1.見過ぎ令嬢は好意がダダ洩れ
当作品はヒロインが、かなりポンコツです。
明後日の方向に解釈しがちなヒロインが苦手な方は、ご注意ください。
そして毎度おなじみのお声がけになりますが……。
『読まれる際は自己責任で!』で、お願いいたします。
「皆、ご苦労であった! 今宵は大いに楽しんでいってくれ!」
第二王子が開会の言葉を述べると会場から盛大な拍手が上がる。
今から二週間前、彼が率いる第二騎士団が大規模な違法薬物組織を壊滅させた。
本日はその功績を称え、王家は騎士達を労うために城内で祝賀会を開催したのだ。
ハーブが特産であるクローネル国は、主に茶葉の輸出などで国益を得ている。
だが、種類によっては精神に作用する成分が抽出できるハーブもあった。
それらから作られた違法薬物は闇市を通して国内外で売りさばかれ、その売上金が犯罪組織の資金源になっている。
その状況に王家は、かなり頭を痛めていた。
その対策として、違法薬物売買を専門的に取り締まる組織が検討される。
その白羽の矢が立ったのが、第二王子グランツが率いる第二騎士団である。
第二騎士団は、もともと城下町の警備や犯罪の取り締まりを中心に担っていた。
だが、三年ほど前から違法薬物の裏取引が急増したため、町の警備は第三騎士団と分業することで、薬物売買の取り締まりを第二騎士団がメインで担うことになったのだ。
そんな第二騎士団は、王家が管理する騎士団では一番の花形と言われている。
王族や要人の護衛が主流の第一騎士団と違い、事件性のある案件を調査することが多い第二騎士団は、貴族だけでなく一般市民とも接することが多いので、各団員たちの固定ファンがつきやすい。
また建物警備をメインに行う第三騎士団と違い、犯罪者を取り締まる様子は周囲に活躍している印象を強く与える。
さらに団員には武勲に誉高い家柄の武芸に長けた令息が多く、その大半は家督を継ぐ必要がない次男以下の若者達で構成されていた。
そんな将来有望な入り婿候補が多く参加しているこの祝賀会は、若い令嬢の姿も多い。
その中でひと際目立つ塊があった。
光り輝くプラチナブロンドの髪に濃厚なエメラルド色の瞳を持つ青年、今回の捕り物で大活躍をしたフロリス・シエルを取り囲む令嬢たちの集団だ。
彼は、西側国境付近を統治している辺境伯家の傘下の一つ、シエル子爵家の次男である。
このシエル家というのが、代々剣術に優れた人間を輩出している家だった。
フロリスもその血を濃く受け継ぎ、入団から僅か半年で第二騎士団の要と言われるほどの頭角を現わしている。
そんな彼は次男であることから家督を継ぐ必要がない。
婿養子が必要な爵位の高い家にとって彼は大変魅力的な青年であり、入団から五年経った今でも縁談を希望する声が殺到している。
しかもフロリスは容姿にも恵まれており、夢見がちな若い令嬢たちから白馬に乗った王子様のような存在として扱われていた。
中には親が所持している爵位をねだり、彼との結婚を望む令嬢までいる。
だが、フロリス自身は結婚願望がないらしく、ひたすら縁談を断り続けているようだ。
それだけ『第二騎士団の王子様』と一部に囁かれている彼は、常に人だかりを作ってしまう。
彼の優美で繊細な容姿と騎士としては珍しい柔らかな物腰は本人の意志とは関係なく、多くの令嬢たちの心を鷲掴みにしていた。
そんな彼に心奪われる令嬢たちの中に、熱烈な視線をひたすら送り続ける人物がいた。
エインフィート伯爵家の令嬢クラウディアである。
穴があくほどの熱い視線を送る彼女も『第二騎士団の王子様』の虜になった一人である。
だがクラウディアの彼に対する憧れ方は、かなり特殊だった。
内向的な性格の彼女は、フロリスに近づく勇気がなく『見つめるだけ』という行動をひたすら三年間も続けていたのだ。
本日も憧れの相手を目にした彼女は、自身に向けられる奇異な視線に気づかぬまま、のぼせ上がった様子でフロリスに熱い視線を送る。
すると、その様子を目にした一部の令嬢たちがクスクスと小さな笑い声をこぼした。
「ご覧になって! またクラウディア様がフロリス様に熱い眼差しを送っていらっしゃるわ」
「ふふっ! よほどフロリス様のことをお慕いしていらっしゃるのね」
「でもあれほど熱意のこもった視線を殿方に向けるだなんて……。わたくしでは、恥じらう気持ちが先立ち、とてもできないわ」
「そのような意地の悪い言い方をなさらないで。それだけ彼女のフロリス様への想いは、深いということなのだから」
「彼女はとても控えめな性格だと思っていたのだけれど、実際はとても情熱的な方なのね!」
そんな内容で令嬢たちは、熱視線を送り続けているクラウディアの話題で盛り上がる。
彼女たちの会話で我に返ったクラウディアは、恥ずかしさでうつむき、逃げるように壁際へと張りついた。
その行動が、さらに令嬢たちの笑いを誘う。
あまりにも居た堪れない状況に陥ったクラウディアは、彼女たちと距離をとろうと、会場奥のスイーツが並んでいるテーブルまで避難しようとした。
だが、それは急に横から出てきた大きな手に腕を掴まれ、阻まれる。
「ラディ、どこに行くつもりだ?」
「お、お兄様……」
愛称を呼びながら腕を掴んできたのは、本日妹のエスコートを両親から任された兄のクレストだった。
だが、先程のクラウディアの様子を目にしていたようで眉間に皺を刻んでいる。
「お前は……またフロリスを無駄に眺めていたな?」
「…………」
「三年間も見つめ続ける根性はあるくせに、なぜ交流をはかろうとしない! 見ていてイライラする!」
妹を一喝したクレストは腕を掴んだまま、彼女が視線を向けていた集団へと足を向けた。
不穏な空気を感じ取ったクラウディアが、拒否するように両足を踏ん張る。
「お、お兄様! どちらに行かれるおつもりですか!?」
「フロリスのところだ」
「な、何故わたくしまで連れて行こうとなさるのです!?」
「いつまで経っても声をかけられず、ウジウジしているお前の状況が腹立たしいからだ!」
そう言って兄は、自身の部下に群がる令嬢たちの集団に妹を放り込もうとした。
その拘束から辛うじて逃れたクラウディアは、会場の隅へと逃走を図る。
しかし大股で近づいてきたクレストにすぐに捕まり、再び腕を取られた。
すると兄は、放り込もうとしていた集団とは逆方向のバルコニーまで妹を連行し、乱暴に外へと押し出す。
そして退路を断つように後ろ手で入り口の扉を閉めた。
その瞬間、クラウディアは会場の騒々しい音から解放される。
しかし、その代償のように兄の声が聞き取りやすい状況に追い込まれた。
案の定、兄はここぞとばかりに妹を叱責する。
「お前は三年以上も何のアプローチもせず、ひたすら意中の男を見つめ続けるという無駄な時間を過ごすことに虚しさを感じないのか!?」
「無駄な時間などではありません! むしろ至福の時間です!」
「その至福の時間とやらは、周囲から嘲笑の的にされてまで堪能する価値があるのか!?」
「そ、それは……」
非難するような兄の視線から逃れようと、クラウディアがうつむく。
するとクレストは大きく手を広げ、妹の頭を鷲掴みにした。
そして、その頭部をグッと後方に下げ、強制的に顔を上げさせる。
「すぐに下を向く癖も直せと言ったはずだ! 何故お前は、そんなにも自分に自信が持てないんだ! 周囲に嘲笑されても図太くフロリスを凝視できる根性は、どうした!?」
「ぎょ、凝視などしておりません!」
「では何故、お前がフロリスに好意を抱いていることが知れ渡っている? お前が周囲の目も憚らず、三年間も無駄にあいつを見続けていたからだろう!!」
「…………」
再び兄に一喝されたクラウディアはギュッと唇を結び、うつむこうとした。
しかし兄はそれを許さず、片手で妹の顎を掴んで両頬をギュウっと締め上げる。
「ほぉ、ほにぃはまぁ! ほあめくらはい! いらいれす!!」
「先程、安易にうつむくなと言ったはずだ!!」
怒声を上げながらクレストは、妹の顎を乱暴に手放す。
兄に抗議の視線を送るクラウディは、自身の頬をいたわるように優しく撫でる。
そんな妹に盛大な溜め息を放つと、何故かクレストは一人で会場へ戻ろうとする。
早々に説教が終了したことに安堵するクラウディアだが、兄のその動きに首を傾げた。
すると、クレストが面倒そうに呟く。
「群がっている令嬢たちからフロリスを救出してくる……」
渋々という様子で救出宣言をする兄にクラウディアが噴き出しそうになる。
すると、不機嫌そうに兄が片眉を上げた。
「笑い事ではないからな? 彼女たちの猛アプローチのせいで、あいつはすっかり結婚願望が枯渇し、毎日大量に届く縁談の申し入れの断りでガイルズ団長が疲弊しているのだぞ!? そのせいで騎士団内では、かなり業務に支障が出ている!」
クレストは不満をまき散らしながら扉に手をかける。
「まったく、最近の若い令嬢は奥ゆかしさに欠けている! 逆にお前は彼女たちの爪の垢でも煎じて飲め! そうすればその鬱陶しい性格が少しは改善されるはずだ!」
今度は妹への不満をぶちまけはじめた兄だが、なぜか急に真顔になる。
「とりあえず、お前はすぐに会場内に戻り、変な令息に絡まれぬよう壁際に張りついてろ。奇行が目立つとはいえ、一応お前も伯爵令嬢だ。野心的な下級貴族に絡まれる可能性がある」
「はい……」
心配しつつ、けなしてくる兄にクラウディアが微妙な表情を返す。
そんな妹を一瞥したクレストは、会場内の部下に群がる集団へと足早に突っ込んでいく。
兄の姿を見送りながら、クラウディアは自身の情けなさに歯がゆさを感じていた。