子にフロリスがクスリと笑みをこぼした。
「嘘が下手だなー。でもこれには理由があるんだ。実は三代前の騎士団長の方針で、団員たちは敢えて愛想のよい雰囲気に徹しているんだよ」
「三代前の騎士団長様ですか?」
「うん。この人がかなり真面目な人で『王家直属の騎士団に所属しているからには、武力だけでなく紳士的な振る舞いも徹底すべし!』って、口うるさかったんだって。でもとても人望があった人で、そのほうが情報提供をしてもらいやすいから当時の団員たちが徹底した結果、第二騎士団は爽やか青年集団みたいな印象が根づいてしまったそうだよ」
「そ、その教えに今でも皆様は従っているということでしょうか……」
「なんかもう爽やかな印象が定着しすぎて、今さら方針を変えられないみたいだよ」
その話にクラウディアが怪訝そうな表情を浮かべる。
「そのお話ですと、現副団長である我が兄はイメージに反する振る舞いを多々しているのでは……」
「確かに! でもクレスト副団長は、相手が誰であっても平等に辛辣だから。ある意味、紳士的だと思うよ。あの人、相手の見た目や地位で態度を変えたりしないから。あっ、でもソフィア夫人の前だと人が変わったようになるけれど」
フロリスの話から、兄が職場でも嫁バカを披露していることを察し、クラウディアは何とも言えない表情を浮かべた。
「だから一見、女性慣れしているように見えるけれど第二の連中は一途な人間が多いよ。もちろん、僕も含めて」
そう言ってフロリスは、胸の内ポケットから一枚の紙切れを取り出し、クラウディアの前で開いてみせる。そこには、店名らしき名前がビッシリと書かれていた。
「実は僕も女性と外出するのは今回が初めてだから、既婚者や婚約者持ちの団員から色々とアドバイスをもらったんだ」
照れくさそうな様子で自白したフロリスは、取り出した紙切れを再び胸ポケットにしまった。
「今向かっている装飾品店も先輩から紹介してもらったんだ。その後に向かうレストランは後輩のおすすめで、そこのオレンジタルトが絶品らしいよ」
「オレンジタルト……」
「副団長から、クラウディア嬢は甘いお菓子やフルーツタルトが大好きだって聞いたから」
その瞬間、クラウディアは真っ赤な顔で口元……というよりも主に鼻を両手で押さえた。
もちろん鼻血などは出ていないが、彼女にとっては出てもおかしくないほど破壊力のある言葉『大好き』が、フロリスから飛び出たからだ。
自分に対するものではなかったが、彼がその言葉を発したことに貴重性がある。
そんな感動から悶えだしたクラウディアに何故かフロリスが楽しそうに体調を気遣ってきた。
「大丈夫? もし体調が優れないようであれば今日は中止に――――」
「いいえ! まったく問題ございません! このまま続行で!」
反射的に中止の提案を完全拒否したクラウディアにフロリスが盛大に噴き出た。
「ふはっ! ち、力強い即答……」
そのまま笑いの渦に撃沈した彼は、腹を抱えるように前屈みになり小刻みに震えだす。
そんな反応をされてしまったクラウディアは、羞恥心で顔を真っ赤にさせ、ドレスの裾をギュッと握りしめた。
「ご、ごめん……。あ、あまりにも返答が素早すぎたから……」
涙まで浮かべて笑うフロリスにクラウディアは羞恥心を拗らせ、赤い顔のままギュッと両目を閉じた。
しかし、その行動が再びフロリスの笑いのツボを刺激する。
「ま、待って……。そ、その表情……可愛すぎる!」
さらに笑われてしまったクラウディアは、そのままうつむいた。
すると、急に馬車が大きくカーブするような動きをする。
驚いて目をあけると、フロリスが涙を拭いながら窓の外に目を向けていた。
「どうやら最初の目的地に着いたみたいだね」
呟きと同時に馬車が、ゆっくりと停車した。
するとフロリスが、柔らかい笑みを浮かべて手を差し出してきた。
「クラウディア嬢、お手をどうぞ」
エスコートされながら下車すると、なんとそこは格式が高そうな宝飾品店の前だった。
いかにも高級品を扱っていそうな店構えにクラウディアの表情が引きつる。
すると、隣のフロリスがニッコリと笑みを向けてきた。
「さっき僕の行きたい場所につき合って欲しいとお願いしたとき、了承してくれたよね?」
「はい……。しました……」
「それじゃ、中に入ろうか!」
「うぅ……」
背中を支えられるようにエスコートされるクラウディアは、重い足取りで店内へと足を踏み入れる。
すると、四十代前後の華やかで品のある女性が二人を出迎えてくれた。
「予約を入れていたフロリス・シエルです」
「シエル様、お待ちしておりました。わたくし、本日担当させていただきますアリーズ・キャリスと申します。以後お見知りおきを」
深々と頭を下げた彼女が顔を上げた瞬間、クラウディアはバチリと目が合った。
「こちらがお噂のお嬢様ですね」
「ええと……『噂の』とは?」
「本日シエル様が子リスのような愛らしいご令嬢と共にお見えになると、オーラン様より伺っていたものですから」
その話を聞いたフロリスが、肩落としながら盛大にため息をつく。
「先輩……。余計なことを……」
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。それでは、サロンへご案内いたしますね。どうぞ、こちらへ!」
アリーズに促されサロンに向かいはじめたクラウディアだが『オーラン』という人物が誰なのか分からず、小首をかしげる。
第二騎士団に所属している人物なのだろうが、クラウディアには覚えがない。
だが、相手は自分のことを知っている様子だ。
兄の部下であるなら把握しておきたいと感じたクラウディアは、その人物についてフロリスに聞いてみる。
「フ、フロリス様。『オーラン様』というのは、どなたなのでしょうか?」
「ほら、さっき言っていたこのお店を紹介してくれた僕の先輩だよ」
「な、なるほど」
すると、アリーズが二人の会話に入ってくる。
「実は当店はオーラン様の奥様が支援してくださっているお店になります」
「えっ?」
何故か知っているはずのフロリスが、その説明に驚く。
クラウディアがその反応を不思議に思っていると、アリーズが苦笑を浮かべていた。
「やられた……。先輩は奥方のお店の売り上げ貢献するために僕に紹介してくれたのか……」
「ふふっ! オーラン様は大変な愛妻家でいらっしゃいますからね。ですが、それだけではございませんよ? 実は当店、第二王子殿下にご利用いただいたという誇らしい実績がございます」
自信満々に語られたその話にフロリスが、珍しく怪訝そうな表情を浮かべる。
「それもオーラン先輩の差し金ですよね? 確か二人は士官学校時代の学友でしたし」
「いえ。それが殿下のご婚約者様からのご要望だったそうです。なんでも現在のウィクトル辺境柏領では、当店の銀細工が大変人気だとか……。こちらとしては、大変ありがたい状況です」
そんな会話をしていたら、いつの間にか豪華な調度品が並ぶサロンのような部屋に到着する。
「お二人とも、どうぞこちらへおかけくださいませ。只今、ご要望の品をお持ちいたしますので」
そう言ってアリーズは、給仕の男性に指示を出した後、一度退室した。
だが、彼女の去り際の言葉が気になり、クラウディアはそっと隣のフロリスを見やる。
すると、思った以上に距離が近かったため、慌てて顔を背ける。
クラウディアのその反応から、なぜか面白がるようにフロリスが距離を詰めてきた。
「あれ? いいの? 今なら僕の顔を間近で見放題だよ?」
「けけけけけ結構です!! こ、こんなに距離が近すぎると、わたくし、窒息死してしまいます!!」
「そうだった……。それは困るね。じゃあ、このくらいで」
そう言ってフロリスが距離をとるように座り直す。
すると給仕が二人の前にお茶を出してくれた。
それを手に取りながら、先ほどのアリーズの去り際に口にしていたことについて、フロリスに確認してみる。
「フ、フロリス様。先ほどキャリス夫人が『ご要望の品』とおっしゃっておりましたが……」
「うん。予めいくつか用意してもらうようにお願いしていたんだ」
そう言って確実に何かを企んでいそうな満面の笑みを浮かべる。
「クラウディア嬢に贈る髪飾りにはめ込む石を」
その言葉にクラウディアは、ピシリと固まった。





