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第4話

会計を済ませて外に出ると、ちょうど電話が終わったらしい久保がこちらを見て笑った。


「お、来た来た!お疲れー!」

「おまえなあ……金持ってねーなら喫茶店なんて誘うなっつの!しかもちゃっかりコーヒ三杯も飲みやがって。アップルパイなんか1200円もしたぞ」

匡がレシートを渡すと、久保は「えへへ、ごめんごめん。あとでちゃんと払うから」とヘラヘラ笑ってみせた。


「小高の息子さんと連絡取れたんですか?」

リオが尋ねると、久保が親指を立ててウインクした。

「うん!今日は暇だし誰もいないから今から行ってもいいってさ!なんかちょっと乗り気じゃなかったみたいだけど」

「父親が消えたのにノリノリで取材受ける奴がいるかよ」

匡のツッコミを華麗にスルーし、久保が「こっちだよー」と道案内をする。

コンビニの前にバス停が見えた。


「まさかバスで行くんですか?」

リオが訝しげな顔を久保に向ける。

「ん?そうだよ?だってこの暑い中歩きなんて面倒じゃないか」

当たり前のことのようにサラリと言う久保に匡が掴みかかる。

「お前金持ってないって言ってたよな?一体誰が運賃を払うんだ?」

「そりゃーもちろん君達が」

「払うわけねーだろ!!」

匡とリオが同時に叫んだ。


「つーかお前、探偵なんだろ?しかも霊能関係の仕事もしてるなら金がっぽり稼いでんじゃねーの?高そうなスーツ着てるし」

渋る久保を引っ張りながら匡が言うと、久保はふっと鼻で笑った。

「あのねー、探偵も霊能力者もそんなに稼げないから。君たちと同じようなもんだよ」

「同じだと思ってるなら俺らに金をせびるな!!」

通行人の視線も気にせずに言い合いをする匡と久保を見て、リオは少し呆れたような顔で苦笑いした。


***


「え……ここ!!?」

匡とリオが目を見開く。

小高の家は今年できたばかりのタワーマンションの最上階だった。駅前の商業施設と直結しており、建設開始時からかなり話題になっていたマンションでもある。

「すっげえな、こんな所に住んでんのかよ小高。さすが金持ちだ」

匡がマンションを見上げて呟くと、久保が手帳をパラパラ捲りながら言った。

「このマンションも小高の両親が買ったものらしいよ。なんというか、実家が太い人って羨ましいよね〜」

「お前はバスの運賃すら出せないほどの貧乏人だもんな」

「残念!手持ちがないだけで金自体はそれなりにありますぅ〜」

「はあ!?さっき探偵は稼げないとかなんとか言ってただろーが!」


匡と久保がくだらない言い争いをしていると、こちらに向かって高校生くらいの少年が歩いてくるのが見えた。

切り揃えられた前髪を真ん中分けにした、優しそうな雰囲気の少年だ。

少年は見慣れない三人に少し戸惑ったような表情をしたが、久保がお辞儀をして「こんにちは!先程電話した久保です」と挨拶をすると、ほっとしたような笑顔を向けた。

「はじめまして。えっと僕は小高虎太郎(こたろう)といいます」


「俺は便利屋の匡という者だ。こいつは現役女子高生で俺のアシスタントのリオ」

「(女子高生ではないけど……)はじめまして、リオです」

二人が自己紹介を終えると、虎太郎は匡とリオを交互に見て納得したように頷いた。

「お二人が久保さんが言っていた便利屋の方なんですね……今日はわざわざありがとうございます」

そう言って頭を下げた虎太郎が、チラッとリオを見る。そして頬を少し赤らめると、すぐにリオから目を逸らして咳払いと共に話し始めた。

「ゴホン、えっと……ここでは暑いですし、とりあえず部屋で話しましょうか」


***


「すみません、ちょっと汚いですけど……上がってください」

虎太郎はそう言うと、三人を自宅へと案内した。

広々とした大理石の床に、ビル群を見渡せる大きな窓。

三人ともタワマンの最上階に足を踏み入れたのは初めてだが、その豪邸っぷりにただただ圧倒されていた。


「はあ……いつか匡様と結婚したらこんな家に住みたいなあ……」

リオが目を輝かせてあちこちを見渡す。

「なんで俺がお前なんかと結婚しなきゃいけねーんだよ。一人で住んでろ」

冷たく言い放つ匡に、虎太郎がオドオドしながら尋ねる。

「あ、あの、匡さんとリオさんは……どういったご関係で?」

「え?ああ、あいつと俺は師匠と弟子だよ」

「な、なるほど……じゃあ別に、お付き合いしている、とかではないんですね」

虎太郎がどこか嬉しそうな顔をして微笑む。

鈍感な匡もさすがに察しがついた。

(ははーん、さてはこいつ、リオに一目惚れしたな)

しかし当のリオはそんなことにも気づかずに、無邪気に外の景色を見ては久保とはしゃいでいた。


「ところで母親はどうしてるんだ?」

匡が尋ねると、虎太郎は小さく笑って頭を掻いた。

「母は今、東松山の実家に帰ってます。ここにいるのが怖いからって。……僕のことはどうでもいいんでしょうね。ま、元からそんなに仲良くないんでいいですけど」

虎太郎はそう言って、部屋の隅に飾られた家族写真を睨んだ。


案内された虎太郎の部屋は、お世辞にも綺麗と呼べるようなものではなかった。

あちこちに漫画本や雑誌が散らばり、スナック菓子の空袋も床に放置してある。

ベッドの上には脱いだ服がそのまま置かれ、飲みかけのペットボトルがそこら中に散乱していた。

しかし部屋自体はかなり広いため、座るスペースは充分にある。

匡達は案内されるままに、小さなテーブルの前に座った。


「すみません、こんな汚くって。これでも一応ちょっと片付けたんですけどね……あ、これ冷たい麦茶です」

虎太郎がペットボトルの麦茶を置くと、久保はよほど喉が渇いていたのか一気に飲み干してしまった。

こんな暑い中きっちりスーツを着ていれば喉が渇くのも当然だろう。

匡は麦茶を一口飲むと、下を向いて座っている虎太郎に声をかけた。

「じゃ、早速聞いてもいいか?おまえの父親が家でどんなふうに生活していたか、なるべく詳しく。久保はメモを頼む」

久保がノートとペンを取り出してメモの準備をすると、少し間を置いてから虎太郎が話し始めた。


「……父は、最低な人間です……」


「最低な人間?」

そう聞き返したのはリオだった。

虎太郎は黙って頷くと「昔は良い人だったんですよ」と小さく笑った。


「僕が小さい頃の父は、休日の度に遊園地や動物園に連れて行ってくれて、少なくとも僕にとっては良い父親でした。電車が好きだった僕のために、日本全国の電車の写真が載った本も買ってくれたし……」

虎太郎は本棚に手を伸ばすと一冊のアルバムを出した。

パラパラと捲ってみると、若き時代の小高が幼い虎太郎と共に笑っている写真がたくさん貼られていた。

隣には妻と思しき笑顔の女性も写っている。

「なんだか、昔の写真だからっていうのもありますが最近の写真とだいぶ印象が違いますね。普通に良い父親って感じで」

リオがそう言うと、虎太郎は

「そうなんですよ」と寂しそうに言った。


「これは僕が5歳の誕生日に、みんなで沖縄に旅行に行った時の写真です。こっちは小学生になって初めてハワイに行った時の写真で、これはグアムに行った時ので……」

思い出を噛みしめるようにページを捲る虎太郎は、諦めに似た目をしていた。

「その優しかった父親が最低な父親になったきっかけは?」

匡が尋ねると、虎太郎は暗い表情で俯いた。

「……僕が小三か小四くらいの頃から父が飲み歩くようになったんです。普通の居酒屋に行ってるのかと思ったら、キャバクラ通いしてたみたいで、しかもそこの女の子に高い貢ぎ物してたとかで、母と大喧嘩したんです。そこからもう、父と母は仲が悪くて顔を合わせると喧嘩ばかりになってしまって」

「なるほど……」

匡が俯いて呟く。

「その頃に母が僕に言ったんです。父さんは浮気者だ、あなたは父さんみたいにならないでねって……」

虎太郎は麦茶を飲むと、ため息をついた。

「でもキャバクラなんてマシな方だったんですよ。だいぶ前ですけど、父が浮気して相手の女性を妊娠させちゃったことがあるんです。ヤバいですよね。相手、当時20歳そこらの若い子ですよ。結局うちの祖父が……まあ金だけはたんまりあるんで、示談金払って和解という形にはなりましたけど。その辺からもう父と母は喧嘩すらしない、完全なる家庭内別居状態でした。このマンションも、広いからって理由で住み始めたんですよ。こんだけ広ければ家の中で顔を合わせることが減るからって。馬鹿だな〜と思いましたよ。そんなに顔合わせるのが嫌ならとっとと離婚すればいいのにって。でもまあ……母は父の実家の金をかなりアテにしてますから、そういう理由でも離婚には踏み切れないんでしょうね。父も母も馬鹿ですよ」


虎太郎は明らかに小高を恨んでいる。

虎太郎の目がそれを物語っているようだ。


「ちなみに、その名刺が出てきたっていうキャバクラは最近まで通ってたんですか?」

リオが尋ねると、虎太郎は首を傾げた。

「……それは僕にはわかりません。ただ、毎日のように酔っぱらって帰ってきてたので、最近も飲みには行っていた可能性があります」

虎太郎はそう言って、左腕を三人に見せた。

痛々しい痣や傷が並んでいる。


「これは父に殴られた跡です。友達には部活でできたって嘘ついてるんですけどね……。父は酔って帰ってくると必ず僕を殴るんです。地獄ですよ。金持ちのタワマン暮らし羨ましいって友達には言われますけど、僕はこの家に生まれてしまったことを悔やんでます。金持ちじゃなくていいから、普通の仲の良い夫婦の元に生まれたかったって……まあなかなか、人には言えないですけどね、こんなこと。たまに思いますよ。消えてしまいたいって。ここよりもっといい世界に行けたら……って」

虎太郎の目に涙が浮かんでいる。

「虎太郎さん、大丈夫ですか?つらいこと思い出させてしまってごめんなさい」

リオが心配そうな顔でハンカチを差し出すと、虎太郎は顔を赤くして目を逸らした。

「あ、す、すみません!なんか……みっともないところをお見せしてしまって……」

虎太郎はゴホンと咳払いをすると、思い出したように顔を上げた。


「あ、そういえば……父はマッチングアプリで知り合った若い女の子とも会ってたみたいです。スマホにやり取りが残ってました。今はもうスマホ自体を警察に渡してしまいましたが、結構親密なやり取りをしてたみたいです。なんか、内容はよくわからないのですが頼み事をしたりしていたようで……」

「頼み事?」

匡が尋ねる。

「はい。ちゃんとは見てないですが、なんか、どこかに連れて行ってもらう約束をしてたのかな……いつ頃連れて行ってくれますか?みたいな質問をしてました。普通逆じゃないの?って思いますけどね。父が連れてく側じゃないんだって。それでなんか印象に残ってて覚えてました」



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