第6話
レミの言葉を一字一句間違いなくメモしていく久保。どうやら久保は、相手の話している事は全てメモを取らないと気が済まないタイプの人間らしい。
「でも、その関根って人は途中から来なくなったんだよね。多分他のお店でお気に入りができたんだと思う。小高さんは結構長く来てたけど、最近は来なくなったなぁ〜」
そう言ったのはユウカだった。
「最近って、いつ頃から?」
匡の問いに、ユウカがうーんと首を傾げる。
「ここ半年は全っ然来てないかも。多分、小高さんも他のお店に行くようになったんじゃないかな。こういうお店では客を取ったり取られたりってよくあることだしね〜。……あ、でも最後に来た時に、なんか意味深なこと言ってた。どこかに結構な金額を払わなきゃいけなくて、だからもう飲みに来れないかも、みたいな。よくわかんないけど」
話を聞いた限りでは、レミもユウカも小高を恨んでいる様子はない。
むしろ、金を貢いでくれる大事な人物として大切にしていたらしい。
「だって、あたし達みたいな下っ端に金やブランド品貢いでくれる人なんて滅多にいないもん!週に一回は必ず来てくれてたし、遊び方もそんなに下品じゃなかったから。だからあたし達二人、小高さんのことは大事にしてたの。顔はキモいと思ってたけどねえ〜」
ユウカはそう言うと、カランと氷を鳴らしながら酒を飲み干した。
「もし小高さんが久保さんみたいにイケメンだったら絶対捕まえて離さなかったのになあ。ねえねえ久保さん、今彼女いる?私、今フリーなんだけどどう?」
酔いが回ってきたのか、頬を赤く染めたユウカが久保に抱きつこうとする。久保はメモを取りながらそれを上手く躱した。
一方の匡は久しぶりに酒を飲んだせいか半分寝かけている。
「ちょっと匡様!ここで寝ないでくださいよ!?」
リオが匡を揺り起こす。
「いや、寝てねーって。それよりここどこだよ。誰かの家?」
「キャバクラですよキャバクラ!しっかりしてください!!」
その後も二人のキャバ嬢は、小高と関根について知っているだけ語ってくれた。
わかったことは、二人の女性の好みは正反対で、小高が細身の女性を好むのに対し関根はムッチリした太めの女性を好むということ。
小高はレミとユウカに金やブランド品を貢いでいたこと。
その他、マッチングアプリで知り合った女の子にも貢いでいたらしいこと。
そして二人とも、何かに大金を使っていたらしいこと。
「小高さんについて話せるのはこれくらいかな〜。ごめんね!あんまり情報なくって…… リオくん、私の話少しは役に立ちそうかな?」
レミが申し訳なさそうに手を合わせる。
「とんでもないです。助かりました!ありがとうございます」
そう言ってリオが笑みを向けると、レミが頬を染めた。
「はあ、なんて素敵なの……リオくん、絶対また来てね!!」
会計を済ませて店を出る。
「リオくんって女の子にもモテるんだね」
久保の言葉にリオが苦笑いする。
「僕、女の子の対応ってどうも苦手なんですよね……。久保さんはその辺慣れてそうですよね」
リオが言うと、久保がふふっと笑った。
「いやー全然慣れてないよ。自分では振ったつもりだったのになんか付き纏われて刺されそうになったこととかあるし!ははっ」
「怖っ!それ笑いながら言うことじゃないですよ!!」
少し酔いが覚めたらしい匡は、頭を押さえながらふらふらと歩いている。
「匡くんってもしかしてお酒弱いの?」
久保が匡を支えながら言うと、リオがこくりと頷いた。
「弱いというか、酒癖が致命的に悪いんですよね。それなのに限界量を超えて飲んでしまうので厄介なんですよ。今はまだマシですが、本格的に酔っ払うと痴態を晒すのでこっちが恥ずかしくなるんです」
「マジか。それは見てみたいような見たくないような……」
その時、後ろから誰かが呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、さっきのキャバクラのボーイがこちらに向かって走ってきていた。
「あ、あの、待ってください!」
足を止めると、追いついたボーイが久保に何かを渡した。
「え、何?会計足りなかった?」
ふらつきながらも焦る匡にボーイが息切れしながら答える。
「違います。これ、小高さんが最後に店に来た時に忘れていったものです。本来は小高さん本人にお渡しすべきなのかもしれませんが、もしかしたら、あなた達に渡しておいたほうがいいのかも、と思いまして……」
ボーイはそれだけ言うと「仕事の途中なので!」と言い、走って戻っていった。
「え、なになに?」
三人で一緒に覗き込む。
それは手紙だった。
『小高様
あなたの気持ちはよく理解できました。
これまでよく頑張りましたね。
これから私達は』
恐ろしく整った字で書かれたその手紙は、途中で破れており文章が途切れていた。
本来なら『これから私達は』に続く文章があったのだろう。
「匡様、この手紙の筆跡……ポストに入っていたメモの字と似てません?」
リオに言われ、匡の顔色が変わる。
「……言われてみれば似てるな。帰ったら見比べて見るか」
匡は手紙をポケットにしまった。
「ところで今更ですけど、久保さんはどうしてこの事件の捜査をしているんですか?警察からの依頼ですか?」
リオの質問に、久保は「あれ?まだ言ってなかったっけ?」と首を傾げる。
「一応は警察からの依頼なんだけどね、今回は探偵と霊能者両方の立場で見てほしいって言われてるんだ。なんせ、人間が何の前触れもなくいきなり消えるっていう前代未聞の事件だからね」
「確かにまあ、そんな消え方したら霊の仕業だと思う奴もいるだろうな。俺は霊は信じないが」
匡がそう呟くと、久保は
「ええ〜超能力者なのに霊は信じないの?てか霊能者の前でそれ言う?」
と、やや残念そうな顔をした。
「久保さん的にはどうなんですか?この事件、霊絡みの可能性ってあるんですか?」
リオの問いに久保は首を横に振った。
「オレの見立てでは霊関係ではないと思う。小高のマンションにいた霊はまあ、タチの悪そうな奴らではあったけど、そもそも霊には人を消す力なんてないからね。ただ……」
久保の目つきが僅かに変わる。
「人の恨みとか呪いとか、そういうものが関わってる可能性はあると思う。オレは霊は見えるけど人の恨みまでは見えないからね」
その時、ひとりの若い警官が向かいから近づいてきた。
「あれっ?どこかで見た顔だと思ったら久保さんじゃないですか!こんな時間までお仕事ですか?お疲れ様です!」
なんと、久保の知り合いらしい。
「おっ外山くん!こんな時間までパトロール?お疲れ様!」
久保が挨拶すると、外山というらしい警官は深々と頭を下げて笑った。
「えーと、こちらのお二人は?」
外山が匡とリオに目を向ける。
「この二人……匡くんとリオくんはオレと同じく探偵的な仕事してるんだ。今は三人で組んで小高さん達について調べてるのさ!」
久保が胸を張って言う。
外山は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに「それはそれは」と頭を下げた。
どうやら久保は警察からの信頼がかなり厚いらしい。何かと怪しまれがちな匡とリオにとってはかなり頼もしい存在だ。
外山は匡とリオのほうを向くと、ペコリと頭を下げた。
「お二人もこんな遅くまでお疲れ様です」
匡とリオもなんとなく流れで頭を下げる。
「いや、警察も大変っすね。あんな意味不明な事件が立て続けに起こって……」
匡がそう言うと、少し困ったような顔で外山が俯いた。
「本当にそうですよ……人がいきなり消えたなんて非科学的すぎて捜査のしようもないですからね。久保さんには心霊方面でも捜査協力をお願いしていますが、いっそ魔法が使える協力者でもいたらいいのに、なんて思ってしまいます。ははっ、ちょっとファンタジーすぎますかね」
匡とリオは思わず苦笑いした。
まだ自分達が魔法使いであることは久保にも話していないのだ。もっとも、捜査の助けになるような魔法は二人とも使えないが。
「ああそうだ、ちょうどよかったです。実は久保さんにお話したいことがありまして、これから伺おうと思ってたんですよ」
「え?そうなの?」
「はい。実は……」
外山がそう言いかけた時。
「外山巡査部長〜!!置いていかないでくださいよ〜!!」
と叫びながら、小太りの警官がこちらに走ってきた。
「あっ、相沢!!」
外山が思わず振り返る。
相沢は、だらだらと汗を流しながら四人の前で足を止めた。かなり息が荒い。
「外山くん、この人は?」
「ああ、僕の部下の相沢です。今は二人で組んで行動してるんですよ」
「なるほど!君が外山くんが言ってた将来有望な部下か!はじめまして、流星心霊探偵事務所の久保と申します!」
久保が名刺を出して言うと、相沢は背筋を異常なまでに伸ばして目を輝かせた。
「これはこれは!名探偵であり天才霊能者でもある久保流人さんじゃないですか!!」
相沢はよほど久保を信仰しているのか、名刺を持つ手が震えている。
「久保さんってそんなにすごい人なんですか?とてもそんな風には……」
リオが久保をチラチラ見ながら言うと、相沢はカッと目を光らせた。
「すごい人に決まってるじゃないか!!これまでに解決した事件は海外のもの含めて100件以上!!あの有名な「藤沢連続幼女誘拐事件」や「豊岡老夫婦密室殺人事件」を霊視で解決に導いた超天才霊能名探偵だぞ!!」
興奮しながら話す相沢に、久保が
「いや……オレそんな凄い人じゃないし、褒めても何も出てこないよ〜?」
と戸惑いながら笑う。
「そんなご謙遜を!!私はね、名探偵というものは物語の世界にしか存在しないものだと思っていたのですよ。しかし!!あなたはここに実在している!!まさに現人神!!ああそして、その美しいお顔立ち……同性でありながら、その美しさには思わずときめきを覚えます……」
まるで演劇の演者のように大袈裟な身振り手振りで語る相沢。
「ああ、久保さん、あなたは私の神だ!!こうして言葉を交わせるだけで天にも昇る思いです。ああ……ありがたき幸せ!!」
さすがの久保もかなり引いている。匡もこればっかりは久保に同情した。
「へえ、久保さんってそんなに凄い探偵なんですね。チャラついてるのでもっとこう……雑な人なのかと思ってました」
リオの発言に、久保が
「えっ!オレそんなチャラついてる!?」
と慌てた。
「相沢!お前もう行くぞ!……すみませんでした、急に呼び止めてしまって。用件については後でメールしますので。超能力便利屋のお二人も、もしよろしければお力を貸してくださいね。では」
外山はそう言うと、久保の手を握る相沢を無理矢理引き剥がして去っていった。
「……あれ?俺、超能力便利屋ってこと話したっけ」
匡は呆然としながら引き摺られていく相沢を見送った。




